静寂の中で
「‥‥おはようございます」
アマテラス対策の最前線、スサノオの本部基地はA都の外れにある。
此処に葛城が顔を出したのは、ミサイル事件から10日後の事だった。
「よぉ、葛城。生きてたみたいだな。もう動いてもいいのか?」
仲間たちが声を掛けてくる。
「ええ、お陰様で。どうにか生きてますよ‥‥」
当然、身体はまだ充分に癒えたとは言えない。『痛む』ものは痛むのだが‥‥どうにもじっとしてられる心境にはなれなかった。
「山倉司令、ご無沙汰しておりました」
通りかかった山倉に、葛城が挨拶をする。
「おう!元気そうでなによりだ‥‥事故は大変だったな。班員も半数がまだ入院だと聞くが?」
「はい‥‥仕方ありません。何しろ『そういう任務』ですから」
スッ‥‥と葛城が頭を下げる。
「‥‥そうか。ま、ここ最近は『黄泉』も静かにしててくれてるからな‥‥色々と助かってはいるよ、何しろね」
ミサイル事件以降、黄泉とアマテラスの消息は途絶えている。
「そうですね、それは本当に‥‥ところで司令、『私のチーム』は今後どのように行動すれば?」
葛城が尋ねる。
「ああ、とりあえずは『鮎川班』と混成チームという予定だと聞いた。鮎川班も『人手不足』なんでな」
あの事件で、鮎川班も2名を失っているのだ。
「‥‥了解しました。後で連絡を取って合流します」
再び頭を下げて向きを変えると。
「あっ!葛城班長!」
通路の向こう側に、山喜の姿があった。
首元と襟口から覗く包帯が痛々しい。
「‥‥山喜、もういいのか?動いても」
「はは‥‥『それ』はお互い様でしょう。まぁ、ボチボチですよ。それより、鮎川班と合流だと聞きましたが?」
「ああ」
葛城が短く返す。
「人手不足は分かりますが‥‥急造チームは難しいですよ?お互いの空気感とか、呼吸が読めないですから」
山喜が心配そうな顔をする。
確かに、元々のメンバーで戦うのがベストではあろうが‥‥無い物を恨めしんでも始まるものではない。
「うん、流石に『最前線』は無理だろうな。特に『レベル3』が相手となると‥‥」
そこまで言いかけて、葛城が言葉を切る。
柏木が言っていた『チャンと考えている』というセリフが気に掛かったのだ。
いったい、何をする気なんだ‥‥
どう考えても『イヤな予感』しかしない。
「そう言えば‥‥」
山喜が話題を変える。
「自分は元々陸自の所属でしたが、葛城班長は最初から『スサノオ』なんですよね?」
「ああ‥‥」
葛城は、傍にあった長椅子に腰掛けた。
スサノオは『特殊組織』の体ではあるが、その実体は自衛隊の別働隊に他ならない。そのため、そのメンバーのほとんどは自衛隊からの選抜なのだ。ある意味、葛城は『例外』と言える。
「‥‥私は自分から志願したからな。スサノオ側としても『私』は、今となっては『動くアマテラス』を知っている唯一の人間だし‥‥『手元に置いておきたい』という思惑もあるんだろうな」
3年経った今でも、あの時の『絶望的な恐怖』は鮮明に覚えている。
あの、深い空洞のような意思を持たない瞳を‥‥
「そうですか‥‥班長が『遺失事件』で唯一の生存者だというのは私も聞いています」
山喜は、葛城の前で立ったままの姿勢だ。
「『そういう言い方』をするなら、そうとも言えるけどな‥‥しかし、見方を変えればアマテラスを逃してしまった唯一の『生きている責任者』という言い方も出来るんだよ。ならば、その罪は決して軽くは無い‥‥」
『これ以上、逃げる訳にはいかない』
それこそが、葛城がスサノオに志願した理由である。
『その決着』をつけるべく、自ら最前線に立つ事を望んだのだ。
「そうですか‥‥しかし、最前線は危険な場所です。自分らは厳しい訓練を受けてきましたが、班長には『そういう経験』が?」
そのセリフは、無理して最前線に立つべきではないのでは?という山喜の心遣いなのだろう。
「‥‥まぁね。『五縄流』という古武術の一派の‥‥『仮』ではあるとは言え、一応それでも『師範代』だよ。何しろ勝つ為には無茶苦茶をやる『何でもあり』の流派でさ‥‥『鍛えられてる』と言えばそうかもな」
五縄流は古くから政府機関との『繋がり』がある。
それは、警察や自衛隊に所属する特殊部隊の教練を担うためなのだ。
ここ最近まではこれを前宗家の片桐清三などが受け持っていたが、近頃は『養子』の桜生が受け継いでいると聞く。
こうした『パイプ』によって、葛城はスサノオに推薦されたのだ。
「さ‥‥行くか」
葛城が立ち上がる。
「鮎川班に合流しないとな‥‥」
「はい」
山喜が短く返した。
そして。
『レベル4』が出たのは、まさにその夜だった。