8-82. 世界崩壊の時
ほどなくしてアリスたちのリスポーンも完了した。
一体何があったのかは移動しながら聞くこととし、私たちはすぐさまエル・アストラエアへと向かうこととした。
ブランがノワールから聞いた話によればエル・アストラエアはすでに敵が攻め込んでいるらしい。遠隔通話と違ってブランたちはあまり詳細な話までは出来ないようで、どこまで危ない状況かはわからないけど……ピースがやってきている可能性は高いだろう。
ガブリエラとも連絡がつかないままだし、急がないという理由はない。
高速で移動することを優先とし、クロエラのバイクに傷ついたブランとウリエラ・サリエラ、ヴィヴィアンは《ペガサス》を召喚してジュリエッタを、アリスは《神馬脚甲》で自力で移動だ。
地形次第ではクロエラがちょっと遅れるかもしれないけど、今回は速さ優先だ。いざとなったらアリスとヴィヴィアン・ジュリエッタが先行するつもりだ。
そうした理由はというと――
「……ご主人様、もっと急いだ方がよろしいかもしれません」
”ヴィヴィアン、どうしたの?”
移動開始して何事か考えていたヴィヴィアンが深刻そうな顔でそう言ってくる。
「わたくしがクエスト中にリスポーンしたのは、今回が初めてのことだと記憶しております」
”そう……だったかな? うん、そうだったかも”
思い返してみたけど、確かにヴィヴィアンがリスポーンしたのって初めてかも?
『冥界』の時のアレがあるけど……正直思い出したくないし、アレは不可抗力として別に考えていいだろう。
…………いや、そういうことか!
”もしかして、召喚獣がリセットされている?”
「はい。召喚獣が消えるのは――アトラクナクアのことを考えれば当然かと。問題は……召喚獣の齎した効果まで消えているかもしれない、ということでございます」
”……ピッピの石化が解けているかもしれない”
魔法の効果はそれぞれなので絶対に『こう』と言い切れるものではない。
ヴィヴィアンの危惧は、《メデューサ》の石化能力がリスポーンによって解除されてしまっているのではないか、というものだった。
《メデューサ》そのものや街に残してきた召喚獣たちが消えているのは間違いないと思う。
ただ《メデューサ》の効果がどうなるのかまでは不明だ。
そのあたりのことをブランに尋ねてみたが、
「……うー……おーさまもわからないって……。ていうか、なんかつながりにくい……」
とのことだった。
『繋がりにくい』というのがやはり気になる。
ノワールたちの通信は遠隔通話とは異なるものなようだし、エル・アストラエアを防衛しながら細かく話すのは難しいのかもしれない。
ともあれ、ピッピの石化がどうなっているのか不明。
こういう時に楽観視するのは禁物だろう。その辺は他の皆も同意見だった。
というわけで私たちは機動力重視のフォーメーションで移動。もしもの時は飛行組が先行……ということでエル・アストラエアへと向かうこととしたのだ。
一度移動したウリエラたちによれば、妨害がなければ地上を移動して大体2時間程度。ただしこれはアリスたちが先行していたため、色々とあってそのくらいで到着するように調整した結果らしい。
予想だけど本気の全力でぶっ飛ばしていけば1時間程度で戻れるとのことだった。
”……日が落ちてきたか……”
本来の人質交換の刻限辺りか。
まぁナイアのやろうとしてたことを考えると、人質交換なんてそもそもするつもりもなくアリスたちを呼び寄せるためだけのものだったろう。
『ナイア』を見せつけたら後はどうでも良かったのだろう。今も追撃を仕掛けてこないところをみるとそんな感じだと思う。
「この調子だと、エル・アストラエアへ戻れるのは日が落ちた後になりそうですわね」
”そうだね……また夜の戦いかぁ……”
「うん……暗くても戦えるけど、避難している人たちが心配」
それは確かに心配だった。
昨夜も夜中に避難しなければならなかったし、今日は今日で何が来ているかはわからないけどまた攻撃されていて気の休まる暇もないだろう。
……もっとも、今回の襲撃を乗り越えたとしてもナイアたちが本気で攻めてきたとしたら……。
……いや、先のことを考えすぎて暗くなってる場合じゃない。今はエル・アストラエア襲撃をどうするか考えないと……。
「そういえば、ガブリエラは強制移動で呼ばないの?」
”あ、うん……体力ゲージは注視しておくけど、強制移動は状況がわからないからやめておくよ”
心配だけど、少なくともまだ体力ゲージは残っているうちは大丈夫と信じるとウリエラたちとも相談して決めた。
もし戦っている最中だったら下手に呼び出してしまうと、エル・アストラエアの戦況が一気に悪化してしまうかもしれない。特にそれが誰かを守っている時だったりしたら……。
そんな考えもあり、ガブリエラは強制移動せずに体力が尽きたらリスポーンできるように注意しておくに留めることとした。
「心配ですわね……」
”うん……”
「色々と心配」
ほんと、色々な意味で心配なんだよね……ガブリエラ一人残すってのも苦渋の決断だったと思うし、エル・アストラエアが襲われていることを考えたら残しておいて正解だったとも思うけど。
ともあれ私たちはエル・アストラエアへの道を急ぐ。
ゆっくりと落ちてゆく日が、世界を赤く染めてゆく。
――それがこの世界にとっての最期の夕暮れとなることを、この時の私たちはまだ知らなかったのだった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『バランの鍵』――200年前の破壊神群侵攻時において、結晶竜たちが命を賭して作り上げた『ラグナ・ジン・バラン抑制装置』である。
「まー、言ってみれば……ネットワークを強制的に遮断するって感じかな?」
ラグナ・ジン・バランの生産・制御の中枢はピッピがラビに語った通り、惑星の外――宇宙空間にある。
無人兵器とも言えるラグナ・ジン・バランのコントロールはそこから行われているのだが、『バランの鍵』はそのコントロールを狂わせるものだったのだ。
既に『バランの鍵』は破壊され、各地に封印――あるいは動作停止したラグナ・ジン・バランたちが一斉に活動を再開していた。
「エキドナ、準備はいいかな?」
「ああ。ここまで私たちが乗ってきた母船も生産工場と融合済み、必要なものも母船からルールームゥ……《バエル-1》に移管済みだ。
後はキミの霊装の最終調整のみだ。まぁ現時点でも十分だとは思うが――」
「えー? ここまでやってきたんだから、完璧を目指そうぜっ☆」
「…………まぁキミがそう言うのであれば」
諦め半分、呆れ半分にエキドナはため息を吐く。
ナイア自身、彼女の霊装――それらは全てエキドナが造ったもののようだ。
最終調整ということは、未だ霊装『アルアジフ』は未完成の部分が残されている。
現時点でアリスたち三人を相手に勝利できるほどの性能だというのに、まだ強くなる余地があるということを意味している――
「では、どうする? エル・アストラエアを攻めるか? それとも――」
「うーん、ミスター・イレギュラーは無事に逃げたみたいだし、エル・アストラエアは最後のお楽しみにとっておこ。ま、あの子送っちゃったんなら取っておいても意味ないかもしれないけど、あたしたちも近寄れないしねー。
というわけで――」
ニヤリ、とナイアが笑みを浮かべる。
肩をすくめてエキドナは答える。
「わかった。それでは『精』の神樹――その神核を先に狙おう」
「おっけー! ルゥちゃん、南大陸へ向けて全速ぜんしーん☆」
<ピッ>
世界各地で解き放たれた破壊神群は、すぐさま活動を再開する。
与えられた命令は200年前と異なる。
『エル・アストラエアを除く全ての都市・集落を攻撃、全ての生物を殺害せよ』
である。
人攫い、などという回りくどい手段はもはやとる必要はない、というナイアの判断だ。
アストラエアが死ねばそれで全て解決する。
ラビたちはまだ生き残っているが、もはや脅威にはなりえないとナイアは考えていた。
【支配者】が唯一通じないアリスにしても霊装『アルアジフ』さえあれば問題ない相手だ――それ以前にアビサル・レギオンが揃っていればナイアが戦う必要すら、本当はないのだ。今回は『お披露目』のためにわざと手薄にしていただけである。
ともあれ、アストラエアは放置していてもいずれ確実に死ぬ――シノブのギフトは使用後は解除不可なのだ。解除条件は幾つかあるが――のだ。
勝利は確定。後はどれだけ楽しむかということだけを考えていれば良い。ナイアはそう考えていた。
エル・アストラエアを除く世界各地でラグナ・ジン・バランは生き残った人々への殺戮を開始する。
その一方でナイアたちは一時北大陸を離れ南大陸――九大国の生き残り『セイ』へと向かう。
《バエル-1》が全速力で移動をすれば、南北大陸を往復しても半日程度しかかからないだろう。
――奇しくもナイアたちの行動は、ラビたちにとって貴重な時間を与えることとなった。
これが互いに取って『吉』となるのか『凶』となるのか……それは『神』ですら未だ予測できないものであった。
かくして、アストラエアの世界最後の夜が始まる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……参りまシタネ……」
日の落ちかけたエル・アストラエア市街、神殿から少し離れた広場にて――
無機質なオルゴールの表情はいつも通り変わらないが、それでもどこか『焦り』が見える。
彼女の視線の先には――
「……倒してしマウ訳には――いかナイ、でショウね……」
「うぅぅぅぅ……うがあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「クッ……!?」
両手から糸を伸ばし、必死にそれを押さえつけようとする。
だが、それは自分を拘束する糸を引き千切ろうと身体を捩り、暴れる。
糸自体は霊装に近い強度を持っているため早々切れることはないだろうが、糸の元であるオルゴールが投げ飛ばされかねない勢いだ。
弾き飛ばされないように必死に食らいつくオルゴールであったが、このままでは時間の問題だと思える。
「オルゴールよ、マズいぞ……!」
「わかっていマス。デスが……!」
オルゴールと背中合わせにいたノワールも焦ったような口調で言うが、お互いにどうすることも出来ない。
ノワールの方向には彼女が魔法で作ったのであろう『黒い結晶の壁』があり、広場の半分を封鎖している。
その壁の先には――
「無差別か……! なんと非道な行いを……!」
「エエ、街の人々マデ巻き込ムとハ……」
――うめき声を上げながら彷徨うゾンビの群れがいた。
それらはどこかから湧いて出たものではない。
エル・アストラエアの住人がゾンビと化したものであったのだ。
指導者であるピッピ不在の中、混乱した指揮系統のこともあり避難民たちがそれぞれの住居へと戻ってしまっていた。
この点については、ラビたちが攫われており冷静な判断が下せなかった楓たちが何も説明していなかったというのも原因の一つである――もちろん、『異世界の英雄』と崇められているとは言え街の人間ではない楓たちに全ての判断を委ねることには無理があろう。街の人間もそこまで求めていない。
ともあれそれが大きな原因となり、避難民たちが街へと戻り――ゾンビとなって街に溢れかえる事態を招いてしまったのだった。
「住人もそうだが……あちらも厄介よの……」
壁を乗り越えるゾンビが出ないように警戒しつつ、新しい壁を作り出して広場を封鎖しようとするノワール。
彼女がチラリと肩越しに背後のオルゴール――が封じ込めている相手を見る。
「ぐぅぅぅあぁぁぁぁぁぁっ!!」
咆哮するそれ――ゾンビ化したガブリエラを二人は緊迫した表情で見つめるしかなかった……。
小野山です。
これにて第8章12節……10節から続く『エル・メルヴィン編』完結となります。
次回13節はちょっと変則的ですが、一週間後の9/22(水)より更新再開となる予定です。




