8-23. BAD DREAM RISING 8. 神殿外の攻防
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジュリエッタとオルゴールがエクレールを。
残りの五人がヒルダとボタンを相手に戦う。
尚、ノワールたちはダメージが深く動くことが出来ない――それ以前に彼らの攻撃は広範囲に『ブレス』を撒き散らすものだ。下手に撃つとラビのユニットまで巻き添えになってしまいかねない。
「……ふん、頃合いか」
オーダーによって執拗にジュリエッタの動きを止めようとしていたヒルダであったが、オルゴールが手助けに入ったためエクレールの攻撃を直撃させることが出来ない。
自身はボタンの防壁魔法によって攻撃を受けずにはいたものの、いつまでもこの状況が続くとは思っていない。
「くろ、回り込むみゃ!」
「ヴィヴィにゃんはじゃんじゃん小型の召喚獣を呼ぶにゃ!」
現に敵の軍師はボタンの攻略方法を見出しつつある。
確かにプロテクションで作った防壁は頑丈だ。大抵の攻撃は防げる。
しかし『絶対防御』ではない――《イージスの楯》のような『あらゆる攻撃を防ぐ』という『概念』での防御ではなく、純粋な『硬さ』としての防御しか備えていないためだ。
全方位防御も可能だが、防御範囲を広げれば広げるほど防壁は『薄く』なる。その特性も見抜かれている。
だから素早さに勝るクロエラを常に死角を突くように動かし、召喚獣の手数で絶え間なく攻撃。そして一撃必殺となりえるガブリエラの攻撃を叩き込む隙を作ろうとしている。
「ボタン、迷彩解除じゃ」
「はーい!」
自分たちの性能は熟知している。
『何をされたら拙いか』を理解している故に、最初から次の手を打っていた。
「隙あり、です!」
ウリエラたちの指示を待たずにガブリエラが吶喊、ボタンへと殴り掛かる。
「うわっとぉっ!? プロテクション!」
「あぁん、もう!」
ガブリエラの一撃が青い光の壁へと叩きつけられるものの、破るには至らない――が、ヒビが入る。
まともに食らえば余程体力特化でなければ一撃で倒される可能性が高い、とボタンもヒルダも理解している。
「今!」
ガブリエラ側へと防壁を作ったことにより背後が空いた。
その隙を逃さずに《ハンドルブレード》を両手に持ったクロエラが背後から斬りかかる。
同時にヴィヴィアンの召喚獣たちもガブリエラの反対側から殺到する。
全方位防御魔法を使ったとしても、この状態だとガブリエラの攻撃一発で破壊されかねない。
――早くこいつらを倒さないと、ジュリエッタがもたない……!
それがラビのユニットたち全員の思いだった。
オルゴールのおかげでヒルダのオーダーを喰らってもすぐにやられるということだけはなくなったが、だからと言って安全というわけではない。
エクレール自身がそもそも身体強化魔法を使ったジュリエッタと同等以上なのだ。オーダーで止められなくても攻撃を喰らってしまう可能性は十分にある。
だから早めにヒルダをどうにかしたいと思っていたし、ジュリエッタもそうする以外に勝ち目がないと理解したからこそウリエラたちにヒルダを任せたのだが……。
「アンティ!!」
この場に、また別の声が響いた。
「!? な、なに……!?」
「身体が……凍る……!?」
ヒルダたちへと攻撃を仕掛けようとした体勢そのままに、クロエラ・ガブリエラ――それだけではなく接近していた召喚獣たちの身体が凍り付く。
いきなり全身が氷漬けになるわけではなく、手足から徐々に、ではあるが。
「プロテクション《インパクト》!」
動きが完全に停止してしまった二人と召喚獣に対し、ボタンが全方位防壁――『衝撃波』による吹き飛ばし効果を持つ壁を作り出す。
「な、なんにゃ!?」
「もう一人いるみゃ!」
少し離れた位置から戦況を見ていたウリエラたちにはわかった。
もう一人いる。それが今までずっと隠れていたのだ。
「も、もう動いていいですよね、ヒルダ様!?」
「うむ、よいぞフブキ」
ヒルダの足元から一人の少女が姿を現す。
真っ白な和風の着物を着た――『雪女』のような姿の少女・フブキだ。
――ずっとあそこに隠れてたにゃ!?
ジュリエッタの音響探査で気付かないわけがない。
だというのに気付かなかったということは、おそらくそういうことなのだろう。
最初に隠れていたボタンは、気付かれても別に構わないというつもりの『囮』。そしてヒルダとエクレールが自分で姿を現わして『もうこれ以上はいない』と思い込ませる。
フブキ自身は、身動きもせずにヒルダの足元に伏せて隠れていた――ボタンが姿を隠していたのと同じ魔法を使って。
ヒルダとほぼ重なっていたため、ジュリエッタも見逃してしまったのだ。
「へ、へへへっ! バーカバーカ! ざまーみろ!」
小柄でか弱い印象のフブキは、クロエラたちが完全に動けなくなったことを確認すると一転して強気の表情となって『バーカバーカ』と子供のような態度で小バカにしている。
「……へぇ?」
「ぴぃっ!?」
だが、身体が凍り付いたとは言え意識を失ったわけではないガブリエラの視線がフブキへと向けられる。
ニコニコといつものように穏やかな笑みを浮かべてはいるものの……その笑顔の裏にあるものを敏感に察知したか、フブキは震えあがってヒルダの後ろへと隠れる。
「こ、の……!!」
「ぎゃっ!?」
隠れたものの、そちらにはクロエラがいる。
こちらは表情はフルフェイスのメットを被っているためわからないが、自分が動けなくなった原因がフブキであることはわかっているため必死に氷を砕いて動こうとしている。
もし動けるようになったら間違いなく真っ先に自分が狙われるだろうとフブキは思った。
「こ、こ、こうなったら……!」
「やめよフブキ。それはまだダメじゃ。ボタン」
「はーい。プロテクション《ミラージュ》」
フブキが何かをしようとしたのを制止すると、ボタンに別の魔法を使わせる。
すると三人の姿が蜃気楼のように揺らぎ、周囲の景色に溶けるようにして消えた。
「逃げた……?」
「くっ、こんなもの!!」
すぐ目の前にいたというのに全く見えなくなってしまった。
戸惑うクロエラに対し、静かに怒るガブリエラは手足に力を込めて拘束する氷を砕こうとする。
「――ビルド《ゴーレム》」
だが離れた位置から見ていたウリエラは、相手がどういう魔法を使ったのかを推測。先程までヒルダたちがいた地面に対しビルドを使う。
地面が大きく隆起し、人型の《ゴーレム》が出現すると共に、
「う、うわわわっ!?」
……その地点からフブキの慌てた悲鳴が聞こえてきた。
「チッ、馬鹿者め」
どうやらボタンが使ったのは『姿を消す』魔法のようだった。
蜃気楼の名の通り、周囲の光の屈折を変える『壁』を作り出して姿を隠そうとしたのだろう。
魔法の名前から効果を推測したウリエラは、そう遠くにはすぐさま移動できまいと踏んで、彼女たちがいた場所の地面を崩すために《ゴーレム》を創り出したのだ。
「! プロテクション!」
「……残念です」
未だ姿は見えずとも『そこ』にいると理解したヴィヴィアンが《トライデント》を放つものの、察知したボタンによってやはり防がれてしまう。
しかし同時に複数の『壁』を呼び出すことは出来ないのだろう、三人の姿が浮かび上がって来た。
「さぁ、今度は逃がしません、よっと!!」
「くぁっ!?」
そこへ氷を砕いたガブリエラが満面の笑みを浮かべたまま鍵を振るい、防御壁ごとボタンを殴り飛ばし――
「オープン!」
更にオープンを使ってボタンを遠くへと飛ばす。
どうせすぐに戻っては来るだろうが、それでも貴重な隙が出来た。
「あっちは任せて!」
同じく拘束を解いたクロエラが躊躇うことなく飛ばされたボタンの元へと駆ける。
特に言葉を交わさずともヴィヴィアンはガブリエラに同調、《トライデント》でフブキを銃撃しようとする。
「あ、アンティ!」
だが再度使ったフブキの魔法により、《トライデント》の弾丸さえもが凍り付き地面へと落下してしまう。
「……みゃ?」
「……にゃ?」
その様子を見たウリエラたちが揃って首を傾げる。
同じくウリエラたちの様子を見たヒルダは小さく舌打ちし、
「チッ……見せすぎたか? 馬鹿者め」
「そ、そ、そんなぁヒルダ様ぁ……だって魔法使わないと当たっちゃいますよぉ……」
フブキの魔法『アンティ』の正体を感づかれかねないと危惧している。
……もっとも、フブキの言う通り魔法を使わなければヴィヴィアンの銃撃をまともに食らっていたであろうが。
「止まっちゃダメみゃ! ガンガン撃つみゃ!」
「りえら様とくろも! そいつらを離したまま叩くにゃ!」
フブキの魔法に対する『気づき』は重要だが、今考え込んでしまうことは得策ではない。
二人は攻撃を続行するように素早く指示を飛ばす。
とにかく目標はヒルダの撃破、あるいは無力化だ。そのための最大の障害であるボタンが離れた位置にいる今がチャンスだ。
「やあぁぁぁっ!!」
「おっとぉ!? プロテクション!!」
言われるまでもなくクロエラはボタンへと斬りかかっている。
彼女の最大の利点であるスピードを活かし、プロテクションで防がれても諦めずにヒット・アンド・アウェイを繰り返してボタンに移動の暇を与えない。
「……仰る通りですね。ガブリエラ様、わたくしの方で狙いを外しますので存分に」
「うふふっ♪ ええ、全力で行きますよ~!!」
ガブリエラに当たったところでダメージは入らないにしても動きを妨げてしまう可能性はあったが、《クリュサオル・トライデント》であれば《ケラウノス》と違い射撃の補正機能がついている。
それにいざとなれば氷漬けにされた召喚獣へと当てることで弾道を変えつつより強力な射撃を行うことも可能だ。
……それを見越して、ヴィヴィアンは敢えて凍らされた召喚獣をリコレクトせずに放置していたのだった。
「ふん、形勢逆転か」
もはやジュリエッタへとオーダーを掛ける余裕もない。
ガブリエラの攻撃を何とか回避し続けるものの、そうすると今度はヴィヴィアンの銃撃によって削られて行く。
本人の言う通り形勢は逆転したと言えるだろう。
一方でジュリエッタたちの方も、ヒルダからの妨害がなくなったことにより逆転――とまでは言えずとも拮抗はし始めている。
ただし、エクレールに対して有効な攻撃が出来ていない、という事実には変わりはない。回避不能な状態に陥るのを避けられるようになったため『やられずに持ち堪える』ことが出来るようになった、程度である。
この調子でヒルダを抑え込み続け、あるいは倒し切ることが出来ればいずれ対エクレールにも戦力が割けるようになるはずだ。そうウリエラたちは考えていたし、事実その通りであろう。
……あくまでもそのままの状態が続けば、だが。
「どうやらあの馬鹿者の方も手間取っているようじゃな。ふむ、なれば――オーダー《ルナホーク:砲撃せよ》」
「イエス・マム」
――さ、更にもう一人!?
この場にいる『敵』は既に四人――ヒルダ、エクレール、ボタン、フブキだ。
だというのに、もう一人が加わる……数の上ではまだ自分たちの方が有利だが、ウリエラ・サリエラが実質一人では大した戦闘力を持たないため、オルゴールを含めても戦力比はほぼ拮抗――エクレールの規格外のパワーを考えたら逆転されると考えても差し支えない。
――現れたのは、今までに誰も見たことがない姿の少女だった。
年齢は十代半ば、あるいは前半くらいの幼い少女だ。銀――いや『灰色』の長い髪に、暗い赤色の瞳。病的なまでに白い肌の、ユニットにはよくあるが人間離れした美しさの少女である。
ただし、普通のユニットとは異なる『異形』でもある。
身体に纏っているのは漆黒のボディスーツ……クロエラのライダースーツのように体にピッタリとフィットした、しかし彼女とは異なり水着のように薄手のものだ。
『異形』なのは四肢。
両手両足がまるで『鎧』のようなパーツで覆われている。彼女の身体のサイズに合っておらず、そのせいで手足だけが少し大きく見える。
そして両肩の後ろには筒状の謎の物体が浮かんでいる。身体にくっついているわけではなく、ふわふわと宙に浮かんでいるのだ。
その筒状パーツの先端から青白い炎が噴き出し、彼女の身体を宙に浮かべている。
そう、そのユニットは空中に浮かんでいた。
地上にいるジュリエッタたちがすぐには対処できない位置だ。
「コンバート《バスターランチャー・デバイス》」
彼女の魔法が発動、どこからか巨大な『砲台』が飛来しそれを手に取る。
……ロボットアニメに出て来るかのような、彼女自身の体格よりも巨大な砲台である。
その砲口は地上――だが、ジュリエッタたちの方ではなく、『封印神殿』の方へと向いていた。
「!! 皆、伏せ――」
「発射」
ウリエラたちの警告が発せられるのとほぼ同時に、閃光と轟音を撒き散らしながら巨大な砲弾が『封印神殿』へと向けて発射された――




