2-22. 決戦前 2. ミドー特訓計画
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一方、学校のありすは――
「ミドー、ちょっと特訓する」
「あい……」
休み時間、ありすと美藤は教室から離れて話し合っていた。
昨日の対戦の結果によるわだかまりは、どちらも特にないようだ。
が、対戦の内容自体についてはありすの方は大いに不満があるようで、『説教モード』に入っている。
美藤の方も言い訳できない程の圧倒的な負けをしている以上、素直にうなずくしかない。
「いや、それにしても……あそこまでコテンパンに負けるとは思わなかったんだよ……」
この発言からして、彼女が『ジェーン』であることは確実である。尤も、前日に美藤の家あるいはその前にありすはそのことを知っていただろうが。
美藤の言葉にありすも頷く。
「ん……わたしも、あそこまで一方的に勝てるとは思ってなかった……」
「うぐ」
悪気なく傷口を抉っていく。
とはいえ、確かにほぼ一方的な対戦内容だったことは間違いない。
アリスは全くダメージを負うことはなく、またいつものように魔力切れを起こしてしまうようなギリギリの状態での『神装』使用はしていない。
はっきりと言えば、『楽勝』だった。格下のモンスター相手でももう少し手数を費やすのではないか、というレベルであったとありすは思っている。
「そもそも、ミドー……レベル、低い?」
しかし、決して実力だけで圧勝したわけではないだろうことをありすは感じていた。
ありすの言葉に美藤は苦笑いしつつ頷く。
「あー、そーねぇ……実はあたし、先々週くらいにユニットになったばかりなんだ」
先々週と言えば――とありすは思い返す。
天空遺跡のクエストは終わり、既に『神装』を編み出していた頃であろうか。
初めて二週間程度ということは、ありすであれば美鈴とオフ会をしたころになる。あの頃だと、油断するとスフィンクス辺りにはまだダメージを食らうかもしれないくらいだったか、と振り返る。
それに比べてありすの成長は著しい。今や、アラクニドに苦戦していた頃どころか、天空遺跡で水蛇竜三匹に苦戦していた頃すら懐かしい。
「だからさ、ちょっとでも強くなりたいんだよね。
……ほら、相方が『あれ』だし、ねぇ?」
「……ん」
今度はありすが苦笑する番だった。
シャルロットの戦闘力は未だ未知数だが、おそらくは自己申告通りなのだろうとありすは読んでいた。防御や回避に関する能力はもしかしたらまだマシなものがあるかもしれないが、攻撃面では全くと言っていいほど頼りにならない。
「師匠もねぇ……結構頑張ったみたいなんだけどねぇ……」
しみじみと言う美藤。おそらくは、強大なモンスターを相手にすることは徹底的に避けつつ、地道にジェムを稼いでシャルロットのレベル上げをしていたのだろうが、『あかん、これ無理や』と諦めて攻撃型のユニットを新しく追加したのだろう。
「シャロも、サポートについては最高の相棒なんだよね。攻撃が本当にへっぽこなだけで」
「ん……攻撃だけ……?」
他にも色々とへっぽこなところはありそうだけど、と内心でありすは呟くがそこまでは言わない。
初対面でのあれこれはあったが、ありす個人としてはシャロのことは嫌いではないのだ。その大部分が『こいつなら無害そうだ』という、あくまで戦闘力基準であることを果たして自覚しているのかは怪しいが。
「でも、レベル上げなら、わたしたちと一緒にクエスト行ったりしないと……ダメなんじゃ……?」
ありすとしては一緒にクエストに行くこと自体は拒否するつもりはない。むしろ、大歓迎だ。取得ジェムは多少減るが、稼ぎの効率は上がるし、何よりも協力プレイの楽しさをありすは既に知っている。
しかしトンコツはあまり良い顔をしないだろう。そして、トンコツの意向を無視して美藤が独自にありすたちとクエストに行くことは出来ない。昨日のような『不意打ち』は通じにくいだろうし、あまり多用すると美藤自身がトンコツからの信用を失ってしまう。
ああ、と美藤は頷いて続ける。
「だからさ、クエストは……まぁ師匠がオッケーださないと無理だけど、『狩りゲー』で練習できるかなって」
「ん……なるほど、一理ある」
どうやら一昨日教室で言っていたことは嘘ではないらしい。
対戦はともかく、クエストに関して言うならば『狩りゲー』は練習としては悪くはない、とありすは思う。『ゲーム』に出てくるモンスターの全てに『狩りゲー』の経験が有効であるとは限らないが、『勘』を養うことだけは出来る。
ありす自身、最初からまともに戦えていたのはアリスの性能が高かったからだけではない。モンスターといかに戦うか、その『基本』が既に出来ていたからだと思っている。あくまで、ありすとしてはそう思っている、だが。
「というわけでさ、一段落ついてからでいいから、『ドラハン』教えてよ! そして、一緒に遊ぼう!」
「ん、わかった」
『ドラハン』仲間ができるチャンスだ。断る理由などない。二つ返事でありすは了承する。
一段落ついたら――今彼女たちが頭を悩ませている、ヴィヴィアンの件が片付いたら……の話である。
「ミドー、とりあえずもうちょっと強くならないと、『ゲーム』の方も辛いと思う」
「うん。それは昨日骨身に染みたわ」
「……そういえば、トンコツに怒られなかった?」
ああ、と美藤は軽く笑う。
「あー、まぁねぇ……流石に文句言われたけど、半分脅迫みたいな取引持ち掛けちゃったって実は気にしてたから、これで負い目なくなったんじゃないかな。むしろ、最後にジェム丸損した方を怒られたわ。
……ごめんね、恋墨ちゃん。全部任せることになっちゃって……」
「……ん……乗りかかった船? わたしも、今回は――ちょっと『ムカついて』るから……」
「お、おぉう……まさか恋墨ちゃんからそんな言葉が出てくるなんて」
大げさに驚いたような顔をする美藤だが、驚いているのは本心であった。この光景をラビが見ていたら同様の反応を返すだろう。
アリスの時であればともかく、ありすのままではっきりと『ムカつく』という言葉が出てくると違和感がある。
が、以前にも述べた通り、ありすは表に出さないだけでかなり感情のムラが激しく、それを溜め込まない性質である。
それでもはっきりと言葉にするということは――並々ならぬ思いがあるのだろう。ありすの内心を知ることのない美藤にもそれは伝わった。
「うん、すまんけど任せた。
師匠が対戦したがらないってのもあるけど、仮に対戦してもあたしじゃどうにもならなさそうだし……」
もちろん美藤もシャルロットの《アルゴス》を通してアリスとヴィヴィアンの戦いを知っている。
二回戦い、そのうち一回は時間切れだったとはいえアリスに勝利しているのだ。今のジェーンの力ではヴィヴィアンには歯が立たないであろうことを自覚しているのだ。
「……まぁ、今のジェーンじゃ、ヴィヴィアンには勝てない、と思う。
当然、わたしにも」
にやっと笑うありすと、それはわかってるよ、と同じく笑う美藤。
「……あら? わたくしのお話かしら?」
「「!?」」
教室から少し離れ、他の生徒が滅多に来ないであろう特別教室のある場所の廊下、更にその奥まで来ていた二人に話かける声。
小学校の廊下は一直線だ。誰かが近づいてくればわかる。二人とも話しながらも一応誰かが近づいて来ないか警戒していたというのに、全く気づけなかった。
足音も、気配もなく二人へと近づいてきた少女――桜桃香。
「恋墨さん、少しだけお話よろしいかしら?」
どこか疲れたような様子なのは、昨日病欠してたためだろうか――だというのに、何かギラギラとした異様な迫力を滲ませた笑顔で、彼女はそう言った……。




