8-19. BAD DREAM RISING 4. 『顔のない女』
* * * * *
アリスがクリアドーラ同様に迷宮のどこかへとワープさせられ、私は一人封印の間へと取り残された状態だ。
けど、妙なことに『顔のない女』は私へと特に攻撃を仕掛けて来る様子はない。
だからこそ、アリスを強制移動させないことを承知したのだけれど……。
《ソーゴロエント・オ・ダン》
ただこちらを認識していないというわけではなく、顔も体もこちらへと向いている状態だ。
視線がないからわかりづらいけど、はっきりと私のことを認識しているのは感覚でわかる。
何やら呟いているけど……さっきアリスたちをワープさせたのとは単語が違う。
多分だけど、私がすぐさまワープさせられるということはないだろう。
……いや、まぁワープどころか攻撃されるという可能性も無きにしも非ずなんだけどさ……。
《ソーゴロエント・ミムス。ネオヌ・ウーズ・レギン・オ・ダン》
”うわぁっ!?”
と、何事か呟いたかと思ったら、いきなり『顔のない女』の顔面から真っ白な光が放たれ、スポットライトのように私を照らし出す。
熱……くもなんともない。ちょっと眩しいくらいだけど、他に特に異常は感じられない。
眩しいので逃げようとすると、『顔のない女』も私の動きに合わせて顔の向きを変えて光線を当て続けようとしてくる。
”え、え!? なに、なんなの!?”
《レギン・ダ。レギン・ダ》
はっきり言って、何をされているのかわからないというのは怖い。
今のところ危害を加えられているという感じはないんだけど、それがいつまでも続いてくれるかの保証は全くないし、これが攻撃の下準備という可能性だってある。
ただ……逃げても逃げてもしつこく追いかけて来るし、私のスピードでは逃げ切ることはどうも出来ないっぽいんだよなぁ……。
諦めて光を浴び続けるってのも怖いし、うーむ……どうしたもんか……。
そんなこんなで光を浴びせられて一分もしないうちに、唐突に照射が解除される。
《レギン・ダン》
……光が止んだ後も、やっぱり特に攻撃される様子もないし、私の身体に何か異変が起きるわけでもない。
一体なんだったんだろう……?
と、今度は『顔のない女』がゆっくりとこちら側へと歩み寄って来た!?
”うわわっ!?”
本当に、ただの散歩のようにすたすたと意外に早いスピードで私へと近づいてくる。
逃げようにも、光から逃げている間にいつの間にか封印の間の外周へと私は追い詰められてしまっていたらしい――いや、まぁ何も考えずに逃げ回ってた私のせいなんだけど。
私のすぐ傍へとあっという間にやってきた『顔のない女』は――
《アドラ・ノ・ウーズ・メティナ・オ・レギン・パァム》
私の前に跪き、また訳の分からない言語で語り掛けて来るのであった。
”え……な、なに……?”
《……レギン・ミムス》
”ちょ、どういうこと……?”
《……レギン・ミムス》
何が何だかわからないけど、私の言葉に反応して『顔のない女』は同じ言葉を繰り返す。
む、むぅ? 危害を加える気はなさそうに思えるけど……何かを要求しているっぽいけど言葉がわからないので私が何をすればいいのかがさっぱりわからない。
困ったな……心なしか、『顔のない女』の方も困ったように首を傾げているように見える。
《…………ロギ・レギン・オ・ティ・ダン――こんぷりーと》
お!?
《ユーのネームをティーチください》
…………び、微妙な言葉遣いだけど、私にもわかる言葉に変わったぞ!?
うーん? さっきから繰り返していたのは、どうも『あなたの名前を教えてください』って意味の言葉だったのかな?
教えていいものかどうかわからない……もしかして名前を知ることが攻撃のトリガーになる、という可能性もゼロじゃないけど……。
”…………『ラビ』”
結局、私は正直に答えることにした。
他力本願だけど、もしこれで『顔のない女』から攻撃を受けるようならアリスを強制移動でこちらに呼び戻せば良い話だし。何よりも今『顔のない女』はどういうわけか私に興味を抱いているような様子だ、ひょっとしたらアリスを呼べばこの隙に中央の『樹』に近づけるかもしれない。
もっとも、クリアドーラのこともある。アリスを呼び戻すのは最終手段だけど。
《『ラビ』――ニューカマーのレジストリしました。ユーはお客様オーソリティ故に当艦のメニューはリストリクト》
お、おう?
《ワンタイムオーソリティためのワンタイム鍵お持ちで?》
……えー……?
なんか私にもわかる言葉にはなってきたんだけど、これはこれでわかりづらいな……。
えっと、とりあえずわかる範囲で可能な限り翻訳してみると――多分こんなことを言ってるんだと思う。順に翻訳してみよう。
『あなたの名前を教えてください』
『ラビ――新人?新規?の登録をしました。あなたはゲストとしての権限しか持っていないので当艦?のメニュー?機能?は制限されています』
『一時権限?のための一時的なキー?を持っていますか?』
……多分こんな感じだ。
迂闊に返事をせず、私は黙って言葉の意味を考える。
重要なのは三つ目――『一時的なキー?』を持っているかどうか、という点だ。
ここで迂闊な返答をしてしまうと、二つ目の『ゲストとしての権限』のまま話が進んでしまうのではないか、と推測できる。
……そうか、これ、パソコンというかインターネットというか、とにかくそういうものの『認証処理』と同じようなものなんだな。
推測するに、私はどういうわけか『異物』としての排除対象ではなく、お客様として迎えられているらしい。
で、あくまでも『お客様』なので大したことはできないよ、色々したいんだったら一時的でもいいんで権限付与するためのキーを提出してね、と言ってるわけだ。
……あれだ。インターネットの通販サイトでユーザー登録してなくても通販は出来るけど、ユーザー登録すればもっと色々買い物が便利になるよ、というのと似たようなものか。
となると――
”……はい、これ”
この局面で有効になりそうなアイテムに、私は一つ心当たりがあった。
アイテムボックスの中から取り出したのは『黒い石』――かつて天空遺跡に挑んだ際に、ノワールから渡された謎のアイテムだ。
《ワンタイム鍵オーケー》
よし! 予想通り!
天空遺跡に来るなら必要になるかもなーと思っていたけど、まさかここで使うことになるとは思わなかった……もし持ってこなかったとしたら、ここで詰んでたかもしれない。
うーむ、それにしても最初に会った時にノワールが私にこれを渡してきた意図がよくわからないな……この事態を想定していたなんてことはないと思うし。まぁノワールには後で聞けばいいことか。
《『代行者』権限付与。ユーは当艦の代行者なり》
”代行者……?”
それって、要するに『管理者』とほぼ同等ってことになるんじゃないだろうか?
……いきなりそんな大きな権限与えられても、何をどうすればいいのかさっぱりわからないんだけど……。
”…………じゃあ、ここにある『封印』について教えて”
とはいえ戸惑って時間を無駄にするのだけは避けよう。
まずはノワールに守るように言われた『封印』そのものについて知っておかなければ。
《――『バランの鍵』》
”『バランの鍵』?”
《ラグナ・ジン・バランの停止プログラム》
! 何となくわかったぞ。
『ラグナ・ジン・バラン』というのが何かはわからないけど、これがきっとピッピやノワールが『どうにかしたい』と思っている――おそらくは『敵』のことを指しているんだろう。
で、ここの『封印』――『バランの鍵』というものは、そいつらに対する『停止プログラム』のことだと『顔のない女』は言っている。
……つまり、『封印』が解かれると『ラグナ・ジン・バラン』が再び動き出してしまう、ということなのではないだろうか。
状況はこういうことになるのだろうか?
クリアドーラたち侵入者は『封印』を手に入れ、『ラグナ・ジン・バラン』を解き放ちたいと思っている。彼女がヘパイストスの関係者かどうかはぶっちゃけ今のところわからないけど、流石にここで第三の勢力が出て来るとは考えづらい。ヘパイストスの関係者と仮定してもそれほど問題もないだろう。
だからヘパイストスの目的は『ラグナ・ジン・バラン』解放にある――そう考えてよさそうだ。
対するピッピとノワールは『ラグナ・ジン・バラン』を封印し続けたい。だから『封印』を守るための戦力――ひいてはヘパイストスとの戦いのため――を集めようとしていた。
だけどピッピは『ゲーム』からリタイアしてしまい、私に後を託すしかなかった……。
……もしも彼女がまだ『ゲーム』に残っていて、私と一緒にここに来たのであったら話はもっと簡単だったのだろうなぁ……。
”……ねぇ、ピッピって知ってる?”
私をここに導いたのだ、ピッピは『ゲーム』からリタイアしたとは言ってもどこかで生きているというのは間違いないはず。
だとすると――ピッピの本体がいるのは、この世界のどこかなのではないか? 私はそんな気がしている。
……そして、もしそうだとすると、以前にプラムたちと会話したあの話――『ゲームは現実のどこかに存在する世界』という話が現実味を帯びて来る。
《アイドンノー》
"I don't know"……知らない、か。
いや、まぁこれはそんな気はしていたけどね。『ピッピ』って名前自体、彼女の本名じゃなくてガブリエラがつけたものだろうし。
むぅ……仕方ないこととはいえ、彼女の本名がわかればもしかしたら『顔のない女』から話が聞けたかもしれないけど……こればっかりはどうしようもないか。
気を取り直して次にすべき行動へと私は頭を切り替える。
”この神殿の中の様子ってわかる?”
『代行者』というくらいだ、この神殿の持つ機能なら私に使えるということだろう。
何だかよくわからないけどファンタジーな世界のように思えて、この神殿の中ってガーディアンだったりこの『顔のない女』だったり、『封印』と思しき『樹』だったりとどこか『機械的』なイメージがある。
となると『監視カメラ』のようなものが実はあちこちにあるんじゃないかという推測だ。
《サーベイランスのビューをスクリーンします》
そういうと、空中に幾つもの四角いディスプレイ――SFとかにありそうな空中投影された映像が映し出される。
私の予想通りあちこちにある監視カメラの映像を見せてくれているのだろう。
”……いた!”
監視カメラの映像を見れば、今のアリスとクリアドーラ、それにもしいたとすれば他の侵入者の様子がわかるのではないかと思ったのだけど、思った通りだった。
だけど――
”あ、アリス……!?”
私が見た光景は、想像していたよりもはるかに悪いものであった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふん、本気を出してその程度か」
砕かれた壁――その瓦礫に埋もれた人物に向かってそう吐き捨てたのは、クリアドーラの方であった。
「……」
アリスは叩きのめされ、瓦礫の中に身を横たえている。
まだ消滅していないところから体力自体は残っているが、ほぼ虫の息であると言える。
「く、そ……」
意識は失われておらず、立ち上がろうとするが……ダメージが深いためか起き上がることもままならない。
対するクリアドーラはというと、被っていた学帽が落ちているものの見た目上大したダメージは負っていないようだ。
「どうやら、足手まといがいてもいなくても大して変わりはねーようだな」
嘲るクリアドーラの言葉に、アリスは言葉を返せない。返す余裕もない。
ラビによる回復がなかったに加えて霊装が失われた状態にしても、ここまでほぼ一方的にやられるとは思えなかった。
アリス自身、『誰にも負けない』というような傲慢な思いは持っていなかったものの、だからと言って一方的に相手に負けるとも思っていなかった。
「ちくしょう……」
「ぐははっ、時間使わされたがここまでだな!」
だがクリアドーラにとってはアリスの事情など関係ない。
たとえ万全の調子ではなかったとしても、目の前に現れた『敵』であれば叩き潰す――それがクリアドーラの流儀だ。
今も傷つき倒れたアリスに対して全く躊躇なくとどめを刺そうとしている。
「剛拳 《怒羅號怨薙琉》――まぁまぁだったぜ、てめぇ」
この状態からの反撃があったとしても叩き潰せる。
その自信があるのだろう、クリアドーラは余裕の表情だ。
……そして実際に今までの戦いで大したダメージを受けずにアリスを下せていることからも、それが慢心でもなんでもないことがわかる。
「あばよ」
反撃できないアリスへと向けて魔法の拳を叩きつけてとどめを刺そうとしたものの、アリスの姿がその場から掻き消える。
「あーん? ……チッ、そうか、使い魔の方か」
一瞬姿を消す魔法を使ったのかと考えたが、そうではなく使い魔の『強制移動』が発動したのだと理解した。
ということは、あの使い魔がどこからか様子を窺っていたか、あるいはステータスを注視していたか……。
いずれにしても使い魔自体はまだ生き残っており、無事でいるということ。そして、使い魔が無事ならばアリスもまた復活してくるだろうということだ。
「――ま、問題ねぇか」
たとえアリスが何度復活してこようとも、もはや自分の敵ではない――クリアドーラの中では既に『格付け』は済んだ。
アリスには絶対に負けない。それはもはや『確信』だ。
「ふん、とはいえあまり時間をかけすぎると――チッ、あいつがうるせぇからなぁ……一気に決めるか」
嫌そうに顔を顰めつつ、学ランのポケットからクリアドーラが赤い宝石を取り出す。
小さな、掌に包んで持てるくらいの、真球状の赤い石――見るものが見ればわかったであろう。
それは外のモンスターたちに取りついていた『魔眼』の小型版であると。
「魔眼開放――ぐぐ、ぐはははははははっ!!!」
手に取った魔眼を自分の胸に押し当てると、外の魔眼種同様に石が胸に張り付き、まるで根を張るかのように赤黒い糸――血管のようにも見える――がクリアドーラの胸部に張り巡らせる。
すると一瞬だけ苦しそうに顔を歪めたものの、すぐに立ち直り哄笑を上げる。
その全身からは、魔眼同様の赤黒い光がまるで炎のように立ち上っている。
「どこかで見てやがるか? それとも俺様の姿は見えてねぇか!? まぁどっちでもいいさ。
止められるものなら止めてみせやがれ!!」
そのままアリスへと放とうとした《ドラゴンナックル》を自らの足元へと放つ。
魔法と同時に赤黒い閃光が走り、神殿の床が一気に崩壊してゆく。
明らかにクリアドーラのパワーがアップしているのがわかる。
彼女の目的は『封印』――その正確な場所はわからないものの、とにかく『下』に向けて進めばいずれまた封印の間へとたどり着けるだろう……その考えの元、クリアドーラは先程までとは比べ物にならないスピードで床を破壊して一直線に突き進んでいく……。




