8-20. BAD DREAM RISING 5. 封印攻防戦
* * * * *
”アリス、しっかり!”
危ないところだった。
監視カメラの映像でアリスが今にもとどめを刺されそうな場面だったが、『強制移動』を使うことで何とか助け出すことが出来た。
だけど、アリスの状態はかなり酷い。
「ぐぅ……」
グミを与えて体力自体は回復させたものの、身体に受けた傷までは治らない。
《侵入者、イジェクト》
”わぁっ!? ちょっと待って! この子は飛ばさないで!”
落ち着く暇もない!
またアリスをどこかに飛ばされては困る――特にクリアドーラのすぐ近くに飛ばされたとしたら大変だ。
私の言葉を理解してくれたのか、『顔のない女』は掲げた手を降ろし、
《…………アグリー》
……わかってくれた、と思う。
ともあれまずはアリスだ。
右腕の怪我が特に酷い。もし生身だとしたら……腕の骨が中でバキバキに折れているという、超重症レベルのダメージを受けている。
両足に纏っていたはずの《天狼脚甲》も砕け散ったのだろう、既に無くなってしまっていた。
……まさかここまでアリスがやられるとは思っていなかった。
しかも監視カメラで見る限り、クリアドーラにはダメージらしきものはほとんどない。
その上、モンスター同様に『魔眼』をなぜか使ってパワーアップしているみたいだし……。
「くっ……ext《雷神手甲》……!」
アリスは《ヤールングレイプル》を使い、両腕をバンドで固定するようにして何とか誤魔化そうとする。
この魔法なら、確かに義手のようにもなるから大丈夫ではあるけど……本当にそれ以上の効果がないんだよね……。
”アリス、大丈夫なの!?”
「あ、あぁ……痛いが大丈夫だ」
くそっ、回復アイテムを使っても『痛み』そのものを和らげる効果はない。
本当に痛いのだろう、でも痛みを堪えて脂汗を流しつつも、アリスの目から戦意は消えていなかった。
「それよりも備えろ、使い魔殿。ヤツはすぐに来るぞ!」
”それはわかってるけど……”
『魔眼』でパワーアップして床を破壊するところまでは私も見た。
監視カメラも巻き込まれて破壊されているのか、そこから先の様子はわからなかったけど……とにかく『下』に掘り進んでいったらいずれこの広間にたどり着くことは向こうもわかっているはず。
パワーアップしているのだから破壊力も増しているだろう、アリスの言う通りそこまで時間はかからずにここまで辿り着いてしまうのは間違いない。
”で、でもまたワープさせちゃえば――”
「んな甘い考えが通じる相手じゃねぇ」
うっ……怒られてしまった……。
『顔のない女』の謎の力で、とにかく広間に来るなりワープさせ続けてしまえば『封印』を奪われるということだけは避けられるんじゃないか、って私は考えたんだけど……。
いや、まぁそれを続けたところで問題の根本解決には至らないのはわかっているが。
「あのワープはダメだ。次はきっと通じない」
”えっ、そうなの?”
「つーか、オレでも次は避けられるぞ」
どういう理屈でワープさせているのかもわからないというのに、アリスは『回避は可能』と判断したみたいだ。
アリスの言葉は疑わないが、だとするとクリアドーラも同じように回避できるというのも事実なのだろう。
となると……やっぱり当初の考え通り、どうにかしてあいつを倒して『封印』を守り抜かないといけないというわけか……。
……それがとてつもない難問であることは、アリスがほぼ一方的に負けたことから明らかなんだけど……。
「! 来るぞ、使い魔殿!」
”う、うん!”
天井からパラパラと建材の破片が落ちてきた。
もうすぐ真上までヤツが来ている……!
”あ、霊装復活したよ!”
「よし、間に合ったか! ――来い、『杖』!」
と、ここでタイミング良くアリスの霊装の修復が完了した。
……途中で『顔のない女』との会話もどきがあったこともあってどのくらいの時間がかかったのか正確には測っていないけど、そんなに長時間というわけではない。多分だけど、ユニットのリスポーンと同じくらい――3分くらいじゃないかと思う。
…………つまり、アリス単独でクリアドーラと戦ってもそれだけの時間保たなかった、ということを意味している。
改めて考えると本当にバケモノ染みた強さだ。
今まで戦ってきた中では間違いなく『最強』の部類だろう。
チート込みだったとは言え、個としての強さならばジュウベェが一番苦戦した相手ではあるが……クリアドーラは素の強さがチート抜きのジュウベェを圧倒している。
もう一つ重要なポイントは――『相性』の問題もあると言える。
二人の戦いをずっと見ていたわけではないから間違っている部分もあるかもしれないけど、アリスの魔法のことごとくがクリアドーラに通じない――というのが厄介だ。
防御魔法やジュリエッタみたいな『テクニック』で回避しているというのではなく、真正面から互いに魔法を撃って『相殺』できるというのが厄介なのだ。
こと『破壊力』という点に関しては、クリアドーラの魔法は他の追随を許さない。
今までの戦いでアリスが相手に勝利できた大きな要因の一つは、魔法の破壊力の高さにあると私は考える。
その『破壊力』という点でアリスを上回り、しかも魔法の形態からしてアリスよりも小回りが利くとなると……正直どう戦えばいいのか、私にはすぐにはわからない。
「行くぞ!」
だけど考える時間はもうない。
天井が崩れ落ち、クリアドーラが再び『封印の間』へと降り立ったのだ。
「ぐはははっ! てめぇもここにいたのかよ!」
「ext――《神喰らう暗冥の烈槍》!! 使い魔殿!」
”うん!”
ヤツもこちらに気付いたが、のんびりとおしゃべりしているつもりはない。
速攻で最大の遠距離攻撃魔法である《グングニル・ラグナレク》を発射――九本の黒き嵐がクリアドーラへと殺到する。
「へっ、得物が戻ったか。さっきよりは少しはマシになったかぁ!? だが――剛拳 《怒羅號怨薙琉・九頭竜》!!」
”う、うそっ!?”
さっきは霊装も私の回復もなしだったし、最初の攻防では魔力の消費を抑えようとしていた。
だから今全力で神装を使うようになったら少しは結果が変わると思ったけど……。
クリアドーラの剛拳が両腕に魔力を集中、更に魔眼の力を上乗せし赤黒い『龍』を作り出す。
その数、奇しくも九本……アリスの神装と同数。
「オォォォォラァァァァァァッ!!」
射程はそこまで長くはないようだが、九体の赤龍が九本の黒嵐をそれぞれ迎撃。
「!? へっ、ちったぁ”気合”入ってるじゃねぇか!」
「ぬかせ!!」
……かつて『嵐の支配者』を単独で追い詰めるまでに至った《グングニル・ラグナレク》を、『ちょっと気合の入った攻撃』ときたか。
これがただの慢心なら遠慮なくぶっ飛ばせる相手なんだけど、残念ながらそうではない。
こいつは、『本物』だ。
ふざけた見た目だけど、間違いなく実力は『本物』である。
だから――
「pl《万雷轟かせ剛神の激槌》!」
私たちはもはや一切の手を抜かない。
使うのはアリスの魔法の中で、単発では最大の破壊力を誇る《トール・ハンマー》――扱いは難しいが、相手を捕えさえすれば一撃必殺足りうる威力の魔法だ。
それを単独で使うのではなく『併せ』して使う。
併せる先はもちろん、今 《グングニル・ラグナレク》が発動している『杖』の方だ。
アリスのplに併せて、九本の黒嵐が青白い雷光を発し、その場で回転――今度は九つの雷球へと変化する。
「お……おぉ!?」
クリアドーラの表情から初めて余裕の笑みが消えた。
彼女の放った九つの龍が、アリスの雷球へと呑み込まれていく。
「ext……《世界を喰らう無窮の顎》!!」
《グングニル・ラグナレク》と《トール・ハンマー》の合成魔法――相手を自動的に追尾し破壊する九つの雷球を放つ魔法が炸裂する。
多分、元々 《グングニル》と併せることによって《トール・ハンマー》の最大の欠点である射程の短さと発動までの隙を補うことが出来たのだろうけど、それをさらに《ラグナレク》によって九つに分裂させているのだろう。
《トール・ハンマー》の制約である《ヤールングレイプル》も装着済みだ。
あらゆるものを呑み込み磨り潰す雷球は、クリアドーラの赤い龍を潰しながら本体へと迫る。
「ぐ、おおおおおっ!?」
《ナインヘッド・ドラゴンナックル》とかいう魔法で迎撃できると思っていたのだろう、次の魔法を出す間もなくクリアドーラに龍を潰した雷球が迫る。
ジュウベェが一度食らってから脱出したことはあったが、今度の魔法はほぼ全方位からの攻撃だ。仮に一発目から抜け出せたとしてもすぐに次の雷球に捕まる。
……というよりも、そもそも一発の雷球の威力が《ラグナレク》がかかっていることにより元々の《トール・ハンマー》よりも上がっているのだ。たとえジュウベェであっても逃れることは不可能のはずだ。
『――ヴォイド』
必殺のはずの雷球が掻き消えた。
「なんだと!?」
アリスの驚き様から、彼女が自発的に解除したわけではない。元より解除する理由は何一つとしてない。
だが、現実として《ヨルムンガンド》は解除されてしまい、クリアドーラの足元に『杖』が転がっている。
「くっ……」
クリアドーラの方は苦しそう――いや、なんとなく苦々しい表情でいる。
『――遊びすぎたな、クリアドーラ』
「チッ……わかってるよ」
!? 今の声どこから……!? というよりも、聞き覚えがあるぞ……!
「使い魔殿、来るぞ!」
っと、考え事している場合じゃないか。
どういうわけかわからないが、クリアドーラはこちらの魔法を『無効化』出来る――そうとしか思えない能力がある。
今までの戦いで使って来なかったことを考えると……使うのに何か条件みたいなのがあるのかもしれない。
でも、その条件がわからないうちは、任意に無効化が出来ると思っていた方が安全だろう。
……となると戦い方はかなり考えないといけなくなるな……ていうか、魔法を使って戦うこと前提のユニットに対しては天敵と言っていいほどの破格の能力だ。
《アギラ・オ・アバド・ダン》
そこで『顔のない女』も動き出した。
……もしかして、アリスと連携してくれているのだろうか。アリスの魔法が発動している最中は動かなかったのだけど。
クリアドーラへと向けて右手を掲げ、再びこの広間から別の場所へとワープさせようとする。
「はっ、効くかよ、そんなもん!」
”えっ!?”
だが私の期待を裏切り、クリアドーラは今度は飛ばされることはなかった。
アリスが言った通りだ……。
「ちぃっ、やっぱりか! 使い魔殿、こちらも攻撃するぞ!」
私が見た限り、クリアドーラは特別な行動は何もしていない。
……いや、手を伸ばされた直後、反対方向へと移動した……くらいかな?
となると……『顔のない女』のワープの理屈は多分『特定座標にあるものを飛ばす』というものなんだろう。だから、ロックオンされてもワープが発動するまでに移動さえしてしまえば回避できる……そういうことなのかもしれない。
こりゃアリスが飛ばされた時の全方位ワープでもきっと同じだな。『顔のない女』のワープは、移動を強制する程度の意味しかないってことになる。
「ext《神性領域》!」
回復した魔力を使って《アスガルド》を展開、クリアドーラの動きを制限させつつアリスも自ら接近戦を仕掛ける。
遠距離攻撃を繰り返したところで有効打は与えられない――しかも必殺だったはずの《ヨルムンガンド》ですらなぜかかき消されてしまったのだ。
その意味だと《アスガルド》もいつ消されるかわかったものじゃないけど……消されさえしなければ、移動を防ぐ《アスガルド》と『顔のない女』のワープを組み合わせれば、いい感じに動きを封じれる――かもしれない……。
「うぜぇんだよ!!」
私の期待をまたもや裏切り、クリアドーラが吼えると共に赤黒い光が雷光のように全身から発せられ、《アスガルド》の『板』を焼き尽くす。
反射させられることもなく吸着するように『板』に光が吸い込まれ、そのまま燃やしていく感じだ。
「くそっ、厄介な……!?」
ただでさえクリアドーラが厄介だというのに、『魔眼』の力が加わっているのだ。
……これはもう認めたくはないけど、クリアドーラにアリス単独で勝つのは不可能だろう。
かといってヴィヴィアンたちがこの場に来てくれたとしても、クリアドーラをどうにか出来るヴィジョンが見えない。
”くっ……とにかく足止めを! 『封印』に近寄らせないように!”
「ああ!」
悔しいがやれることは足止めくらいしかない。
裏でこっそり強制移動で皆を移動できないか試そうとしたが、今更だけどこの神殿内と外が別マップとなっているらしく皆の状況がわからない。これで強制移動をさせてしまうと向こうがまだ戦闘中だとしたら致命的な損害を受ける可能性もある。
何とかアリスと『顔のない女』だけでここを凌ぐしかない……!
「――チッ、あいつもうるせーし、さっさと終わらせるか」
クリアドーラの雰囲気が変わった。
荒々しい『暴』の気配はそのままに、より禍々しさが増す。
「起きろ、『武龍薙倶』」
「!? 何だ、魔法!?」
こちらの攻撃を回避しながらクリアドーラが呟くと――彼女の両手に嵌められていた霊装が姿を変える。
先端に刃が着いた『銃剣』……に似てはいるが、銃身の部分が細かい刃で覆われた――そう『チェーンソー』みたいな形状の武器へと変わったのだ。
完全に質量保存の法則を無視した、無茶苦茶な『変形』だ。
ホーリー・ベルや以前出会った巫女姿のユニット『ミオ』の持つ魔法も霊装の形態を変化させるものだったけど、あれらとは違って特に魔法の発声は聞こえなかった。
……そういう霊装の機能、なのか? いや、それよりも……。
「【破壊者】起動――吼えろ『羅武阿蛇』!!」
……なんかヤバい!?
”アリス――!!”
危険を感じ警告を発するよりも早く――
「剛拳 《怒羅號怨禍音》!!!」
ヤツの霊装の銃口から、まるでノワールのブレスのような……暗黒の光が放たれた――




