2-24. No way out 1. 三度目の対戦
時刻は16:30――ありすも今日は寄り道をせずに真っ直ぐ帰ってきた。今は自室で待機中だ。
本来ならば控えるべきだろうが、ちょっと事情が事情だ。午後の授業中(自習時間だったと言っていたが)にありすから遠隔通話が来たのを契機に、私たちはお互いの持つ情報や考えを出し合い、おそらく今日来るであろうクラウザーとの対戦に備えることとした。
……今日で、多分終わる。私もありすもそう予感していた。いや、今日で終わらせるのだ。
クエストに行くこともなく、クラウザーからの対戦依頼が来るのを待つ。
それほどの時間は経っていなかっただろうが、ただ待つだけというのは辛いものがある。
そうしてついにクラウザーからの対戦依頼が来た。
”ありす、行くよ”
準備は整っている。ありすへと声をかけ私たちはクラウザーの待つ対戦フィールドへと赴く。
クラウザーを倒すことへの迷いはもうない。
今日あやめと話をして聞いたこと、そしてありすから聞いた桃香嬢の話……それらを合わせて考えて、クラウザーをこの『ゲーム』から早々に追い出さなければもっと酷いことになると思ったからだ。
相手はそもそもこちらに対して容赦はしないだろう。お互い、望むところである。
* * * * *
「ほう……」
選んだ対戦フィールドは『雷平原』。初めて来たステージではあるが、事前にどんな場所かはトンコツから聞いている。
黒い雷雲が空を覆う荒野だ。全方位見回しても地平線が見えるほど広大で、何もないフィールドである。空には雷鳴が轟いているものの、落雷によるダメージはないらしい。
ここを選んだ理由は二つ。単に広く余計なギミックがないため戦いに集中しやすいこと。それと、トンコツに提案されたからだ――まぁフィールドの内容を知っているということは、ここにも既に《アルゴス》が撒かれているのだろう。見られているというのはちょっと居心地わるいが、トンコツには色々と教えてもらった恩もある。彼としては戦いの行方は気になるだろうし、見られていて困ることはない。
「……」
私たちから少し離れた位置にはヴィヴィアンとクラウザー。ヴィヴィアンは相変わらず生気のない表情をしている。
”ふん、来たか”
クラウザーが言う。こちらも相変わらず不機嫌さを隠そうともしない、今にもこちらに噛みつきそうな気配だ。
……おや、こんな態度をとっているってことは、もしかして……まだ気づいてない、かな?
”言ったろう? 次は勝たせてもらうって。
また前回みたいに『逃げ勝ち』されちゃたまらないからね。ほら、対戦時間も――”
私たちの頭上に浮かぶ対戦時間を示す文字は――『無限大』。この戦いに引き分けでの終わりはない。必ず勝敗はつく。
私の挑発に激高しかけるものの辛うじて堪えるクラウザー。だが、その顔がひくひくと怒りで歪んでいるのがわかる。
”調子に乗りやがって……! だが、その割にはダイレクトアタックはなしか。くかかっ、小心者の癖……に……?”
こちらの挑発に対して向こうも私を嘲ろうとして、その声が途切れる。
あー、やっと気づいたか。
”BET額……50万だと!?”
そう、今回いつもの対戦と異なるのはフィールドや制限時間だけではない。色々と考えた上で諸々の条件を設定しているが、細かくはその時々に説明するとしよう。
肝心なのはBET額。お値段なんと50万ジェム――これは、通常対戦で賭けられる最高額である。
もちろん、今の私の手持ちはそんな沢山のジェムはない。この『ゲーム』のユニット育成にかかるジェムを考えれば、クラウザーも持っていない額だろう。
もし、持っていない額のBETを支払うことになる場合どうなるか?
……その場合、手持ちから払える分だけ全部払うことはもちろん、足りない分は『借金』として残る。つまり、仮に1万ジェムしか持っていない状態でこの対戦に負けた場合、一文無しになるどころか49万ジェムの『借金』を背負うことになるのだ。この借金は、魔力がマイナスに突入した時と同じで、稼いだ端から返済に回されていく。つまり……クラウザーはユニットを成長させるどころか、アイテムすら購入できない状態で49万ジェムを稼がなければならなくなるということだ。普通に『ゲーム』をプレイしていたら、ほぼ『詰み』となる額の借金だ。
もしそんな状態になったとしたら、かなりの痛手となるのは間違いない。……このシステム、欠陥もいいところだと思う。
私の『罠』に嵌ったことにようやく彼は気づいたようだ。
”ふふ、ダイレクトアタックなんてしないさ。せっかく、稼げるチャンスなんだからね”
ちなみにダイレクトアタックで相手を倒した場合は、相手のジェムとアイテムを全てもらえる。どちらがジェムを稼げるかと言うと……まぁ50万もらえる方が圧倒的に美味しいだろう。
要するに、『お前、いいカモだぜ?』と挑発しているわけだ。
まぁ、この極悪BET額は別に稼ぎたいだけではないんだけど。ちゃんとした意味はある。
”クソが……っ! おい、てめぇ、わかってんだろうな!?”
「っ……はい……」
傍らのヴィヴィアンに向けて殺気すら籠ってそうな怒声を浴びせる。全く、クラウザーの敵は彼女じゃないというのに……。
”アリス、大丈夫かい?”
とはいっても、私は私で内心冷や汗ものだ。
前回みたいな『時間切れ』でこちらの負けになるという不測の事態を避けるために対戦時間は無限にしたが、じゃあ実際に確実に勝てるかどうか……という点だけは不安要素である。アリスがヴィヴィアンに真正面から戦って簡単に負けるとは思えないが、彼女にまだ見せていない隠し玉がないとも限らないし、クラウザーがいかなる力を持っているかも未だ不明だ。決して油断してはならない。
「大丈夫だ、オレに任せてくれ」
”……そうだね。うん、この場は任せる”
事前の打ち合わせで、私たちは役割分担をしている。まぁいつも通りといえばいつも通りだけど、私が対戦の場を作り流れをコントロールする――その役目はひとまずは終わった。そしてアリスは戦闘担当だ。
いつもとちょっと違うのは、今回の対戦については私は一切の口を挟まない、とアリスと約束している。
……ありすが『何をしても、どんなことが起こっても、わたしに全て任せてほしい』と言っていたのだ。彼女が何をするかまでは聞かなかったが、昨日のジェーンとのことといい、ありすなりに思うところがあるのだろう。元よりダイレクトアタックなしの対戦では、戦いが始まれば私にできることはない。余計な口を挟まず――彼女を信じて待つ。
「よーし、それじゃ始めるとするか!」
アリスが『杖』を構える。
ヴィヴィアンの方は少しためらう様子が見えたものの、クラウザーの咆哮に押されながら『本』を手に取る。
”Ready――Fight”
三度目のアリスとヴィヴィアンの対戦が始まる……。




