2-23. 決戦前 3. 決戦に向けて
* * * * *
「何か、飲む?」
”いや……お構いなく……”
桜邸前で鷹月あやめ嬢に捕まった私は、そのまま抱きかかえられ彼女の部屋へと連れ去られてしまった。
彼女の部屋も桜邸内にあるようだ。思いがけず内部に潜入できはしたが、この屋敷内にクラウザーがいるとは思えない。
で、私はというと、妙な居心地の悪さを感じつつも彼女の部屋でお茶をしているというわけだ。まぁ私は飲まないんだけど。
「そう」
落胆するでもなく、淡々と答えながらもなぜかお茶を用意する。
……この子、さては人の話を聞かない系女子だな?
と突っ込む気はない。それよりももっと気にかかることがある。
――彼女の『怪我』だ。目に見える範囲では、右頬に大きなガーゼを貼っている。動きも少しぎこちない。服で隠れている箇所、具体的には胸とかお腹にも怪我を抱えているようだ。本当なら彼女は今日は学校に通っている時間だと思うが、今家にいるということは……まぁ怪我が原因なんだろう。
「……どうぞ」
”……はい……”
結局、私の意向は無視してお茶を出される。まぁいいか……。
「――クラウザーは見つけられた?」
前置きも何もなく、いきなり切り込まれてしまった。お茶に耳を伸ばしかけていたところだったので、危うく湯飲みをひっくり返すところだった。
”鷹月さん、君は一体……?”
「あやめでいい」
鷹月嬢――改めあやめは表情一つ変えずに言う。
前にも感じたが、このぶっきらぼうとかつっけんどんな感じ、ありすに似ているかもしれない。あの子が成長したらあやめっぽくなっているんじゃないかな、という気がする。
ただ、今の彼女に感じられる『硬さ』は……普段の態度ではなく何か切羽詰まった人間の持つ雰囲気に近しい。
”じゃあ、あやめ。君は一体何者なの?”
『ゲーム』の関係者、なのだろうか。桃香嬢から話を聞いている可能性はあるが……。
「……私も、ユニット」
”え!?”
言われて思い出した。『ユニット数+1』を使えば、その人がユニットかどうかがわかるんだった。
慌ててユニット探索モードに視界を切り替えてみると、確かに彼女の頭上には『既にユニットとなっています』という表示がある。
一体誰の? いや、この状況だと――
「クラウザーのじゃ、ないけど」
私が何を思ったかわかったのだろう、そう付け加えてくる。
それが確かであるか、私が確認することは出来ないが……嘘はついていないと思う。クラウザーの性格からして、使える手駒が他にあるのであればさっさと投入してくるはずだ。
でもそうなると、この家の中に異なるプレイヤーのユニットが同居していることになるのか……。
「安心して。私はあなたの敵じゃない」
”……味方でもない?”
「……一応、私の『使い魔』は別にいるから」
義理立てているだけ、かな。プレイヤーのことを『主人』と言わないのは、彼女の仕える本当の主は桃香嬢、あるいは桜の家であるという矜持もあるのか。
”……まさかとは思うけど、トンコツとかいう名前じゃないよね……?”
念のため確認。可能性としてはありえない話ではない。
あやめは首を横に振る。
「大丈夫、そんな面白い名前じゃない」
美味しそうな名前、と言われないだけマシだと思っておきなよ、トンコツ。
うーん、しかしトンコツのユニットでもないとなると、また話がややこしくなってきたかも。ここにきて、更に新しいプレイヤーが絡んでくるとなると……。
「え、と……確か……マサユキ……いや、マサノリだっけ……?」
プレイヤーの名前がうろ覚えと来た! ますます混迷極まりないな!
その後も、マサカズ、マサヨシ、マサミetcと名前を挙げていったが、やがて諦めたかため息をつきつつ首を横に振る。可哀そう……マサ何とかさん……。
「私の『使い魔』は気にしなくていい。今回の件には全く関係ないから」
と言われましても……。
「もう私も一か月以上顔を見てないから。
……どこほっつき歩いてるんだか、あのエテ公」
最後の呟きがいやにドスが利いている声だったが、聞こえなかったことにした方がいいのだろうか……。
とにかく、確実に信用するための要素はないが、ここから更に新しいプレイヤーの登場にはご遠慮願いたい。彼女の言うことが正しい前提で話を進めよう。
”わかった。とりあえず君はクラウザーとは別のユニットってことだね。
でも大変だね……お嬢様と別々のプレイヤーのユニットだなんて”
二人の間柄がどういうものなのかは私にはわからない。
ただ、前にマックで出会った時には、そこまで畏まった間柄ではなかったとは思う。もちろん、ぎくしゃくした上手くいってない関係でもない。
「……そうね……。せめて、私が一緒にクラウザーのユニットになれていれば……」
ふむ……。とりあえず、今すぐ彼女と争ったりはないようだ。
敵ではないと言っていたものの、どうも彼女も今の桃香嬢を取り巻く状況を良しとしていないようだし、協力者となってくれそうな気がする。
いろいろと複雑な事情がありそうだし、クラウザーを探すのは一旦中断して彼女との話を優先した方がよさそうだ。
”あやめ、まずは事情を聞かせてくれないかな? 協力できることもあると思う”
「ええ、もちろん。
……むしろ、お願い――お嬢を……桃香を、助けてあげて欲しい」
……うん、わからないことはいっぱいだけど、向かう方向が同じなら問題ない。
それからあやめの話が始まり、私は彼女たちの事情を知ることになる。
そしてあやめの語る桃香嬢についての話――それは、昨夜ありすから聞いた話とも一致する。
……いよいよ大詰め、だな。
昨夜のありすとの話とあやめの話とを合わせて、私の中にクラウザーとの決着をつけるための絵が描かれた。
休み時間を見計らってありすにもその作戦を伝えておこう。
残る問題はたった一つだ。やや『運』が絡んでくることだけど……そこはもう仕方ない。
”それじゃあ、私は一旦戻るよ”
ずいぶん長いこと話し込んでしまっていた。
時刻は13時を過ぎている。あやめは昼ご飯もまだ食べていないし、ここらがちょうどいい頃合いだろう。
……まあ、私の方は私の方で、今日は美奈子さんが家にいるためにお昼時に帰らないと拗ねられるというのっぴきならない事情があるのだけど。なんでこうありすといい、妙に懐かれるんだろ……?
「ああ……あなたに頼まれたことは任せてもらっていい」
”うん、よろしくお願い。
それとさ――携帯の番号教えてくれる?”
――さぁ、猛獣退治の始まりだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……サクラ、話って、何?」
場所は引き続き廊下の奥。ありすと桃香はそこで対峙していた。
……そうだ、これは『対峙』である。クラスメート同士が向き合って話あっているだけではない。『敵』同士の対峙なのだ。
なお、美藤については『わたくし、恋墨さんとお話がありますの。美藤さん、席を外してもらえません?』『え、いやでも……』『わたくしは、席を外してもらえませんか? と言っています』『……はい』というやり取りがありこの場にはいない。
桃香は決して押しが強い方ではない。『七耀桃園』ということもあり、彼女が望めば大抵のことは叶えられてしまう。それゆえに、『七耀桃園』の威光をかさに着ないため、意識して自分を抑えるようにしてきた。
その彼女が今ありすの目の前で初めて、他人を『威圧』した。そんな桃香を見るのは初めてだったし、普段彼女と親しくしている美藤が威圧され退いた姿も初めて見た。あれは一種の『魔法』だ。まるで催眠術にかけられたかのように、あっさりと美藤が従っている。
だというのに、ありす自身は全く変わらない。
確かに桃香の様子がいつもと違うのはわかる。だが、ありすにとってはそれだけのことに過ぎない。
超常の存在だろうが、異能力を持っていようが、この国の頂点に立つ人種であろうが――ありすにとって桃香は『クラスメートの一人』にすぎないのである。
一方で、いつもと変わらないありすの態度に、むしろ桃香の方が最初の勢いを削がれている。
先程美藤を退散させた謎の威圧感も霧散し、こちらもいつものように戻る。
……その態度に少し無理があることをありすは見抜いていたが。
「ミドーとの、楽しいお話……邪魔して、何?」
逆にありすの方が桃香を威圧する勢いだ。
彼女が美藤との会話を楽しんでいたのは事実であろう。今回の件を抜きにしても、身近なところで『ドラハン』仲間が出来てこれからいつ狩るかを話そうとしていたところだったのだ。
「……恋墨さん……」
桃香は躊躇う素振りを見せる。
そんな桃香をにらむでもなく、いつも通りのぼんやりとした眼差しで、しかし決して目線を反らすことなくありすは黙って見つめ続ける。
数秒の沈黙後、桃香もありすの目を見つめ、はっきりと言った。
「次の対戦――いいえ、これから先の対戦……負けてくれませんか?」




