8-18. BAD DREAM RISING 3. 封印の間にて(後編)
空間の歪みはもう無くなっていた。
元々あれは、『樹に近づこうとしても近づけない』という謎の歪みに対し、クリアドーラの『重力』がよくわからない干渉をし、さらにそれに対してアリスの《嵐捲く必滅の神槍》が作用することでわけのわからない状態になった……って感じだったんだと思う。
見た感じ何の歪みも見えないけど、最初の『近づけない』という時も同じように見た目には何の異常も映らなかった。
となると、今なら『顔のない女』を何とか掻い潜れば『樹』に近づける……と楽観的には思えない。
「使い魔殿、振り落とされないようにしっかり掴まってろよ!」
”う、うん!”
こちらへと向いていた『顔のない女』が、右手を翳す。
さっきクリアドーラを一瞬で(多分だけど)ワープさせたのと同じ動きだ!
アリスが思いっきり横へと跳ぶ。
……と同時に、さっきまで私たちがいた場所を『何か』が襲った。
激しい音や空気の揺らぎがあったわけではない。
何も見えないし聞こえないけど感じた。
おそらくあれに捕まったら、クリアドーラ同様にどこかへとワープで飛ばされてしまう……そんな予感がする。
「見えない攻撃か……厄介な」
目にもとまらぬスピードの攻撃、というわけではないのが更に厄介だ。
本当に何も見えない。攻撃の予兆も『手を掲げる』という動作しかわからない。攻撃の軌道に至っては不可知の領域だ。
「おい、使い魔殿。こいつがいればあの骨とう品も『封印』には手出しできねーんじゃねぇか?」
ひたすら広間を駆けまわり、不可知の攻撃に当たらないように回避しながらアリスがそう疑問を投げかけて来る。
うーん、それは考えないでもない。それに、私たちの目的は『侵入者から封印を守る』であって、『私たちが封印されたものを手に入れる』ではないのだ。
でも……。
”――いや、だとしてもクリアドーラがこのまま『顔のない女』を突破出来ない、って保証はないよ。私たちがアレを倒しちゃうってのもどうかと思うけどさ……”
『封印』と言っているくらいなのだ。本当ならここから動かさないのが一番いいはずだ。
仮に私たちが『封印』の中身を確保したとしても、クリアドーラから追撃されても困る。アリスは今霊装がなくなっている状態だし、何よりもアリスの魔法を真正面からパワーで打ち砕いてくるのだ、他の子と合流したとしてもぶっちゃけ現状ではあいつを攻略する術が思いつかない。
だったら、『顔のない女』を含めた三つ巴の状態に持ち込み、ひたすらクリアドーラの妨害をし続けるしかない……そう私は思う。
私の考えを聞いたアリスはちょっと微妙な顔にはなるものの、
「……むぅ、仕方ねぇか」
と最終的には納得してくれる。
いや、まぁアリス的には物凄く不本意なことであるのはわかってるけど……。
「とにかくこのままヤツの攻撃は回避し続けて、あの野郎が戻って来たら集中攻撃。そういうことだな?」
”うん。『顔のない女』がこっちも攻撃してくるのには変わりないから、ちょっと苦しいかもしれないけど……”
「ふん、まぁ『冥界』の時みたいに周囲全部が敵、って考えればいつも通りさ。それよりも、オレの霊装の復活を頼む!」
”そうだね、今やってる――けど……”
アリスの魔法に霊装『杖』は必須ではないが、霊装がないと神装がほとんど使えないし戦術の幅も狭まる。
霊装は壊れにくいが壊れる時は壊れる。そして、壊れたら魔力を消費して復活させられる――というのは以前聞いたことがあるので問題ない。
問題なのは、ユニットのリスポーン同様に結構時間がかかるってことなのだ。
『顔のない女』の攻撃を回避し始めると同時くらいに霊装の『再構築』を始めたんだけど、まだ復帰してこない。
……うーん、霊装がクエスト中に壊れたのって初めてだしなぁ……ここまで時間がかかるとは思わなかった。
前にジュウベェとの戦いで両断されたことはあったけど、あの時は対戦だったし対戦が終わったらユニットの状態含めて全部リセットされるから気にもしなかった。
「まだ時間がかかるか……。ヤツが戻ってくるまでに復活することを祈るか」
”だね”
幸い『顔のない女』に対して神装をぶつけようとかそういうつもりはないし多分必要もない。
クリアドーラ戦までに復活してくれればいいし、仮に間に合わなかったとしても動きを封じるための魔法とかは問題なく使える。
後は私たちがクリアドーラと入れ替わりにワープさせられる、ということだけを避けられればとりあえず良しだ。
……ほんと『とりあえず』だけれども。
「これなら何とかかわせるか」
『顔のない女』の不可知の攻撃は脅威だけど、《天狼脚甲》を装着した状態のアリスであれば回避は十分可能だ。
とにかく向こうの『手』の動きにさえ気を付けてればスピードでかわせる。
だから、相手を中心に円を描くような軌道で、ひたすら足を止めずに走り回っていれば何とかかわせるのだ。もしも《スコルハティ》を使っていなかったとしたら、流石に向こうの動作についていけなかったかもしれない。
このまま『顔のない女』の攻撃を回避し続けて、いずれ復帰してくるであろうクリアドーラを妨害。こちらはワープさせられずに相手だけワープさせる……その繰り返しで時間を稼ぐ、というのが今やれる戦法だ。
地上側の片がつけば援軍に来てくれるかもしれないし、ノワールの方から打開策を教えてくれる……かもしれない。これはまぁ希望的観測にすぎないけど。
そして少しずつクリアドーラを削っていって倒す。実に消極的でアリスらしくない戦い方だけど、『封印』の扱いがわからない以上は消極的でも安全だと思える戦法をとらざるをえないだろう。
だけど、そう甘くはなかった。
《ゼツ・テオバルト・エティン・セト・ダン。アギラ・オ・アバド・ダン》
”!? 何だ……!?”
『顔のない女』が何事か呟いたと思ったら、動きを変える。
手をこちらへと掲げるのではなく、真横へと大きく広げ――
”うわぁっ!?”
――私は唐突に床へと落っこちた。
アリスにしっかりしがみついていたはずなのに振り落とされた――というわけではない。
”あ、アリス!?”
……私がしがみついていたはずのアリスが、一瞬にして消えたのだ。
まさか……封印の間全体に対してワープ攻撃を使った、ということなのだろうか……?
”え、うそ……っ!? ちょっと待って……!?”
その上さらに危機的な状況に私は気づいてしまう。いや、この場合気付かない方がより致命的なんだけど。
《アギラ・ノ・アバド・ダン》
離れた位置にポツンと立っていた『顔のない女』が呟く。
――そう、ワープによって飛ばされたのはアリスだけで、私はそのまま一人封印の間へと取り残されてしまったのだった……!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「くっ……!? ここは!?」
ワープされたとは言え、特に身体的ダメージもなくすぐさまアリスは状況を把握しようとする。
自分が封印の間ではなく、その上部にあった迷宮部分へと飛ばされたこと、そして――
「む、使い魔殿!?」
自分の肩にしがみついていたはずのラビがいないことに気付く。
考えられる可能性は二つ。
一つはアリスと別々の場所にワープさせられた。
もう一つは、ワープさせられたのはアリスだけでラビはそのままあの場に取り残された。
どちらかはわからない。故にアリスは即行動に移る。
『使い魔殿、聞こえるか!?』
即座に遠隔通話でラビへと呼びかける。
考えてもわかるわけがないのだ。だったら自分から動いて状況を確認するしかない。
『”アリス! わ、私は大丈夫。でも、封印の間に取り残されてて……”』
『チッ、そっちのパターンか!』
あまり好ましくはないが、ラビが迷宮の別の場所にいるというよりはマシだと思い直す。
どこにいるかがはっきりしていれば、アリスが迎えにいけば済む話だ。
……とはいえ、封印の間には番人たる『顔のない女』がいる。そして先に飛ばされたであろうクリアドーラの方が距離が近い可能性が高い。
『”遠隔通話が使えるってことは、強制移動も出来るかも!?”』
滅多に使わない機能なのでアリスも忘れかけていたが、アリス達は強制移動を使えば簡単に合流できる。
『封印神殿』内で使えないとなれば話は別ではあるが……ラビの言う通り遠隔通話が使えるということは強制移動もおそらくは使えるだろう。
それはアリスもそう思ったが……その時アリスはあることに気付く。
『いや――使い魔殿、そっちは大丈夫なのか?』
心配なのはラビが『顔のない女』からの追撃を受けないかという点だ。
だが、こうして遠隔通話をしていられる程度の余裕はあるのが不思議に思えたのだ。
『”う、うん……何でかよくわからないけど、「顔のない女」は私に攻撃はしてこないみたい……”』
ラビも自分が完全に安全とは言えないまでも、すぐさま危害を加えられないことには戸惑っているようだ。
アリスは少しだけ考え、
『……わかった。もし危ないと判断してからオレを呼んでくれ』
と強制移動を使わないようにラビに頼む。
『”…………クリアドーラがいるんだね?”』
『ああ、近いところにいるようだ』
ラビの理解は早かった。
そう、アリスは先程、比較的近い場所から破砕音がするのを耳にしたのだ。
クリアドーラ以外が遺跡に侵入しているのであれば話は別だが、今までも出てこなかったことを考えれば破砕音の原因はクリアドーラと考えて間違いはないだろう。
ラビと合流してクリアドーラを迎え撃つ、その方がラビの身は格段に安全になるのは間違いない。
しかし、封印の間に戻ったところで再び『顔のない女』によってアリスが飛ばされてしまうのはほぼ避けられない――全方位強制ワープを回避する術はすぐには思いつかない。そしてなぜかラビは『顔のない女』からの攻撃を受けない、あるいは無効化することが出来るようだ。
だったら、いっそのことラビはそのまま封印の間にいてもらい、アリスは入らない方が良い。
クリアドーラが先に封印の間へと入っても『顔のない女』に飛ばされるだろうし、ラビが危害を加えられないというのであれば(それなりには)安心できる。
『オレはこのままヤツを足止めする』
だからアリスが今取るべき最善の行動は、クリアドーラを封印の間に近づかせないこと。
『その間に使い魔殿は次の手を考えてくれ』
そして比較的安全であろうラビに後のことを任せるということだ。
『”……わかった。私からの回復も出来ないし、危ないと思ったらすぐに教えて。強制移動させるから”』
『ああ、頼む』
そう言いつつ、アリスはクリアドーラがいると思しき方向へと駆けだす。
現在地と封印の間との距離がどの程度離れているのかはわからないが、最初に封印の間へと落っこちた大穴のところへと辿り着かれたらすぐに封印の間へとたどり着いてしまう。
『顔のない女』がクリアドーラをワープさせる、とは言っても広間に入ったと同時にというわけではない。ある程度のタイムラグはあるだろう。
そのタイムラグの間にラビが攻撃を受けないとも限らない。
「! 見つけたぞ!」
「あぁ!? てめぇっ!?」
走り出してすぐにアリスはクリアドーラを発見する。
今まさに床を壊して進もうとしているところだった。
アリスの姿を見かけると同時に、クリアドーラは床へと放つつもりだった魔法をアリスへと向けなおす。
「剛拳 《怒羅號怨薙琉》!!」
クリアドーラの判断も迷いがない。
『封印』よりもその妨害者――アリスの方が脅威と即座に判断する。
……あるいは、もしかしたら彼女もアリス同様の狂戦士的判断をしたのかもしれないが。
迷いなく攻撃を繰り出すクリアドーラだったが、アリスも相手の行動は読めている。
機動力で拳をかわすと『杖』を構えようとし――まだ修復中であることを思い出す。
「チッ、霊装はまだか……しかたねぇ」
心の中で呼び戻そうとしても反応がない。ならば、まだ壊れた霊装は修復中なのだろうとすぐに切り替える。
「あぁ!? なんだぁ、てめぇ……使い魔はどうしたぁ?」
アリスの肩にいたラビがいなくなっていることに気付いたクリアドーラが不審そうに尋ねる。
もっとも、いなかったからと言ってクリアドーラに対して戦闘においては不利になることなどないのだが。むしろ、回復が出来なくなることにより有利になるだろう。
「ふん、それはこちらのセリフだ。貴様こそ使い魔はどうした」
スカウターでステータスを見ることが出来ないという特異性もそうだが、何よりも『使い魔がいない』ということの方が奇妙だとアリスは考える。
実際に対面してはいないが、正月にヴィヴィアンたちが遭遇したドクター・フーとルールームゥも、傍に使い魔の姿はなかったという。
使い魔抜きでクエストに挑んでいる、ということも考えられないわけではないが……この天空遺跡、そして『封印神殿』はラビたちにとっても相手にとっても重要な『何か』があるのだ。そんな場所に、補給もままならず一度リタイアしたら再挑戦できないユニットのみで挑むとは考えにくい。
……クリアドーラが普通のユニットではないということは承知のうえで、アリスはそう考えた。
「あのクソ野郎なんざ、いなくてせいせいするぜ。
てめぇだって、足手まとい庇いながら戦うよりも一人で暴れた方がやりやすいだろう?」
「……なんだと……?」
「さっきも随分と温ぃ動きだったじゃねぇか、あぁ!? ぐははっ、隠してんじゃねぇよ。てめぇが本気で暴れられるのは、足手まといがいない時だろう? 足手まとい庇いながら温ぃ戦いで、この俺様とやり合えるわけねーだろうが!!」
話しながら興奮――いや『手を抜かれた』と感じた怒りが沸き上がって来たのだろう、激昂したクリアドーラの『圧』が増す。
攻撃魔法ではない。だが、確かにクリアドーラから放たれる怒気と魔力が大気を震わせ、対峙する者へと『圧』を与えているのだ。
「貴様……」
だが、対峙するアリスはクリアドーラのプレッシャーに屈することなく、こちらも怒りを滲ませた表情で睨みつける。
クリアドーラは、言ってはいけないことを言った。
それがアリスの逆鱗に触れたのだ。
「オレの使い魔殿をバカにしたな」
「はぁん? 足手まといを足手まといって言って何がおかしいんだよ、ダボが!」
話は終わったとばかりにアリスへと向けて突進、拳を振るう。
「ext《剛神力帯》!!」
対するアリスは避けることなく、《メギンギョルズ》を装着すると真正面からクリアドーラの拳を受け止める。
剛拳を使わずに普通に殴り掛かって来ただけだというのに、そのパワーは《メギンギョルズ》の巨腕と拮抗していた。
「はっ、そうだ! 何だよ、やろうと思えば俺様と殴り合――」
「うるさいぞ、貴様!」
クリアドーラの言葉を遮り、アリスは《メギンギョルズ》で相手を掴むと勢いよく壁へと向かって投げつける。
「ぐっ……!?」
「おらぁぁぁっ!!」
投げつけるだけではなく、そのまま今度はアリスから前へと突進。壁に叩きつけられたクリアドーラへと何度も《メギンギョルズ》の拳を叩きつける。
それでもガードを固めたクリアドーラへは大したダメージとなっていない。
「ext《黒・三連巨星》!!」
「ちぃっ!?」
更に至近距離から拳と合わせて《トリリオン》を発射。
ガードは出来たものの、壁ごと吹き飛ばされるクリアドーラ。
「……て、めぇ……!?」
一体どれだけの身体能力を持っているのか、魔法を使わずに腕だけでアリスの魔法をガードしたというのにクリアドーラはすぐさま立ち上がりアリスを睨みつける。
気の弱いものならばそれだけで震えあがりかねない眼光を真正面から受け止め――こちらも怒りに燃える目で相手を睨みつけるアリス。
「貴様……取り消してもらうぞ、今の言葉!」
――アリスの怒りの理由は簡単だ。
ラビを侮辱された。
ただそれだけである。
それだけではあるが、これはアリスにとって到底許すことのできない最大級の侮辱だ。
アリスにとってラビはただの『ゲーム』上でのパートナーではない。
まだ半年にも満たない付き合いではあるが、家族同様――同じ家で寝食を共にし、何度も共に苦境を乗り越えた『仲間』なのだ。
それを『足手まとい』と侮辱されて黙っていられるような大人しい性格を、アリスはしていない。
「く、くく……ぐははははははっ!!」
クリアドーラもまた、アリスの怒りを意にも介さず狂暴な笑みを浮かべる。
「”上等”だよ、てめぇ……? ようやくこっちも本気を出せるってもんだぜぇ……?」
「抜かせ。お望み通り、全力でブチのめしてやる……!!」
ある意味で、ラビがいるためにアリスが全力を出せないというのは正しい側面もある。
敵の攻撃が当たらないように庇うのは当然のこととして――
「ext《嵐捲く必滅の神槍》!!」
「ぐはははっ!! 剛拳 《愚麗斗怒羅號怨薙琉》!!」
『杖』がないため――仮にこの場にあったとしても――『麗装』へと《グングニル》を掛けると共に、速攻で相手を倒すべくアリスは必殺の『ヴィクトリー・キック』を放つ。
ある意味ではラビがアリスの力を制限しているのは確かだ。
『麗装』へと《グングニル》を掛けて全力で放つ『ヴィクトリー・キック』は、アリスにしがみついているラビにも大分負担がかかる。
もしも勢いに負けてラビが振り落とされてしまったら、それだけ大きな隙を晒すことになってしまう。
だからこそ、ラビのいない今ならば遠慮なく全力を出せる――それは事実ではあるのだ。
「ヴィクトリー・キィィィック!!!」
――尤も、アリスがこの局面で『ヴィクトリー・キック』を選んだのはラビがいないからという理由だけではない。
ラビからの回復が望めない状況において、まともに戦っても勝ち目があるかわからない強敵相手であれば、出し惜しみなしの短期決戦を挑むしかない。そういう理由からなのだ。
《天狼脚甲》を装着し最大限まで脚力を上げた状態からの『ヴィクトリー・キック』と、クリアドーラの剛拳がぶつかり合い――




