3-06. ヴィヴィアン特訓編 2. 風竜との戦い
2018/12/30 旧第2章分割に合わせ通番を修正
「……一旦、距離を取ります」
ほう?
宣言通りヴィヴィアンは《ペガサス》を駆り三匹の風竜から距離を取ろうとする。
背中を向けて逃げる相手を見逃す風竜ではない。三匹はこちらを追いかけてくる。
「ご主人様、残り二匹のモンスターの反応はありますでしょうか?」
うん、いい質問だ。
今回のクエストでは先に述べた通りキャンディは無制限に使えるわけではない。《ペガサス》以外で呼び出せるのは後一体が限界となるだろう――消費の少ないタイプの召喚獣を呼び出すのであればその限りではないけれど。
見えている範囲では三匹しかいない。ここで《フェニックス》等を呼び出して予期せぬ方向から新手の二匹に襲われたりすると少々拙いことになる。だから、相手の位置を気にするのはいいことだ。
”今のところレーダーの範囲内にはいないみたいだね。もしかしたら、最初の三匹を倒した後に増援で来るパターンかもしれない”
とりあえず見たままを教える。三匹を攻撃している間に別のところからいきなり残り二匹に襲われる心配は今のところないようだ。
ついでに他の小型モンスターも今のところは離れたところにいるだけだ。それも地面の方にいるので、襲われる心配はないだろう。
「かしこまりました。
それでは、参ります」
逃げるのを止め、《ペガサス》を反転させる。
向かうは三匹の風竜……。
「サモン《フェニックス》」
予想通り、最初は《フェニックス》からだ。ちなみに、私は相変わらずヴィヴィアンの両腕に抱かれているが、彼女の霊装『全知全能万能魔導書』はいかなる力が働いているのか、空中にふわふわと浮かんで勝手にページが捲れていっている。便利だ。
《フェニックス》は以前に使った時はインストールだったので、サモンでの呼び出しは今回が初となる。
真紅のポリゴンで出来たかのような鳥型の召喚獣だ。その大きさは《コロッサス》程ではないもののかなり大きい。翼を広げた大きさだと、5メートルにもなろうか。更に長い尾羽も再現されている。
正しく伝説にある火の鳥――鳳凰の召喚獣である。
出現した《フェニックス》は全身に炎を纏いながら飛翔、三匹の風竜へと向かう。
風竜たちは見た目は『鮫』やら魚類の姿をしてはいるものの、その名の通り本来は『風』の属性だ。空中での機動力はかなり高い。
だが、それでも《フェニックス》の方が圧倒的に早い。
”おお、流石!”
すれ違いざまに炎をまき散らし、三匹の風竜が炎上、炎に包まれる。
もちろんこれだけで倒れる程相手も弱くはない。火だるまとなりながらも、風竜たちは《フェニックス》に追いすがろうとする。
……どうも風竜たちの知能は高くはないらしく、目の前に現れた相手に集中してしまうようだ。
「ご主人様、少々失礼いたします」
”ん?”
何をするつもりか――ヴィヴィアンが左腕一本で私を抱きかかえるように持ち直すと、《ペガサス》を更に加速させて自らも風竜へと向かう。
そして《フェニックス》に向かおうとしていた風竜のうち、こちらへと背中を向けている一匹へと狙いを定めて――
「リコレクト《ペガサス》、サモン《火尖槍》!」
何と《ペガサス》を消してしまう。
《ペガサス》自身は消えたものの、その直前までの運動エネルギーは消えないのか、まるで弾丸のようにヴィヴィアンの体はそのまま一直線に風竜へと飛んで行く! しっかりと抱きかかえられているとはいえ、これはちょっと怖い!
そこから更に《火尖槍》を召喚し右手一本で持つと、勢いそのまま槍を風竜の背中へと突き立てる。
こちらに気付いた他二匹も向かってこようとするが、それよりも前にさっさと《火尖槍》をリコレクトで回収、地上へと落下することで回避。再び《ペガサス》を呼び出してその場から離脱する。
……中々無茶な特攻を仕掛けるものだ。クラウザーの元にいたころの印象や、今も一歩下がって控えている態度からは想像しづらいが、ヴィヴィアンもなかなかにアグレッシブな戦い方をするのだなぁ。
《火尖槍》を受けた一匹は更に炎に包まれ、やがて燃え尽きて落下していく。
残った二匹もこちらへと向かってこようとするが……あまりにも頭が悪い。もう《フェニックス》の存在を忘れてしまったようだ。
「……これで、まずは三匹……」
一匹は《フェニックス》によって消し炭に変えられ、残り一匹は《ペガサス》の突進で粉砕。あっという間に三匹の風竜は倒されてしまった。
……うーむ、これはヴィヴィアンへの評価を改めざるを得ない。どこかでまだ私は彼女のことを見くびっていたのだろう、まさかここまであっさりと風竜を倒せるとは思っていなかったのだ。
何しろ、この風竜――モンスター図鑑によれば、分類は『神獣』となっている。あのヴォルガノフと同じ分類に属するモンスターなのだ、そこらのモンスターよりよほど強い。特に、全身は風――大気のバリアで覆われており生半可な攻撃は弾かれてしまうし、本体も半ば実体がないのか物理攻撃は通用しにくい。アリスが戦うとしたら、《炎》を付与した武器で殴るか、《炎星》等を使う必要があるだろう。
これは、思ったよりもあっさりとクリアできてしまいそうだな、と私は思う。
いや、それどころか……一人で戦う状態になったとしても、キャンディさえあればアリスよりもヴィヴィアンの方が向いているのではないかとさえ思える。一度呼び出したら壊れるまで自動で動き続ける召喚獣がとにかく反則的な性能だ。
「……残り二匹は……どこでしょうか……?」
倒した三匹には目もくれず、油断なくヴィヴィアンは周囲を見回して残り二匹を探す。
私のレーダーにも反応がない。本当にどこにいるんだろう?
「……おや?」
しばらく周囲を旋回しつつ様子を見ていたヴィヴィアンが何かを見つけたようだ。
「ご主人様――あちらに人影が見えます」
”え? どこ?”
ヴィヴィアンと同じ方向を向いているはずだが、そちらにはレーダーの反応はない。
彼女が指さす先を見てみると――
”……ん?”
あ、本当だ。何か人影? のようなものが見える……?
かなり離れた位置だが、草むらの中に確かに誰かがいるようだ。
「向かってみましょう」
”そうだね。他のプレイヤーかもしれない”
もしかしたらCOOP可能クエストで、偶然他のプレイヤーも参加していたのかもしれない。
まぁその場合、乱入対戦される危険性もあるんだけど……その時は拒否すればいいか。
《ペガサス》をその人影の方へと向かわせてみる。
”! 待って、モンスター反応だ!”
人影が大分近づいてきてその姿がはっきりと見えるようになってきたところで、突如レーダーにモンスターの反応が現れる。
現れたのは、謎の人影のすぐ近く――何もなかったところから湧き上がってきたかのようだ。
……そうか、相手は『風』竜なのだ。突如大気中から現れることもありうるのか。
「!? ご主人様、先程の人影が……」
珍しく驚きの声を上げるヴィヴィアン。
その理由は私にもすぐわかった。
”……何だ、あれは……!?”
私たちが『人影』と思っていたものは、人間ではない存在だった。
全体的な姿形は確かに人型、そして女性を模しているのだが、その細部には人間ではありえないパーツが幾つも見られる。
目立つのは頭部、額の両脇から生えている二本の巨大な『角』だ。黒曜石のような煌めきを持つ角の先端は、まるで槍のように鋭く尖っている。背中からは一対の鳥の翼、お尻からは長い尻尾が伸びている。
……そして、全身は髪も含めて不自然な程白く、目だけが異様に赤く燃える輝きを放っている。
人間ではなく、また魔法少女とも異なるように見える、異形の少女――彼女を取り囲むように風竜が現れている。
奇妙なのは、その少女はレーダーには全く反応していないということだ。
「……彼女は一体……?」
”わからない……けど、どうもこっちの味方じゃないっぽいね”
彼女を取り囲む風竜は襲い掛かることはせず、周囲をゆったりと旋回しているだけだ。
様子を窺っているという風ではない。まるで、彼女を守るかのような動きである。
そして、こちらに気付き視線を向ける少女の目には、まだ遠く離れているというのにまるで突き刺すかのように鋭く、敵意が見て取れる。
”気を付けて、来るよ!”
もはやこの期に及んで口出ししない、とは言ってられない。
レーダーに映る風竜の数が増えている。見ると、あの少女の周囲から更に新しい風竜が誕生しているようだ。
さっきまで戦っていた鮫型が三匹、それに前のクエストでも戦った魚型の風竜が十匹――ヴィヴィアンの召喚魔法で倒せない数ではないが、ちょっとだけ数が多い。
「……」
ヴィヴィアンも相手の数が想定よりも増えたことで一層気を引き締める。
《ペガサス》を進ませるのを止めて、相手との距離を一定に保つ。
さて、ここからどう攻めるべきか――やはり《フェニックス》を中心に攻めるのが一番良いだろう。鮫型はともかく、それよりも小型の魚型ならば一網打尽に出来そうだし。
「……どうやら、あの少女が姿を消したようです」
”……ほんとだ”
風竜の群れに隠れているのかとも思ったが、どうやら本当に姿を消しているようだ。
透明になる能力があるのか、それとも本当にどこかに行ってしまったのか……レーダーに映らない以上わからない。
「ふむ――」
と、ヴィヴィアンは何やら思案顔だ。
謎の少女について考えているのか、それとも風竜の群れをいかに倒すかを考えているのか。
そうこうしているうちに、更に風竜の数が増えていく。
……まさかとは思うが、無限湧きなんじゃないだろうな……? 流石に《フェニックス》だけで一網打尽にできるような数ではなくなってきた。それでもまぁ勝てないことはないとは思うけど……。
「ご主人様、一つ試してみたい召喚があるのですが、よろしいでしょうか?」




