2-33. No way out 10. 降臨
「……ふん」
ところがアリスは何を考えているのか追撃をやめてしまう。
クラウザーたちが立ち上がり態勢を立て直すのを待っているようだ。
”ヴィヴィアン、てめぇ……!”
積極的に攻撃することまでは望めなくても、《イージスの楯》を使ったり防御や補助くらいならば出来るはずだ。それすらしないヴィヴィアンに対してクラウザーは苛立ちを隠さない。
一方でヴィヴィアンはというと、相変わらず怯え切った表情のまま固まっているだけだ。もはやクラウザーに怒りを向けられてもそれにすら反応しなくなっている。
……余程さっきの対戦でアリスにやられたことがショックだったらしい。仕方ないことだけど――このままじゃいけない。
「ヴィヴィアン!」
と、アリスがヴィヴィアンに向けて叫ぶ。
「言ったはずだぞ、貴様に逃げ道はないと!
たすかりたいのならば、戦え。それ以外に貴様に道はない!」
そして、ついにアリスが神装を解き放つ。
「ext《剛神力帯》――」
使うのは《剛神力帯》。まだ『杖』はそのまま残しておくようだ。
彼女の魔力が大幅に減ってしまっている。今のうちにキャンディで回復しておこう。
”てめぇ、もう勝ったつもりか……!?”
「ふん」
確かにアリスの勝ちはほぼ確定とは言っても、まだ勝ったわけではない。
クラウザーもヴィヴィアンもまだ体力に余裕はあるし、まだ見せていない『奥の手』があるかもしれない。
それでもアリスはクラウザーの言葉を鼻で笑い飛ばす。
「貴様なんぞ怖くもなんともない。ヴィヴィアンのついでに適当に片づけてやるから、勝手にしてろ」
”っ、て、てめぇ……!!”
もはやアリスの眼中にないようだ。
……思い返せば、確かにアリスは今までもクラウザーを相手にはしていなかったように思う。
彼女にとって今回の一連の戦いは、全てヴィヴィアンに関する戦いなのだろう。
ヴィヴィアン救出が今回の目的であるが、その過程にたまたまある障害がクラウザーである。その程度の認識に過ぎない。
……クラウザーの失敗は、最初の対戦で私たちを狙ったことではなく、アリスと関わる人間――桃香嬢を自分のユニットにしたことから始まっていたのだろう。
私はアリスを信頼している。きっと、このまま言葉通りクラウザーを『ついで』に叩きのめし、ヴィヴィアンとの決着をつけるだろうと。
「――ヴィヴィアン。前にも言ったが、オレは貴様をたすけない。オレでは貴様をたすけることができないのだ。
貴様を救うのは、貴様自身しかいないのだ!」
「……わたくし、が……?」
”チッ、ごちゃごちゃうるせぇ! イクイップメント《ハウザー》、ラーンチ《グレネード》!!”
クラウザーが背中の砲台をより巨大な砲へと変更、更にこちらへと向けて巨大な弾丸――名前からして『榴弾』だろうか、それを放ってくる。
「だから――」
何とアリスは、向かってくる《グレネード》を避けることなく《剛神力帯》で掴み取る。
腕の中で破裂した弾が《剛神力帯》を吹き飛ばす――が、アリス自身にはダメージはない。無茶苦茶な回避をするなぁ……。
「戦え、ヴィヴィアン! オレに勝ってそのままそいつと一緒にいるか、それともそいつをブン殴って貴様の言うことを聞かせるか、その二つしか道はない!!」
――例えば『いじめ』とか『DV』とか、そういうことは世の中に幾らでもある。
その被害者に向かって安易に『戦え』とか『立ち向かえ』と言うこと程、無責任で残酷なことはないだろう。
もちろんそうすることで状況が好転したり解決したりすることはある。けれど、残念ながら多くの場合そうではないということを私は知っている。
最善の方法は『逃げる』ことだ。世の中全て戦うことで問題が解決するほど単純ではないし、戦える『力』を持っている人はそう多くはない。
それでも――敢えて言おう。ヴィヴィアンの場合は事情が異なる。彼女に関しては、戦わなければ何も解決しないのだ。
『逃げる』という方法がまず取れない。たとえ逃げたとしてもクラウザーのユニットである以上、クエストにしろ対戦にしろ引っ張り出されることは防ぎようがない。現実世界での暴力に関してだけは逃げることで回避できるかもしれないが、周囲の人間に『ゲーム』の内容を伝えても信じてもらえないだろうし、誰にも告げずに一人で逃げるには桃香はまだ幼すぎる。
だから、戦うしかない。戦って、そして勝って自分を守るしかないのだ。
アリスと、引いては他のユニットと戦い続け、そして勝ち続けるというのも一つの道だ。少なくとも勝ち続けることが出来るのであれば、クラウザーから理不尽な暴力を受けることはないだろう。
あるいはクラウザーへと己の意思を見せるか、だ。アリスの言葉通り、クラウザーを殴りつけてヴィヴィアンの言うことを聞かせることが出来れば――そこまでいかなくても、ヴィヴィアンの意思を無視できない状況にしてしまえばいい。
結局のところ、いくらクラウザー本人が強いと言っても、彼は一人ではこの『ゲーム』では何も出来ないのだ。ユニットがいなければ、そもそも他のプレイヤーとの勝負の場に立つことすらできない。
『使う人』とは言うものの、本質的にはユニットとは対等であると私は考える。ユニットと信頼関係が築けずに離反されたら、プレイヤーは何も出来ないのだから。
そのことにヴィヴィアンは気づいていない――いや、クラウザーによって考えること自体を放棄してしまっていたのだろう。
対戦前にありすが言っていた言葉を思い出す。
『サクラは、今の状況から助かろうとしていない』
正にこの言葉通りだ。
今の状況が良くないことはわかっていて、でも思考を放棄――諦めてしまったが故に、いつものように『甘ったれ』てしまったがために、自分で助かろうとはせずに誰かに助けてもらうのを待っている状態だったのだ。
そのくせ、あやめがクラウザーに暴力を振るわれるのは嫌なので、彼女を助けようとは思っていた。でも、結局そちらも諦めてしまったためにありすに『負けてほしい』と頼む有様……。
哀れで、そしてとても傲慢なことだと思う。本人は意識していないかもしれないが、『助けられて当然』という意識があるのだろう。
ありすが『ムカつく』のもわかる。ヴィヴィアン自身が最初から戦えていたのなら、ここまで事態はややこしくなっていないのだから――もし、ヴィヴィアンが最初から自分の意思を示しており、その結果クラウザーと共に私たちと敵対するというのであれば、それはそれで喜んでありすは戦っていただろう。そこに怒りはきっとない。
ヴィヴィアンがどちらと戦うことを決意するのか……その結果は、実はどちらでもいい。どちらであっても、ヴィヴィアン自身は『救われる』のだから。
「……行くぞ」
ヴィヴィアンがいかなる選択をするのか――もしかしたらこのままアリスがクラウザーを倒すのを待つだけなのかもしれない。もしその場合、対戦前にしたありすの『二つ目のお願い』はなかったことになるが――それを悠長に見届ける程、アリスは甘くない。
言うべきことは言った。後は選択し、行動するだけだ。
私もアリスを止めることはしない。このままクラウザーを倒すのであれば、後味はあまり良くないが……それはそれだ。
”どいつもこいつも……苛立たせてくれる……”
一方でクラウザーの方は怒りが臨界点を超えたようだ。全身から溢れる殺気が、先程よりも増してきた。
こちらも全力で抗ってくるだろう。次が最後の激突になると私は予感した。
”もういい――折角の『駒』だが、ここまで使えねぇなら不要だ。
だから……最後ぐらいはオレの役に立って死にやがれ!”
”! アリス!!”
クラウザーが何かをしようとしている。
なんだかわからないけど、嫌な予感がする。
アリスも同様で、魔法を放とうとするが、それよりも早くクラウザーが動いた。
”強制命令――インストール《アングルボザ》!!”
アリスの魔法よりも早く、ヴィヴィアンの決断を待たず――
「あ、ああああああああっ!?」
苦痛の悲鳴をヴィヴィアンが上げ、その肉体が変貌してゆく。
『強制命令』――ああ、くそっ、アイテムショップに確かにあった! 使い魔側からユニットを強制的に操るやつだ!
それを使ってクラウザーはヴィヴィアンの第三の魔法『憑依召喚魔法』を使わせたのだ。
”くくっ……てめぇらも、この役立たずも、まとめてぶっ殺すなら……コントロールも要らねぇ。
さぁ暴れ回れ、《アングルボザ》!”
ヴィヴィアンの肉体を取り囲むように『肉』の海が現れ、彼女の体を飲み込んでゆく。
その肉の海にクラウザー自身も飛び込み――クラウザーとヴィヴィアンの姿が消える。
「チッ……結局こうなるか」
忌々し気にアリスは舌打ちするが……その表情にはやはり笑みが浮かんでいる。
ただ、いつもの狂暴な笑みでも愉悦の笑みでもなく、勝利を確信した時の清々しい微笑みであるが。
”……あれが、《アングルボザ》……”
溢れ出た肉の海が一つの形を成す。
普通の人間の数倍はある巨大な女性――その頭部には茨の冠、両目と口は茨によって縫い付けられている。髪の一本一本は神話にあるメデューサのように蛇で作られている。女体部分は頭部から胸部、そして腰付近まで。その女体部分を取り囲む……いや飲み込むかのように、赤黒い、焼け爛れたような肉が纏わりついている。
腕部分からは左右それぞれ二本ずつ、鬼のような鋭い爪を持つ巨大な腕が生えている。背中からは二対の巨大な翼、本来ならば足の部分には代わりに小さな翼。そして、脇腹からは左右三対ずつ、蜘蛛の足のようなものが生えている。
全長はどれくらいあるだろうか……テュランスネイル程は大きくないが、ヴォルガノフくらいはあるだろう。
見るもおぞましい魔獣聖母は空中へと浮かび上がり、こちらを睥睨する。
「よし、まぁいつも通りっちゃいつも通りだな。
使い魔殿、あいつを倒して終わりにしようぜ」
”え? あ、うん。……何でそんな余裕なの?”
《アングルボザ》の戦闘力は未知数だが、クラウザーが自信満々に切り札として使ったのだ。決して油断できるようなものではないだろう。
だというのに、アリスは笑っている。
「ん? 苦し紛れに巨大化した悪役なんて――負け確定だろ?」
え、あ、はい。
……えー?
「それじゃ行くぜ……これで完全決着だ……!」




