11-40. Dies Irae 1. 極星、再度
BPがいたことから何となく想像はしてたけど、やはりというべきか最終戦に残った3チームがこの謎のクエストに参加していたみたいだ。
ヴィヴィアンたちと相変わらず合流できていないのは心配だが、戦力という意味では彼女たちはこれ以上ないほど頼もしい。
……が、二人とも無傷ではない。
致命的なダメージは負っていないが、細かい傷が全身にありそれなりに消耗しているのが見て取れる。
「想定より……強い……だが」
形勢は完全にこちら有利へと傾いている。それは間違いない。
……でも全然安心できない相手がエキドナだ。
現にダメージは食らっているはずだが、傷ももう塞がっているしどこまで効いているのかもわからない。
ここで確実にヤツを倒しておきたいところではあるんだけど――
「くくっ……それでも、未だ計画を超えてはいない、な」
そう一言呟くと共に、何の前触れもなくエキドナの姿が消える。
……前はディメンジョンという魔法でワープをしたりしてたけど、今回はそれすらもなしか……。
「チッ、この場で決着とはいかなかったか」
アリスは残念そうだけど、まぁこれはこれで悪くはない結末だったかもしれない。この場においては、だけど。
「はぁっ……ほんと、あいつなんなのかしらね……」
完全にエキドナがいなくなったことを皆確信できたのだろう、疲れたようにケイオス・ロアがため息混じりに言う。
ここまでに戦ってきたのは疑いようはない。
が、彼女にしてはやけに疲れたような態度なのが気にかかると言えば気にかかる――私たち以上に激戦が続いたということなのだろうか。
「……」
一方、同じく消耗しているであろうフランシーヌではあったが……こっちはこっちで何やら思い詰めているかのような浮かない表情だ。
気がかりなことがあるのだろうか……それを私が突っ込んで聞いていいかは悩ましいところだが……。
「それにしても助かったよ、二人とも」
これは本音だ。
あのまま戦い続けていたら、ヤツの思惑通り時間稼ぎをされてしまったことだろう。
……あるいは時間稼ぎと思わせておいて、意識を逸らしたところで急に私をバッサリ――という可能性もあったか。まぁヤツの考えなんて、読もうと思ったらドツボに嵌りそうだし考えすぎない方がいいだろう。
こういう時、楓たちがいてくれたらなぁ……考えを読みづらい相手とは言っても、流石にナイアみたいな悪い意味での超越者に比べたら何とかなりそうだし……。
尚、相変わらず皆と連絡は取れないままだ。ステータスも変化なし――安心していいはずなんだけど、逆にちょっと不安になってくるくらい大きな変動は現れていない。
「まぁ、間に合ったのは偶然なんだけどね――何にしてもやっぱりアリスとラビっちがいたかー……」
「そうね。悪い意味で想像通りなのは微妙だけど、ここであんたたちと合流できたのは良かった……と思うわ」
「ああ。こちらも仲間と合流できていない状況だ。貴様らと合流できたのは幸運だと言えよう。
――問題なのは、それもヤツの思惑の内なんだろうというところだが、な」
素直にプラス要素だけとも言い切れないんだよねぇ……。
私がこの謎のクエストを作り出した黒幕だったとしたら、そもそもケイオス・ロアたちをクエストに呼ばないという手段をとったろう。
それをしたということは――ケイオス・ロアたちがいたとしても問題ないと考えているってことだろう。
……まぁ『最終戦の参加者』という大雑把な条件でしかこのクエストの参加者を決められなかったというオチもないわけではないか。
だとしたら彼女たちと合流できた今の状況は相手の想定外、こちらにとっての有利な材料ではあるんだけど、楽観は禁物だ。いつものこと。
それはともかくとして……。
「二人とも、あまり時間はないかもしれないけど、情報を共有したい――いいかな?」
移動しながらという手もあるけど、正直エキドナとか『塔』の外側にいたギガースみたいなのがどこから襲ってくるかわからない。
周囲を警戒しつつ移動しつつ話すってのは集中力が持たないし、二人とも少し疲れているみたいだから休憩がてらこの場に一旦留まった方がいいかなと私は思う。
もちろん本題は情報の共有だ。
「もちろん。
……ミトラとも連絡が取れないままだし、ガイアの時と同じくラビっちに従うわ」
「同じくよ。こっちもリュウセイとは連絡がつかない状況ね……」
「そっか……わかった。
敵がどこから来るかわからないし、警戒しながら話そう」
ガイアのクエスト、結局私は思い出せないままなんだよなぁ……話を聞く限り、確かに今と同じようなシチュエーションになったらしいけど。
……そういえばフランシーヌには私のことは説明してなかったような気がする――ま、最終戦の時に見ているはずだからいいか。
ともあれ、私たちは逸る気持ちを抑えつつも、新たに合流した『仲間』と情報の共有をすることにした――
* * * * *
――んで、情報の共有を試みた結果なんだけど……正直あまり成果はなかった、と言える。
当たり前っちゃ当たり前か。誰もこのクエストのことなんて知るわけがないんだし……。
ただ良かった点はないわけではない。
「そっか……皆無事そうなのは良かった――のかな?」
ステータスを見ていたから無事なのはわかっていたけど、実際に目撃情報があったのは良かったと言える。
……同時に、訳の分からない状況に巻き込まれてしまっているのが確実になってしまったのは、考えようによっては微妙だとも言えるんだけど。
ケイオス・ロア曰く、ジュリエッタとオルゴールとは出会えたらしい。
で、ジュリエッタがガブリエラたちと一度会っていたとのことだ。ということは、ヴィヴィアンとルナホークも同じくクエストに来ていると思った方が自然だろう。
私からはBPと出会ったことをケイオス・ロアに伝えている。
フランシーヌはずっと一人だったらしく、私たちと合流する少し前にケイオス・ロアと会っただけらしい。
彼女の相方のゼラは全くわからないとのことだ――理由は深堀できない、というかフランシーヌも知らないと言っていたが遠隔通話もできないようだし、使い魔でもなければ仲間のステータスはわからないしね……。
「誰も姿を見ていないのは、うちのヴィヴィアンとルナホーク。フランシーヌのところのゼラ……」
「あと、あたしの仲間のアル――アルストロメリアね」
単に合流できていないだけ、というのならいいのだが……いや、いっそクエストには巻き込まれていないという方が安心ではあるんだけど。
「……ちょっとアルは心配なのよね……」
確か戦闘力がほぼないんだっけ。
自衛できる程度の戦闘力という点では、ヴィヴィアンたちはまぁ心配ないと言えば心配ない。ゼラだって、最終戦でアリスたち相手にしたあの実力なら問題ないだろう。
「心配ではあるけど――」
「わかってる。探しに行く余裕はないと思うし、何とかなってると信じるしかないわ」
……ちょっと心苦しいけど、仲間との合流は『できたらする』くらいの優先度にせざるをえない。
最初からその気はあったとはいえ、エキドナという危険極まりない異分子がいるとわかった以上、時間の猶予はあまりないと思った方がいいだろう。
だからとにかく先に進むのを優先する。
その認識を合わせるための会話の時間でもあったのだから。
「それで、貴様らの話によれば――ドクター・フーと戦ったんだな?」
今回の情報共有で一番の収穫――決していい話ではないんだけど――だったのはこれだ。
二人とも、私たちと合流する前までにドクター・フーと戦っていたという。それも、何度も。
「ええ……あたしは5回は戦ったわね……」
心底疲れたようなフランシーヌ。
……ドクター・フーと5回戦って、それを全て倒して進んで来たっていうんだから、やっぱりフランシーヌは規格外の強さだというしかないよなぁ……よくあの最終戦で勝てたもんだ……。
「あたしは3回だったかな……面倒くさいったらありゃしない」
ケイオス・ロアもやっぱり大概だよなぁ……。
ともあれ、私たちの前に現れたエキドナの他に、倒しても倒してもドクター・フーが現れてきたという情報は貴重だ。
知って良かったと思うと同時に、聞きたくなかった話でもあるんだけどね……。
「……むぅ……以前も似たようなことは確かにあったが……」
アリスも渋い顔で唸っている。
エキドナ=ドクター・フーなのは間違いないんだろうけど、複数現れるっていうのがよくわからないんだよね……。
あいつと初めて遭遇した『冥界』でも、皆の話を総合すると複数同時にいたとしか思えないし……。
この辺のカラクリは、多分だけど『ピース』と似たようなものな気はする。
……ま、わかったところでどうしようもない謎ではあるか。
「さっきいたエキドナの方が本体っぽい気はしたんだけど……うーん……」
ケイオス・ロアも同じく考え込んでいる。
普通に考えれば、まぁエキドナの方が本体とは思う。私もそう思うんだけど……エキドナの偽物、というかコピーがいてもおかしくないとも思うんだよねぇ……。
「――ま、これ以上は考えても仕方ねぇか。
ヤツが現れたならブチのめす。それだけだ」
バーサーカーめ……。
けど、それしか現状思いつかないのも事実だ。
もし他に『原因』や『黒幕』が近くにいるのがわかっているのであれば、エキドナを無視してそちらを優先するという手もあるけど……わからないからなぁ……。
「それで、貴様らはオレたちと一緒に行動する、でいいんだな?」
これ以上は話を続けても有益な情報は出てこないだろう。
そう判断したアリスはすぐに頭を切り替えて『先』のことを話す。
「もちろん。そっちが嫌って言っても、勝手についていくわよ」
嫌とは言わないけどね。
ケイオス・ロアは乗り気だ。
「…………そうね。あたしも行くわ」
一方、フランシーヌの方には少し迷いがあった。
「何か気になることがあるの?」
「……まぁ、少しだけね。
とは言っても、考えてもわからないし一人で動いても意味がないのはわかってる」
ふむ……?
「何にしても、このクエスト――きっと鍵となっているのはラビ、あんたよ。
だからあたしは……そう、あんたを勝たせるために一緒に行くわ」
フランシーヌの考えはわからない。
けど、協力してくれるのは間違いないみたいだ。
……そして、彼女の言う『鍵は私』というのも――やっぱり間違いないと私も思う。
クエストの目的は相変わらずさっぱりだけど、『ゲーム』の最終勝者と、最後まで争ったユニットたちが集っている以上、『ゲーム』の結果に関係しているとは思える。
じゃあそれがどう関係しているのかと問われれば……やっぱりわからないんだけど……。
「同感だ。最後の勝者となった使い魔殿が関係してないわけがない。
――貴様らも頼らせてもらうぞ」
「ふふっ、任せなさいって!」
「ガイアの時のこともあるしね――うん、切り替えたわ」
――そっか、フランシーヌはガイア内部で私を奪われたことを気にしてたって聞いたっけ。
うーん……何かますますガイア内部と状況が似てきてるな……もちろん大筋では違っているんだけど……。
それがエキドナや『黒幕』の思惑のうちなのかどうか……。
「よし、では行くぞ!」
こうして私たちは嵐の渦巻く空の下、結晶化した戦場の『先』――嵐の中心と思しき場所へと向かって進んで行くのだった。




