11-38. 異常領域・最前線
長らくお待たせいたしました!
まだ以前のようなペースでは更新できませんが、徐々に復活させていきます<(_ _)>
* * * * *
BPの助けもあり、『塔』の近くへと辿り着いた私たちだったが……。
「……これは一体何だ……?」
近くまできてようやく私たちはわかった。
……この状態を『わかった』と言っていいものかどうかは迷うところだけど……。
「私たちが想像していた『塔』とかとは、全く異なるものっぽいのは間違いないけど……」
『塔』と思っていたものの実態は、私たちの想像を超えるものだった。
他と同じ赤黒い結晶で構成されているのは変わりはない。
けど、どこか違う。
「……色がちょっと薄いか?」
「そうだね。まぁそこ以外にもわけわからないところだらけだけど……」
アリスの言う通り、赤黒い結晶ではあるけどちょっと色が薄いような気はする。かといって、ピンク色というほどでもないけど。
よく見ると、『塔』の外壁部分は規則正しい凹凸が並んでいるようだ。
うーん……? 人工物のようにも見えるし、『樹』のようにも見えるし……よくわからないなぁ……。
「どうする? 上にとりあえず昇っていけばいいか?」
「あ、そうだね――行けるところまではそうしよう」
BPがほとんどを引き付けてくれているとはいえ、ギガースの波が消えたわけではないし他のモンスターが出てこないとも限らない。
ここでグズグズしていたら追いつかれてしまうかもしれないし、動きながら考えるしかないだろう。
とはいっても……手がかりらしき場所には辿り着いたものの、特に何か変わった動きがあるわけでもない。
意味深に見えて『塔』自体には何の意味もない可能性だってある。
相変わらずこのクエストの目的地は不明のままだ……。
私たちはそのまま『塔』に沿って上昇を続けたが、いつまでたっても頂上にたどり着けない……。
来る時に降りて来た距離と、体感的には同じくらい昇ってきたはずなんだけど……。
やはり全く別のフィールドに来たのだと思って間違いないか。それがわかったからどうしたって話ではあるけど。
「むぅ……このままでは意味がないか……?」
アリスも流石にちょっと自信がないようだ。
戦ってどうにかできる相手であれば話は別だけど、こういうのは割と苦手分野だからねぇ……。
「かもしれない。
この『塔』の中にどこかで入らなきゃいけないのか、それとも『塔』自体に全く意味がないのか……」
前者だとしたらどこかにある入口を探さなきゃいけないんだろうけど、あまりにも巨大な『塔』だ。入口を探すのもかなり大変そうだ――特に入口が地上部分にあるとしたら、今頃はギガースの波に呑まれてしまっているだろうし探すのは至難の業だろう。
後者である場合、振り出しに戻るって感じだ。目立ったランドマークが他になさそうな現状、次に向かうべき場所の見当がつかない。
……それに、根本的にどっちが正しいのか、私たちに判断する材料がない。
「こういうクエストは苦手だぜ……」
「だねー……」
弱音を零してしまうのも無理はないだろう。苦手なものは苦手なのだ。
大体こういう時って、ウリエラやサリエラら頭脳班が活路を見出してくれたりしてたからねぇ……二人がいない頃だと、全体的な方向は私が指示してたりはしてたけど、細かいところなんかは皆で考えながらって感じだったし。
そもそもの話、敵もわからない、何をすればクリアになるかもわからないってクエストは今までなかったからなぁ。
敢えて言うなら、『眠り病』解決のためにアストラエアの世界に乗り込んだ時が一番近いかな? あの時も目的ははっきりしていたけど、その達成のためにどうすればいいかはわからなかったし。
「ちょっと危険かもだけど、『塔』の中に無理矢理入れないか試してみる?」
「ああ、頃合いだろうな」
私とアリスの考えは一致しているようだ。
このままダラダラと時間を浪費し続けるわけにもいかない。
ちょっと危険かもしれないし、何の成果も得られないかもしれないけど、こちらから積極的に動き出す頃合いだろう。
「さっきも思ったが、どうもこの外壁は他の結晶に比べて色が薄い気がするしな」
「うん。となると、もしかしたら壊せるかもしれない――ってことだね」
そう見えているだけで実際は破壊不能オブジェクト、というオチもないわけではないけど試さない理由はない。
試しに弱めの攻撃魔法を放ってみると、外の時とは違って魔法が打ち消されたような感じはない。
となると、壊せる可能性が高そうだと私たちは判断。
「よし、ちょっと体勢を変えて――と。しっかりしがみついておいてくれよ!」
空中でちょっと怖いけど体勢を変えて、私はアリスの背中におんぶする形に。
……見た目はかなりアレだけど、こうでないとアリスが両手を使えないしね……。
この状況で『壁』を穿つのに最適な魔法は――アレだろう。
「行くぜ――ext《超穿巨星》!!」
勝者決定戦でお披露目した、巨星・矮星・連星に続く新魔法シリーズ――惑星魔法の一つ、巨大なドリル型魔法であらゆるものを穿つ《ネプチューン》だ。
この魔法、射程距離自体は射出型の魔法に比べればずっと短いという欠点はあるけど、色々と応用の効く使い勝手のいい魔法だと思う。
『突き』で放てば見た目通りの凶悪な穿孔力を発揮して大概のものは穿てるし、強烈な回転を利用して『防御』に使うこともできる――実際に勝者決定戦でアリスはケイオス・ロアの極大魔法をこの《ネプチューン》で切り開いていた。
一部を除いて『回転』を軸に、ある一方向へと特化させた魔法群……それが惑星魔法シリーズだと言えよう。
ともかく、《ネプチューン》は広範囲爆撃の巨星魔法とは違い、一点集中した破壊力に特化している。
だからこういう『壁』をぶち破る時とかには最適解なんじゃないかな、多分。近づくと危ないのには変わりないけど、爆風を周囲に撒き散らすこともないし。
で、私たちの目論見通り――
「よし、開いたぜ!」
少し硬かったけど、《ネプチューン》が『塔』の壁を穿ち、私たちが通れるくらいの穴が開いた。
「……先がよく見えないけど、入ったらそれでアウトって感じはしないかな……?」
「ああ。あくまでオレの感覚だが、ガイア戦の外と中の境界って感じだな」
開いた穴の先は良く見えなかった。
赤黒い闇が広がっているのと、行き止まりではなくある程度広い空間があるってことだけはわかる。
……まぁこれで入った時点でアウト、となったらもうどうしようもないだろうけど、アリスの言う通り『別のフィールドへの入口』が可視化されたような感じは私もある。
「行ってみるしかないか……」
「だな。使い魔殿は変わらず背中にしがみついていてくれ!」
「わかった。警戒しつつ行こう」
潜った瞬間に攻撃されたりする可能性はいつだってありうるし。まぁアリスに今更言うことでもないけど。
――それにしても、本当にこのクエストは訳が分からないな……。
話に聞いたガイア内部の世界もかなり訳が分からない作りだったけど、まだあっちは『意図』のようなものは読める――楓たちの推測だと、星の歴史を色々とデフォルメしたものなんじゃないかってことだった。
対してこのクエストは……『結晶に覆われた現実世界』『結晶の点在する現実離れしたフィールド』、そして次は何になるのか……?
わからないけど、共通点がまるでない。最初のフィールドだけならまだ意図は読めなくもないんだけど、そこから先がわからなさすぎる。
クエストを開始したということは、ゼウスないし運営側にとって私たちをここに呼び込んだ理由はあるはずなんだが……今のところは理由を推測するのも難しい。
……進むしかない。ってことだ。
ま、これも結局『いつも通り』ではあるか。
ともあれ、私たちはこじ開けた穴から『塔』の内部へと飛び込む――
* * * * *
一瞬、確かに妙な感覚があった。
「――切り替わったな」
「うん。
……多分だけど、正解のルートを進んでるって感じがする」
「ああ、同感だ」
一番近いのは、現実世界からクエストへと移動した時の感覚だろうか。あるいは、葦原沼で『ゲームの境界』を越えた時の感覚か。
上手く言葉にできないけど、穴を潜った瞬間に確かに『何か』が切り替わった感覚があった。
風景は――『塔』の外側と似てはいる。
荒涼とした大地の上に無数の壊れた武器が突き刺さっている、巨人たちの戦場跡といった様相……。
だが一つ違う点は、空が荒れ狂っていることだ。
「……そろそろ大物が出てくる頃合いか」
「……だね。レーダーで見える相手ならいいんだけど――期待はしない方がいいかな」
真っ黒な雲が天を覆い、赤黒い雷がまるで蛇のように天地を縦横無尽に這いまわっている。
――戦場跡、ではない。ここは未だ戦場……そう感じられる場所であった。
では、一体誰と誰が争う場なのか? だが……。
……ま、考えてわかるようなものでもないか。クエスト内のシチュエーションなんて、いわゆる『フレーバー』の一種だろうし……。
「一旦地上に降りよう。雷がちょっと怖いしね」
ともあれ、今までと全く異なるフィールドへとやってこれたわけだ。
私たちのすぐ足元に地面も見えることだし、ここからは地上を進んでいった方がいい気はする。
赤黒い雷にダメージがあるかはわからないけど、実験するつもりは毛頭ない。
「わかった。すぐに飛べるように、オレから離れるなよ」
「うん。了解」
…………キリっとした顔で周囲を警戒しつつ、さらっと『オレから離れるなよ』って……。
アリスの時は本当にかっこいいんだよなぁ……ありすと同一人物ってのはもう半年以上の付き合いだし頭では理解してるんだけど、私自身が人間の身体になって同じ目線で会話するようになってからは日が浅いから、逆に慣れない感じがしちゃうなぁ……。
……いやまぁ、普段のありすも真面目な時はアリスの面影が見えるくらいかっこいい時もあるんだけど。
――なんて、そんな呑気なこと考えてる場合じゃないのはわかってる。
「さて――いよいよ、か?」
アリスの表情がわずかに変わる。
笑みを浮かべてはいるが、その気配は『獰猛』そのもの。
つまり……。
「…………レーダーに反応なし、だけど――これは……」
真逆に私の表情はきっと強張ったものになっただろう。
……肌でわかる。
急な冷気が吹きつけて来た時のような、悪寒。
何かがいる――直感というか本能というか、言葉で上手く説明できないけど……そういうのがわかったのだ。
けれど、レーダーに反応はなく、どこに何がいるのかまでははっきりとわからない――
「――ふん、そういうことか」
数秒だろうか、私たちが足を止めた後にアリスが小さく呟く。
何が――? と私が問い返すよりも速く、あるいはほぼ同時にアリスが横に立つ私を引き倒すと同時に、
「cl 《赤色巨星》!!」
背後、いや私がさっきまで立っていた方向へと向かって巨星魔法を放つ。
「くくっ……」
「! その声は……!?」
だが巨星魔法は不自然に曲がり、あらぬ方向へと飛んでいってしまう。
もちろんアリスがわざとそうしたわけではない。
そこにいたヤツの何かしらの力によって曲げられた結果だろう。
そして、そいつの厭らしい笑い声に――私は聞き覚えがあった。
「貴様か……まさか本当にまだいるとは思わなかったぞ。
使い魔殿、オレの後ろに」
私を庇うようにアリスが前に出てそいつと対峙する。
「おまえは……!!」
…………アリスの言う通り、本当にいるとは思わなかった。いや、思いたくなかった。
きっとそいつは後ろから私を狙ったのだろう――が、それは先に感づいたアリスによって防がれたわけだが。
……いや、もしかしたらそうなることも予想していたかもしれない。こいつならば。
「――エキドナ……!!」
何者にも興味を抱いていないかのような虚無の目。
ボサボサの灰色髪。
そして、漆黒の衣を纏った姿。
実際に対峙した回数は少ないが、忘れるわけがない。
堕ちた聖者――かつてはマサクルのユニットだったエキドナが、そこにいた。
「ふん、どういうわけかわからねぇが――貴様がここにいるということは」
「……こいつが黒幕の一人、と考えて良さそうだよね……」
……考えれば考えるほど訳がわからない存在なのは間違いないけど、とりあえず事実ベースで考えていくならば――きっとそう的外れではないと思う。
それにヤツの存在はありうる可能性としては認識していた。
少し前に葦原沼で見かけた『ドクター・フーに似た女性』のことが頭に引っ掛かっていた。
ドクター・フー=エキドナというのは疑いようがないし、もしかしたら……という程度の可能性ではあったものの……。
「……嫌な予感は当たっちゃうんだよなぁ……」
誰にともなく思わずつぶやいてしまう。
それはともかく、今私たちの目の前にエキドナが現れた――既に消えたはずのユニットなのに――という不可解極まりない事実から考えれば、エキドナが黒幕の一味であることは妥当な考えだろう。
……ヤツの底知れない不気味さを思えば、下手をするとヤツ自身が黒幕ということもありえなくもない。使い魔ではなくユニットの身で、という点には疑問は残るが。
「くくっ……『黒幕』か。
まぁ当たらずとも遠からず、と言ったところか」
というか、こいつの言葉を信じることはない。
全てが私たちを騙すための嘘である可能性だってあるのだ……。
「まぁいい。ナイアとの戦いで貴様との決着がつけられなかったことだしな」
アリスは迷わない。
ヤツが何を言おうとも、彼女は自分の直感に従い――『杖』を手に、私を背にしてエキドナと対峙する。
対するエキドナは相も変わらず興味なさそうな表情のまま、静かにアリスと対峙……退く様子は見えない。
「…………いいだろう。軽くちょっかいをかけるだけのつもりだったが、気が変わった」
……軽くと言いつつ、もしかわさなかったら私やられてたんじゃないだろうか……。
ほんのわずか、エキドナが笑みを浮かべ――まるでこちらを出迎えるかのように両手を広げる。
それが、ヤツの『構え』なのだろうか……?
「抗ってみるがいい、恋墨ありすよ――終末はすぐそこまで来ているぞ……くくっ」
「わけのわからねぇことをベラベラとうるさい奴だ。
……ま、いいさ。この訳のわからん状況を打ち破るには――貴様も、貴様の仲間も全てブチのめせば良さそうだしな!」
脳筋に過ぎるが、確かに状況は少しシンプルになり始めた……という期待はある。
ここでわざわざ『エキドナ』というとびきり異常な存在が現れたこと。それ自体が今の不透明な状況を打破するとっかかりになるんじゃないかとも思える。
いずれにせよ、こいつに背を向けて逃げるという選択肢は私たちにはない。
――アストラエアの世界でつけられなかった決着を、ここでつけなければどちらにしても先には進めない。私もアリスも、そう思うのだった。




