8-83. Requiem for a Bad Dream 1. エル・アストラエアの静寂
* * * * *
日が完全に落ち、世界が闇に包まれた。
その頃に私たちはエル・アストラエアへと戻ってきたのだが……。
”これは……一体……!?”
「うぶぅ……これ、キツイぃ……」
上空から先行してアリス、ヴィヴィアン、ジュリエッタと私がエル・アストラエアに入った。
すぐに異変に気付く。
昨夜私たちが戦った時にも結構建物が壊れたりはしたけど、その時よりもかなり荒れ果てている印象だ。
何よりもおかしいのは、街全体に漂う『異臭』だ。
メタモルを使わずとも五感が鋭いらしいジュリエッタは涙目で口と鼻を抑えて堪えているくらいである。
私たちも流石に顔を顰めざるをえないくらいの臭さだ。
「これはジュリエッタでなくてもキツイぞ……」
「まるでゴミの山にいるようですわ……」
”ゴミっていうか、うぇ……”
『ゴミの山』ですら生温い表現だと思えるくらい、とにかく臭い。
もう今まで生きてきた中で嗅いだことのない強烈な……そう、『腐臭』だ。
”……とにかく神殿に向かおう”
人気が全くない。
『本当の避難所』にいた人たちはどうなったんだろうか……まだ避難しているのか? だから人気がないのだろうか?
ともあれ、状況がさっぱりわからない。
一旦こちらの本拠地である神殿へと私たちは向かうことにした。
「……?」
「ジュリエッタ、どうしました?」
「いや……何か動いたのが見えたような……?」
「ふむ? 音響探査使ってみてはどうだ?」
魔力の節約もあったし、エル・アストラエアが静まり返っていたのでエコーロケーションは使っていなかったのだが……確かに逆に静まりすぎていて不気味だ。
”ジュリエッタ、魔力はまだ大丈夫?”
「うん、平気。メタモルじゃなくてディスガイズの方使う」
そっか、ディスガイズでのエコーロケーションなら細かい調整は出来ないけど『肉』の消費はない。
昨夜の戦いで妖蟲の大ミミズを喰って肉の補充は大分できたが節約するに越したことはない――主な敵がアビサル・レギオンになる以上、今後補充できなくなる可能性だってあるのだ。
「ディスガイズ……」
神殿を目指しつつディスガイズで周囲を探るジュリエッタだったが、
「……? あっち……あの路地のところに何かいる。ていうか、なんかあちこち……建物の中とかにいる感じもする」
”建物の中にも? うーん……”
避難しているってことかな……?
なら心配しなくても大丈夫……だと思うけど……。
「ふむ? 避難しているにしても、妙だな」
「はい。ブラン様曰く『襲撃されている』とのことでしたが……」
”そうだね、やけに静かだよね……”
今どこかで戦っているのならすぐにわかると思うんだけど、そういった音とかは聞こえてこない。
漂う『異臭』が物凄く怪しいけど……逆に言えばそのくらいしか異変らしき異変はない。もちろん、『異臭』だけでも十分すぎる異常さなんだけどさ。
”…………ちょっと嫌な予感がする。クロエラたちは念のため町の外で待機してもらおう。いつでも動けるようには準備していてもらうけど”
「ではオレたちだけで神殿へ向かうか」
「一応警戒は続けておく。……誰かいるはずなんだけど……うーん……?」
ジュリエッタが探知したものを調べに行くかとも一瞬悩んだけど、やはり今は神殿に行くことを優先した方がいいだろうと判断した。
連絡の取れないガブリエラが気になるのは当然だし、一緒に残ってくれていたノワールやオルゴールたちとも合流したい。
そのためには神殿に行くのが一番手っ取り早いと思う――何よりもピッピがどうなっているのかも確認しなきゃだしね。
私はウリエラたちに念のため待機をお願いしつつ、神殿へと空中を飛行して向かって行った……。
* * * * *
”な、なんだこれ……!?”
ほどなくして神殿へとたどり着いたのだけど、ちょっと想像を超える光景が広がっていた。
……いや、神殿に着く前にもう異変には気付いていたんだけど……どっちにしても私たちが想像だにしない状況だった。
「妖蟲共の生き残りか……!?」
”生き残りにしては数が多すぎる……援軍を送ってきたってことか!?”
私たちがまず目にしたのは、神殿を取り囲み内部に侵入しようとする蟲たちの群れだった。
ただその数が異常だ。
昨夜の戦いの後も、ノワールやブラン、それに街の兵士さんたちが生き残りの蟲がいないかどうか町中を探索、もしいたらとどめを刺していってたはず。……その時点でもほぼ蟲は生き残っていなかったようなのだ。
ウリエラたちがエル・メルヴィンへと向かった後に新手がやってきた……ということだろうか? 現状そう考えるしかないけど……。
「いかがいたしましょうか?」
ヴィヴィアンの問いに即答で蟲退治と答えようとして――一旦言葉を飲み込む。
妖蟲の群れが目を引くが、奴らが群がっている神殿の方にもまた『異変』が起きていることに気付いたからだ。
昨夜壊れた――まぁほとんどはヴィヴィアンの《ヘカトンケイル》がやったんだけど――神殿自体は形は元に戻っている。これはウリエラが構築魔法で無理矢理体裁を整えたので不自然ではない。
不自然なのは神殿を覆う謎の『膜』である。
『膜』がすっぽりと隙間なく神殿を覆っており、妖蟲たちは神殿に纏わりつくものの内部に侵入することが出来ていない。
”……あの膜みたいなのが守ってる……?”
「みたいだな。となると、オレが《赤爆巨星》辺りでまとめて吹っ飛ばすのは拙いか」
「うん。……ていうかあの膜、オルゴールの糸……かな?」
”あ、なるほど”
オルゴールの糸、かなり長く伸びる上に編物魔法で様々なものを作ることが出来る。
『糸』という細い材料なので、まぁ基本何でも作れると思っていいだろう。
そのオルゴールの糸で神殿を隈なく覆うカバーを作って、妖蟲たちの侵攻を防いでいるってところみたいだ。
そうなると、神殿内部に少なくともオルゴールが立てこもっている……って考えていいと思う。
私の考えに三人は頷く。
「ふむ、ではどうするか……オルゴールには遠隔通話は通じないしな」
「……やはり妖蟲を全滅させる、あるいはそこまでいかずともある程度は追い散らしてしまわないとダメなようですね」
「うん。妖蟲の包囲が解けたのがわかれば、オルゴールも安心して姿を見せてくれるかもしれない」
そうするのが一番かな。
……オルゴールの糸が、本人がリスポーン待ちになっても残っているような性質だったら話は別だけど……本人がいなくても効果が残り続ける魔法ってあんまりないし、ちょっと特殊な条件付きの魔法なんじゃないかと予想している。
ひとまず彼女自身は無事だと仮定――そうでないにしても、神殿を糸で覆って守っているということは中には誰かがいるのは間違いないと思う。
”よし、じゃあまずは妖蟲たちを蹴散らそう。全滅――はヴィヴィアンの言う通りちょっとすぐには難しいかもしれないから、神殿からある程度引き離せればそれでいいと思う”
「おう、任せろ。オレとジュリエッタが妖蟲を相手する」
「……殿様とヴィヴィアンはこのまま《ペガサス》で飛んで、隙を見て神殿に近づく……」
”わかった。それで神殿内部から反応があれば――中に入るか、って感じかな”
神殿内にいるのがオルゴールやノワールだけならまだともかく、もしかしたら街に戻ってきた人たちが再襲撃で逃げて匿われているのかもしれない。
そうなると迂闊に膜を引っぺがすわけにもいかないから……まぁそうなったら頑張って妖蟲を全滅させることを考えるか。
”ウリエラたちももう呼んじゃうね。ただ地上を走らせるのは状況がわからないし危ないかもしれないから、空を走ってもらおう”
ちょっと先走りすぎかもとは思ったけど、ウリエラたちをいつまでも外で待たせておくわけにもいくまい。外が安全とも限らないのだし。
ノワールがいるのであればブランがいた方が話がしやすい。彼女たちは独自の遠隔通話のような会話手段があるのだ、こっちまで来てもらってそれを使うというのも手だろう。
ウリエラたちに遠隔通話で状況を話し、私たちは早速妖蟲退治――そして神殿への接近を試みる。
「よし、行くぞジュリエッタ!」
「うん、任せて」
二人が地上へと向かいながら遠距離魔法を放つ。
流石に気づいた妖蟲たちが一斉に――そう、なぜか神殿を放置して一斉にアリスたちへと向かって来ようとする。
”……?”
「……妙ですね……?」
私たちはすぐにおかしいことに気付く。
妖蟲たちが一斉に、っていうのはまぁ……『妖蟲』の存在を考えたらわからないでもない。これもまぁおかしいことと言えばおかしいんだけど。
気になったのはそこではなく、飛べるタイプの妖蟲も飛ばずに地面を這って向かって来ようとしているところなのだ。
カブトムシとかクワガタムシとかなら……まぁ飛ぶのそこまで得意じゃないだろうしわかるんだけど、ハチやトンボ、ハエと言った基本『飛んでいる』印象の強い蟲までもが飛ばずに這ってくるのには違和感を覚えずにはいられない。
「……ともかく、神殿に集まっていたのがバラけたというのは喜ばしいことかと」
”う、うん……そうだね……なんか納得いかないけど……”
何か気持ち悪いな……。
私たちの知っている――そして見た目から想像できる妖蟲の動きをしていない、というのが非常に引っかかる。
ともあれヴィヴィアンの言う通り、神殿の周囲に集っていた蟲たちが消えたのは目的から考えれば喜ばしいことだ。
私たちはそのまま上空から神殿へと近づく。
”これは……オルゴールの糸だけじゃない?”
「はい。糸の下に黒い――結晶? 鉱物? のようなもので覆われているようでございます」
遠目からだとわかりづらかったが、近づいて直接触れてみればよくわかる。
神殿はどうやら『黒い物体』で覆われており、更にその外側にオルゴールの糸が隙間なく巻き付いているようなのだ。
……二重の守りってわけか。察するに、この『黒い物体』はノワールの方かな? そう考えると、黒晶竜の身体にちょっと似ている感じはする。
”……どうしよう、これ私たちも中に入れないんじゃ……”
「……困りましたね……」
ぐるっと神殿の上を回って見てみたけど、本当に隙間がない。
これじゃ外から侵入するのは無理だし、逆に中から出ることも出来ないんじゃないかな……。
……それだけの守りをしなければならないほど、切羽詰まった状態だったということか? ガブリエラとも相変わらず連絡取れないままだし……相当苦戦していたであろうことは間違いない。
ただ……昨夜より防衛する人数が減ったとはいえ、妖蟲の群れ程度に遅れを取るとも思えないんだよなぁ……特にガブリエラとノワールは。
”うーん……皆がこの神殿の中にいる……と思うし、無理矢理破壊しちゃうのはちょっとなぁ……”
アリスたちが妖蟲を全部倒せればそれでもいいかもしれないけど、ここまで追い詰められている現状を見ればそれは楽観にすぎると思う。
ノワールかオルゴールが私たちに気付いてくれて中に招き入れてくれればいいが……。
あまりグズグズしてもいられないけどどうしたものか悩む私たちだったが、そんな時に妖蟲たちと戦っていたアリスたちから遠隔通話が来た。
『使い魔殿! これはおかしいぞ!? 何かマズい……!』
『”アリス!? 何が起きたの!?”』
一体何が起きたというんだ……!?
それきりアリスの遠隔通話がブツリと途切れてしまう。
慌ててステータスを確認してみるが、体力自体は全然減っていない。ということはリスポーン待ちになったというわけではないみたいだ。
”ヴィヴィアン、アリスたちの方へ!”
「かしこまりました」
とにかくアリスたちの方の確認が先だ。
私たちは一旦神殿前――アリスたちの戦っている方へと向かって行った……。
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「っ…! 作者の人っていつもそうですね…! 私たちのことなんだと思ってるんですか!?」
本編にねじこみたかったけどねじこめなかったパロネタ消化。




