3-04. ありすが風邪をひいた日(後編)
2018/12/30 旧第2章分割に合わせ通番を修正
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どこかの誰かのマイルームにて――
”やぁ、ずいぶんと酷い目にあったみたいじゃないか、クラウザー”
草原を模したマイルームの主――軽やかな少年の声が揶揄するような、声音と同じ軽い調子で言う。。
その相手はマイルームに設置されているモニター越しに、獣面を苦々しく歪める。
『”てめぇ……聞いてた話と違ぇじゃねぇか……!”』
モニター越しにもわかる程の怒気を孕んだ声でクラウザーが威圧するが、マイルームの主は全く堪えない。
”そうかな? ボクは確かに言ったはずだけど?
イレギュラーは情報不足で満足に動けない――でも、油断はしない方がいい、ってね”
『”……チッ”』
言われて自分が勝手に『チョロい相手』だと勘違いしたに過ぎない、それはクラウザー自身もわかっているためそれ以上は責められない。
ただ、勘違いを除いても彼が戦った相手――アリスの戦闘力は想定外のものであった。
『”まぁいい――多少計画が早まっただけだ”』
”そうそう、切り替えていこうじゃないか。
幸い……と言っていいものか、今時点でイレギュラーの実力の程はわかったことだし”
『”ふん……まぁな。アレは確かに強い――本当かどうかは知らねぇが、あの暴君と雷精竜と既に戦って勝った、というのも頷ける”』
”へぇ……?”
クラウザーの言葉にわずかに驚きの声を上げる。彼が素直にアリスの実力を認めたことに対してか、それとも彼が名を挙げたモンスターについてかはわからないが。
”レベル5のモンスターがもう出てきて、その上倒したんだ? そりゃすごいね”
『”本当かどうかは知らんがな”』
そう言いつつも、実際にアリスと戦ったクラウザーは真実だろうと思う。少なくとも、戦ったこと自体は嘘ではないはず――情報不足のイレギュラーが、『レベル5』のモンスターの名前を知るはずもないからだ。
”なるほど。だとすると、いかに君であっても……確かに少し荷が重い相手だったかもね。流石にそこまでだとはボクも思わなかったよ”
『”ふん、どうだか……”』
このプレイヤーについて、クラウザーは本当のことを言っているとは完全に信じていない。
積極的にこちらを騙すようなことまではしないとは思うが、全面的にこちらの味方というわけではないからだ。
それでも、このプレイヤーとは協力関係にある――お互いに『利益』があるうちは、だが。
『”とにかく、対戦機能については色々とおかしな点がある。すぐに直せ”』
”うーん、そうだねぇ……。特に君が嵌められたっていう、BET額なんかバグだね、あれは”
プレイヤーも苦笑いする。
ラビがクラウザーに仕掛けた罠――三回目の対戦における超高額BETだが、あれは明らかにおかしい。
なぜなら、手持ち以上のBETが出来てしまい、更に勝利したらそれが支払われてしまうのだから。仮にラビが今後の対戦で全てBET額を50万にして受けて、更に勝ち続けるとしたら――理屈の上では無限にジェムを稼ぐことが出来てしまうことになる。
”まぁ対戦についてはBET額のバグはすぐに直してもらえると思う。
他についての色々は、まだ『評価』段階だからねぇ……あんまり期待はしないでほしいな”
『”チッ……”』
不満そうに舌打ちするクラウザーだが、それ以上は文句は言わない。
対戦に関しては『チート』を持ち色々とやりたい放題出来るものの、『ゲーム』のシステムそのものについてはクラウザーはどうすることも出来ない。『運営』側に対しては基本的には何も出来ないのだ。
……このプレイヤーを除いては。
”さて、とりあえず『次の計画』に移らざるをえないとして……君、ジェムはどうするつもりなのさ?
言っておくけど、幾らボクでもジェムを融通したりは出来ないぜ?”
『”ああ、ジェムは――まぁどうにかするさ”』
”ふぅん……?”
数十万単位でのジェムを一気に稼ぐ術はない。
バグの修正前にラビにやられたことをクラウザーがし返すという方法ならば一気に巻き返すことは出来るだろうが、クラウザーに対戦を挑んでくる相手がいないのでは意味がない。
それに、今はクラウザーはユニットがいない状態なのだ。そもそも対戦が出来ない。そして、すぐに次のユニットを用意したところで対戦に勝てるようになるまで育てること自体にジェムが必要なのだ。普通に考えれば『詰み』に近い状態である。
だというのにクラウザーはそこまで焦っていないように見える。何か『当て』があるということなのか……。
”どうするつもりなのかは聞かないけど――修正依頼や改造依頼をしないといけないし、ボクはしばらくは『こっち』からは姿を消すことになる。
だから、予め君に『これ』を渡しておかないとね”
『”ん、なんだ?”』
”君の『次の計画』――に多分使えると思う、ユニット候補の情報さ”
そう言い、クラウザー相手へとDMを送信する。電子メールとは異なり添付ファイルはつけられないので、必要な情報は全てテキスト化してある。
内容に目を通し、意外そうな声を上げるクラウザー。
『”……ほう? これは――確かに面白いガキだ。
蛮堂千夏、か。なるほど、「次の計画」に使えるな”』
”だろう? 他のプレイヤーに先に使われてなかったのは幸運だったね。まさに君にピッタリの子だと思う”
クラウザーがいかなることを企んでいるのか――その内容も全てこのプレイヤーは知っている。
その上で、クラウザーの『計画』が円滑に進むように様々な画策をし、情報を集め、時には他のプレイヤーにも意図的に情報を流す。
すべてはクラウザーのため――ではない。最終的には自分のためである。
その後も二人は幾つかの会話を交わし、チャットを終えようとする。
”さて、じゃあ今日はこんなところで。さっきも言った通り、ボクはしばらく――そうだな、『こっちの世界』で半月くらい? は姿を消すよ。
……その間、間違ってもボクのユニットにちょっかいは出さないようにね?”
『”ふん、わかってるさ。てめぇがオレを裏切らねぇかぎりはな……『リュウセイ』”』
”ふふ、それじゃあね、クラウザー”
プレイヤー名『リュウセイ』――小さな、東洋で言う『龍』の姿を模したプレイヤーは微かに笑う。
クラウザーとリュウセイ――彼らの企みが全プレイヤーへと降りかかる大いなる『災い』となることを、今はまだ誰も知らない――
* * * * *
翌日。
”……熱、下がったみたいだね”
「ん、もう元気」
朝方に普通に起きたありすの熱を測ってみると、平熱まで下がっていた。
顔色も良くなっているし、風邪は完全に治っているように見える。
”ま、でも今日一日は寝ていなさい。学校は明日からね”
無理に学校に行って風邪がぶり返してきても困る。治りかけが肝心なのだ。
私の言葉にありすが口を尖らせて不満げな表情になる。
「んー……もう大丈夫なのに……」
そんなに学校に行きたいのだろうか。
まぁ桃香を助け出してから本格的に学校に行くのが初めてになるわけだし、桃香や美藤嬢と話したいこともあるだろう。土曜日はそんなに時間がなかったし。
「……クエスト、行きたい……」
そっちかい。
うーん……。
”そっちも明日からね”
寝ているのであれば問題ないかなぁとも思うが、体はともかく意識は寝ていないわけだし……下手に体力を使わせることになるかもしれない。ありすには不満だろうが、『ゲーム』に挑むのも明日から――完全に風邪が治り切って大丈夫になってからの方がいいだろう。
幸いありすは私の言葉に不服そうながらも頷いてくれる。昨夜のように駄々っ子モードにはならない。
……流石にあんなのを日中から繰り返されては困る。
”それに、桃香が昨日持ってきてくれたプリントとかもやらないとダメじゃない?”
「……ん」
桃香の持ってきてくれたプリントは、連絡事項以外にも宿題もあった。
量自体はそこまで多いものではなかったが、かといって無視できるものでもない。
それに今日も休むとなると更に宿題が増えるわけだし……。
「じゃあ――」
代わりに、と言わんばかりにありすがある条件を出してきた……。
「え? いいんですの?」
放課後、昨日と同じく桃香がプリントやらを持って家へとやってきた。
ありすも少し昼寝したくらいで至って元気である。熱も再度上がったりはしなかったので、もう大丈夫だろうと思う。
で、桃香が来たところで……。
「ん。わたしが宿題やっている間、トーカはラビさんとクエストに行ってて」
とありすが提案したのだ。
本人がクエストに行けない代わりに、桃香――ヴィヴィアンを『鍛えて』欲しいという。
元々、今週からアリスとヴィヴィアンの二人でクエストに挑み、ヴィヴィアンに戦闘経験を積ませる予定だった。
というのも、日曜日に色々と実験をしていた時に気付いたのだが、ヴィヴィアンには実はあまり戦闘経験がない。もちろん、クラウザーがクエストを放棄することなんてないので色々とクエストへと行ってはいたのだが、そのほとんどは召喚獣を呼び出して放置して終わり、という実に味気ないものであった。
それがヴィヴィアンの魔法だし能力だからと言えばそれまでなのだが、そのせいでアリスとの対戦においてはかなり後手に回っていたのも事実だ。
今後はアリスと共にクエストに挑むわけだし、後方からの支援に徹していればそれでもいいかもしれない。
でも、アラクニドやテュランスネイルの時のように分断される時も来るかもしれない。あるいは、この間は互いの合意の元ではあったが、これからは望む望まないに関わらずヴィヴィアンが一人で他のユニットと戦う時が来るかもしれない――複数のユニット同士の対戦が起こった場合、一対一の状況も普通に起こりえるだろう。
そういうこともあって、ヴィヴィアン自身が戦えるようになる必要がある、とありすは考えたのだ。これには私も一部は同意だ。
ヴィヴィアンが一人で戦って苦戦するだけならともかく、前の時のように苦しい思いをしてもらいたくはない。
「……その、ありすさんが良ければ……わたくしは構いませんわ……」
桃香自身はちょっと遠慮がちだ。
……まぁ、ありすが本当はものすごくクエストに行きたいのだろうとはわかっているのだろう。ありすが我慢している横でクエストに行くのだから、遠慮もするだろう。
だったら桃香が家に帰ればいいじゃん、っていう感じではあるけど、まぁ私は結局ありすの部屋にいるわけだし……。風邪うつったりしないかなぁと心配になるけど、二人ともそれに関しては全く気にしていないみたいだ。
そんなことより……ありすもまず、お風呂に入っていないということを気にしてもらいたい。軽く濡れタオルで汗は拭いたけどさ……。
……桃香も桃香で、「全然気にしませんわ!」と目を輝かせて言わないでほしい。
「ん。後で結果教えて」
――これは報告後にダメ出しくらうパターンだ!?
”うーん、それじゃあ、30分くらいで終わらせるよ?”
大体ありすが宿題を終わらせるであろう時間だ。
二人とも頷く。
「りょーかい。
トーカ、わたしのベッド、使って」
ああ、確かに。机に突っ伏して寝たり床に転がしたりしておくわけにもいくまい。
ありすの言葉に桃香の目が輝く。
「い、いいんですの!?」
「ん」
”……”
ありすが頷くのを見て、ごくりと生唾を飲み込んだように見えたけど……気のせいに違いない、うん。私は何も見なかった。
そしていそいそとベッドへと潜り込む――枕に顔をうずめるようにうつ伏せに。
”……あー、桃香? そのままだと窒息しちゃうから、仰向けになってみようか?”
「んふー! んふー!?
……あ、はい……」
何かものすごくがっかりした感じがするけど、気のせいに違いない。
……この子、ひょっとして私が思う以上に……アレな子なんじゃなかろうか……。
一方でありすは何も気にしていないのか、既に宿題へと取り掛かろうとしている。
”それじゃ、ありす、行ってくるよ”
「ベッド、ありがとうございます! わたくし、ありすさんのご期待に応えてみせますわ!」
「ん……行ってらっしゃい」
そんなこんなで、ありすに見送られて私と桃香はクエストへと挑むのであった。
……そこで、まさか『あんなこと』が起きるとは、私も桃香も予想だにしていなかったのだ……。
いや、誰にも想像できまいて……本当に。




