10-04. 三界制覇戦 1. 『地』
『地』の『オオカミ』――最初に挑む界獣だ。
こいつを最初に選んだ理由は、ありすとかが言ってたように『天』『魔』に比べたら与しやすそうな感じがするから……という割と身も蓋もないどころか確たる根拠もないものであった。
……決してなめているつもりはないけど、そう取られても仕方ない理由ではあるかもしれない……。
”ここが戦いの舞台……?”
全員集合した後にクエストへと意を決し参加。
ゲートを潜り抜けた私たちが到着したのは――
「……洞窟か?」
「おそらくそうでしょうね」
私たちがやってきたのは、ごつごつとした岩に囲まれた場所であり、目の前には大きな洞窟が口を開けている。
上を見上げてみると薄曇りの空が見えてはいるんだけど……。
「クエストの境界が見えるみゃー」
「この広場? が舞台じゃにゃくて、洞窟の中に行けってことだと思うにゃー」
ふむ……確かにその通りだ。
私たちがいる広場は狭くはないけど、思いっきり戦うにはちょっと狭い。
かといって広場を出ようとしても――ウリエラたちが言う通りクエストの境界がうっすらと見えるくらいで、少なくとも水平方向と垂直方向はかなり狭くなっているようだ。
となると、やはり口を開いている洞窟の中こそが、オオカミとの戦いの舞台になる……そう思って間違いないだろう。
”ここで待っていても何も起きなさそうだし、洞窟に入ってみよう。
並び順は……ジュリエッタを先頭に、ガブリエラにウリエラ・サリエラ、クロエラ、アリス、ヴィヴィアンと私、最後尾にルナホークでいいかな?”
特に異論は出なかった。
背後からの奇襲はあんまり心配する必要はないかもしれないけど、念のためルナホークにお願いする。私とヴィヴィアンはいつも通りだ。
「……ちょっと狭いかも」
先頭のジュリエッタが洞窟の入り口を軽く調べ、奥の方を見てみてそう呟く。
人間が立って歩くには困らないくらいだろうけど、自由に動き回るにはちょっと辛いくらいの狭さ……ということだろう。
「……ボクはバイク降りて移動した方が良さそうだね」
狭い場所の何が嫌かって、クロエラの最大速度が発揮できないことだ。
まぁ自分自身に走行魔法をかければバイクに乗っていないでも十分な速度が出せるのはわかっているけど、狭いとなるとそもそもスピードを出して動くのが難しくなるかもしれない。
だからと言って戦力半減というほどではない……とは思うが、できれば広い場所で戦いたいというのが本音だ。アリスやルナホークも、広い方が大規模な魔法を使いやすいしね。
……文句を言っても仕方ないか。
”洞窟の奥――オオカミがいるところが広くなっていることを願うしかないね”
私たちはさっき言った通りの陣形で洞窟の中を進んで行くことになった。
で、やはりというべきか洞窟の中は真っ暗闇だった。
「むー……ディスガイズ」
RPGとかだったら洞窟の中でも明るくて通路とかよくわかるんだけど、まぁ現実の洞窟ってこんなもんだよね。
先頭を行くジュリエッタはディスガイズで暗視能力と音響探査を発動させる。
「……地面は割と平坦みたい。でも、躓くと危ないからライトが必要かも」
転んだところで大したダメージは受けないだろうけど、その隙を狙って隠れていたモンスターが襲い掛かってくる、なんてなったら困る。
「ちょっと待って――ディスマントル《ハンドライト》」
「オレも出しておくか。md《灯明》、mp――ガブリエラ、後ルナホーク、持っておけ」
「ありがとう、アーちゃん♪」
「お借りします、サブマスター」
こういう時、万能魔法の使い手が複数いると便利だ。
ジュリエッタは自前のディスガイズで視界を確保しつつ両手を開け、後ろのメンバーは手持ち式の明かりを持ってあちこちを照らす。
不意打ちはジュリエッタが警戒しているし、早々食らうこともないだろう。
「……懐かしいな、この感覚」
アリスが少し昔を思い出して笑みを浮かべている。
思い出しているのは、おそらく私たちの初めての大ピンチ――ホーリー・ベルと知り合うきっかけとなったアラクニドの巣のことだろう。
あれも巣の内部はダンジョンみたいになっていて、しかも真っ暗闇だったらしいんだよね。私はいきなりボス部屋に行ったから直接は見てないけど。
さて、その後も私たちは洞窟を進んで行ったわけだけど……。
「むぅ、特に何も出てこないな……」
「はい、姫様。小型モンスターも出てきませんね」
「背後からの強襲もないようです」
地面は比較的平坦だけど壁や天井はごつごつとしている。明かりだけでは見えない死角も結構あるんだけど、小型モンスター一匹ですら襲ってくる様子はない。
……いや、別に襲われたいわけじゃないけどさ。
「しかし、『オオカミ』っていうくらいだから、てっきり獣系のモンスターだと思ってたが……」
”そうだね。名前の通りの狼型だとしたら、草原とか森が舞台になるんじゃないかなって思えるよね”
「それに、『地』ということからも地上での戦いになると思っておりましたが……」
”うーん、『地』は地でも、地下……ってことみたいだねぇ”
洞窟は微妙に傾斜しており、私たちは確実に地下深くへと進んで行っていた。
『地』は地下の地……ってことなのだろうか? となると、『地』界とは地底世界……ってことになるのか?
でも、そうするとアリスが言った通りの『オオカミなのに獣系じゃない?』という疑問が浮かんでくる。流石に地下に住む狼ってのもいないだろうし……多分。ファンタジーな生き物ならいるのかもしれないけど……。
更にしばらく洞窟を進んで行くと――
「! 皆、止まって」
先頭を行くジュリエッタが警戒を強め、その場に皆を止まらせる。
まだ私たちには変わったものは何も見えないしレーダーにも反応はないけど……ジュリエッタの超感覚が何かを捉えているようだ。
「……この先、急に開けているみたい。そこに、何かいる」
その言葉に皆の緊張感が高まる。
……ガブリエラやアリスは『ようやくか』とワクワク感の方が強そうだけど……。
”……モンスター?”
「多分……? もうちょっと近くまでいかないとよくわからないけど……」
ふーむ? 正体ははっきりとはわからないが、そこに『オオカミ』がいると思っていいだろう。
私もそうだけど、誰もジュリエッタの言うことを疑わない。事こういうことに関して、ジュリエッタの超感覚には絶対の信頼がある。
「ジュリエッタ、広さはどう?」
「……奥行までは完全にはわからないけど、かなり広いから自由に動けそう。でも、天井はある」
「……了解。ボクは入ってからバイク出そうかな」
「ふん、ならオレも今のうちに強化魔法を使っておくか」
「……当機は悩ましいですね。ひとまず、地上戦用の兵装へと換装しておきます」
「護衛は《ペルセウス》を召喚しておきましょう。他は状況次第ということで……」
うん、皆流石に慣れている。私はヴィヴィアンに抱っこされたまま皆の様子を見て、請われたところで回復するだけだ。
……でもちょっと引っかかることはあるな……。
ジュリエッタの感覚は疑わないけど、奥にいるのが本当にオオカミなのかどうかはまだわからない。こんな準備時間をこちらに用意してくれるとは……ちょっと意外だった。
だから警戒自体は解いてないんだけど、やっぱり何も襲い掛かってはこない……。
……うーん……? 強敵だからバフをかける時間を用意してくれてるってことか? ……この『ゲーム』がそんな親切だろうか……?
引っかかりはするものの、強化をしない理由もないし……と考えているうちに皆の準備が終わったようだ。
”……よし、行こう!”
何にしても今更引けないし、私たちは突っ込んでいくしか道はないのだ。
無言で全員がうなずき、ジュリエッタを先頭に順に洞窟最奥の大広間へと突っ込んで行った……。
* * * * *
”これは――!?”
広間に入って私たちは幻想的な光景を目にした。
「……氷の部屋か……」
アリスの言葉通り、大広間は『氷』に覆われた部屋となっていた。
広さはかなりのものだ。ジュリエッタが言った通り天井はあるけど、宙を飛ぶには十分な高さはある。
洞窟の奥で光源なんてなさそうなのに、氷が不気味な青白い光を放っているようで明かりがなくても十分に視界は確保できていた。
「……あいつがオオカミみゃ……?」
「……レーダーは反応してるけどにゃ……」
”! うん、モンスター図鑑にも載ったみたい”
そして、氷の広間の奥に蹲っている巨大な『何か』――それこそがオオカミであることを確認した。
広間に入った瞬間にレーダーが反応しているし、何よりもモンスター図鑑をすぐに確認してみたところ『オオカミ』が載るようになっていた。
……蹲ってはいるものの、それだけでも十分なほどの巨体だ。
「! 動くぞ!」
オオカミが広間に入ったこちらに気付き、起き上がる。
――その姿は、名前の通りの『狼』型のモンスターであった。
しかし、獣系モンスターかと言われるとかなり疑問が残る。
なぜならば、オオカミは身体の全てが『氷』で構成されたモンスターだったからだ。ある意味、『氷のゴーレム』と言えるかもしれない。
体毛の一本一本が鋭く尖った氷柱で出来上がっており、周囲に白い冷気を全身に放っている。
背中からは同じく幾つもの氷柱が組み合わさって造られた『翼』のようなパーツが生えている。
「先手必勝だ、行くぞ、ジュリエッタ、ガブリエラ!」
「がってん!」
「うふふっ、行きましょう、ウリュ、サリュ!」
挨拶代わりの《赤色巨星》を皮切りに、アリス・ジュリエッタ・ガブリエラがオオカミへと迫ろうとする。
ウリエラとサリエラもガブリエラについていって援護。
残りのメンバーは範囲攻撃に巻き込まれないように、兼いざというときのフォローのため広間の入口付近で様子見だ。
――オォォォォォォォンッ!!
アリスの攻撃と同時に、オオカミが吠える。
と同時に、氷の壁が出現して《アンタレス》を受け止め――更に無数の氷柱が空中に現れミサイルのように降り注ぐ。
……ふーむ……?
「然程恐ろしい相手とは思えませんね……?」
「う、うん。加勢も不要、かな……?」
後方でアリスたちの戦いを見ていた私たちだけど、感想としてはそんなものだった。
確かに強いことは強いけど……正直そこまでではない、かな? って感じだ。
アリスの巨星魔法を氷の壁で受け止めたりはしているし、広範囲に氷の攻撃をしてくるのは脅威ではあるけど――ぶっちゃけ、この程度ならばかつて戦った神獣たちだってやってきたし、メギストンたちだって同じようなものだ。
正直『三界の覇王』と言いつつ『この程度か?』と言う感じは否めない。
もちろん、私も含め誰も油断はしていないけど……このまま押し切れそう、というのは間違いではなさそうだ。今のところは……。
「……【演算者】」
が、ルナホークはここでギフトを発動させる。
何か気になることがあるのだろうか? それとも、やはり不意打ちを警戒しているのだろうか?
わからないけど今のところ止める理由はない。
むしろ、勝利をより盤石なものとするためにルナホークが何かしらの計算をしているのかもしれないし。
……と、そんな感じでオオカミを追い詰めようとしていた私たちだったけど、奴が動いたのはそんな時だった。
――オォォォォォォォンッ!!
再びオオカミが吠えた。
と同時に、異変が起こったのだ。
”!? モンスター反応!?”
「ボス、ヴィヴィアン! ボクのバイクに!」
部屋のあちこちから、レーダーに新しいモンスターの反応が映ったのだ。
レーダーの示す箇所を見ると、魔法陣……のような、でもどこか『和風』な印が浮かび上がっている。
問題なのは、そのうちの一つが私たちのすぐ傍に現れたことだ。
すぐさまクロエラがバイクを呼び出し、サイドカーにヴィヴィアンと私を乗せる。
「パートナー・クロエラ。援護します」
ルナホークはバイクに乗らず、しかし離れず護衛に。
”あの光のところから新しいモンスターが来るから気を付けて!”
「了解、ボス!」
クロエラがバイクを走らせて光を避けるようにして移動――しかし、それを狙いすましたかのようにオオカミの放つ氷柱が降り注いでくる。
が、それはクロエラがスピードで回避、またはルナホークが撃ち落としてゆく。
激しい攻撃だけど、これくらいなら今の皆に対応できないものではない。
オオカミ自身の攻撃よりも、むしろ『援軍』として現れようとしているモンスターの方を警戒すべきだ。
”!? なんだ、アレ……!?”
『印』から現れたモンスターは……なんだ、アレは……?
見た目は『土偶』だ。教科書でおなじみの『遮光器土偶』が一番近い……かな? ずんぐりとしているのに、あちこちがきゅっと細くなっていて、特徴的な顔は正しく遮光器土偶だ。
大きさは3メートルくらいだろうか。ずんぐりした体型もあってかなり大柄に見える。
……『土偶』と言いつつも、その身体は黒い金属質な輝きを放っている。土偶じゃなくて金偶だな、これは。
それらが計8体――オオカミと合わせて9体もの敵が現れたことになる。
”……ヤバい……!?”
現れた8体の金偶の腕や足、腰などあちこちがグルグルと回転――火花、いや『雷光』を放つ。
皆に警告を発するのは――間に合わなかった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
8体の金偶の出現は、オオカミと戦っている真っ最中のアリスたちも理解していた。
しかし、オオカミからの攻撃を捌くのが精一杯でそちらへと攻撃することができないでいた。
……遠目から見ているラビたちからの視点ではわからなかったが、オオカミは自身の周囲に細かい氷の粒を衛星のように漂わせ、見えづらい攻撃を常に仕掛け続けていたのだ。
「「……!! わ、わかったみゃ/にゃ!」」
8体の金偶――そして放つ雷光を見て、同時にウリエラとサリエラが叫んだ。
……が、遅かった。
「こいつは……!」
「オオカミじゃなくて……!」
叫ぶ二人と、全魔法を防御に回して耐えようとするアリスたち――後方のラビたちもまた同様に防御しようとしているが、それよりも早く8体の金偶から広間を埋め尽くすほどの雷光が放たれる!
「「黄泉津大神にゃ/みゃ――」」
……二人の最後の叫びは、雷光に搔き消されていった。
黄泉津大神――ラビの知る神話であれば、『イザナミ』の名が有名であろうか。
様々な世界の神話に共通する『最初の死者』であり『死者の国の管理者』……その日本版とも言うべき神である。
ありすたちの世界においても、ほぼ同様の存在である。
その名を冠した存在こそが『オオカミ』――地界の覇王である。
死者の国、いわゆる『黄泉の国』『黄泉平坂』といった国は、要するに地下世界だ。故に、オオカミは『地』――地の底、あるいは地獄の覇王なのだ。
ウリエラたちが気付いたきっかけは、援軍として現れた8体の金偶――『八種の雷神』による。
地の底に存在し、『死の国』を象徴する冷気を発し、八種の雷神を従えている……そのことからようやく思い至ったのだ。
……もっと早くに彼女たちならば気付けたはずではあるが、『黄泉津大神』は『星神』のグループではなく『冥府神』のグループ、その頂点の神である。有名なのには違いないが、ある意味で『宗派が違う』のですぐに思い出せなかったのだった。
もっとも、オオカミ=黄泉津大神だと事前にわかったところで――そこまで意味があったかは疑わしいが。
ともあれ、八種の雷神による広範囲雷撃は致命的なダメージをラビたち一行に与えたと言って良いだろう。
アリスとジュリエッタは雷耐性魔法で何とか防げたものの、ガブリエラは直撃を受け大ダメージを負い、ウリエラとサリエラはリスポーン待ちの状態へ追い込まれてしまう。
後方のラビたちにも被害は及ぶ。咄嗟に《イージスの楯》を召喚し、更にラビを自分の身体で庇ったためヴィヴィアンは瀕死の重傷に。クロエラは驚異的なスピードで雷光すらかわせないわけではなかったが、ヴィヴィアン同様ラビを庇うために動いたために同じくダメージを受けている。少し離れていたルナホークのみが、後衛では辛うじて無事……といった有様だ。
”……な、なんてこった……!”
一瞬にしてチームが壊滅状態に追い込まれ、信じられないといったようにラビが呆然と呟く。
やや不意打ち気味だったとはいえ、それでもここまで一気に追い込まれることになるとは思ってなかったのだ。
「マスター、撤退を」
”……くぅ……!”
そんな中、【演算者】で計算を続けていたルナホークが冷静に『撤退』を進言する。
彼女には見えているのだ――このままでは全滅するだろう、ということが。
今も前線でオオカミと戦おうとしているアリスたちも、八種の雷神が加わったことでリスポーン待ちになるのも時間の問題だろう。
後衛側にいる雷神の数は少ないといえど、まともに動けるルナホーク一人で果たして逆転できるかは怪しい。
”…………わかった、撤退しよう”
ラビとて自分が戦ったわけではないとは言っても、何度も死闘を潜り抜けてきた経験がある。
今は『退くべき時』だ、と経験も理性も判断していた。
ここで粘っても意味がない……どころか『全滅』になる可能性の方が高い。
……ルナホークの進言を受け入れ、ラビが離脱アイテムを使いクエストから脱出――『三界の覇王』初戦は、ラビたちの完全敗北で終わったのだった。