2-26. No way out 3. 無慈悲な戦姫
「……っ、《コロッサス》……」
《コロッサス》をリコレクトでの回収するよりも早くとどめを刺されてしまい、ヴィヴィアンがわずかに顔を歪める。
これで《コロッサス》を召喚するために使った魔力が消えた。再度呼び出すことは可能だろうが、消えてしまった魔力はもうどうにもならない。
――これが、ヴィヴィアンの魔法の『弱点』だ。
確かに一つずつの召喚魔法は強い。消費に見合うだけの効果を持っている。しかし、その召喚魔法を破壊されてしまった場合、つまりリコレクト前に魔法を無効化されてしまうとなると、消費の重さがネックとなってくる。
特に複数の魔獣を召喚している場合にこれが響いてくる。破壊前にリコレクト、そして再召喚を行えるのであればよいが、今みたいに複数の魔獣を同時攻撃されるような事態に陥ると魔獣を破壊されるリスクが高くなるのだ。アリスが言ったように、纏めて攻撃するのが得意な魔法少女との戦いになると一気に苦しくなってくる。特に回復アイテムが制限される対戦であれば猶更だ。
「何を呆けている? cl《炎星雨》、mp!!」
アリスは追撃の手を緩めない。
眼下のヴィヴィアンへと向けて、燃える岩石の雨を降らせて攻撃する。
「サモン《イージスの楯》!!」
《ペガサス》に乗っての回避も間に合わない。咄嗟にヴィヴィアンは《イージスの楯》を使い、自分と《ペガサス》を守ろうとする。
流石、『神装』の一撃も防ぎ切っただけはある。《炎星雨》では何十発受けても《イージスの楯》を突破することは出来ないだろう。それはアリスも当然理解している。
だからこの《炎星雨》はヴィヴィアンへの攻撃が狙いではない。
「……その危なくなったら《イージスの楯》使うクセ、直した方がいいぞ?」
「……え?」
突然真横から聞こえてきたアリスの声にヴィヴィアンが戸惑う。
そう、アリスは《炎星雨》を撃つと同時に、自分自身も降り注ぐ炎の岩をかわしながらヴィヴィアンへと接近してきていたのだ。
確かに《イージスの楯》の防御力はすさまじい。おそらくは『ありとあらゆる攻撃を無効化する』という効果があるのだろう、どんな威力があろうとも完全にシャットアウトされてしまうと思う。
けれど……ものすごく当たり前な話なのだが、楯を構えていたら前が見えない。楯に隠れている以上、正面が見えなくなってしまうのだ。
攻撃を防がれることは仕方ない、とアリスは諦めた。その代わり、《イージスの楯》を使われた場合には相手の視界を塞ぐことが出来る。その隙をついて一気に接近するという作戦を取っただけだ。
横から現れたアリスに向かってヴィヴィアンの傍で待機していた《ペガサス》が突進しようとするよりも早く、アリスが魔法を使う。
「cl《赤色巨星》!」
『神装』を除き、現状最強の攻撃魔法を至近距離から発射する。
煌々と燃え盛る巨大な弾丸が向かってきた《ペガサス》を吹き飛ばし、更にヴィヴィアンをも巻き込む!
「ふん、どうだ」
前回は《赤色巨星》の一撃でヴィヴィアンは倒れた。今回は直撃ではないとはいえ、それでもガードは出来なかったはずだが……。
「う、くっ……」
何とヴィヴィアンはそれでも立ち上がってきた。しかも、それなりにダメージは受けているようだが致命傷にはほど遠い――どころか、体力ゲージが見えないからわからないけど、割とぴんぴんしているっぽい?
アリスも思った以上にヴィヴィアンが平気そうなのには呆れたような顔をしている。
「ほぅ、なるほどな。丸一日レベル上げしてたっていうのは、伊達ではなかったようだな」
――対戦前、私はありすから桃香嬢の話を聞いていた。その時の会話で、昨日学校を休んでいたのは、一日中クエストに挑み続けてジェムを貯めて、ヴィヴィアンのステータスを上げるためだったというものがあった。
学校を休んでレベル上げ、ということの是非は今は問うまい……もとより私が口出し出来る範囲ではない。しかし、《赤色巨星》を食らっても立ち上がれるところを見ると、馬鹿には出来ないくらいのステータスの上昇を行っているのは確かだ。
ともあれ、形勢は逆転した。ヴィヴィアンは《コロッサス》に続いて《ペガサス》の分の魔力を喪失してしまった。キャンディは既に三個使用している――通常対戦では共通でキャンディとグミが5個ずつ配布されるため、残り2個だけだ。対してアリスはキャンディを2個使用してはいるものの、既に『神装』は使い終わっている。余程無駄に《嵐捲く必滅の神装》を連発でもしない限りは十分にもつだろう。昔と違ってアリスのステータスもだいぶ伸びてきている、《赤色巨星》もキャンディなしで何発かは撃てるはずだ。
「……サモン《ペルセウス》!」
《イージスの楯》をリコレクトする余裕はない。そのままキャンディを使って《ペルセウス》を再度召喚する。これで4つ目……残りは後一個だけだ。
「遅ぇっ!!」
《ペルセウス》召喚と同時にアリスも駆ける。
背後から《グリフォン》が襲い掛かってくるが、そちらには構わずに一直線に《ペルセウス》へと剣を振り下ろす。
《ペルセウス》が前とは異なり楯でアリスの攻撃を受けて、右手の剣で反撃しようとするが……。
「どけ!」
アリスは《剛神力帯》で《ペルセウス》を殴り飛ばす。
……うん、実に乱暴だけど有効だ。今のアリスは腕が四本あるようなものだ。何も馬鹿正直に剣での鍔迫り合いに付き合う必要なんかない。
殴られ、バランスを崩した《ペルセウス》を横なぎに切り払う。両断まではいかなかったが、《ペルセウス》の右腕が切り飛ばされる。
「……歯ぁ食いしばれ!!」
そして、ついにヴィヴィアンの目前へと迫ったアリスが――ヴィヴィアンの顔面に向けて渾身の右ストレートを繰り出す。
「ぎゃうっ!?」
なすすべもなく殴られ、ヴィヴィアンが地面に倒れる。
渾身の、とは言っても魔法による強化も何もされていない、ただのパンチだ。それ一撃でヴィヴィアンの体力を大きく削るものではない。
ものではないのだが……。
「おい、ヴィヴィアン」
地面にへたり込んだヴィヴィアンに向けて、今まで見たこともないような冷たい目でアリスが告げる。
「貴様――オレが貴様に負けてやるとでも思ってるのか?」
「……っ」
「それとも、もしかしてオレに助けてもらえるかもとか期待してるのか?」
……。
「そんなわけないだろう?
いいか、よく聞け? オレは貴様を絶対に助けない」
話しつつ、向かってきた《グリフォン》を切り伏せ、《ペルセウス》を《剛神力帯》で掴み、握りつぶす。
これで今ヴィヴィアンが召喚しているのは放置された《イージスの楯》のみとなった。
しかし……何があっても私は口を出さないとは言ったものの……いや、アリスのことを信じよう。
「そんな……」
ヴィヴィアンの表情が変わった。生気のない無表情だったのが、アリスの言葉を聞いて絶望に歪む。
対してアリスはそんなヴィヴィアンを嘲るように笑う。
「どうして……」
「これはそういう『ゲーム』だろう?」
事も無げに言うアリスに向けて、今度は怒りの表情を向ける。
「そんな……だって、わたくしが負けたら……!」
「鷹月あやめが酷い目に遭わされる、か? そんなの、オレの知ったことじゃないな」
「……っ!!」
……私があやめと会った時に彼女は怪我をしていた。
あの怪我はクラウザーにやられたものだ。あやめに聞いた話では、初日私たちに敗北した後にクラウザーが腹いせに桃香嬢を殴ろうとしたのをあやめが庇った時の怪我だという。
桃香嬢を直接殴って言うことを無理矢理きかせるより、彼女が大事に思う人間を人質にした方がやりやすい――クラウザーはそう考えたのだろう。奴は、脅迫の材料として『負けたらあやめを傷つける』と桃香嬢に言ったそうだ。
呆れるほどに外道だが、他人をコントロールしたい場合にはそうすることが有効な場合も多い。特に桃香嬢の場合、『七燿桃園』の一員としての矜持もある、彼女自身を痛めつけたとしても早々屈することはなかったのだろう。だから、桃香嬢自身ではなく、彼女の大事な人間であるあやめをターゲットとしたのだ。
この辺りの事情は私があやめから聞いている。もちろんアリスにも伝えたのでそれは知っている。
――知っていながら、アリスはあやめがどうなろうと構わない、と切り捨てた。
そこにどんな意図があるのかはわからないけど、この場はアリスに全て任せる。私は口を挟まない。
「ふん」
そしてアリスが両手で《竜殺大剣》を構える。
「助かりたければ、自分で何とかするんだな。
ヴィヴィアン――貴様に逃げ場はないぞ」
「……っ」
「どうした、そのままでいいのか? オレは遠慮なく貴様を切り伏せるぞ?」
《竜殺大剣》を握る手に力が籠められる。
本気か、脅しか、どちらなのか判断が付けられないのか、それともまだ混乱しているのかヴィヴィアンは動けない。
そうだ、これがヴィヴィアンの……桃香嬢の、そしてヴィヴィアン救出を困難としているややこしい事態の原因なのだ……。
私はあやめの話と、そしてありすの話を思い出していた……。




