8-84. Requiem for a Bad Dream 2. 妖蟲の狂宴
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビとヴィヴィアンが神殿の様子を見に行っている間、アリスとジュリエッタは妖蟲たちを倒そうとしていた。
数は多いものの、かつて『冥界』で戦った宝石芋虫のような特異な個体もおらず、またアリスたち自身も格段にレベルアップしている。
「……これ、御姫様が遠くから魔法撃ち込み続けた方が楽かも」
「ああ、そうだな。奴らにはあまり近づかない方がいいだろうし、オレがやる。ジュリエッタは周囲の警戒を頼む」
「がってん。警戒しながら、火龍の火を使う」
空を飛ぶアリスに肩車してもらう形でジュリエッタが乗っかり、音響探査で周囲の警戒をしながらメタモルで火龍の炎を地上へと向けて放射する。
アリスは街中ということもあり巨星魔法ではなく流星系や剣雨系の小技を使う。
正に鎧袖一触の勢いで妖蟲たちを蹴散らせる――のだが、ラビたちも不可解に思ったことにすぐアリスたちも思い至る。
「……妙だな、なぜ飛んでこない……?」
「うん、不思議」
飛行型の妖蟲もなぜか空を飛ばずに、のたのたと地上を這っているのはすぐにわかった。
飛ぶために助走を必要するとは到底思えない。何か理由があって飛ばないのかとは思うが、その『理由』には皆目見当もつかない――飛ばない故に、一方的に上空からアリスの攻撃を受けていることになっているのだから。
それともう一点、直接戦っているが故に気付いたことがある。
「……それにあいつら、なんか妙に脆くないか?」
「確かに……」
アリスは今さほど強力な魔法を使っているわけではない。
レベルアップして威力は強化されているものの、本来なら『雑魚散らし』や牽制に使うようなレベルの魔法なのだ。
だというのに、あっさりと妖蟲たちの甲殻は貫かれ、あるいは潰されている。
確かに蟲の中には柔らかいものもいることはいるが、カブトムシ型のような比較的硬めの外骨格を纏っているはずの蟲にまで通じるとは到底思えない。
これを単純に『相手が弱い』『自分の方が強い』と喜べるほど、アリスもジュリエッタも戦闘に関してお気楽な考えをしてはいなかった。
何かある。油断はしない方がいい。
二人は冷静にそう考えていた。
特に妖蟲は何をしてくるかわからない――ある意味、山脈で戦ったラグナ・ジン・バラン後期型のような存在だ。
一瞬の油断が命取りになりかねない。
「とにかく、このまま貴様はオレにしがみついていろ。近づくのはどうしようもなくなってからだ」
「わかった。ジュリエッタもそれでいいと思う。
……このまま倒せているなら、それはそれでいいんだけど……」
何かありそうだが、とりあえず現状反撃を受けることもなく倒すことは出来ている。
もちろんこのまま妖蟲を殲滅できればそれはそれでいいのだが……。
ともあれ二人はラビたちが神殿を調べている間に可能な限り妖蟲を相手にすることに決め、魔法を放ち続ける。
相手が何かしてこない限りは、このまま数分も経てばあっさりと全滅させることが出来るだろう、二人はそう考えていた。
……そして予想していた数分が過ぎ、二人は自分たちの予想を超える出来事が起きていることにようやく気が付いた。
「…………おい、こいつら全然数が減ってないように思うんだが……?」
「…………ジュリエッタもそう思う……」
攻撃は確かに当たっている、食らった妖蟲が吹き飛ばされるのも、肢や翅が引き千切れて倒れるのも見た。
だというのに一向に敵の数が減らないのだ。
どこかに昨夜の大ミミズの『穴』のようなものが開いていて、そこから続々と援軍が来ている……とも考えたが、敵は神殿側からやってきておりそちらに『穴』のようなものはない。
ということは援軍が来ているというわけでもないはず――あるいは見落としてしまいそうなくらい小さな『穴』があって、そこから来ているのか……。
不可解に思いながらも攻撃を止めるわけにはいかない。
アリスは攻撃を続けていたが――やがてジュリエッタが気付いた。
「……これ、もしかして……」
「どうした? 何に気付いた?」
気付いたものの、信じられないといった感じにジュリエッタは言葉に詰まる。
だが黙ったままなわけにもいかない。
高速で頭をフル回転させて考えをまとめ、目の前で起きている事象について説明する。
「妖蟲たちは、増えているわけじゃない」
「ああ、援軍が来ているって感じではなさそうだな……だが減ってないぞ?」
「うん……減ってないけど増えているわけじゃない」
「……む?」
ジュリエッタの言うことがピンと来ないのか、わずかに首を傾げる。
「多分……こいつらを倒せていない。だから敵の数が減っていない……んだと思う」
そんなわけがない、と聞いたアリスは思ったが同じことをジュリエッタも思っている。
だがそうでなければ説明がつかないのだ。
妖蟲たちはアリスの魔法で吹っ飛び傷ついている。
だが倒れていない。だから数が減らない――ジュリエッタにはそうとしか考えられなかった。
「……んなわけねーだろ。見てろよ!」
宝石芋虫のような特殊個体でもないのに倒せていないはずなどない、とアリスはムキになって強力な魔法を放つ。
《剣雨》に更に攻撃力アップの属性を付与、その上で無数の『剣』を一つに纏めた《剣柱》を眼下の蟲目掛けて放つ。
広範囲を攻撃するための魔法を一か所に集中させたものだ、巨星系魔法誕生前の基本魔法とは言えその威力は絶大。
「どうだ、見ろ!」
一匹にほぼ集中して降り注ぐ『剣』は、哀れな蟲の至る箇所に突き刺さり、貫き、一瞬でボロボロの肉片へと切り刻んでいた。
いかな生物とて、『生物』であれば疑いようなく死ぬダメージである。
倒せていないわけがない、とアリスは自分の成果を見てジュリエッタに言うが――その表情がすぐに驚愕へと変わる。
「…………嘘だろ……!?」
アリスが撃ったのはカブトムシのような姿の妖蟲だった。
分厚い甲殻は散々に貫かれ確実に体の内部まで刃は通っている。六本ある肢は残らず切り落とされ、それどころか胴体も半ばで切断されている状態だ。
頭部にも何本もの剣が突き刺さっており、それも間違いなく貫通している。
だというのに、その蟲は尚も前進を続けようとしているのだ。切断された胴体から不気味な造形の内臓を零しながら……。
「……自分で言っててなんだけど、本当に死んでないなんて……」
ジュリエッタもまた目の前で起きていることが、予想はしたもののあまりに現実離れしすぎていて信じられないといった様子で呟く。
「アレで生きてる生き物なんているのか!?」
「う、うーん……プラナリアとか、切っても平気なのはいるみたいだけど……アレはいくらなんでも違いすぎる……」
ジュリエッタの言うように、渦虫という生物ならば身体を切ってもそこから再生する――『分裂』と言った方が近い表現だろう――ことは出来る。
だが目の前で起きていることはそれとは全く事情が異なる。
どれだけ傷ついても、その傷が治るわけでもなく、なのに動き続けることが出来る生き物などいるわけがない。ましてや、胴体が千切れ内臓を零して尚動けるわけがない。
――不死身。
そうとしか言いようがない。
「まさか、この蟲共全部がそうだっていうのか……」
「多分……」
言いながらジュリエッタはメタモルで視覚を強化、蟲たちの様子をよく見てみる。
すると、他にも致命傷を負っているのに動き続けようとしているものや、焼け焦げているのに尚も動いているものが確認できた。
神殿に群がっていた蟲全てが『不死身』であると考えて間違いないだろう。
そうなると疑問になってくるのは、確かに不可思議な生物ではあったものの今までの妖蟲は『不死身』ではなかったことだ。
新しいタイプの個体が現れたのか……? と考えるが、もしそんなタイプがいたとしたら、昨夜の時点で投入しているのではないかと思う。それ以前に『冥界』で使っていただろう。
『使い魔殿! これはおかしいぞ!? 何かマズい……!』
今までも『強敵』という相手とは何度も戦っていたが、『倒せない』という相手とは戦ったことがない。
この不死身にも何かカラクリがあるはずだとは確信しているが、それが何かはまだ見当もつかない。
ともかく異常な事態が起こっていることをラビたちへと伝え、アリスとジュリエッタは打開策を考えようとする。
「とにかく、動けなくなるまで粉々に吹っ飛ばしてみるか?」
「……あるいは、灰になるまで焼き尽くすか……かな」
「むぅ、こいつら相手に《終焉剣・終わる神世界》まで使うのは……どうするかな……」
アリスが躊躇っているのは魔力消費だけの話ではない。
相手を焼き尽くすまで消えない炎ではあるが、もしもそれでも止まらないとしたら――エル・アストラエアのあちこちに飛び火して収拾がつかない事態に陥ってしまうかもしれない、と思ったのだ。
さすがに灰になるほど焼かれれば動きは止まる……とは思うが、その確証もない。
最も効率的で確実なのは、『凍らせてしまう』なのだが、アリスたちにはその術がない。
「……ヴィヴィアンに凍らせる召喚獣を呼び出してもらって、それで何とかするか」
「むー、氷系はほんと難しい……」
アリスは凍結系の魔法はほぼ持っていない。氷属性の巨星魔法《青色巨星》があるが、あくまでも氷の塊をぶつけるだけで『相手を凍らせる』と言った用途には向いていない。
ジュリエッタもかつて凍龍を吸収していたが、あくまで氷原に棲息し低温のブレスを吐いてくるというモンスターであったため、やはり広範囲の凍結をさせることは難しい。
唯一そうした広範囲の凍結が出来そうなのがガブリエラの開門魔法で氷属性の門を引いた時……と考えられるのだが、そのガブリエラが現在も消息不明だ。
というわけで、ヴィヴィアンにこの場で新しい召喚獣を呼び出してもらうしか手がない、と二人は結論付けたのだった。
「どうやら神殿の方にも入れなかったようだし、まずはこの蟲共を全員で何とかするしかあるまい」
「うん、まずは安全確保。
…………そういえば、クロエラたち遅い……?」
「? 確かに……ヤツらも何かあったというのか……? 連絡してみるか」
ラビからエル・アストラエア内部へと来るように連絡は行っていたはずだ。
クロエラのスピードならばもうアリスたちに合流していてもおかしくないはずだったが、未だにクロエラたちが追い付いてくる様子はない。
周囲を警戒しながらゆっくりと飛んでいるのであれば話は別かもしれないが……。
『おい、クロエラ、ウリサリ。貴様ら今どこだ?』
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビたちからエル・アストラエア内部へと入るように言われたクロエラは、ウリエラたちを乗せたまま空中を走行、城壁を乗り越えて街内部へと入り込んでいた。
……そして、ラビたち同様『異臭』を感じて全員が辛そうに顔を顰める。
「うぇ……なんみゃーこれ……!?」
「きっついにゃー!」
「……うっぷ」
フルフェイスのメットを被っているクロエラはまだ耐えられるが、他三人はかなり辛いようだ。
特に『乗り物』に初めて乗ったであろうブランは、戦闘のダメージに加え微妙に『乗り物酔い』を患っていることもあり今にも吐きそうな感じである。
「ちょ、ちょっとブラン……バイクの中で吐かないでよ!?」
「うぶ……ぎぼぢわるいぃ……」
ラビからは空中を移動するように、と言われている。
ここでブランだけを下ろすわけにもいかないし、かといって全員で指示を破って地上を歩くというのも躊躇われる。
ラビに言われるまでもなく、エル・アストラエアに何か異常事態が起こっていることは理解できている。
ブランも吐かないように涙目で必死で耐えつつ、速く目的地に着くようにと祈っているようだ。
「少し急いだ方がいいかな……? あ、でもスピード上げたら余計気持ち悪くなっちゃうかも」
「……いや、これは急いだ方が楽かもしれないみゃ」
「早いところ神殿に着いて降ろしてあげたほうがいいと思うにゃ」
「…………ぼくがまんするから……はやくいって……」
「わ、わかったよ」
案外とノワールと連絡がつきにくいのは、ブランの不調によるものかもしれない――とクロエラたちは考えたが、それを確かめることにそこまで意味はないだろう。
クロエラは言われた通り少し急ぎ足で――そして極力バイクを大きく揺らさないように注意しながら――神殿へと向かって空中を走ろうとする、
ほんの数分もあれば神殿までは辿り着けるだろう。
――何事も起こらなければ|、であったが。
上空を走り始め少ししてから――
「……? 今何か聞こえたような……?」
バイクで風を切る音がかなり大きく、外の音が聞こえづらい状態だったのが災いした。
クロエラは一瞬何か風の音とは別の音が聞こえたような気がしたが――
気のせいかと思い直しそのまま進もうとする。
だが、その時――
「うわぁっ!?」
「な、なんにゃっ!?」
突如バイクが大きく揺れる。
地上を走っていればちょっとした段差や障害物にぶつかって揺れる、ということはある――もちろん普通のバイクではないしクロエラの【騎乗者】の効果で転倒するということはほぼない――が、空中で何かに躓くことなど通常ありえない。
鳥との衝突、というわけでもない。高速移動に長けたクロエラは動体視力も優れており、少なくとも彼女の視界内であれば見落とすことはまずありえない。
だとすればクロエラの視界外からの『何か』ということになる。
「くっ!? ウリュ、サリュ!」
バイクが大きく揺らされバランスが崩れる。
乗っているクロエラ本人は問題ないが、サイドカーに乗っている三人は衝撃で振り落とされそうになってしまう。
「わたちたちはいいみゃ、ブランを!」
「! わ、わかった……!」
ブランも本当は飛べるが竜体にならなければ無理だ。それに今は怪我と乗り物酔いでグロッキーな状態だ、竜体になる前に地上へと真っ逆さまに落ちてしまうだろう。
クロエラはサイドカーのブランに手を伸ばして落ちないように固定、ウリエラたちは軽い分あっさりとサイドカーから弾き飛ばされるが彼女たちは自力で飛べる。何の問題もないはずだ。
「あっぶにゃー! でも一体何が――みぎゃっ!?」
「さりゅ!?」
空中に投げ出されたサリエラたちがクロエラのバイクに並走して飛ぼうとした瞬間、サリエラが浮力を失い地上へと落下してしまう。
慌てて助けに行こうとするウリエラだったが……。
「みゃあぁぁぁぁっ!?」
続いてウリエラまでもが落っこちてしまう。
同じような状況にウリエラは覚えがある。
――これ、フブキの時と同じみゃ!?
昨夜フブキと遭遇した時、アンティで翼を凍らされ墜落した時と同じ唐突な落下だった。
しかし全く同じではない。
「く、くろ! 敵みゃ! バイクに張り付いているみゃ!」
「えっ!?」
落下寸前に無理矢理体勢を捻ってクロエラの方を振り返ったウリエラはそれを目にした。
バイクの裏側――クロエラたちの死角になる位置に張り付いている見覚えのない人物が張り付いていたのだ。
そしてウリエラたちが落下した理由――
――翼が……やられちゃってるみゃ!?
片方しかない翼が途中から消え失せている。
いつやられたのかわからない。おそらくは張り付いている人物――まず間違いなくピースだろう――の魔法によって、翼が半ばから消滅させられたのだろう。
『おい、クロエラ、ウリサリ。貴様ら今どこだ?』
と、その時クロエラたちが追い付いて来ないことを不審に思ったアリスから連絡が来た。
『『て、敵襲みゃ/にゃ!!』』
地面へと落下しながら二人は揃って全員に向けてそう言うのが精いっぱいであった……。




