11-26. 終焉のマギノマキア -6-
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改造版 《世界ヲ殺セ、黒ノ巨人》の能力は、任意の一事象への干渉を封じること――今回はケイオス・ロアの『時間』を封じている。
そしてもう一つは、アリスの持つ様々な神装や強化魔法を同時発動することだ。
今のアリスは《神翼鎧甲》と《黄金巨星》を同時発動している状態であると言える。
では攻撃はどうするのかと言えば――当然、アリス自身が魔法を使うしかない。
《スルト・ラグナレク》のコンセプトは、『神装と星魔法の共存』だ。
abなどでは実現できない理を超えた力を神装によって実現し、能力封印やアリス自身の超強化を行う。
攻撃は全て星魔法へと任せることで魔力消費を可能な限り抑え込む――攻撃と特殊能力を両立したと言えよう。
己の『根源』である星の力と、神の力。
その全てを集結させなければ勝てない。
そうアリスは考えたのだ。
最後の戦いにおいて攻撃の要となる星魔法については、今までの魔法に加えて更なる新魔法を編み出した。
そのうちの一つが、《超熱巨星》――実体のない灼熱の空間を射出する魔法だ。
他にも同様に新たな星魔法を生み出して最終決戦に臨んでいる。
『完全なる未知を生み出す力』――たとえ魔法の内容を知っていたとしても予測することのできない未知。それこそが、アリスの恐るべき能力なのである。
――今、全てを焼き尽くす灼熱の空間がゼラを呑み込んだ。
古代の武器をその身に取り込んだとはいえ、世界を殺すアリスの火炎を防ぐことは不可能――この一撃でゼラは焼滅すると思われた。
「ブラッディアーツ《大血嘯》!!」
が、ゼラの危機を悟ったフランシーヌがすぐさま『血の大波』を放つ。
対象はアリスの魔法……ではなくゼラの方だ。
血の大波に浚われたゼラが押し流され、《マーズ》の灼熱空間から逃れる。
……ただし、完全に回避しきったわけではない。
フランシーヌが放った血諸共、体積の半分近くは逃れることができずに焼滅させられてしまっている。
――くっ、間に合わなかった……!
ゼラの身体が大幅に削られてしまったことをフランシーヌは悔やむ。
自分が適切な指示を出せればこうはならなかったかもしれないと。
不定形の泥のような姿をしているゼラだが、再生能力は持っていない。
失った質量は取り戻すことはできないのだ。
そして、質量に頼った肉弾攻撃しか持っていないゼラにとって、削られるというのは攻撃方面においても大きく不利になることを意味している。
「ab《分裂》!!」
だが、色々と考える余裕をアリスは与えなかった。
ゼラへととどめを刺しきれなかったことを察すると同時に、《マーズ》を分裂させ無数の星片へ。
そこから繋ぐ魔法は――
「っ!! ゼラ、こっちへ!」
「チィッ!?」
すぐさまフランシーヌたちも反応する。
全員が最終形態に変じて僅か数秒。
その数秒で戦いの趨勢は一気にアリス有利へと傾いていった。
更に戦いのペースもアリスが握り続けている。
――あの魔法が来る……それとも……!?
無数の星片を生み出したということは、ここから発動させるのはおそらく《星天崩壊・天魔ノ銀牙》――圧倒的物量による超絶ゴリ押し魔法か。
あるいは、広範囲にばら撒いた星の領域に超重力を発生させて相手を押しつぶす《超重巨星》か。
……既に《エスカトン・ガラクシアース》を一度放っていることを考えれば、魔力消費量からして《ジュピター》の可能性が高い。
それともここで勝負を決めるために無茶を承知で《エスカトン・ガラクシアース》を撃つか。
どちらが来ても、フランシーヌとゼラは自分の身体能力で回避するまたは耐える以外の選択肢がない。
……全属性を操れるケイオス・ロアであれば切り抜ける魔法はあるだろうが、それを自分たちに使ってくれるなどという期待はしない。
むしろ、速攻で敵の数を減らしたいのは全員共通の考えなのだ。
ガイア内部の戦いとも異なる。助け合う理由は一つもない。
「ブラッディアーツ《狂黒血の徴》ッ!!」
どうせ何がこようが身体一つで切り抜ける以外の選択肢がないのであれば、とフランシーヌは再び《エボル・スティグマータ》を使用する。
槍に使用したのとは別に、今度は自分自身の肉体へと進化生物を宿させる。
――同一の魔法の同時使用は本来ならば不可能であるが、《エボル・スティグマータ》自体はただの強化魔法だ。
槍へとかけた時点で効果を発揮し、その時点で再び発動することが可能なようになっている。できないのは、重ね掛けだろう。
自身と霊装、二重の強化……これ以上の強化は本当に行うことは出来ないし、仮にやれたとしてもリスクが大きすぎる――自分と槍の二重掛けでもギリギリの賭けなのだ。
これで乗り切れなければフランシーヌの敗北が確定する。
――絶対、切り抜けてやる!!
それでもフランシーヌは諦めない。
勝つためにここまでやってきたのだから、諦めることだけは絶対にしてはならないのだから。
「ab《超速矮星》!!」
――……!? 違う……!?
だが、アリスの次の行動はその場の全員の予想を裏切った。
散らばった星片へと掛けられた新たな魔法が発動、星片が数個ずつ新たな塊――矮星魔法へと変じる。
野球ボールより少し大きめの、星魔法としてはかなり小さな矮星が高速で回転。
まるで獲物に狙いを定めるかのような星の動きを見ずとも、フランシーヌたちはその魔法の効果を直感で悟った。
……が、遅い。
「awk《星天乱舞・天魔ノ驟雨》!!!」
無数の高速回転する矮星――《マーキュリー》が四方八方へと、狙いを定めずに飛び散る。
《マーキュリー》はアリスが新しく編み出した星魔法の一つ……その効果は、超高速回転する星を相手へとぶつけ、回転の力で標的を削り取ることでダメージを与える射撃型の魔法だ。
そして、《ディアトン・アステラス》は無数の星魔法をあちこちへと向けて放つだけという効果の、《エスカトン・ガラクシアース》の簡易版とも言える魔法である。
この二つを組み合わせ、相手を抉り殺す《マーキュリー》で戦場を覆う――それがアリスの使った魔法の全貌だ。
――完全なる未知を生み出す魔法。
その恐ろしさを、フランシーヌたちは身を以て味わっていた。
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――流石に、これでは決まらないか……!!
《ディアトン・アステラス》で放った無数の《マーキュリー》は、当たれば肉体を削り取る恐るべき攻撃力を持ってはいるものの、大きさとしては巨星には遠く及ばない。
命中率を犠牲に、当たった際に致命傷を負わせやすくなる――あわよくば一撃必殺になるように調整した魔法なのだから、仕方のない面もあろう。
その分、巨星魔法を雨のように降らす《エスカトン・ガラクシアース》に比べれば魔力消費は大きく抑えることが出来るのだが。
神装を攻撃に使わない分、どうしても星魔法では一撃必殺は難しくなる。反面、何度でも放てる分器用に立ち回ることができるのは利点だ。
その『器用』というところにこそ、アリスの魔法の恐ろしさは潜んでいる。
「ふん、だが――逃さん!」
あちこちへと射出された《マーキュリー》は命中することはなかった。
ただ、見掛けは小さくとも食らえば致命傷を受けるだろうということは全員が悟っていたため、回避させることで動きに制限を与えることはできた。
……それだけの効果であったとしても、ギリギリの勝負をしている間にとっては無意味ではないものの、消費した魔力に見合う結果ではない、と言えるだろう。
肝心なのは、回避を強制した後にどう攻撃につなげるかだ。
戦いに慣れたフランシーヌたちは頭で考えるまでもなくそのことを理解し、アリスの続く攻撃へと警戒しつつ反撃の手を考えてしまっていた。
「……なっ!?」
「後ろから!?」
回避したはずの《マーキュリー》が、なぜかそのまま反転――フランシーヌたちの背後から再度襲い掛かって来たのだ。
威力は高くとも、一発ずつの範囲の狭い《マーキュリー》を当てるのは難しい――特に最終決戦に挑む資格を持つ最高レベルと言っても差し支えのないユニット相手には特にだ。
そのことをよくわかっているアリスは、《マーキュリー》に更なる仕掛けを施した狙撃魔法へとして調整していた。
調整の内容は単純。
一方向に向けて射出、その後しばらくして何にも命中しなかった場合に進行方向を反転させて再度射出する、というものだ。
反転には《神性領域》を応用したものを使う。
命中しなければ死角となる背後からの再攻撃――それが《マーキュリー》という恐るべき狙撃魔法の全貌だ。
それを《ディアトン・アステラス》で無数にばら撒いているのだ。
ほんの僅かであっても意識をアリスの『次』の行動へと割いていたフランシーヌたちにとって、これは意識の外からの不意打ちに等しいものだった。
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「くっ……オペレーション《ワームホール》!」
《マーキュリー》をまともに食らえば危ない。
それをすぐに理解したケイオス・ロアは、自分の全身を覆う形で《ワームホール》を展開しどこから《マーキュリー》が飛んできても対処できるように守ることを優先する。
――チッ、らしくない……!!
だが内心では舌打ちする思いだった。
《神装》を使ったというのに、防戦に回らざるをえない自分の不甲斐なさに苛立っているのだ。
魔法を使い放題になる代わりに常に魔力を消費し続ける、時間制限付き――しかも時間が来たら自動的に敗北が確定する――の強化を使っているにも関わらず、防戦に回ることは悪手以外の何物でもない。
――アリスもこの魔法の効果は予想しているわよね、当然……。
アリス自身は目にしてはいなかったが、かつて同様の効果を持つ《絶装》という魔法をラビの前で使ったことがある。
だとすれば《カムライ》そのものは知らずとも、同じような魔法があるであろうことは予想していたはずだ。
ひたすら防御せざるをえない攻撃を続けて魔力切れを狙う、そういう戦い方も不可能ではないし戦術としては――アリス以外には不可能であろうが『有り』である。
――……くっ、『時間』封じだけじゃなく、『空間』の方もやっぱり把握しているか……!
一番の問題は、ケイオス・ロアの絶対防御……『空間操作』の対処法、というか『弱点』を見抜いていることだ。
『空間操作』は確かに強大な力だ。
ただし、当然のように『無敵の能力』ではない。
ガイア内部の戦いでは空間操作なくして最後の戦いに勝利できなかったとはいえ、いずれ敵対する相手に見せてしまったのは致命的だった――使わなければゼノケイオスに負けていたので仕方ないが……。
空間操作による絶対防御、その弱点は単純だ。
自身を歪めた空間内に置いて防いでいる関係上、空間の外側へと自分も干渉することができなくなるというものである。
例えれば、自分の周囲を隈なく頑丈な壁で囲っておけば身の安全は保障されるが、壁の外側へと手を伸ばすことができなくなるのと同じである。
この欠点は、ミオの【遮断者】と共通している。絶対に突破できない楯で身を守は触れることが通常できない領域を自在に操作することができる、という点で『最強の能力』の一角と言えるだろう。
歪曲空間で防御しつつ一方的に攻撃できる、というのであれば『無敵』だろう――ヴィヴィアンの《イージスの楯》が防御しつつ攻撃もできる能力だが、楯の部分以外では防御できないという欠点がある。能力にはメリットとデメリットが付き物なのは、誰であっても変わりはない。
それはともかく、ケイオス・ロアの歪曲空間による防御の欠点をアリスは当然見抜いていた。
だから防御を使わざるを得ないくらいの攻撃を繰り出すことで、ケイオス・ロアからの反撃を封じることにしたのだった。
《カムライ》や《アルテマ》の最大の利点は、どんな大魔法であっても使い放題になるというところにある。
アリスが最も恐れるのは、防御も回避も難しいあるいは一辺倒にならざるをえない程の規模の攻撃魔法を絶え間なく放たれ続けるという、対処のしようのない状況に陥ることだ。
それを防ぐには、先手を取ってケイオス・ロアに防御を強いるしかない。
ケイオス・ロアはアリスの作戦に見事に嵌ったと言えるだろう。
――このままじゃ終わらないわよ、アリス……!!
どちらの魔力が先に尽きるか、という耐久戦――にはならない。ケイオス・ロアが絶対にそんな状況にはさせないし、ここまで消費した魔力の量からしてもおそらくアリスの方が先に力尽きるはずだ。
先手はアリスに許したが、このままでは済ませない。必ず、再び自分が自由に動ける状況を作り逆転する。
そのタイミングをケイオス・ロアは『待つ』のではなく『自ら作る』方法を考え、実行に移す。
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異変に気付いたのはフランシーヌが最初だった。
「……ッ!? ロア……ッ!!」
いかなる感情か、思わずそう呟かずにはいられない。
なぜならば、ケイオス・ロアへと向かって飛んで行ったはずの《マーキュリー》の全てが軌道を変え、フランシーヌの方へと向かって来たからだ。
歪曲空間によって防御するだけでなく、フランシーヌの方へと飛ばしたのだ。
《マーキュリー》はアリスの魔法だ。当然、アリス自身にダメージを与えることはできないだろう。
だから、ケイオス・ロアは防御ではなく反撃――より正確には自分に向かって来た攻撃をフランシーヌの方へと誘導することによって、間接的にフランシーヌへと攻撃を仕掛けたのである。
それを『卑怯』とは言わない。フランシーヌには元より言う権利もない。
「こんなもの……ッ!!」
ゼラではなく自分を狙った理由もわかる。
フランシーヌの方が脅威だからというのもあるだろうが、不定形の泥のような姿のゼラならば身体を再生することができる。フランシーヌならば傷ついた肉体を修復する術はない。
そういう理由だろう。
想定以上の数の《マーキュリー》に狙われつつも、フランシーヌはまだ諦めることなく、どうしようもない攻撃を霊装で弾きつつも愚直にアリスを狙おうと走り続ける。
「――なっ!?」
だが、全てがフランシーヌの想定を上回った。
回避しきれないものを霊装で弾いた瞬間、フランシーヌは自身の『失敗』を悟った。
霊装に触れた《マーキュリー》は弾かれることなく、そのまま猛回転を続け霊装を伝ってフランシーヌへと至近距離から向かって来たのだ。
これが《マーキュリー》のもう一つの能力。
回転の力を利用し、たとえ防がれたり弾かれたりしても突進を止めることがない――回避する以外に防ぐ術のない恐るべき狙撃魔法なのだ。
「ぐぁっ!! くっ……こんなもの……ッ!!」
霊装を伝う《マーキュリー》が弾かれたように飛び、フランシーヌの顔面を狙う。
それを何とか回避、直撃を避けることはできたが右のこめかみ辺りを掠り周囲の肉と髪を引きちぎる。
……そして、回避しようとフランシーヌの体勢がわずかに崩れた隙を逃さず、他の《マーキュリー》が次々と殺到してくる。
全てを回避しきることは出来ず、フランシーヌの肉体のあちこちが《マーキュリー》により削られていった……。
――……ったく、あんたたち……『殺意』高すぎでしょーが……!!
触れた箇所を削り、更に触れたことにより更に軌道を変える《マーキュリー》の群れにフランシーヌは為す術もなく蹂躙されながら、そう内心で呟くしかなかった。