推論される『アマテラス』の正体
「教授っ、鴻池教授っ!」
次の日、葛城は早々にスサノオの『特別顧問』である鴻池の元に飛び込んだ。
「『アレ』はいったい、どういう事なんですかっ!」
「何だね、急に‥‥!」
葛城の剣幕に鴻池が押される。
「トボけないで下さい!何故、スサノオが『黄泉』を戦力化しているんですかっ!それに‥‥っ! 何故、その黄泉が『五縄流』の技を遣っているんですか!オカシイ事だらけですよっ!いったい‥‥教授は何を隠しているんですかっ!」
一気に捲し立てる葛城を、まぁまぁと鴻池がなだめる。
「‥‥気持ちは分かるが、そう一度に言われても一言では回答出来ん。まずは、ひとつづつ『順序立てて』話をさせてくれ‥‥」
「くっ‥‥」
苛つく葛城に、鴻池が椅子を勧める。
「立ち話も何だ。とりあえず、座り給え」
「‥‥失礼します」
葛城が腰掛ける。
「さて‥‥何処から話をするか‥‥とりあえず、我々は最初にアマテラスを捕獲した時点でDNAのサンプリングを行っているのは‥‥知っているな?」
鴻池の問いかけに、葛城が軽く頷く。
「‥‥聞いてます」
「『あれ』の解析はその後、急速に進んだのだよ。その結果『不明』とされてたいた『残り50%のDNA』が『意外なものだ』という事が分かったのだ」
「意外なもの?」
アマテラス自体が、生物として既存の枠に囚われない物なのだ。少々の事では驚かないが‥‥
「ああ。その正体は『植物』の近縁なのだよ!」
鴻池は、やや興奮気味に語る。
「植物‥‥ですか?」
葛城が首を撚る。
「ああ‥‥そうだ。無論、具体的に『何科の』といった特定が出来た訳ではない。しかし、その配列や特徴の数々が全般的な意味で植物との間で一致点が確認されたのだよ」
「では‥‥『アマテラス』は植物なんですか?」
ふぅ‥‥と、鴻池は溜息をついた。
「現時点では『植物』とも『動物』とも言い切れん。何しろ、元々にして両者の境界は曖昧だからな‥‥」
例えば。
ウツボカヅラのような食虫植物は、虫を捕食して栄養に代えている。
また、その反対にウミウシの仲間には光合成によってエネルギーを得ている生き物も居るし、『動物』と名は付くもののサンゴのようにその場から動かない物もいる。
「では‥‥或る種の『中間体』とか?」
「かも知れん。だが、何れにしろ『アマテラス』には他者の細胞をDNAレベルで取り込んだり融合させる能力があるのだ‥‥それは間違いない」
「しかし、動物と植物だとDNA構造が相当に違う気もしますが‥‥そんな事が可能なんでしょうか?」
葛城にしてみれば、俄には信じられない話ではあるが。
「不可能‥‥では無い。何しろ、我々『動物』の眼組織は元々にして『植物』が光合成を効率良く行うために作り出した『光センサー』を、初期の動物が『DNAレベルで取り込んだ』ものだからな‥‥」
実は、人間を始めとする動物の細胞に含まれる『ミトコンドリア』も、元々は別の生き物だったものが途中で『DNAレベルで取り込まれ』、一体化しているのだ。
『それ』を、もっと拡大したような‥‥?
「なるほど‥‥しかし仮にアマテラスが植物だったとして、そんな8000年も凍結していたモノが再生可能なんでしょうか?」
「うむ。日本でも縄文時代の種が残っていて、それに水を与えたら『発芽した』という実例があるからな‥‥『無い話』ではない」
ゴクリ、と葛城が唾を飲み込む。
「では、アマテラスの正体とは‥‥?」
鴻池は、腕を組んで上を見上げた。
「‥‥これは『恐らく』という前提こそ付くが、アマテラスが『女性』の形をしていたのは『単なる偶然』じゃないのか‥‥と考えているのだよ。何かの偶然で、アマテラスは『人間』を取り込んでしまった‥‥と」
それは、アマテラスにとって非常に好都合だったと言えよう。
人間を取り込むことで、他の動物とは大きく異なる『知能』を手に入れられる。
そして。
『エサ』となる人間は、『生物としての戦闘力』に大きく欠如するのだ。
熊のようなパワーもなく、サメのような牙もなく、鷹のように飛べるわけでもない。
また、ワニや亀のような甲羅もないし、ハリネズミのような武器もない。
至近距離からサシの勝負を挑まれれば、大抵の生物に『負ける』。それはつまり、捕食相手としての攻撃効率が極めて高い事を意味しているのだ。
故に、人間界に留まり続けている‥‥と。
「恐ろしいですね‥‥しかし、そう思うと8000年前の『日本人』はどうやって『黄泉』や『アマテラス』の封印に成功したのでしょうか?」
現代人類にしてからが、ミサイルまで総動員して『やっとどうにか』という体たらくである。
では、そうした近代装備の一切が無い8000年前に。
いったい、どうやって古代人はアマテラスを封じたのか。
「‥‥分からんが‥‥『寒さ』がひとつの手がかりだと言えるかもな。当時の冬の寒さは今とは比べ物にもならんだろうから」
アマテラスはマイナス25℃という極寒の地で幽閉されていた。それは、かつての日本人がアマテラスや黄泉が寒さで活動が鈍る事を知っていたからなのか。
「では‥‥ドライアイスや液体窒素のような物が武器になるとか?」
「その通りだ。色々試してはいるが、液体窒素による攻撃が有効なのは実験でも証明されとる。実際、『そういう武器』も試作しとるし‥‥だが『決定打』という観点からすると『もうひとつ』という気がするのも事実なんだよ」
鴻池が首を横に振る。
「『もうひとつ』、ですか?」
「そうだ。かつての人類がアマテラスを封じるには、寒さだけではない決定的な『何か』を発見したからではないのか‥‥という気がしてならんのだよ」
「現代科学を以ってしても発見出来ない『何か』をですか?」
葛城が疑問を呈する。
「古代人を馬鹿にするもんじゃない。彼らは『生きる』という事にかけては天才的な発想の持ち主だ。決して知能が劣る事はないぞ?むしろ、今の我々には『見えないもの』が見えていたやも知れん」
もしも『それ』が見つかれば、それこそ形勢は一気に変わると言えるのだが‥‥
それはともかくとして。
葛城には聴かなければならない事が、もうひとつある。
「ところで教授」
「何だね?」
鴻池が振り向く。
「黄泉の戦力化の件について、お聴きしないと」