禁断の『蘇生』
蘇生チームが立てた作戦はこうだった。
まず、マイナス25℃の環境下でそのまま周囲の氷ごとアマテラスを削り出す。
何しろ洞窟の奥まで到達するだけで6時間という難所だ。道具や資材、作業員の食料の持ち込みといった課題も多く、切り出しだけでも1週間近い日数が掛かった。
次に行ったのが保冷庫への積み込みである。
黒壇物産で大型マグロを移送する際に使っている通称『特大棺桶』にアマテラスを入れ、そのまま庫内温度をキープしたまま外に引っ張りだせるようにするのだ。
無論、引張り出すのは半端な作業ではない。
基本的には重量物運搬に使う電動巻揚機を複数台使って動かすのだが、それでも細かい部分はどうしても人力が必要になる。
結局、延べ100人以上のスタッフを費やして、洞窟の入り口まで辿り着くのに2週間を要した。
外まで引張出せれば後は比較的簡単だと言えよう。
クレーンで引き上げ、トラックの荷台に載せて終わりだ。
『温度管理上の問題』として報道陣には一切、アマテラスを公開していない。外に出すときも『冷凍庫』に入れたまま、上からビニールシートで覆って隠した。
広報としては『解凍して研究できるようにする』とだけ言ってあるが、その目的は飽くまでも『蘇生』である。
そのため、特に温度管理には厳重を極めて搬送は行われた。
初期段階の『解凍』は、黒壇物産の一角にて進められることになっていた。
それだけの設備と環境が揃っているのが、そこしか無いからだ。
まずは、クラスC1の冷凍倉庫へ安置して、マイナス15℃までゆっくりと温度を上げる。
慎重に。
慎重に。
十分に『温まった』と判断されたら、『除氷』の作業に入る。
『アマテラス』の周囲を取り囲んでいる『氷』を削り取るのだ。
大きな振動は与えられない。過度な昇温も出来ない。
電熱ナイフを使って、僅かづつ氷を取り除く。
細かい部分はヤスリを使って形を出す。
とにかく、後に続く『最終解凍』に向けてなるべく表層の氷が邪魔しないようにする必要があるのだ。
温度を維持したまま、極限まで表層の氷を削ぎ落とす。
そうして、あらかた除氷が終わった時点で今度は特別に誂えた小型冷凍庫に格納させる。
そして、更に慎重を期しながら『体温』をマイナス4.2℃にまで昇温させる。
ここまで来たら、いよいよ『鴻池研究所』へ移送される。
『蘇生』の準備に入るのだ。
特別な空調設備を備えた実験室を、『このため』に用意してある。
また、黒壇父の発案によって開発・制作されたドーム型の『解凍機』が待機していた。
「『マイナス3.85℃』だ‥‥まずは、時間を掛けて『アマテラス』の身体全体を芯から『マイナス3.85℃』にまで馴染ませるんだ」
黒壇父による助言の元、ギリギリの調整が続く。
水は全くの静止された状態であれば『マイナス4℃』まで液体の状態を保つ事が出来る。その、ホンの少し手前の温度まで加温してやることで、身体全体を『凍るでもなし、融けるでもなし』という特異点状態に持ち込むのだ。
「‥‥いいか?此処が『キモ』だからよ。『凍った』状態だと当然だが心臓を動かすことは出来ねぇ。しかし『融けて』しまうと末端から壊死が起こるし、脳細胞が酸欠になって、一瞬でオダブツだ」
放射温度計の数値を見ながら、黒壇父が呟く。
「だから『融ける・融けない』の中間点に持ち込んで、そのまま電磁力で弱い血流を発生させながら心臓を動かしてやるんだ‥‥それと同時に一気に昇温させて血流を強いものにしていく‥‥と」
「教授、目標の『3.85℃』が確立したようです」
研究員が鴻池の方を振り返る。
「‥‥確かかね?」
「はい。室温冷凍機の電力グラフがニュートラルに入りました。これで、アマテラスが室温に対して『同等』だと言えます」
仮にアマテラスの『体温』が僅かでも室温よりも低ければ、それは空調に対して『負荷』となり、加温が必要になる。しかし、全くの同温度なら、そうした負荷が無くなるという理屈だ。
「いいだろう‥‥予定どおりだね。いよいよ、『始める』かね?」
鴻池が後ろを振り返る。
背後には、田端教授や葛城達、そして蘇生のためのスタッフが固唾を飲んで見守っていた。
「‥‥始めましょう、先生」
田端が大きく頷く。
「よし‥‥」
黒壇父が、スイッチを入れる
。
「‥‥何の装置なんですか?これは」
葛城が尋ねる。
「これか?これはな、要するに極めて弱い『電子レンジ』なんだよ」
黒壇父がニヤリと笑った。
「水分子は永久双極子と言って、電界の向きが決まってるからな‥‥そこへ、毎秒13.5億回の交番電界を外部から供給すると‥‥分子同士が混乱して摩擦熱が生じるんだ。『これ』を弱い電力のままON-OFFを繰り返させ‥‥血管中の血液や、体液が循環しやすくなる『環境』を整えるのさ」
「教授、放射温度計の値が一気に『マイナス1℃』まで上昇しました!」
「よし、今だっ!『電気ショック』開始っ!」
鴻池の号令で、アマテラスに繋がれた電極に高圧電流が流される。救急救命でも使われる電気ショック発生機だ。
バリ!バリバリッ!
途端に、ドン!とアマテラスの身体が台座から跳ね上がる。
「うおっ!」
全員が一斉に驚く。
「ど‥‥どうなんだ‥‥」
田端がモニターを覗き込む。
「心音、微弱ながら観測!」
研究員が声を上げる。
「急げっ!ここからが勝負だぞ!」
バダバタっと、蘇生スタッフが実験室になだれ込んだ。
「心臓マッサージだ!衣服の上からで構わん!」
「AEDも準備しとけ!」
「人工呼吸器、急げ!強制的に酸素を肺に送るんだ!」
あっという間にアマテラスがスタッフに囲まれて見えなくなる。
「頼む‥‥間に合ってくれ‥‥」
田端がギュっと、拳を握る。
そして、5分後。
スタッフが連絡を入れる。
「‥‥とりあえず、心拍と呼吸は安定しました。後は意識の回復を待つだけです」
モニターの向こう側では、大歓声が起きていた。