9-72. エピローグ ~未来へ -1-
* * * * *
現実世界に戻った後、『眠り病』に関する情報収集に午前中は費やした。
とはいっても、直接病院に押し掛けるわけにもいかないし、テレビやネットのニュースを調べるだけだったけどね。
それによればオルゴールが言ってた通り、『眠り病』患者たちが次々と目覚めている、という話だった。
……『原因不明の奇病』扱いなのは相変わらずだったけど、ちょっと不自然なくらいに静かだった今までと同じでニュースとかでも割と控え目な印象だった。
例えるなら、『インフルエンザが流行ってます』くらいの温度感だ。
ここについてはちょっと思うところがあったんだけど――裏付けを取ることもできないし、同じく不自然に思っていた楓たちにも『後々裏付けが取れたら説明する』と言って誤魔化しておいた。
そうそう、同じく『眠り病』になっていた亜理紗ちゃんも無事に目が覚めたらしく、美奈子さんが電話で志桜里さんと話していた。
流石に今日は病院にまで行くことはせずに、退院後に一度挨拶に行く……という話にはなっていたけど。
で、『落ち着いたらでいいから』と桃香には言っておいたものの……全然連絡が来ないのにはちょっと焦った。
まぁお昼近くになってからあやめの方から遠隔通話が来て無事だということはわかったのだけど。
……とにかく桃香があやめにべったりでどうにもならない、と少し嬉しそうな声であやめが言っていたのが印象的だった。
ちなみにありすや雪彦君、なっちゃんなんかは一度は起きたものの、やはり異世界での戦いで精神的に疲れていたのだろう二度寝してしまっていた……まぁ怒ることじゃないし仕方ないね。
楓たちについても多少は疲れていたみたいだけど、情報収集に奔走してくれたのは本当にありがたい。
こういう時にどこからか色々と情報を仕入れてくるあやめ本人が『眠り病』被害者だから頼るわけにはいかない。
「午前中だけなら、こんな感じじゃないかな」
「被害者一人一人読み上げるわけじゃないし、続報を待つしかないかにゃー」
調べた結果、『次々と目覚めている』という情報はあったんだけど、『全員が目覚めた』かどうかはわからなかった。
まぁこれは楓たちが言う通り仕方のない面はある。状況が状況だし、何よりも被害者は全員『未成年』だからね。
だからもう少し時間が経って、『全員目覚めた』あるいは『目覚めない子がいる』という情報が確定するまでは待ちになるという結論だった。
……これで目覚めない子がいたりすると、ちょっとどうすればいいのかわからなくなっちゃうけど……もはや私たちにやれるだけのことはやったつもりだ。ハラハラしっぱなしだけど、ここはぐっと堪えて『待つ』しかない。
で、各々の家でお昼ご飯を食べてから、私たちはマイルームへと集まることにした。
ただし、あやめと桃香、それと椛と雪彦君は欠席だ。
あやめはまだ高雄先生の診療所にいるみたいだし、迂闊に長時間眠ってしまうのは怖い――『眠り病』再発とでも思われたら大変だ。
桃香もあやめが見てくれるわけではないので、今回は欠席。まぁようやくあやめが帰ってきたのだ、存分に一緒にいさせてあげたいという気持ちもある。
椛と雪彦君については、星見座家のアリバイ作り……と言った感じだ。楓となっちゃんだけなら『お昼寝タイム』で誤魔化せるだろうということで、雪彦君も残念ながら現実世界に残ってもらった。
彼女たちはついでにニュースとかのチェックをお願いしてある。
……休日に申し訳ないとは思うけど、ちょっと今日だけは自由行動は控えてもらって家で待機してもらわないと……。
ということで、アストラエアの世界へと戻るのは、私、ありす、千夏君、なっちゃん、楓の4人――ちょうどユニットの半分となる。
……ユニットが8人に増えたことで、こういう時に柔軟に対応できるのはありがたいと言えばありがたい。まぁそもそもの話『こういう時』が起こってほしくないというのは当然あるけど。
”千夏君は家の方は大丈夫そう?”
「っす。親いねーし、弟もどっか遊びに行ってるんで問題ないっす」
うん、良し。ありすについても美奈子さんは今日仕事なので問題なしだ。
今回は向こうの世界の様子を確認して、今後の復興計画等々をピッピたちと相談する――くらいだろう。
あまりに長時間向こうにいるわけにもいかないし、『ポータブルゲート』を幾つも用意して何度も往復することになるかな……とりあえず10往復分くらいはできるけど……足りなくなったら購入かな。
……最悪、また夜の間に向こうに行って、とかもありうるかもなー……あんまりやりたくないんだけど。
流石に皆曜日感覚が微妙におかしくなっていたみたいだし、最後の手段レベルにしたいところだ。
”それじゃ、行こうか。
……一応、変身しておいた方がいいかな?”
ヘパイストス関連はもうないとは思うけど、野生のモンスターとかいないとも限らないしね。まぁノワールたちが近くにいるはずだから大丈夫だとは思うけど念のためだ。
「そうね。その方がいいかも」
「ん、わかった」
皆も変身。これで準備万端かな?
アイテムは私も含めて補充済み。各自に『ポータブルゲート』も持たせてある。
……何も起こってほしくはないけど、何が起こっても対応は可能、なはず……。
『ポータブルゲート』の光を潜り、私たちは再びアストラエアの世界へと向かっていった……。
* * * * *
”……あ、あれ!?”
私たちは確かにゲートを通ってアストラエアの世界へと戻ってきたはずなんだけど、様子がおかしい?
設置しておいた『ポータブルゲート』は、エル・アストラエア近くの平原だったはずなんだけど、私たちが現れたのはどこかの建物? のようなところの中だった。
「変身しておいて正解だったかみゃ?」
いきなり何かに襲われるということはなかったけど、思っていた場所と違うことに警戒している。
周囲を観察してみると――石組みのちょっと大きめの『筒』状の建物であることはわかった。
ところどころに窓、というか大きめの空気穴があけられていて、そこから外の光が入り込んでいるためそこまで暗くはない。
で、『ポータブルゲート』のあった場所は、なんだか『祭壇』のようになっていた。
「……神殿っつーか『祠』って感じだな」
RPGとかでよくあるやつだね。言われてみればそんな感じだ。
とりあえず悪い感じではないんだけど……状況が想定外すぎて本当に問題ないのかどうかはわからない。
「あら? ここ、扉になってますね」
ゲートの正面方向の壁に切れ込みが入っている。
なるほど、確かに『扉』だ。色が似ていたから壁に見えてたけど、近くに寄ってみると微妙に扉っぽい切れ目が入っているのがわかる。
「……殿様、どうする?」
”……うーん、ここにいても仕方ないし、外に出てみよう”
「がってん。ジュリエッタが先頭、御姫様と殿様、ウリエラ、最後にガブリエラで」
「はーい♪」
殿をガブリエラに任せるのはちょっと不安はあるんだけど、現メンバーだとジュリエッタの言う通りの配置が最適かな。
「む、結構重い……ライズ《ストレングス》」
見た目通りの『石の扉』なのだろう、そのままでは開くことができずライズまで使って押し開こうとする。
内側から外側へと両開きのタイプであったみたいで、ずず……と石同士がこすれる音と共にゆっくりと扉が開いていった。
「!!」
そして、扉を開いて外に出た瞬間、扉のすぐ傍に待機していたであろう人物と私たちの目がばっちりと合い――
ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!
”ふぁっ!?”
その人物がほら貝……いや角笛? みたいなものをいきなり吹き鳴らす。
な、なんだこの状況……!?
「ふん、どうする?」
”どうするって言っても……”
角笛を鳴らした人は、ドラゴンの角や翼を生やしているところを見るとこの世界の人間なのは間違いないだろう。
向こうも私たちの登場に驚いているようだが、いきなり角笛を吹いたとは言ってもこちらへと危害を加えようとする様子はない。
”と、とりあえず攻撃しちゃダメだからね!”
「そうだみゃー。なんか面喰ってるだけみたいみゃし……」
「おっけー」
……何というか、私たちも角笛さんも互いに『どうしよう……』と思っているのがまるわかりの、何とも言えない気まずい雰囲気が漂う。
その状況はすぐに打破される。
「! うぉぉぉぉぉぉっ!? マジか!? マジでアリスたちじゃねぇか!」
「む?」
角笛を聞いて文字通り飛んできた青年が感激の声を上げる。
……はて? 誰だろう……ノワールたち結晶竜の誰でもないし、エル・アストラエアの住人でこんな知り合いいたっけ……? アリスの名前を知っているってことは、確実に会ったことがあるはずだけど……。
名前を呼ばれた当のアリスも誰だかわからず首をかしげている。
「巫女様の予言通りだったな! また会えて嬉しいぜ!」
空から降り立った青年が本当に嬉しそうに笑いかけてくる。
……がっしりとした、かなり鍛えられた身体の好青年って感じだ。
…………いやマジで誰だ? ある程度はエル・アストラエアの住人とも交流はあったけど、ほとんどがピッピの近くの女の子や婆やさんくらいだったし……それにあの時はあんまり大きな男の人はいなかったような記憶が……。
「ちょっと! 巫女様に言われてたでしょ!? いきなりじゃわからないだろうって!」
と、もう一人。今度は女の子が青年の後を追ってやってきた。
……こっちも見覚えがない……と思うが、アリスはピンときたようだ。
「……もしかして、レレイか?」
「うん! 久しぶり、アリスちゃん!」
「じゃ、じゃあ――お前はトッタか!?」
「おう。へへっ、見違えたろ?」
トッタとレレイ――思い出した。確かエル・アストラエア滞在中に仲良くなった地元の子供たちの名前だったっけ。
え、こんな大きな子たちだったの?
「…………ちょっと待つみゃ。えっと、トッタにレレイ? ヘパイストスとの戦いからどれだけの時間が過ぎたみゃ?」
――あ、そういうことか!?
ウリエラの問いに、二人は答えた。
「大体10年ってところだな」
「それで、巫女様の予言でそろそろ貴女たちがやってくるって言われてて、交代で『英雄門』の番をしていたのよ」
「英雄門……これのことか?」
私たちのゲートを覆うように建てられた石造りの祠……そのことらしい。
え、10年も経ってる……? またピッピが時間の流れを弄ったのか……?
混乱する私たちにトッタたちは笑顔で手を差し伸べながら言った。
「とにかく、まずは巫女様に会ってあげて」
「案内するぜ!」
「お、おう……」
まだ状況が飲み込み切れず、流石にアリスも戸惑い気味だが――これが『罠』とかではないのは確信できる。
よく見ると、遠くに見える『神樹』、そしてその周囲の都市は私たちの記憶にある瓦礫の山ではなく、明らかに復興がなされていた。
……本当に10年後のアストラエアの世界へと私たちはやってきたみたいだ……。
* * * * *
”……”
トッタたちに案内され、私たちはエル・アストラエアを進んでいた。
初めてやってきた時とは違い、街の住人たちからは大歓迎ムードであった……。
『予言』と言っていたし、事前に話は通っていたのだろう。道に押し掛けてきたりとかはなく、道路の端っこや建物の中から私たちに歓声を浴びせてくる。
……こ、これはこれでなんか居心地が悪いな……。
「街が完全に戻ってるな」
”う、うん。ちょっと形とかは変わってるような気はするけど”
記憶の中の街並みとは異なっている気がする。
だからこそ、過去に戻ったのではなく未来――復興した未来へとやってきたのだと実感できる。
「ははっ、まぁ10年かかったしな」
何てことないようにトッタは言うが、きっと大変だっただろう。
「み、みゅー……わたちが手伝おうと思ってたんみゃけど……」
サリエラが残ってウリエラがこっちに来たのにはそうした理由もあったんだけど……。
この世界には『魔法』が存在している。ノワールたちの結晶竜の能力とは別に、『結晶』に作用する魔法らしいのでそれを上手く活用したのかもしれない。
……あやめの気がかりが一つ消えたと考えて良いだろう。元々、私たちは彼女に責任なんてないとは思っていたが、本人がどう思うかは別の話だしね……。
トッタ、レレイらと話をしながら道を進んでゆくと、やがて他の建物よりも大きな『神殿』の前へとたどり着いた。
神殿も記憶にあるものより少し小さくなっているように見えた。やはり何もかもが元通りとはいかないか。
……前に来た時を思い出すな。
あの時はこっちも警戒されていて、ずらりと兵士たちに囲まれていたんだっけ。
そして、ピッピたちが出迎えてくれたことで誤解は解けたんだよね。
「! 巫女様!」
そんなことを考えていた私だったけど、神殿奥から誰かがやってくるのを見てトッタとレレイがその場に跪いて畏まる。
巫女様――前はピッピだったけど……。
「異世界からの英雄たち――よく戻ってきてくれましたね」
”…………?”
だ、誰だ……?
着ている衣装は以前の巫女アストラエアと同じ、十二単に似たものであったけど中身が違う。
角と翼、尻尾が生えているのは他の人たちと同じ。
真っ白な肌につややかな黒髪、そして透き通るような青い瞳の……20歳前後くらいの女性だが……10年後ってことを考えると――え、まさか!?
”ぶ、ブラン!?”
「ふふっ、見違えちゃったかしら? 会いたかったわ、使い魔さんたち」
…………うっそだろ、おい……。