9-58. 聖光のラブソング
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『信じられない』
ナイアの心を支配しているのはその想いだけであった。
計画を邪魔したことへの怒りも、アリスのありえないパワーに対する恐怖よりも、今の自分のおかれた状況に対して『信じられない』という想いが何よりも強い。
ありえないことばかりが起こっている。
ケイオス・ロアたち別使い魔のユニットが突然このタイミングで現れたこともありえない。
ゼウスが裏切り――元より『仲間』という意識は互いになく、『目的』のために一時共闘あるいは不干渉だっただけだが――大量のユニットたちを送り込んできたこともありえない。
単体でも最強のはずの『アルアジフ』をオモチャのようにあしらうこともありえないし、『絶対の勝利』を約束するはずだったピース軍団が蹴散らされたのもありえない。
……そもそも、アリスたちがピースを突破してナイアの元にたどり着いたことからしてありえないはずだったのだ。
『認めない……』
ナイアの200年――いや、準備期間を含めれば更に数百年もかけたアストラエアの世界の侵略、それが取るに足らない存在によって妨害どころか瓦解させられることなど認められない。
『認めないわ……!』
アストラエアが『ゲーム』を利用してナイアの侵略から世界を守ろうとすることを察知し、『ゲーム』開始前にアバターに仕掛けを施して最強無敵のピース軍団を作ったというのに。
事前の裏取引で『最強最悪』のユニット・エキドナを手に入れたというのに。
誰であろうと踏みつぶせるだけの戦力となるアビサル・レギオンを長い時間をかけて作り出したというのに。
大量の資金と資源、数多くの犠牲を出してまで完成させたラグナ・ジン・バラン最終型『妖蟲』の群れを、より強大な兵力にまで育て上げたのに。
『ナイア』の身体と『アルアジフ』という究極の霊装を作り『無敵』になったはずなのに。
『もういい……! もう全部いらないっ!!』
自分が負けたら全て意味がない。
どれだけの功績をS■■に齎そうが、『ゲーム』に貢献していようが、ナイアにとってここで負けたら無意味なのだ。
ヒステリックに叫ぶと共に、『アルアジフ』が再生――
『エクスチェンジ《クトゥガ》!!』
ありとあらゆるものを焼き尽くす灼熱の魔神『クトゥガ』へとその身を換える。
『廻れ、廻れ、廻れ天輪!』
もうこの世界もいらない。
いや、それ以前にアストラエアだけでなく他のS■■の者に見られた時点で、計画は完全に失敗に終わったのだ。
アストラエアだけならば誤魔化すことは不可能ではない――実際、200年前からの侵攻ももみ消すことはできていた。
しかし、他の目撃者が増えてしまったらどうしようもない。いかにナイアの『権力』を使っても誤魔化しようがなくなる――特に、使い魔たちとは別にピースとするために捕らえたクラウザーがいたら絶対に誤魔化せない。
だからやることは一つ。
『何もかも――この星ごと消してやるわ』
口封じをするしかない。
ここで使い魔たちを全滅させて、クラウザー諸共『ゲーム』から完全リタイアさせる。
そうしたら後はS■■側でナイアとしてではなくヘパイストスとして一人ずつ口封じをする――『ピース製造装置』を自力で完全に修復することはできないが、『設計データ』は残っているのだ。
『ゲーム』終了までに自身の世界で『ピース製造装置』を可能な限り再現、倒した使い魔たち全員を閉じ込め、その時間を使って全てを隠蔽する……それしかナイアが生き残る道はない。
『クトゥガ』の全力の砲撃であれば、たとえ『神核』の力がなくとも星一つ消し炭にすることはできるだろう。
一撃で星を消せずとも、星の『核』を破壊さえしてしまえば生き残る術はない。
クエストに参加している状態の使い魔たちも、星の崩壊に巻き込めば確実に息の根を止めることができる。
アリスの打撃によって上空に弾き飛ばされたのはナイアにとっては最後の幸運だった。
図らずも相手の方から距離を取ってくれた。それは、『クトゥガ』の砲撃を準備するのに十分な時間を与えてくれた。
眼下の《バエル-1》へと照準を向け――狙いは更にその先の地面だが――何もかもを消滅させようとしたナイアだったが……。
『!? な、なに……あの光は……!?』
《バエル-1》中央部――先ほどまで戦っていた場所から、眩い虹色の光が溢れ出していたのを目にした――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ラスト一撃……ヴィヴィアン、ガブリエラ、行くぞ!」
<かしこまりました、姫様>
<ええ、最後の一撃……私たちの全てを使って!>
アリスの手に握られているのは《エクスカリバー》――正真正銘、ヴィヴィアンの物となった聖剣である。
ナイアを魔眼ごと上空へと弾き飛ばしたのは、決して偶然ではないしましてやナイアに『クトゥガ』を撃たせる時間を与えるためではない。
とどめの一撃に地上を巻き込まないためだ。
今までの《エクスカリバー》よりも更に強く輝く虹色の光が辺りを照らす。
キング・アーサーよりヴィヴィアンへと返されたことで、《エクスカリバー》は真の力を発揮できるようになった。
今までのように揮うたびにステータスが減るということはなくなり、召喚時に大量の魔力を消費することもなくなった。
ただし、その反面、一度揮えばどんな敵でも一撃必殺で粉砕しうる強大な力を発揮する代償として、揮うものの気力・体力・精神力、そして魔力を根こそぎ消耗するようになってしまっている。
……結局、強すぎる力には代償がつきもの、という点には変わりはない。
<pl《終焉剣・終わる神世界》>
その《エクスカリバー》に更なる力を与える。
虹色の光が禍々しい赤へ、炎のように辺りを赤く照らす。
<ext《滅界・無慈悲なる終焉》>
それだけでは足りぬ、と《ラグナレク》を掛けて強化を施す。
虹から赤、そして黒へ――夜明けの光に照らされようとしていた世界が、夜よりも尚暗い『黒』へと塗りつぶされてゆく。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その底のない『黒』を、上空のナイアも目にしていた。
『……ッ!! 消し飛ばせ、「クトゥガ」!!』
再び『恐怖』がナイアの心に湧き上がってきたが、それを振り払うように『クトゥガの炎』――この星ごとアリスたちを消滅する最大の攻撃を放つ――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ext――」
アリスが『剣』を強く握り構える。
それは最強の召喚獣 《エクスカリバー》に世界を焼き尽くす魔神の剣 《レーヴァテイン》の力を合成し、更に『世界を終わらせる力』を付与した究極の魔剣。それをリュニオンした最強のステータスで振るうのだ。
聖剣の中の聖剣、それがエクスカリバーだとすれば――これは魔剣の中の魔剣。その名をアリスは叫び、ナイアへと向けて振るう。
「《破壊魔剣・一刀鏖殺》ッ!!!」
全ての存在を否定し、悉くを鏖す無明がナイアへと向けて放たれ――
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『こ、こんな……馬鹿な……っ!?』
星を貫くはずの『クトゥガの炎』が、眼下から迫る『闇』が飲み込み――
『嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だっ!!』
『闇』が『アルアジフ』を飲み込み――
『こんなこと……あってたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
ナイアを守る魔眼は完全に砕かれ、そしてナイアもまた『闇』に飲み込まれ――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……よう、ナイア。久しぶりだな」
「ぐ、ぐぁ……あ、アリス……!!」
魔眼を破壊され、《バエル-1》へと落下してきたナイアは満身創痍と言った有様だった。
傷一つなかった衣装も肉体もボロボロになり、ところどころ《ダインスレイヴ》の『闇』に侵され黒く変色……しかもその侵食はゆっくりとだがまだ止まっていない。
一方でアリスもまた満身創痍だった。
リュニオンの負債を仲間たちに押し付け続けてきたが、流石に限界が近かった。
何しろ、クリアドーラ戦からずっと戦い続けてきたようなものだ。途中で10分間休んだとはいえ、魔力は回復しても体力までは回復しきっていない。
「……ちぃっ」
立ち上がったナイアが周囲を見回し、忌々し気に舌打ちする。
「ふん、もう貴様が頼れるものは何もないぞ」
「…………クソガキが……!!」
見透かしたようなアリスの言葉に、ナイアは今度こそ憎悪の籠った視線を返す。
今アリスはリュニオンも完全に解除して一人に戻っている。
ならば【支配者】で操れるユニットもいるはずだ、とナイアは思ったのだが……。
”ま、最後はこうなると思ってたしね。心苦しいけど――ナイア、お前を倒すために皆覚悟を決めてたんだ”
この場にはナイアとアリス以外誰もいない。
おそらくは戦っている間に、リュニオンを解除した仲間をブランたちが避難させていたのだろう。
それでもそう遠くには行っていない――ならば【支配者】が通じるかもしれないと思ったのだが、そうはいかなかった。
ユニットとしての力を失っている間は操れない。あるいは、動きたくても動けない状態ならば操られることはない。
こうなることを見越して、敢えてアリスはリュニオンでの負債を仲間たちに押し付けていたのだ。
最初にリュニオン解除したウリエラ・サリエラも未だ魔力は回復しておらず、クロエラ・ジュリエッタも極限強化魔法の影響で肉体が壊れ動くことができない。
ヴィヴィアンとガブリエラも《エクスカリバー》の効果によって精魂尽き果てている状態だ。
「くっ、ふふふっ! 頼るものがないのは、あんたも同じでしょ!? 『アルアジフ』がなくたって……あたし一人であんたを始末すればいいだけよ!」
「……かもな。言っておくが、もうオレはリュニオンで強化することもできないし、仲間を頼ることもできねぇ」
素直にアリスはナイアの言葉を認めた。
ラビのユニットはリスポーン待ちになっていないが、実質全滅状態。
トンコツたちの方は時間ギリギリまでリスポーンを待っていたためまだリスポーン完了できていない――そもそも、リスポーン完了したところで《停滞の邪眼》を使わなければ戦えない。
……それ以上に、《バエル-1》は地上へと向かって墜落している真っ最中だ。
リスポーンしようとしても空中でリスポーンしてしまい、落下してしまうだけだろう。
それよりも、全員墜落に備えなければ生き残ることができないかもしれない。そんな状況だ。
……ナイアもアリスもそれは同じだが、この二人に関しては他のユニットたちと違って自由に動くことができる。自力で何とかすることは可能だろう。
「だが、オレは負けねぇ」
「クソ……クソッ、クソッ!! あんたなんかに……下等生物なんかに……!!」
「ハン……? おい、使い魔殿、言ってやれ」
”え? 私が?
……えーっと、じゃあ――”
まるで緊張感を感じさせないアリスの言葉に、ラビも面喰いつつも――精一杯の『余裕』を見せようと虚勢を張りつつ言った。
”ねぇねぇ、今どんな気持ち? 下等生物に追い詰められてどんな気持ち?”
「!! ご、こ、こ、この……ぶ、ぶち殺してやる……!」
「はははっ、おい、負け犬がなんか吠えてやがるぜ?」
”ぷっ、ふふっ! そうだね、アリス”
「ぐぐ……ぎがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
――『ゴエティア』での戦いで散々アリスたちを見下し、馬鹿にした発言が全て返され、しかも反論できない状況であることにナイアの精神は限界を迎えた。
髪をかきむしり、口から泡を噴き出す勢いで奇声を上げる。
「来い、『ネクロノミコン』!!」
先端に本のような装飾を施したもう一つの霊装『ネクロノミコン』を手に、怒りと憎悪、そして狂気に染まった眼でアリスとラビへと殺意をむき出しにするナイア。
……おそらく、ここまでナイアが『本音』を表したのはなかっただろう。
それだけナイアは追い詰められているということだ。
「来い、『杖』」
アリスもまた自身の霊装『杖』を手元へと呼び戻す。
余裕を見せナイアを挑発しはしたものの――こちらも限界が近い。
追い詰められているのはどちらも同じなのだ。
<[システム:不時着まで残り90秒]>
そして、《バエル-1》墜落が間近へと迫ってきていた。
「殺す……!! おまえらは絶対に殺す!! ブチ殺してやるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
叫び、魔力を全開させるナイアへと、アリスは獰猛な笑みを浮かべ返す。
「完全決着だ、使い魔殿」
”うん!”
「この戦い――オレたちが必ず勝つ!!」