8-17. BAD DREAM RISING 2. 封印の間にて(前編)
再び床が崩れて下のフロアへと落とされる私たち。
だが、今度はさっきとは様子が少し違った。
”!? 深い!?”
床下はすぐに次のフロアになっているのではなく、巨大な空洞となっていたのだ。
「cl《赤色巨星》!」
「しゃらくせぇっ!!」
まともに落っこちたら、普通の人間ならまず間違いなく命を落とす高さだ。
そこを落ちながらも、アリスとクリアドーラは戦いを続けている。
態勢が不安定な今こそが、クリアドーラの隙を突いて魔法を叩き込めるチャンス。そうアリスは考え、またクリアドーラも理解しているが故に即行動に移っている。
床への落下までのほんの数秒――その間にアリスは何度も魔法を放つものの、そのことごとくを不安定な態勢ながらもクリアドーラは凌ぎきった。
……そのまま床へと叩きつけられないだろうか、とちょっとだけ期待したけれども、着地の瞬間にクリアドーラが魔法を使って衝撃を和らげると共にこちらへと向かってダッシュを仕掛けて来る。
「ext《天魔禁鎖》!」
クリアドーラが止まらずに向かってくるのは予想していたのだろう、アリスが再び《グラウプニル》で動きを拘束しようとする。
中途半端な『壁』ではヤツには足止めにすらならない。こちらも神装でなければ対抗しきれない。
……いや、それでも足止めがやっと、といったところだ。しかも《グラウプニル》で拘束しようとしても、また床を踏み抜くなりで脱出しようとしてくるだろう。
「またこれかっ!? クソめんどくせぇっ!!」
鎖に縛られたらその時点で自由に動けなくなってしまうことは前回のでバレている。
流石にこの魔法は迎撃は難しいのだろう、クリアドーラも一旦距離をとって鎖を回避。
一回分の《グラウプニル》が無駄になってしまったけど、
”……仕切り直しは出来た、かな……”
「ああ。だが――」
このまま戦闘を続けても同じことの繰り返しだろう。
そして続けていけば、いずれ追い詰められるのはこちらでもあろう。
クリアドーラの魔法の燃費がアリス以上でない限りは、間違いなく私がいてもこちらの魔力が先に尽きると思う。
……これ、かなり拙いな。今までに戦ったタイプに似てはいるんだけど、アリスの魔法を力技でことごとく迎撃してくるなんて相手は初めてだ。
正直、全くヤツに勝つヴィジョンが見えてこない。能力の全貌もわかっていないし……。
「……む?」
「……お?」
と、その時二人が互いに何かに気付く。
”……ここは……?”
私も気付いた。
落ちてきたこのフロア、もしかして『終点』なんじゃないだろうか……?
迷宮の他の部分に比べてかなり広い――野球場くらいはありそうな大広間、と言えばいいのだろうか……。
天井も同様にかなり高い。イメージとしては東京ドーム内部が一番近いかもしれない。
そのフロアの中央に、一本の『樹』が生えていた。
「チッ……」
アリスが舌打ちした理由は、落ちてきた場所のせいだ。
私たちよりもクリアドーラの方が『樹』に近い位置に落ちて来ていたのだ。
”……もしかして、あれがノワールの言ってた『封印』……?”
『樹』とは言うものの、それが一番近い姿であって本物の樹ではないのは明らかだった。
幹の部分は真っ黒で太いチューブのようなものが複雑に絡み合って構成されており、それが天井と床を柱のように繋いでいる。
そして樹の中央……やや下側のところが大きく『コブ』のように膨らんでいて、その内部が淡い緑色の光を放っていた。
確証があったわけではないが、他の迷宮部分とは明らかに異なるものだ。そう思わざるを得ない。
「あー、クソっ! 折角のバトルだってのにもう終わりかよ」
クリアドーラが『仕方ねぇな』と言わんばかりの態度で頭をがりがりと掻き、こちらに目を向けず一直線に『樹』を目指してダッシュする。
「させるか!」
やはりあれこそがノワールの言う『封印』なのだろう。
それをとられることで何が起きるかはわからないが、少なくともノワールたちにとって――ひいてはおそらくピッピにとっても――都合の悪いことが起きることは想像に難くない。
となると、やはり私たちの目的においても、『封印』を防衛することは重要だと思われる。ピッピたちこそが『眠り病』の張本人ということでもない限りは。
アリスもすぐさま『樹』――いや、そのコブ部分の『封印』を目指す。
「cl《赤爆巨星》!」
「剛拳 《火怨奪狩》!」
走りながら先行するクリアドーラへと向けて《ベテルギウス》を放つが、向こうも地面を爆破しその勢いで身体を飛ばして回避。
「ext《グラウプニル》!」
回避されることは予測済み。
避けるクリアドーラへと向けて、《グラウプニル》を放ち拘束しようとする。
……が、
「剛拳 《キャノンダッシュ》!」
「なにぃっ!?」
最初のダッシュで空中に浮いたタイミングを狙ったというのに、今度は空中で《キャノンダッシュ》を使ったクリアドーラが空を蹴り鎖を回避する。
……そうか、あの魔法は実際のところはピンポイントで『爆破』をしているだけだから、別に足場があろうがなかろうが関係ないのか。流石に長時間空中を移動するには向いていないだろうけど……。
足止めにもならないか……と思ったけど、ほんのわずかではあるがクリアドーラの進路を妨害することは出来た。
そのわずかな間に、《天狼脚甲》を装着したアリスが一気に距離を詰めてクリアドーラへと追いすがる。
「使い魔殿! 回復を頼む!」
”わかった!”
「ext――《終焉剣・終わる神世界》!!」
背を向けたクリアドーラに向かって、ついにアリスは切り札となる神装を使う。
回復がどうこうとか言ってられる状況じゃない。こここそが正念場――そう私たちは判断した。
燃え盛る炎の剣がクリアドーラへと伸び、彼女の身体を決して消えることのない火炎で包む。
「ぬっ……ぐおおおおおおっ!?」
一度焼かれたら焼き尽くすまで消えない、世界を終わらせる炎がクリアドーラを包み込む。
こちらの魔力が尽きるのが先か、クリアドーラの体力が尽きるのが先か……根競べだ。
「な、めんなぁぁぁぁっ!! 収斂!!」
地獄の業火は確かにクリアドーラへとダメージを与えていた。
しかし、彼女が剛拳と異なる別の魔法――『収斂』を使った瞬間、全身を包む炎がまるで吸い込まれるように右拳……いや、彼女の霊装へと集まる。
「唸れ、『武龍薙倶』!! 剛拳 《斧烈亜・怒羅號怨薙琉》!!」
「嘘だろっ!?」
追いかけるアリスに向かって、炎の竜を象った剛拳が飛んでくる!
こいつ、《レーヴァテイン》の炎を防いだというか、『吸収』しただけでなく反射してきたっていうのか!?
「mk《壁》!」
元がアリスの魔法だからといって、食らって無事に済むとは到底思えない。
咄嗟に壁を作って防ごうとするが剛拳を防げるほどの頑丈さはない。
予想通りあっさりと壁は打ち砕かれるが、その一瞬の間に横へと跳んでアリスは何とか反撃を回避することが出来た。
「ああ、クソっ! もうちょっと遊びてぇが……『目的』のもんが目の前にあるんじゃしょうがねぇ!」
向こうもダメージを少しは受けているようだが、それでもまだまだ余裕はありそうだ。
すぐに振り返り『封印』へと再度向かおうとする。
拙い、こっちも今の回避で出遅れてしまっているし、距離を詰められない!
かといってこちらの魔法で足止めも難しいし、向こうが戦おうとしてしまったらやはり苦戦は免れない。
「やらせるか!」
アリスも全速力で『封印』へと向かう。
接近戦が不利とか言ってる場合ではないか。
『封印』をとられないようにするためには、こちらから積極的に前に出て先に『封印』を確保。そして全速力で離脱する――それが一番かもしれない。
クリアドーラの方を警戒しつつも少しだけ距離をとってアリスも『封印』へと向かって全力でダッシュする。もしクリアドーラがこちらに攻撃を仕掛けて来るようなら迎撃、あるいは回避しながらも前進していくしかない。
……が、何かがおかしい。
それなりにこのドーム――『封印の間』は広いのは確かなんだけど、《スコルハティ》を装着したアリスの全力だったらほんの数秒で『封印』の元までたどり着けるはずだ。
クリアドーラの《キャノンダッシュ》も同じだ。長時間の高速移動は苦手そうだったけど、瞬発力という点では《スコルハティ》と同等だったと思う。
だというのに、私たちもクリアドーラも、一向に『封印』へと近づくことが出来ていない。
「な、なんだこれは!?」
「チィッ! ここにも仕掛けがありやがるか!」
異変には二人もすぐに気づいたようだ。
どうやら、この『封印の間』にも罠があったみたいだ。
おそらくその内容は……『無限回廊』のようなもの、だろう。
どういう理屈で実現しているのかはさっぱりわからないけど、ドーム中央の『樹』に近づこうとしてもまるで蜃気楼のように近づけない……そんな感じみたいだ。
床が動いているとかそんな話ではない。二人とも地面を蹴る力が強すぎて半分空中を走っているような形になっているというのに近づけないのだ、何というか『空間そのものが後ろに動き続けている』としか表現しようがない、不思議な状態である。
……なんだっけ、『ゼノンの矢』とか『アキレスと亀』みたいな言葉遊びが現実になっているような、そんな感じだ。
”拙いな……これが『封印』を守るためのシステムだとしたら、そもそも解ける謎じゃないのかもしれない……!”
これが普通のゲームとかだったら、『封印』っていうのは最終的にプレイヤーが到達できるようになっていると思う。ちょっと難しい謎かけを解けば目標に達することができ、『封印』を手にすることで話が進むようになる……って具合だ。
でもこの『封印』についてはそうではない可能性が高い。
複雑な迷宮に無数の守護者、この『封印の間』のパラドクスめいた仕掛け……そもそもの話、この『封印神殿』に入る前にはノワールたちという強大な守護者もいるのだ。
『資格のあるものに封印の中身を渡す』というものではなく、『誰にも封印の中身は渡さない』という意志が感じられる。
けど、考えようによっては好都合かもしれない。
私たちとしてはノワールに頼まれたから『封印』を侵入者から守らなければならないと思っているが、この『封印』の中身そのものについては特に興味はない――この中身が『眠り病』の解決につながるというのであれば話は別だが、『眠り病』の根本原因は『ゲーム』に囚われているためなので直接の関係はないだろう。
ならば――
”……アリス、ここはクリアドーラを倒す方向で考えてみよう”
「お? 珍しく好戦的だな、使い魔殿。だが賛成だ!」
いや、まぁ別に好きで戦いたいってわけじゃないんだけどね……。
このパラドクスが生きている限り、私たちもクリアドーラも『封印』に近づくことは出来ない。
であれば『封印』を気にする必要もなく、クリアドーラとの戦いに専念してもいいのではないか――そう考えたのだ。
もっともクリアドーラを倒す、というのはパラドクスを解決するよりも難題であることには依然変わりはないのだけれど……。
「うぜぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
こちらの思惑には気付いていないようで、クリアドーラは一向に『封印』に近づけないことに苛立ちの声を上げる。
……最初に思った以上にあちらは脳筋っぽいな……近くに使い魔とかサポートのユニットがいないことにも関係しているのかもしれないけど。
私たちがつけ入る隙があるとすれば、そこしかなさそうだ。
いかにも短気っぽい彼女を妨害し、冷静な判断力を失わせ、魔力が尽きるまで持ち堪える――何とも消極的でアリスの好みではない戦い方だが、《レーヴァテイン》も通じない相手なのだ、能力の詳細がわかるまではそうした『搦め手』というか、そういうので攻めていくしかない。
そう思い、アリスが再びクリアドーラへと攻撃を開始しようとした時だった。
「剛拳 《愚羅毘帝麗怒》! 収斂!!」
彼女の全身が『黒い光』に包まれ、その光が収斂によって右拳の霊装へと集中する。
……その周囲の空気がまるで揺らいでいるように見え――って、これは……!?
”ダメだ、アリス! 退避!!”
「お、おう!?」
「ぶっ潰れろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
クリアドーラの咆哮と共に、収束された黒い光が『封印の間』の床を穿つ。
あの黒い光――見覚えがある。アリスも同じだろう。
あれはまさしく《万雷轟かせ剛神の激槌》と同じ……全てを巻き込み、磨り潰す小型ブラックホールだ……!
「拙いな……やらせるか!」
”ちょ、アリス!?”
もしもあの黒い光に捕まったら、どんな防御魔法を使っていたとしてもきっと耐えきることは出来ない。同じような魔法を使えるアリスならわかっているはず。
……いや、だからこそか。ここでクリアドーラにあの魔法を使われることで、『悪いこと』が起きる――私たちに向かって直接使用されないにしても、好ましくないことになると予感しているのだろう。
「ext――《嵐捲く必滅の神槍》!!」
《バルムンク》が解除されてしまうのは承知の上で、アリスが《グングニル》を使う。
狙いはクリアドーラ本人、ではなく、彼女の右腕に収束した黒い光そのものだ。
きっと同じような効果を持っているであろう《トール・ハンマー》をぶつけた方が良かったかもしれないが、あの魔法は使用までに時間がかかりすぎる。
今この瞬間、彼女の攻撃を中断させるには《グングニル》しかない……私もそう思う。
「くっ……!?」
「てめぇっ!?」
黒い光に対してアリスの《グングニル》が一直線に向かい――そして衝突。
凄まじい閃光が辺りを包み込み――
ビギィッ!!
……と、何かがひび割れるような音が辺りに響くと同時に……。
”! 霊装が……!?”
「……くそっ……!」
小型ブラックホールへとぶつけられた《グングニル》がついに力負けし、アリスの霊装ごと魔法が磨り潰されて消滅してしまう。
だが、今の音は霊装が破壊された音ではない。
「なんだ、これぁ……?」
”空間が……裂ける……!?”
いかなる理屈かは私にはわからない。
が、そうとしか表現できない何かがクリアドーラの周囲に起こっていた。
クリアドーラの拳付近を中心に、放射線状に真っ黒な『何か』が広がっている。
それは『黒い』わけではない――私たちの視覚では捉えることの出来ない『虚無』……なのだろう。感覚で何となくそんなことがわかる。
見ることの出来ない『虚無』が広がり、その周囲の景色が歪んで見えている。
……二人の魔法がぶつかり合うことで小型ブラックホールが暴走したせい、としか推測出来ないが……。
ともかく、『見えない虚無』が周囲の空間を引き裂き、歪め、『封印の間』を呑み込もうと広がって行く!
”くっ……これはもうダメかも!? アリス、退こう!”
「……わかった」
幸い、私たちとクリアドーラ――もっと言えば『虚無』の発生源とは少し距離がある。
これに触れたらどうなるのか気にはなるけど、きっとろくでもないことになるのは容易に予想できた。
私の言葉にアリスは悔しそうな表情ながらも頷き、下がって距離をとろうとする。
「ぐ、うぉっ……!? この、ダボがぁぁぁっ!?」
一方で『虚無』の発生源の間近にいたクリアドーラだが、こちらは無事では済まなさそうだ。
『虚無』に飲み込まれているわけではないが、私たちの目からは――既に手遅れに見える。
クリアドーラの身体が周囲の景色同様、めちゃくちゃに歪んで見える。
苦痛を感じている様子は見えないことからダメージそのものは入っていないんだろうけど……もしダメージがあるとしたら、生きてるのが不思議なくらい、彼女の姿が歪み――いや、もはや捻じれて見えるのだ。
”アリス、もっと離れて!”
『虚無』が更に広がり、歪んで見える空間がどんどん広がってくる。
このままだと私たちも呑み込まれかねない。
……もしこの事象が『歪んで見えるだけ』であるならば、『封印』との距離が大きく離れてしまうけれど……流石にこの状況はアリスの安全の方が優先だ。
「拙い……『封印』がやつのすぐ近くに……!」
”う、うん。でも……”
歪んだ空間に巻き込まれた中央の『樹』が、同じく歪んでいるクリアドーラの方へと近づいているように見える。
これが果たしてそう見えるだけなのか、本当に空間が歪んで近くまで来ているのか……私たちには判断できない。
かといって、こちらから突っ込んでいくことも出来ない。
『封印』が守れないかもしれない――私がそう思い、諦めかけた時であった。
《ニム・ニィィラ・ダン。ニム・ニィィラ・ダン》
突如、私たちでもクリアドーラでもない声が辺りに響き渡る。
……言葉通り『響き渡る』だ。まるで館内放送みたいな、マイクを通したかのような、機械的な音声が何事かを繰り返している。
…………んん? この言葉、そのものには聞き覚えはないけど、何というか似た雰囲気の言葉は聞いたことがあるような……?
《ゼツ・テオバルト・エティン・ダン。アギラ・オ・アバド・ダン》
「なんだ、あいつは……!?」
『樹』とクリアドーラの間に、突然『人型』が現れた。
空間の歪みの真っただ中にいるというのに、その姿は一切歪んでいないという出鱈目っぷりだ。
全体としては人間の女性……に見える。
ただし、そう見えるだけで間違いなく『異形』に分類されることだろう。
”顔のない女……?”
身体つきから『女性』というのはわかるんだけど、服も何も身に纏っていない――いや、全体がのっぺりと白く、ボディスーツを着ていると言えばそう見えないこともない。
ただ、私の呟き通り、その女には『顔がない』。
目も鼻も口も――髪や耳もだ――なにもなく、『のっぺらぼう』としか言いようのない、体と同じく真っ白の薄気味悪い姿をしている。
《アギラ・オ・アバド・ダン》
『顔のない女』が再度同じ言葉を呟き、右手を身動きの取れないクリアドーラの方へ翳した瞬間――クリアドーラの姿がその場から消えた。
と同時に彼女の魔法が原因であった空間の歪みも消え……。
「ぐあっ!?」
凄まじい衝撃波が私たちへと襲い掛かって来た。
『顔のない女』の攻撃……というより、歪んでいた空間が戻った『揺り戻し』によるものだろう。
衝撃波とは言っても痛みとかはなく、唐突に身体が何の衝撃もなく吹っ飛ばされたみたいだ。
”大丈夫!?”
「あ、あぁ……」
突然吹っ飛ばされはしたものの、《スコルハティ》を装着していたためすぐに姿勢を制御し壁に叩きつけられるのは避けられた。
だがこれで更に『樹』――そして『顔のない女』から距離を取らされてしまったことになる。
「ヤツはどこだ? 消えた……?」
クリアドーラの姿はどこにも見えなかった。
『顔のない女』が倒した……? いや、そんな希望的観測はヤツに対してはもたない方が良いだろう。
消えただけで『倒された』のを目撃したわけではないのだ。
ずずぅぅぅぅん!
と、私の想像を裏付けるように地響きのような音が聞こえてきた。
おそらくクリアドーラは倒されたわけではなく、どういう理屈かはわからないけどこの『封印の間』から追い出されただけなのだろう。
『封印神殿』上層のどこかに強制的にワープさせられ、それに気づいた彼女が激昂して暴れたのが今の地響き……そういうことなんだと思う。
となると、ぐずぐずしてはいられない。
クリアドーラならなりふり構わず剛拳を使って床をぶち抜いてすぐにでもここに戻ってくるだろう。
「…………って、敵のことを気にしてる場合じゃねぇな……」
”……だね”
クリアドーラという脅威はひとまずこの場からいなくなったものの、依然として私たちの危機は去っていない。
『顔のない女』は、完全にこちら側を向いていたからだ……。




