8-24. BAD DREAM RISING 9. 戦略機動兵器
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
砲弾自体はジュリエッタたちを狙ったものではなかった。
しかし、音速を超える速度で発射された弾丸は、軌道上に衝撃波を撒き散らして地上にあるものを無差別に薙ぎ払っていく。
『伏せろ』と警告しようとしたウリエラたちの判断は正しい。
正しいが……それに意味があったかどうかは疑わしい。
――拙い……!?
五人目の出現、砲撃と共にジュリエッタは状況が『最悪』に至ったことをすぐさま悟る。
自身も衝撃に備えて伏せるのが一番良いとはわかっていたが、それは出来ない。
「エクレール……!!」
彼女と対峙するエクレールだけは砲撃と同時に動いていた。
巻き添えを食らって吹っ飛ばされることを厭わず――あるいは、この程度であれば自分ならば耐えられると確信しているのか、エクレールが棍棒を大きく振りかぶっていた。
ジュリエッタは決断を迫られる。
砲撃は『封印神殿』を狙っている。ということはつまり、内部にいるであろうラビたちに危険が及ぶ可能性がある――果たしてラビたちが気付いているかはわからないが、神殿の内外で別マップになっている影響か、なぜか先程から遠隔通話が出来ないことにジュリエッタは気づいていた。
神殿外側のメンバーも非常に危険だ。砲撃が直撃はしないとはいえ、衝撃波によって全員が自由に動くことが出来ない。特に小柄なウリエラとサリエラは衝撃波に晒されるだけでノックアウトされてしまうかもしれない――その点ではジュリエッタも同様なのだが。
そしてエクレールは止まらずに攻撃を続行しようとしている――
「くっ……メタモル《巨獣形態》!!」
一瞬にも満たない時間に状況を把握、即座にジュリエッタは決断を下した。
エクレールに対処する。それが結論だ。
ラビたちに警告が届かない以上、こちらは無事を祈るしかない。元より遠隔通話が出来たとしても、砲弾の速度よりも圧倒的に遅いのだからあまり意味はないかもしれない。
ウリエラたちは可哀想だがどうにもできない。ガブリエラたちの方はウリエラ・サリエラに比べて頑丈だし、間近にいるヒルダたちも砲撃と同時に防御体勢を取っているため『最悪』の事態は避けられるだろう。本人たちも警告を発しようとしただけに無防備に吹き飛ばされることだけは避けられる……と信じたい。
だから対処すべきはエクレールだ。
ここでエクレールの攻撃を無防備に受けてジュリエッタが倒れれば、神殿外の戦況が一気に崩れてしまう。
《ギガンティス》で体を大きくし衝撃波を堪えつつもエクレールの攻撃を受け止める。
補助に回ってくれていたオルゴールも体格的に衝撃波には抗えまい。この場はジュリエッタ一人で乗り切らなければならない。
その判断自体は間違いではない。
しかし――
秒に満たない時間で砲弾が『封印神殿』に着弾。
衝撃波が辺りを軌道上を襲うと共にエクレールが棍棒を振り下ろす。
到底当たる距離ではない。棍棒の投擲か、あるいは地面を砕いて岩礫を当てようとしているのか。
どちらにしても《ギガンティス》の巨躯を得たジュリエッタであれば耐えられるはずだ。
「オーダー《ジュリエッタ:停止せよ》!」
「ぐぅっ!?」
想定外だったのは、この状況でヒルダが再度ジュリエッタを狙ってきたことだ。
――そこまで、ジュリエッタが憎いか……!?
実際のところ、ヒルダがジュリエッタに対して何を思っているのかはわからない――そしておそらくヒルダの言動からしてジュリエッタのことは何とも思っていないだろう――が、衝撃波で全員が動けない、つまりヒルダ自身も安全だということがわかった上で、ジュリエッタを狙い撃ちしてきたのだ。
その行動が、実際にヒルダの考えはともかくとしてジュリエッタとしては『自分を憎しみから狙っている』と受け取れてしまう。
……そう簡単に割り切れるほど、ジュリエッタは冷酷にもなれない。
やはり集中が乱れていたのであろう、ヒルダの言動から鑑みればありえないことをジュリエッタは考えてしまった。
「■■■――ッ!!」
そしてエクレールの振り下ろした棍棒が地面を抉り、岩礫が散弾となって動けないジュリエッタを襲う……。
――……ああ……失敗した……。
ジュリエッタの判断そのものに大きな間違いはない。
だが、『正解』ではなかった。
《ギガンティス》で衝撃波に耐えられ、エクレールのパワーに拮抗しようとすること自体までは間違いではない。
ただし、ヒルダからの妨害がなければの話である。
動けなくなった巨体は、ただの『的』と化す。
無数の散弾に体を貫かれ、勢い止まらず吹き飛ばされたところで、ジュリエッタの意識がブラックアウトする――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――やっばいにゃ!
新たに現れた五人目の砲撃からわずか数秒で、状況は劇的に悪化した。
『封印神殿』の地上部分は一撃で崩れ落ちてしまった。内部にいるラビたちに連絡は取れないままだし、どうなっているかは不明だ。唯一、ステータスだけは見えるためアリスが無事でいることはわかるので、おそらくはラビも無事だろうとは予想できるが……。
ジュリエッタは体力は残っているものの、意識を失っている。追撃を受けたらその時点でアウトなのは間違いない。
サリエラ自身も、衝撃波で地面に叩きつけられかなりのダメージを負っている。が、こちらはそこまで危機的な状況ではない。元々少し離れた位置にいたことが幸いした。
ガブリエラたちも多少のダメージは受けているが無事だ。すぐに立ち直って逃げようとするヒルダたちへと追撃を仕掛けようとしている。
……問題はエクレールが完全にフリーとなってしまったことだ。
ジュリエッタでなければエクレールは止められない――それでもオルゴールの助けがあってようやく何とか、というレベルだ。
――新しいヤツも性能が未知数にゃし、これは本格的にヤバいにゃ……!
逃げ回る、という手も使えないことはないが、ヒルダがいる以上不確定だ。オーダーで足を止められた隙を狙って各個撃破されかねない。
この場でヒルダをどうにか出来るというのであれば、既に今まででどうにか出来ている。
……完全に相手の戦力がこちらを上回っている。そう認めざるを得ない状況であった。
それでいてラビたちがこの場にいないため撤退するという判断も出来ない。
仮にここでサリエラたちだけ撤退してしまったら、取り残されたラビたちに全戦力が向く可能性が非常に高いし、ノワールたちの生存が絶望的になってしまう。
「ウィーヴィング《ストローバード》」
その危険な状況において、思わぬところから助けの手が伸びた。
――オルゴール!?
ジュリエッタの近くにいたが、エクレールの散弾からは逃れられたオルゴールが素早く動く。
彼女の魔法ウィーヴィング――両手の霊装から伸びた糸が複雑に絡み合い、一つの『形』を成す。
糸で編まれた『鳥』が現れた。
『鳥』がすぐさまエクレールへと向かう。
エクレールもまたジュリエッタへと追撃を仕掛けようとしていたところだった。
「■■■ッ!!」
見かけによらない素早い動きで、同じく素早い『鳥』を棍棒で叩き落しながら進もうとするが、
「スレッドアーツ《キャプチャー》」
叩き落された『鳥』が再度オルゴールの魔法によって姿を変える。
編まれた糸がその場でバラバラに解け、エクレールの身体を拘束するように絡めとる。
編物魔法とは、自身の霊装から出す『糸』をその名の通りの『編物』のようにして加工、自在に操る魔法である。
出来上がった編物は『糸』の塊であり、霊装同様の特徴を持つものの『糸』故に非常に柔軟だ。
たとえエクレールのパワーが幾ら凄くとも、殴るだけで破壊することはほぼ不可能と言える。
その編物をエクレールの直前で分解、網に変えて動きを封じようとしている。
「急いでくだサイ。ワタクシ、そこまでパワーはありまセンので」
「! た、助かるにゃ!」
絡みついた糸はエクレール自身のパワー……というよりは『勢い』を利用してきつく縛り上げ、完全に動きを封じている。
普通ならば力が入りにくい角度で関節を固められたら逃げることは出来ないが、エクレールの尋常ではないパワーではそうとも言い切れない。
最悪、拘束されたままでも転がって移動することさえもできるのだ。
それを防げるほどオルゴールに腕力はない。
状況の悪化に一瞬呆けてしまったサリエラだったが、オルゴールの言葉に我に返る。
「――りえら様、ヴィヴィにゃん!!」
二人がまだ無事なのは確認済みだ。
真っ先に二人へと声を掛けると、
「わかってますよ、さりゅ!」
砲撃の余波を、エクレール同様にパワーで無理矢理堪えていたガブリエラはすぐさまヒルダへと殴り掛かる。
五人目の登場は想定外だが、だからと言って今彼女たちがやるべきことに何ら変わりはない。
最も厄介で危険なヒルダを落とす――ヒルダのオーダーによる妨害さえなければ、まだこちら側の『勝ち』の目はあるのだ。
「あ、アンティ!」
「くっ、また……!?」
ヒルダへと襲い掛かるガブリエラだったが、再びフブキの使う謎の魔法によって身体が氷漬けにされて動けなくなってしまう。
「サモン《ハルピュイア》! ウリエラ様!」
「わかってるみゃー、ビルド《ゴーレム》」
「そいつをブラッシュにゃ!」
だが、今度はフブキの狙い通りにはいかなかった。
アンティを使った直後に、ヴィヴィアンの召喚獣、そして再び足元の地面を《ゴーレム》へと変えて時間差で攻撃をしかける。
「……むぅ、やはり見せすぎたか」
苦々し気に顔を歪めるヒルダ。
動けなくなったガブリエラはともかくとして、残りの攻撃は自力で回避するしかない。
「ヒルダちゃん!」
「でやぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うひゃあっ!? ぷ、プロテクション!?」
一撃で致命傷にはなりえない攻撃ではあるが、放置していいものではない。
ヒルダの危険な状況を見て焦りプロテクションを張ろうとするボタンではあったが、そのボタンへと向けてクロエラがバイクを振りかぶって叩きつける。
クロエラのギフト【騎乗者】の効果は、何も運転中に限った効果ではない。『乗り物を自由自在に扱う』という効果であり、彼女が『(自分の)乗り物』だと認識さえしていれば、このようなことも可能なのだ。
彼女が持つ分には別に重さを感じない巨大バイクだが、クロエラ以外にとっては凶器そのものとしか言いようのない『鋼鉄の塊』である。
そんなものを武器として叩きつけられたら、クロエラの腕力など関係なしに大きなダメージを受けるのは目に見えている。
慌ててプロテクションで自分を守るボタンであったが、それは完全に『失敗』であった。
「エンジン全開!!」
プロテクションで止められるのは想定の範囲内。もちろん直撃させられれば理想的ではあったが、そこまで上手くはいかないだろうとは予想していた。
光の壁で止められたバイクのエンジンをそのまま点火――電鋸のようにタイヤが高速回転を始める。
「う、これ……ヤバい……かな……!?」
「もうプロテクションはさせないよ――使いたければ使ってもいいけど」
「くぅっ……!?」
振り下ろされたバイクをプロテクションで受け止めてしまったボタンは、その場から動けない。
ヒルダを守るためにプロテクションを使おうものなら、受け止めているバイクが鉄槌となって彼女を容赦なく潰すだろう。
「ナイスみゃ、くろ!」
「今のうちにゃ!」
五人目はなぜか動かない――砲撃のクールタイムが必要なのだろうか?――今が最大のチャンスだ。
ヒルダを倒すべく、ヴィヴィアンたちが一斉攻撃を開始する。
「……ふん、オーダー《ルナホーク:神殿を破壊せよ》」
「!?」
自らの命が危うい状況にあって、それでもヒルダは全く焦っていなかった。
それどころか、五人目――『ルナホーク』という名らしい――へと新たなオーダーをかけ、『封印神殿』へと更なる攻撃を加えさせようとする。
これ自体はヴィヴィアンたちに対してはそれなりに有効な策ではある。
「させません――サモン《ペルセウス》!!」
神殿内部にはラビとアリスがいるのだ。二人の状況はわからないとは言っても、外側から神殿を破壊されたらどうなるかわかったものではない。
誤算なのはヴィヴィアンが得意とするのは召喚魔法、つまり自身の戦闘力を落とすことなく別方向へと戦力を割くことが出来るということだった。
召喚された《ペルセウス》が空を翔け、ルナホークへと斬りかかろうとする。
「コンバート《オービタルリンク・デバイス》」
ヒルダのオーダーに縛られたルナホークが自身の魔法を使う。
すると、今度は先程の巨大砲塔が来た時と同様に空の向こうへと一瞬で消え、入れ替わりに新しいパーツが現れ一瞬でルナホークに装着される。
両手足は異形……『杖』のように細い、指も関節もない『棒』へと変化。
背部のパーツはカタツムリの殻のような、奇妙な円弧を描くパーツへ。
そして今度は今までとは異なり、彼女の身体の周囲を囲むように細い『輪』が出現する。その数2本。
彼女の頭部には、目元を覆うヘッドギアのようなパーツが出現している。
「目標……破壊します」
……どこか苦しそうな声でルナホークがそう言った瞬間、周囲の『輪』から幾つもの光が飛び出した。
丁度接近していた《ペルセウス》がその光に弾かれてしまう。
それだけならば問題はなかった。
――誤算があったのはヒルダたちの方ではない。
「オービタルレーザー照準――」
『輪』から放たれた無数の光――その正体は小型の『球』であった――が途中で分裂し、それぞれが円形の陣を幾つも作り出す。
それは『砲口』だった。
「――照射」
誰もが動けないうちに――『球』が創り出した4つの砲口から、真紅のレーザーが『封印神殿』へと向けて何度も照射される。
止める術は誰にもなく、『封印神殿』は瞬く間に崩壊していった。
――とんでもないヤツが現れたにゃ……!
事ここに至っては、もはや止める術は何も無い。それがわかっているサリエラは冷静に、しかしこの期に及んで冷静でいられる自分を恨めしく思いながらもこの後のことを考えていた。
ユニットは人間大の姿をしているものの、その戦闘力は圧倒的だ。現実には起こりえないが、おそらくは武装した人間の軍団と戦っても十分勝負できるほどの戦闘力を個人が持っている。
しかし、あくまでもその戦闘力は『対個人』『対大群』『対超大型生物』の範囲にとどまっている。言葉を選ばずに言えば、『戦術レベル』であると言えよう。
より広範囲へと影響を及ぼす戦闘力は持っていない――アリスの神装やヴィヴィアンの《ケラウノス》にしても、せいぜいが『攻城兵器レベル』でしかない。
だがこのルナホークは違う。
明らかに個人が持つには過剰な、言うなれば『対都市』レベルの魔法を使っている。
――戦略機動兵器……。
例えるなら都市一つを丸ごと焼き払う『ミサイル』のような、過剰火力。
戦いの趨勢ではなく方針レベルでの決定力を持つ『戦略』級の魔法を持つユニット――ルナホークのことをサリエラはそう評するしかなかった。
ただでさえ『戦術レベル』での脅威となるヒルダ、エクレールらがいて、その上で『戦略レベル』での脅威が出現してしまったのだ。
この先一体どう戦えばいいのか……ラビたちの身を案じつつも、そのことを考えざるを得ないのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うおっ!?」
”あ、あれっ!?”
レーザーの直撃を受けたら無事では済まない。
かといって崩れ落ちる瓦礫に埋もれてしまっても拙い。
サリエラたちがラビたちの身を案じ顔を青褪めさせたのも束の間、何の前触れもなくアリスとしがみついたラビが突如として出現してきたのだ。
『封印神殿』遥か地下にて、『顔のない女』が最後の力を振り絞ってアリスたちを地上へとワープさせたのだが、それはサリエラたちには知る由のないことだ。
”! アリス、警戒を!”
「ああ!」
流石にラビたちの状況判断は早かった。
彼女たちが現れた位置は全員の中間地点――ややヴィヴィアンたちに近い位置だが、全員の今いる位置が見渡せる場所だ。
ジュリエッタが気絶、エクレールが動きを止められているがいつまで持つかわからない。
『封印神殿』を破壊した元凶であるレーザーの発射口は背後にあるため見えていないが、その他の敵は全員見えている。
”……こいつらもか……!!”
すぐさまラビはスカウターで全員のステータスを見ようとする。
結果、クリアドーラと同じく『名前しかわからない』ということがわかったのだが……。
”は? え、ヒルダ……ヒルダって……!?”
その中の一人に見覚えのある名前があり戸惑う。
ラビ自身、ヒルダのことは話には聞いていたものの直接姿を見たことがないため同名の別人、という可能性も頭によぎるが――
”いや、一人ユニットがいる……!!”
それ以上に重要な事実に思考が持っていかれる。
全員――この場にいる『敵』五人をスカウターで見た時、一人だけ名前以外の能力も見えた相手がいたのだ。
それは上空に浮かぶルナホーク。
”――えっ、ルナ……ホーク……!? まさか……”
「……っ!?」
ラビがある可能性に思い至り呆然とルナホークを見つめる。
ルナホークもまた、愕然とした表情で突如現れたラビのことを見ている。
――「私は……そうですね、一言で言えば――『サイボーグ』でしょうか」
――”サイボーグ?”
――「はい。確か、ところどころに機械のようなパーツがありましたね。ロボットと言うには人間に近いので、サイボーグという表現が一番近いかと」
ほんの一月半ほど前、海斗がムスペルヘイムに拘る理由を尋ねた時に、ラビはそんな話を彼女と雑談混じりにしていた。
”まさ、か……!!”
全体としては人間同様の姿をしているが、その両手足は異形――魔法を使うことにより機械のパーツのように手足を取り換えることが出来る。
そして、あまりにも馬鹿らしいが、ある意味で彼女らしいとも言える直接的な名前――
”君は、あやめなのか……!?”
もう一つ、今回の件の黒幕『ヘパイストス』が暫定で彼女の使い魔であるという推測――その上で現れたスカウターでステータスが見えるユニット。
ルナホークの正体を示す手がかりは余りにも多かった。
「…………」
ルナホークはラビの問いかけには答えなかったが、その震える指先が雄弁に語っていた。




