11-25. 終焉のマギノマキア -5-
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《世界ヲ殺セ、黒ノ巨人》発動と同時に魔人へと変貌したアリス。
魔法の詳細はわからずとも、それが致命的な脅威となりうることを、ケイオス・ロアもフランシーヌも、ゼラも『本能』で瞬時に理解していた。
「オペレーション《リカバリーライト》!!」
ほぼノータイムで動いたのはケイオス・ロア。
《リカバリーライト》をアリスに対して即使用する。
「!? 効かない――いえ、発動しない!?」
ケイオス・ロアが回復魔法である《リカバリーライト》をアリスに対して使ったのは、もちろん回復のためではない。
《リカバリーライト》とは『時間を巻き戻すことでダメージを回復する魔法』だ。
時間を巻き戻して状態を戻すということは、強化魔法をも解除することができる――すぐにかけ直すことは可能だが、改めてかけ直すために僅かな時間が必要になる。
ケイオス・ロアが狙うのはその隙だ。
いかにアリスであろうとも、魔法の発声には時間が必要だ。
彼女たちのレベルであれば、強化魔法をかけ直すその僅かな時間であっても十分すぎるだけの時間だ。
……だが、ケイオス・ロアの思惑は外れてしまった。
アリスの《スルト・ラグナレク》は解除されなかったのだ。
いや、それだけではない。
《リカバリーライト》がそもそも発動した形跡がない。
「悪いな、ロア。
時間操作は封じさせてもらったぜ」
「……っ!!」
アリスがそう言うと共に、
「cl《赤・巨星壊星群》!!」
無差別に周囲へと巨星の雨を降らし――最後の戦いの合図を鳴らす。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ありすが《スルト・ラグナレク》を改造するに当たり、『必要な能力』と『不要な能力』をどのように分けるかが大きな問題となった。
相手のあらゆる行動を『否定する』能力は強大であるし、使えば必勝であろう。
しかし、今回の戦いにおいて対戦相手は一人ではない――フランシーヌの存在は予期できずとも、ケイオス・ロアとゼラが最低でもいることは確定しているのだ。
強大な能力には相応のリスクがつき纏う。
果たしてアリスの魔力で二人分以上の能力の拒否ができるか、という点には疑問符がつく。
もし対戦相手全員の能力を完璧に封じきることができなければ、魔力が底をつくだろうアリスは必敗となる。
ジュウベェ一人相手にしても魔力がギリギリもつかどうかだったのだ。
二人以上相手には使えない能力としか、ありすには思えなかった。
かといって中途半端に能力を封じたところで意味はない。やはりアリスの魔力が足りずに敗北するのが目に見えている。当然、一人だけ完全に封じることにも意味はない――漁夫の利を与えるだけの結果になる。
だからありすは『ルール・ブレイカー』の能力――《スルト・ラグナレク》の根源とも言える能力を敢えて外すことに決めた。
『ゲーム』の枠組みを外れた異常な魔法の異常な性能を除外し、単なる『強化魔法』へとダウングレードさせたのである。
このことにより、ジュウベェ戦の時のような魔力消費はなくなり、また暴走状態も抑制可能となる――もっとも、暴走した理由は魔法の効果だけではなかったであろうが。
表向きの効果としては、アリスのもつ各種強化魔法全てを兼ね備え、同時に《黄金巨星》同様の肉体再生能力を持たせる、というものとなる。
……ただ、これだけならば『切り札』と呼べるような魔法とは到底言えない。これもまた、ありすだけでなく他のメンバーも思っていたことであった。
故に、《スルト・ラグナレク》の根源たる『否定』に大幅な制限を加え、『根源』から『副次的な能力』へと抑え込むこととした。
こうすることによって大幅な魔力消費や暴走の危険性を減らすことができる上、状況次第で自在に能力を使うことができるようになる。
アリスの意思で任意に『否定』を行うことができるが、基本的にはただの強化魔法であり今まで通りアリスは自分の魔法を使うことができる。
この『否定』は無制限ではなく、特定の事象のみを一時的に否定する……そういう改造を行った。
そもそも、なぜ《スルト・ラグナレク》にそのような能力があり、『ゲーム』のシステムが処理しているのかは全くの謎のままであるが……。
それはともかく、ありすは楓の【消去者】を参考に『否定』能力を改造した。
この時に対象として考えていたのは、ケイオス・ロアの『時間操作魔法』だ。
他にも危険な魔法は幾つもあるが、やはり最大の障害となるのは『時間操作魔法』であるとありすは考えた。
なぜならば、即死でない限り無限に復活される可能性があるし、強化魔法等も時間を巻き戻すことで実質無効化できてしまうのだ。これ以上に危険な能力はないだろう。
かといってケイオス・ロアの魔法自体を封じることは難しい。
個別の魔法を否定することは不可能ではないが、発想次第でいくらでも新しい魔法が作れてしまうのだ――たとえ一個の魔法を封じられても、異なる名前の似たような効果の魔法を創られたら意味がない。
また、だからといって『オペレーション』自体を封じるとなると、元の能力と変わりが無くなるため改造の意味がなくなる。
よって、ありすが考えたのは魔法ではなく魔法の齎す結果そのものへの否定による封印だった。
今回の例で言えば、『時間への干渉を封じる』、もっと詳細に言えば『時間操作によるユニットへの干渉を封じる』ということになる。
時間の加減速による干渉、時間停止による干渉、全てをひっくるめて封じることにしたのだ。
これならば、《刻装》やオペレーション自体を封じずともほぼ同等の効果を見込める。
……やはり、そもそもどうしてそのようなことができるのか、という根本的な疑問は残るのだが……『出来るのだからしかたない』でありすたちは流すこととした。
ともあれ、アリスの言う『時間操作は封じさせてもらった』は全て本当ではないが嘘でもない。
ケイオス・ロアが時間操作の魔法を発動させることは可能だ。魔力も消費するし効果も発動する。
しかし発動した効果は『否定』され、結果的に何も起きないように見える――それがカラクリである。
これは最終決戦においてほぼ必須とも言える能力ではあったが、同時に諸刃の剣でもある。
時間操作による復活や魔法の無効化は封じることができるが、その他の致命的な威力の魔法は一切防ぐことができない。
特に《天装》による『空間操作』は防御不能の一撃必殺の攻撃魔法と、生半可なことでは乗り越えることのできない空間歪曲による防御魔法を兼ね備えた最も危険な魔法だ。
他にも様々な属性による多種多様な魔法を持っていることを知っている。
それらの致命的な魔法を食らえば――たとえ《スルト・ラグナレク》によって強化をかけていても安心はできないだろう。
ケイオス・ロア以外の相手――結果的にフランシーヌという一撃必殺に長けた能力者だ――の存在も考えると、時間操作封じのために魔力を削るというのはリスクがあるとも言える。
リスクと、時間操作を封じることのメリットを考え、楓たちとも相談した結果……ありすは時間操作を封じることを選んだのだ。危険性は認識しつつも。
これこそが、勝つために最も重要な一手である、そう信じて――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
切り札の一つ、時間操作を封じられたケイオス・ロアの立ち直りは早かった。
――ま、アリスなら対策は練ってきて当然か。やれるとは思わなかったけど……。
通常のユニットであれば干渉することは不可能に近い『時間』という領域にアリスが踏み込んできたことに驚きはあったが、ガイア内部で見ている以上無策でいるとまでは思っていなかった。
どうやって対策したのかまでは想像が及ばないが、事実として『そう』なっているのだからこれ以上考えることは時間の無駄だ、とケイオス・ロアは割り切る。
――他の属性まで封じられていたらお手上げだけど……ま、そこは多分大丈夫か。
ケイオス・ロアの持つありとあらゆる属性を同様に封じられたらどうしようもなくなるが、そのような効果の魔法は聞いたことがないし仮にあったとしても魔力の消費が膨大になりすぎて使い物にならないだろう、と予想。
アリスがやれたとして、そんなリスキーなことをするとは到底思えない――ケイオス・ロアを封じた結果、フランシーヌたちが漁夫の利を得るだけの結果だからだ。
元より、《神装》を使ったことにより最後の全力疾走に入ったのだ、時間巻き戻しによる回復や妨害よりも攻撃に専念して相手を押しつぶした方が良い。
――……問題は、フランシーヌの方か……!
ケイオス・ロアから見れば詳細不明のアリスの強化魔法も脅威ではあるが、おそらく対処は可能――アリスのことをよく知っているが故にある意味では想像の範囲に収まると予測している。
全くわからないのがフランシーヌの方だ。
ガイア内部で長い時間共闘してある程度は能力を把握はしているし、何度か切り札的な魔法を使っているのも目にしている。
それでも『未知の脅威』である、とケイオス・ロアは認識していた。
まだ何かしてくる――それも、油断すれば一撃必殺となりうる何かを……。
「……いいわねっ! これこそまさに最終決戦って感じで!!」
降り注ぐ《赤爆巨星》を回避しつつ、ケイオス・ロアは笑った。
想定外の最終決戦、アリスだけでなくフランシーヌとも決着をつけられることが嬉しいのだ。
そして何よりも、自分自身ですら知らないケイオス・ロアの本当の全開を発揮できることを――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
最後の激突において、フランシーヌの頭は冷え切っていた。
なぜならば、この戦いで最も劣っているのが自分だと自覚しているからだ。
――でも、このままじゃ終われないわ……!!
既に切り札は使ってしまっている。
これ以上の強化は不可能なのだ。
今の能力で、アリスとケイオス・ロアを上回らない限り、フランシーヌに勝ち目はない。そのことを誰よりも自覚しているが故に、冷静になっている。
――開き直り、と言い換えてもいいかもしれない。
反則覚悟で最終決戦に紛れ込んでおいて、何も為せずに敗北することだけはしたくない。
かといってここで勝ってしまって本当にいいのか……という思いもなくはない。
それらをすべて吞み込み、冷静な頭で細い『勝ち筋』を辿る――フランシーヌにできることはそれだけだった。
降り注ぐ巨星にひるむことなく前進。
「喰らえ、《ゲイボルグ・リベル》!!」
《エボル・スティグマータ》を纏い、凶暴な猟犬と化した槍の穂先を振るい巨星を食いちぎり呑み込む。
たとえ爆発する巨星であろうとも、魔法であれば何であれ食い破れる――それが《ゲイボルグ・リベル》の効果だ。
進化生物化を防ぐ替わりに強化能力を本人ではなく霊装の方へと施す……結果として、身体強化の幅は他二人に後れを取ってしまっていることが致命的であるかはフランシーヌにはわからない。
――勝つしかない……!
――そうでなければ、リュウセイが何をしでかすつもりかわからない……!!
本当に勝ってしまっていいのか、という迷いを上回るのが、自分の使い魔に対する不信感だ。
『ゲーム』の表舞台に立たずに、裏で色々とやっていたことはわかっている。
そのうちの行動の大半は、マサクルの『罠』を潰すための行動だということも理解している――そしてそれは、結果としては『悪』ではないとも。
けれども、ドクター・フーを仲間に迎え入れようとしたり、長期間連絡が取れなくなったりと不審な行動が目立つ。
特にドクター・フーの件はフランシーヌにとって決定的だった。
ドクター・フーの正体が亜理紗であり、しかも彼女の話からして『ゲーム』の開始当初からリュウセイと通じていたことは確定しているのだ。
まだ何かがある。フランシーヌにはそうとしか考えられない。
『何』をするつもりなのかはわからないが、それは『ゲームの勝利』のためであることは確かなのだから、勝つしかない――そうすれば、リュウセイが余計な悪だくみをすることもなくなる。
それが、フランシーヌの戦う理由だ。
――……でも、ここで決着がつけばリュウセイももう何もやれることはない、はず……。
この戦いが『最終決戦』なのだ。
ここでの勝者がイコール『ゲームの勝者』となるはずなのだから、結果が出た後にリュウセイが行動を起こすことは難しいはず……そうとも考えている。
……故に、フランシーヌは『迷い』を抱えているのだ。
――ええい、ここまで来て迷うな、あたし!!
――負けるより、勝つ方が『いい結果』になるに決まってるわ!!
――だから、あたしは勝つ! 絶対に!!
その『迷い』を振り切り、フランシーヌは戦う。
勝てばリュウセイが余計なことをすることもなく、きっと無事に『ゲーム』は終了する。
正式な参加者ではないのに……という罪悪感だけは残ってしまうが、それはフランシーヌ自身が呑み込めば済む話だ。
負ければ『ゲームの敗北』が確定する。この時にリュウセイが起こす行動が不安ではあるが、勝敗が確定する以上何も起きないのではないかという思いもある。
……それもフランシーヌがそう思っているだけで、どうなるかは不明だ。
ならば、勝つのが『最善』――フランシーヌ自身にとっても、他の『ゲーム』参加者……特にアリスとケイオス・ロアたちにとってもそうであろう、と信じるしかない。
「絶対に、あたしが勝つ!!」
巨星を食い破り、魔人へとフランシーヌは迫る――アリスこそが、この戦いの最大の障害であると認識して……。
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ゼラは迷わない。
ただひたすらに、愚直に、当初の目的へと突き進む。
『勝つ』――最後の戦いに勝つ、ただそれだけを迷うことなく求め続ける。
勝つのは自分でもフランシーヌでも構わない。
……最後にどちらか片方、あるいは両方が残れば自分たちの勝ちなのだから。
ゼラにとって、全てはフランシーヌのために。
フランシーヌが気にしているリュウセイの企みとかは、ゼラには関心がない。
フランシーヌが『ゲーム』に勝ちたいと思っているから、だから全力で協力する。
フランシーヌに勝利を捧げるために。
それだけのために、迷うことなくゼラは突き進む。
「――ッ!!!」
古代兵装を取り込み、全身を強化した今のゼラならば、アリスの巨星魔法にもびくともしない。
剛と柔、相反する二つの性質を備えたゼラの身体を滅するのは、既に巨星であっても難しい。
攻撃全てを防ぐ肉体のみを武器に、強引に――フランシーヌよりも早くアリスへとゼラは迫る。
――こいつを倒せば、勝てる。
ゼラは本能でアリスがこの場で一番の危険因子だということを理解していた。
だから、アリスを真っ先に潰そうと襲い掛かったのだ。
……当初の作戦でもゼラがアリスを相手する、という分担になっていたので結局やることに変わりはないのだが。
「ゼラ、貴様からか」
「……ッ!!」
巨星の雨を強引に切り抜けた先――アリスは真っすぐにゼラへと視線を向けていた。
フランシーヌ、そしてケイオス・ロアはすぐに追いつくことは出来ない。ゼラが一人先行した形だ。
――戦術としては、ゼラの採った方法は全く正しくない。
本来であれば最大の敵に対して三人で同時にかかるべきだったのだが、肉体を強化していたがために一人だけ早く抜けてしまったのである。
「貴様には生半可な攻撃は効かないからな。悪く思うなよ!!
ext《超熱巨星》!!」
アリスから超高温の炎の塊――灼熱の巨星が放たれる。
それは、連星魔法である《灼熱巨星》……これは複数の星を配置し、その範囲内を焼き尽くすという性質上、射出することができない。
《シリウス》を固定位置ではなく通常の巨星魔法のように放つ魔法――それが《マーズ》である。
巻き込まれればユニットは即死、たとえ古代兵装で強化したゼラであっても無傷ではいられない……どころかゼラにとって致命的となりうる『焼き尽くす』攻撃だ。
「! ゼラッ!!」
絶死の焦熱領域がゼラを――否、巨星が更に拡大し戦場全域を呑み込もうとするのをフランシーヌは見た――