8-85. Requiem for a Bad Dream 3. 『死』蔓延る世界
* * * * *
……ああ、もう……! わかってはいたけど一筋縄ではいかないなぁ……。
「ご主人様、いかがなさいましょう?」
ヴィヴィアンが次の指示を尋ねて来る。
……ぐぅ、即答したいけどどこもかしこも問題だらけで、どこからどう手をつければいいものか……。
とはいえここでまごついていることは論外だ。とにかく行動しなければ話にならない。
状況をまとめよう。
まず私とヴィヴィアンは神殿周囲にいる――神殿はオルゴールとノワールの仕業と思しき『封印』がかけられていて、中に入ることが出来ない状態だ。
アリスとジュリエッタは比較的近くで妖蟲と戦っているが、詳細はわからないが『拙い事態』になっているらしい。
そして遅れてやってきたクロエラたちだが、ウリエラたちから『敵襲』の報告が来ている。こちらもやはり詳細はわからない。
……この中で何を優先すべきか――私は少しだけ考え、結論を出す。
”……クロエラたちの方へと向かおう。状況次第で途中でアリスたちも連れて行く”
「かしこまりました」
三方の状況の中で一番ヤバそうなのは、明確に『敵襲』を受けているクロエラたちの方だと判断した。
神殿は気になるけど、下手にこちらが攻撃して封印を破壊してしまったら外から妖蟲たちが侵入してしまうだろうし、もしかしたら逆で神殿内にヤバいものを封じ込めているのかもしれない。
状況がわからなすぎて優先すべきという判断はできない。だから一旦放置だ。
アリスたちも状況が拙いのはともかくとして、『敵襲』の方がより明確な危機だろう。
だからクロエラたちへと向かう。
その道中でどうせアリスたちに合流することになる。状況次第で妖蟲も一旦放置して皆で合流でいいだろう――神殿もおそらくはすぐに妖蟲にどうにかされるということもないだろうし。
『”アリス、ジュリエッタ! 私たちはクロエラたちの方へ向かう、そっちはどう!?”』
アリスたちに事前に遠隔通話をしてみるが、
『わかった! こっちは……まぁオレ一人で十分だ。ジュリエッタ、頼むぞ!』
『がってん。殿様、途中でジュリエッタ拾って』
……そうか、その手があったか。
まぁアリスが一人残るってのも――特に相手が因縁の妖蟲だし――不安はあるけど、正直今のアリスの力なら余程の相手でなければ妖蟲には遅れを取らないだろう。実際、アトラクナクア三匹倒してたし……。
『”……わかった。アリスも深追いしないで、危なくなったらこっちに来て! もしかしたらこっちから呼ぶかもしれないけど”』
『おう、むしろ使い魔殿たちの方こそ気をつけてくれよ!』
耳が痛い。一回攫われてるしね……。
ともかく妖蟲をフリーにしてまた神殿に襲い掛かられるのも、地上を追って着いて来られるのも困る。
アリスが引き付けておいてくれるというのであれば、任せることにしよう。
《ペガサス》で移動、アリスたちと合流してジュリエッタを拾った後、私たちはクロエラたちの方へと向かう。
道すがらアリスたちが直面した『厄介な問題』についてジュリエッタから聞いたのだが……。
”……倒しても倒してもよみがえってくる、って感じかな?”
「多分そう」
幸いにも宝石芋虫みたいな特異個体はいなかったため、昨夜と同じく数は脅威だが一匹ずつは彼女たちの敵ではないみたいだ。
ただし、どれだけ攻撃しても倒せないというのは確かに厄介だ。
……いっそジュリエッタたちが考えたみたいに、周囲一帯を氷漬けにして封じてしまうというのが一番正しいとさえ思える。
もちろん、問題の先延ばしであって根本的な解決にはなっていないのはわかっている。
「……まるでゾンビのようですわね」
”ああ、なるほど……その言い方がぴったりだね”
「うん。手足をもいでも動き続けるとか、確かにゾンビっぽい」
どういうわけかゾンビ化した妖蟲が現れた――ということになるか。
それがわかったところで、やはり妖蟲をどうやって倒せばいいのかは相変わらずわからないままだが……。
ゾンビの弱点って何だろう? RPGとかだと『火』属性だったり『光』属性だったりが弱点だけど、映画とかだと弱点なかったりもするしなぁ……。
ジュリエッタたちの戦いからして、火で焼き尽くすというのもそこまで有効ではなさそうだった。灰になるまで焼けば流石に動かなくなるとは思うけど、その確証もない――むしろ、灰があちこちに広がってゾンビ化が広がるという可能性も…………あれ?
”…………なんかこの状況、聞き覚えがある……ような……?”
ゾンビ……ゾンビ……そうだ、何かどこかでこのキーワードに関連する話を聞いた覚えがある。
何だったっけ……割と最近だったと思うんだけど……?
「! ご主人様、クロエラ様です!」
思い出す前にクロエラたちが見える位置まで来てしまった。
”!? あれは……!?”
「む、まずい。もう襲われてる……!」
空中をふらふらと動くバイク、その上にクロエラともう一人がいるのが見えた。
サイドカーの中にはぐったりとして動かないブランしか見えない。ウリエラたちはどこだ!?
いや、それも心配だけどそれ以上にヤバそうなのは、バイクにしがみついているもう一人の見たことのない人影だ。
襲われている――ジュリエッタの言う通り、そのしがみついているのが『敵』なのは明確だ。
クロエラは振り落とそうとしているみたいだけど、そいつは全く離れる様子がない。
それどころか、じりじりとバイクを登ってクロエラにまで手が届きそうな感じだ。
「ジュリエッタ! このまま《ペガサス》で行きますよ!」
「うん。クロエラ! そのまま走らせて――メタモル!!」
お正月の戦いでもそうだったけど、ヴィヴィアンとジュリエッタって事戦闘に関しては本当に以心伝心って感じだ。
本人は不本意に思うかもしれないけど、アリスの時よりも連携がスムーズなんじゃないかとさえ思える。
それはともかく、ヴィヴィアンは《ペガサス》でクロエラに向かってそのまま突進――脇を掠める位置を突っ切ろうとする。
クロエラに呼びかけたジュリエッタは、真横を通り抜ける瞬間に《ペガサス》からバイクへと向かって飛び込み、メタモルで腕を巨大化させてバイクに張り付く人物へと腕を叩き込む。
「ぅぅぅぅ……っ」
「!? なに、この手応え……!?」
ジュリエッタの攻撃で背中を打ち据えられたのは間違いない。
けど、わずかに唸ったくらいで全く離れる様子はない。
ジュリエッタは素早くサイドカーへと乗り移り、ブランを抱える。
「……クロエラ、一旦ここを離れる。ブランはジュリエッタが」
「わ、わかった」
相手の得体が知れなさすぎる。
攻撃を仕掛けたジュリエッタは実感できたのだろう、一旦距離を取るようだ。
”ヴィヴィアン”
「かしこまりました。ジュリエッタたちを回収いたしましょう。サモン《ワイヴァーン》」
バイクから飛び降りた二人を《ワイヴァーン》で拾い、バイクはクロエラが消す。
張り付いていた謎のユニット……いやピース? は地上へと真っ逆さまに落下していった……。
流石にこれで倒せたとは到底思えない。
が、それよりは――
”クロエラ、ウリエラたちは!?”
「ご、ごめんボス……二人はもうちょっと前のところで落っことされちゃって……」
む? 二人はデフォルトで空を飛べるはずなのに……?
翼をやられたってことか。
この辺りに妖蟲はいないし、体力も少し減っているくらいだから大丈夫だとは思うけど、心配なのには変わりない。
”ウリエラたちを先に回収しよう。あいつは……”
「ジュリエッタが行く。ブランはこのまま連れてって」
「ま、待って! ボクも行くよ!」
「……わかった。じゃあジュリエッタとクロエラがあいつを」
”うん、私たちはウリエラたちを。二人とも気を付けてね!”
また三方向――いや正確には四方向か――に分かれることになってしまったが、仕方ない。
ウリエラたちを拾ってすぐに戻って合流するしかないか。
《ワイヴァーン》から飛び降りた二人、ぐったりとしたブランはそのまま乗せて私たちは道を逆走してウリエラたちを探すこととした。
位置関係としては、街の入口から神殿まで伸びる大通りのやや神殿側にジュリエッタたち。
神殿前広場にアリス。
そして私たちは大通りに沿ってウリエラたちを探す――時間的にそこまで距離が開いているとは思えないけど……。
「ご主人様、ウリエラ様たちがいらっしゃいました」
”あ、ほんとだ! ……って、地上を歩いてる……”
それほど時間が経たないうちにウリエラたちを無事発見できた。
二人ともやっぱり翼をやられたせいか、地上を必死に走ってクロエラたちの方向へと向かっていたようだ。
……あの二人、スピードは結構速いんだけど、それって『空を飛んで移動している』からなのだ。だから空を飛ばずに徒歩で移動しようとすると、とんでもなくスピードが遅くなってしまう。まぁ身体がジュリエッタ以上に小さい『人形』みたいなもんだしね。
二人もこちらに気付いて手を振って応えてくれる。
”降りたらまず《ナイチンゲール》で治療してあげて。空飛べないのは不便すぎるしね”
「かしこまりました」
……《ナイチンゲール》で治ればいいんだけど……まぁ試さないという選択肢はないだろう。
ちなみにだけど、ブランの傷は《ナイチンゲール》では治せないのは確認済みだ。生き物ならユニットじゃなくても治せるんだけど、結晶竜はどうも普通の生き物ってわけじゃないみたいだ――『鉱石』に近いものなのかもしれない。特にブランの本体とも言える竜体は私たちの魔法ではどうにもならないだろう。
「一度 《ワイヴァーン》はリコレクト致します」
移動用は《ペガサス》だけあれば十分だろう。これからはジュリエッタの代わりにブランを乗せて行ってあげればいいか。
「ウリエラ様、サリエラ様、今治療をいたします」
「頼むみゃー……」
「飛べないとこんなに不便とは思わなかったにゃー……」
デフォルトで飛べるのは便利っちゃ便利だけど、魔法で飛んでるわけじゃないからいざ翼を失ってしまうとどうにもならなくなってしまう、という欠点もあるのか……。
この分だとガブリエラも同じだな、きっと。
”一体何があったの? クロエラたちが襲われたのはわかったけど……”
「わたちたちにも何が何だか……」
「多分にゃけど、あいつがどこからかバイクに襲い掛かってきて、その衝撃であたちたち振り落とされて……」
「で、いつのまにか翼がやられて、落っこちちゃったみゃー……」
「くろがあいつを連れたまま離れてくれたんにゃけど、あたちたちも追い付けなくて困ってたところにゃ」
《ナイチンゲール》の治療の最中に二人から状況を聞く。
けど、まぁ予想はしてたけどあんまり有益な情報はなかった。
訳も分からないうちに地面に落ちてクロエラと離れてしまったのだ、仕方ないだろう。
気になるのは二人の翼を消した手段だ。
翼は半ばくらいから消失してしまっているのだが、その傷跡が良くわからない。
剣とかで断ち切られた、という感じではない。
力任せに引きちぎられたというのも違う――もしそれなら半ばからじゃなくて根本から引っこ抜かれているような気はする。それ以前に、そんなやり方だったら二人も気付くはずだろう。
傷跡を見ると不揃いな感じで、何というか……ボロボロになって自然と千切れたように見える。
敢えて言うなら……『焼け落ちた』って感じに近いかな? ただ、焦げ跡とかもないし……そういうわけでもなさそうだ。
「治療完了いたしました。どうでしょうか?」
「ありがとうみゃー!」
「助かったにゃー! やっとまともに動けるようになったにゃ……」
心配していたけど、流石の《ナイチンゲール》さんだ、失った翼も無事治療できた。
……うん、まぁ魔法だから言っても仕方ないけどほんと《ナイチンゲール》さんはスゴイな……。
”二人も動けるようになったし、クロエラたちのところに戻ろう。
……アリスの方も心配だけど……”
そんなに時間が経っているわけではないし、特に連絡も来ていないから心配はないとは思う。
こんなことなら最初から全員纏まっていった方が良かったかなぁ……いや、今後悔しても意味がないか。エル・アストラエアがこんな状況になっているとは予想もつかなかったし。
《ペガサス》に皆乗り込み、ぐったりしているブランをヴィヴィアンが抱きかかえて出発しようとした時だった。
――うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!
”な……なんだ……!?”
どこかから不気味な唸り声のようなものが聞こえてきた。
「……くろたちの方、かみゃ?」
”クロエラたちの方――さっきのヤツか!?”
魔法の発声ではないと思うし、気合の雄たけびとかそういう感じでもない。
でも無視できる感じでもない……何かとてつもなく『不気味』な気配があった。
”急いで合流しよ――え!?”
とにかく合流を急ごうとした時、周囲の建物から一斉に唸り声が聞こえてきた!
街に入ったところでジュリエッタが音響探査で誰かが建物の中に隠れているとは言っていたけど……。
「うぇっ……臭いがキツくなった……」
ぐったりブランが更なる臭気に本当に気持ち悪そうにえずく……元々気分悪そうだったけど。
建物のドアや窓がゆっくりと開けられ、私にもわかるくらい一気に臭気が強まる。
これは本当にキツいな!? 嗅覚が強い人じゃなくても、下手したら臭いで気絶しちゃうくらいかもしれない……。
建物の中から現れたのは――
「うぅぅぅ……うぅぅ……」
「ひぇっ!?」
「ぞ、ゾンビにゃー!?」
そう、正に『ゾンビ』としか言いようのない存在だった。
腐り落ちボロボロになった身体に、ぐじゅぐじゅと零れ落ちる体液やら血液やら……映画でしか見たことのない、『ゾンビ』そのものだった。
”うっ……!? し、しかも一匹だけじゃない……!?”
「ま、周りの建物全てから……!?」
私たちの近くの建物だけからではなく、周囲一帯全ての建物のドアやら窓が開き、そこからゾンビたちが湧き出してきたのだ!
これがジュリエッタが探知していたものか……!
理由はわからないけど今まで建物内で大人しくしてたが、さっきの唸り声みたいなのに呼応して動き出したって感じか。
”ヴィヴィアン、急いで空へ!”
こんなタイプのモンスターは初めてだ……。
ともかくクロエラたちとの合流が優先だ。ゾンビの群れの相手なんてしている余裕はない。
幸い《ペガサス》は呼びっぱなしだった、すぐさま私たちは上空へと舞い上がりゾンビから逃げようとする。
「こ、これは……!?」
”一体何匹いるんだ……”
私たちの周囲どころじゃない。
上から見た感じ、ほとんどの建物の中からゾンビは現れているように見える。
……百匹どころじゃない。これは千、いやもっといるかもしれない……。
どのくらいの強さかはわからないが、ちょっと数が脅威すぎる。これは流石に相手していられない。
私たちはとにかくクロエラたちとの合流を優先する。彼女たちの方にもゾンビの群れがやってきているのは疑いようもないだろう。
「!? ちょ、待つみゃヴィヴィみゃん!」
「ウリエラ様? いかがいたしましたか?」
上空へと飛んだ後、速攻で飛ぼうとしたヴィヴィアンにウリエラが待ったをかける。
彼女は下を――ゾンビたちを見ていたのだが、何かに気付いたみたいだ。
「こ、これ……まさか……」
”……!? えっ……嘘でしょ……!?”
釣られて見た私も気付いた。
このゾンビたち……身体が半分腐っている感じなのでわかりにくかったけど、背中にボロボロの翼――の跡があるのがわかる。
よく見れば頭部にも角のようなもの、お尻から千切れているけど尻尾も……。
サリエラとヴィヴィアン、そしてぐったりブランも全員が理解した。
”ま、街の人がゾンビにされている……ってことか!?”
そうとしか考えられない。
前にピッピと話した時に彼女も言っていたけど、『人型の知的生命体がモンスターとして登場することはありえない』……という事情もある。
だから『ゾンビ』みたいないわゆるアンデッドモンスターが現れるとは考えにくい。
でも、何らかの手段で街の人をゾンビ化させた……と考える方が自然だろう。
”――思い出したっ!!”
と、そこでようやく記憶の扉が開いた。
ゾンビ――そして、モンスターとかをゾンビ化させる能力……この二つのキーワード、確かに以前聞いていたのだ。
お正月くらいだったか、トンコツかヨームから聞いていた『ゾンビ少女』、確か名前は――
”……ベララベラム……!”
クロエラたちに襲い掛かっていたヤツ――そいつこそがベララベラム……このゾンビたちの元凶なのだろう。
……くそっ、聞いていたはずなのに忘れてしまっていたなんて……!
『”ジュリエッタ、クロエラ! そいつに触られないように気を付けて!!”』
ゾンビ化させる理屈や、ユニットにまで『感染』するかはわからない。
わからない以上、警戒するに越したことはない。
二人へとすぐさま遠隔通話で警告を飛ばすが――
『”ジュリエッタ……? クロエラ!?”』
二人から返答が返ってこない……!?
エル・メルヴィンの時みたいにドクター・フーに封じられているという感じではない。ガブリエラみたいに通じているけど返事が返ってこない……というのとも違う。
”急ごう、ヴィヴィアン!”
「はい! 皆様、振り落とされないようにお気をつけください!」
二人の体力はまだ大丈夫……だからやられたわけじゃない。
でもそれは消息不明のガブリエラも同じだ。油断していい状態じゃないと思っておいた方がいいだろう。
私たちはゾンビたちは無視して、急いでクロエラたちの方へと向かう……。




