11-23. 終焉のマギノマキア -3-
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ケイオス・ロアは自らの過ちを素直に認めた。
完全にアリスの行動を読み違えていたことにより、今の窮状を招いてしまったのは自らの過ち以外の何物でもない。
――悠長な戦いなんてしていられるわけがないよね……ああくそっ、失敗した!!
アリスが狙うは短期決戦。
魔力の回復に不安があるというならば、ちまちまと節約しながら戦うのではなく一気に大技で殲滅する――アリスならばそう考えるだろうとケイオス・ロアならばわかっていたはずだった。
それにお互い様子見をしながら戦うというのもありえない。
初回の能力がわかっていない時であればともかく、もうお互いの全能力はわかりきっている上に『切り札』的な大魔法の存在もバレているのだ。手の内を見せないように戦う必要などない。
何よりも『周りが全て敵』という状況であれば、アリスの能力なら一気に殲滅するという選択を採るのは自然なことだ。
それらがわかっていたはずなのに、アリスに先行を許してしまったことをケイオス・ロアは悔やみ、また自分の迂闊さに舌打ちしたい思いだった。
――1対1を征してから、なんて言ってられないわね。
――全員纏めて相手するつもりでいなきゃ……置いていかれるわ!
事ここに至り、ケイオス・ロアは自分が一番出遅れていることを自覚した。
アリスは言うに及ばず、フランシーヌとゼラも自分たち以外を相手取る気でいたのだ――数が優位なため意識せずとも1対1に持ち込めていたというのもあるが。
ケイオス・ロアだけがそうではなかった。
故に、フランシーヌたちに出遅れ、アリスに先制を許してしまい防戦一方になってしまっている。
ケイオス・ロアの《ワームホール》は、《閃光巨星》の閃光を防ぐことはできなかったがそれ以外の攻撃は防ぐことは出来る。
……はずだ。
閃光に紛れて発射された《世界を喰らう無窮の顎》もこのまま伏せぐことができ、フランシーヌたちを倒してくれるかもしれない、という期待はある。
……が、それが甘い期待だということをケイオス・ロアはもう自覚している。
「くっ!? 本当にヤバい魔法ね!?」
《ヨルムンガンド》は合計9本……いや9匹。
1人当たり3匹の黒龍が向かってきている。
これを捌くことができなければ、戦いの決着はついてしまうことだろう。その確信がケイオス・ロアにはある。
単純に『アリスの極大魔法だから』という感情的な理由からではない。
なぜならば、ケイオス・ロアへと向かって来た3匹の黒龍は《ワームホール》の作り出す歪んだ空間を無理矢理乗り越えようとしているからだ。
――何をどうしたらこんなことができるのか、あたしには見当もつかないけど……!
――……このままじゃ絶対にヤバい!!
『空間』の定義次第ではあるが、少なくとも《ワームホール》における定義では『目に見える物質的なスペース』こそが『空間』であるとなっているのだろう。
物質的な空間であればそこには必ず『重力』が作用している。
《ヨルムンガンド》は《グングニル》と《トール・ハンマー》、そして両方の神装に共通する雷を司る魔法だ。
『重力』を司るということは、『重力』の影響下にある『空間』をも司るということを意味する。
今、黒龍の牙は《ワームホール》の作り出した歪曲空間を食い破り、ケイオス・ロアへと食らいつこうとしていた。
《ヨルムンガンド》が《ワームホール》を食い破る理屈はケイオス・ロアにはわからないが、このままでは防ぐことはできず――そして《ワームホール》内に逆に閉じ込められた形になる自分は逃げることもできずにやられる、そのことだけは理解できていた。
――……覚悟を決めろ、あたし!
――最後の決着は『楽しんで』戦うんじゃない……徹底的に、完全に勝つために全てを賭けて戦うんだ……!!
「エクスチェンジ――」
この場において誰よりも出遅れ、また『覚悟』が足りなかった自分。
そのせいで大幅に出遅れ、真っ先に脱落しかけている今ではあるものの、幸運だったのは今そのことに気付けたことだ。
最終決戦は短期決戦。
いつまでも長くは続かないが、ゴールの見えない徒競走を全力疾走で他人よりも遠くへと駆け続けるようなものになる。
自覚をし、覚悟を決めたケイオス・ロアは、ここに至るまで仲間にさえも隠し続けてきた『切り札』を躊躇わずに切った。
「――《神装》」
ケイオス・ロアの姿が変わる。
……それを目にしたことがあるのは、ラヴィニアだけであったろう。
ケイオス・ロアの全身に巻かれた包帯、鎖、拘束具が外れ……彼女の素顔が露わになる。
銀の髪は黄金に染まり、漆黒の『悪堕ち魔法少女』だった衣装は純白に。
――その姿は、まるで『もう一人のアリス』が現れたようである。
――これがあたしの本当の、全力中の全力……。
ケイオス・ロアのイメージする『最強の自分』。
かつての自分の力と、最高の仲間にして最大のライバル――すなわちアリスをイメージし、それらを乗り越えるための最強魔法。
《絶装》と同じ性能を持ちつつケイオス・ロアとしての全てを振り絞る最終形態……それが《カムライ》だ。
――魔力が尽きるその時までに、全員倒す!!
温存も、この後のことも考える必要がない。
ただひたすらに全力を出し尽くしいかなる対戦相手をも薙ぎ払う。
そうでなければ追いつけない――どころか何もできないまま戦いから脱落してしまう。
これは、そんな次元の戦いなのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方で、フランシーヌは冷静に自らに迫る黒龍を見つめていた。
――まともに食らったらこれで終わりね……。
どんな状況にも対応可能な血液操作魔法だとは言え、全てを破壊する黒龍を防ぐほどの強度はない。
……これがもしただの《嵐捲く必滅の神槍》なのであれば、血液の盾に当てて防ぐということは可能だったろう。
《ヨルムンガンド》も結局は《グングニル》と同じ性質を持っているため同様の回避方法は取れる――が、威力が桁違いのため盾一枚……仮に十枚あったとしても威力を殺ぎ切ることは難しい。
しかも《ヨルムンガンド》は一本ではなく三本だ。仮に防げたとして、『血』を大幅に消耗してその後の戦いがまともに行えなくなる可能性が高い。
人数、そして魔力量の不利を圧倒的な火力で覆す……アリスにしかできない方法だと言えよう。
この一手にて、戦いの趨勢は逆転。
一番不利だったはずのアリスが勝利へと手を掛けた。それは疑いようがない。
「ブラッディアーツ《狂黒血の徴》!」
だからと言って諦める道理はない。
己の身体を『エボル』へと置き換えることで強化する《エボル・スティグマータ》を使いステータス全てを強化。
――……ロアも本気を出したか。
――とはいっても、ついでにこっちを助けてくれるとは……思わない方がいいわね。
時を同じくして、奥の手である《カムライ》を使ったケイオス・ロアを横目に見つつフランシーヌはこの場を切り抜け、そしてアリスたちへと反撃する方法を考える。
彼女の『時』を操る魔法であれば《ヨルムンガンド》を巻き戻すなりして防ぐことは可能だろう。その影響が自分にも及び何もしないでも助かるかもしれない――という期待はゼロではないが、甘い考えだと切り捨てる。
もしも上手くケイオス・ロアに助けてもらえるならそれで良し。《ヨルムンガンド》への対抗策がそのまま反撃へとなるだけの話だ。
「ふん、どんな魔法だろうと――切り崩すまでよ!」
右手の槍を掲げ、叫ぶ。
「ゲイボルグ――『血』を吸いなさい!」
フランシーヌの全身に浮かんだ狂黒血の文様が蠢き、血液と共に掲げた霊装へと移る。
血液、そして《エボル・スティグマータ》が槍へと集束――その姿を変じさせる。
槍の穂先が生き物のように蠢き、やがて巨大な顎を広げた獣の姿へとなる。
「ブラッディアーツ《ゲイボルグ・リベル》――さぁ、何もかも喰らい尽くしてやりなさい!」
霊装そのものへと血を移し、魔法の対象とし魔獣の顎を作り出す。
これがフランシーヌの新たな『切り札』――ガイア内部での戦いを経て編み出した、彼女の最強の『矛』なのだ。
まるで意思を持っているかのような狂犬の顎が、恐れることなく《ヨルムンガンド》へと向かい……。
「ふんっ! このくらい……切り抜けてやるわ!」
《ゲイボルグ・リベル》の顎が、《ヨルムンガンド》の一匹を真正面から食い破った。
霊装へと最大の強化魔法である《エボル・スティグマータ》を移し、自身の『進化生物化』を抑制。むしろ霊装を『エボル化』させることで頑丈さはそのままに強烈な攻撃能力と武器再生能力を備えた最強の武器とする。
それが《ゲイボルグ・リベル》という魔法だ。
同じく霊装を軸としている《ヨルムンガンド》であっても物ともせずに《ゲイボルグ・リベル》は打ち破る。
……が、流石にアリスの極大魔法――しかも神装を組み合わせたものだ。顎に噛み千切られながらも全ての勢いが止まったわけではなく、フランシーヌを尚も追おうとする。
「ブラッディアーツ《血風演舞》!!」
しかし既に噛み千切られ威力が大幅に減衰した《ヨルムンガンド》は、重ね掛けしたフランシーヌの魔法によって残った威力を全て削られ切られて消滅してしまう。
――残り2本……このまま全員纏めて倒す!!
自身に迫る《ヨルムンガンド》は残り2本、それらを捌きつつアリスへと接近――同時に先刻ケイオス・ロアへと放っておいた血を操り一気に勝負を決める。
フランシーヌにも当然理解出来ているのだ。
この戦い、当初描いていた想定通りには進むことはなく……むしろ、フランシーヌたちの想定よりもずっと早いペースで『終わり』へと向かっているということに。
《ヨルムンガンド》は間違いなくアリスにとっては最大威力を持つ魔法の一つだ。
これを凌ぐことさえできれば、戦いの決着は近い――それは予感ではなく確信だった。
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――……まいったな、これですら効かねぇとはな。
一撃必殺の短期決戦しか勝ち目がない、そう判断した上での《ヨルムンガンド》であったが……それすらも通じないことにアリスは内心で舌打ちする。
ケイオス・ロアは全属性魔法を無限に放つが魔力を消費し続ける背水の陣たる《カムライ》の力で黒龍を強引にねじ伏せ、フランシーヌは自身のみならず霊装を『エボル』へと変化させてこれもまた力業で黒龍を削りつつアリスへと迫ろうとしている。
何よりも意外だったのは、ゼラですらも黒龍を乗り越えようとしていることだ。
体内に隠し持っていたであろう無数の武器やオブジェクトを惜しみなく使い、黒龍の勢いを削ぎつつ同様に削られた自らの身体をオブジェクトを取り込むことで回復させながら突き進んできている。
スマートとは言い難い、強引な三者三葉の突破ではあるが、究極の力業たるアリスの神装を超えるには同様の力業で臨むしかないことをアリス自身はよく理解している――かつての強敵を自分が乗り越えた時もそうだったからだ。
――短期決戦でもまだ長い……!
魔力量等の理由から一番不利だった自分が勝つには『短期決戦』しかない、そう考えていたしそれが大きな間違いであるとはアリスも、そして外で観戦している仲間たちも思ってはいない。
想定外なのはアリスの力押しに対抗できるだけの力押しをケイオス・ロアたち全員ができてしまうということだ。
これ一発で全員倒せれば良し、そうでなくても頭数を減らせるだろうと見込んでいたのだが見事に当てが外れた形になる。
もはや『短期決戦』は望めない。ただの一人ですら《ヨルムンガンド》で討ち取れなかった以上、変わらず圧倒的に不利な立場に戻ってしまった――否、それどころか全員が『短期決戦』へと意識を切り換えたことで真っ先に『切り札』を切ってしまったアリスが一層不利な立場になってしまったと言えよう。
――……使い魔殿、皆……。
自分の背後で戦いを黙って見守ってくれているラヴィニア。そしてマイルームで同じように見守ってくれている仲間たちの顔を思い浮かべ……。
「exd!!」
躊躇うことなく、自分の全てを捨て去る覚悟でアリスは封じられた禁忌の魔法を解き放つ。
「《世界ヲ殺セ、黒ノ巨人》!!!」