8-13. 天空遺跡の秘密 5. ノワール救出作戦
* * * * *
同じく魔眼憑きとなっていたルージュとミルメコレオたちを相手にしているであろうガブリエラたちも心配だが、私たち自身も全く気を抜くことが出来ないのが相手だ。
『灼獄の暴帝』アドラメレク――以前はあっさりと倒せたけど、今回もそうなるとは限らない。
むしろ、以前よりも戦力が減っている分、苦戦は免れない……そう私は思うんだけど……。
「やるぞ貴様ら!」
我らがリーダーは微塵も不安を見せずに先頭に立つ。
続いてジュリエッタも前に。ガブリエラがいない以上はこの二人が前線に立たざるを得ないだろう。
「……あのモンスターは、放っておいて良いのデスか?」
クロエラのバイクに同乗しているオルゴールが表情は変わらないものの、不思議そうに首を傾げてノワールの方を見やる。
まぁ彼女からしてみればノワールだってこのクエストに登場するモンスターの一匹、と見えていてもおかしくはない。
とはいえノワールに会って話を聞くことが私たちの第一目標であるし、オルゴールに倒されるわけにも、そしてもちろんアドラメレクたちに倒されるわけにもいかない。
”事情は――ごめん、今説明している暇はないんだ。とにかく、まずはあっちの炎のモンスター……アドラメレクを倒さなきゃ!”
うーむ、やっぱりオルゴールを連れてきたのは拙かったかなぁ。
無事にここを切り抜けたとして、ノワールとの会話を果たして聞かれていいものか迷う……彼女が『眠り病』の加害者側であるとも言い切れないからだ。
……いや、とにかく後のことは後で考えればいい。
まずはアドラメレクを倒してノワールを助けないと。
「……わかりまシタ。先程の紅いのと金色のとイイ、言葉を話せるモンスターは初めて見まシタが――その辺りはマタ後程」
うっ……その場では流してくれたけど、やっぱりルージュとジョーヌのことも気になっていたか……。
「クロエラ、ワタクシも降りて戦いマス」
「う、うん……」
オルゴールの監視、という役目もあるんだけど……かといってここでオルゴールを押し留めるのも不自然だし、何よりもクロエラが戦えるようにならないとアリスとジュリエッタだけでアドラメレクたちを相手にしなきゃならなくなってしまう。
”……よろしく頼むよ、オルゴール”
「ハイ、ご期待くだサイ」
そう言い残し、オルゴールがサイドカーから飛び降り、
「スレッドアーツ――《スパイダーネット》」
大きく両手を広げて四方八方へと指先から『糸』を伸ばす。
周囲の岩場へと伸びた糸が絡み合い、その名の通りの『蜘蛛の巣』を作り出す。
これが彼女の魔法、そして特性だ。
極細の糸で作られた蜘蛛の巣は、本物同様によく目を凝らさなければわからないようになっている。
「皆サン、ワタクシの糸はモンスターのみを封じるようにしマスので、気にせず動いてくだサイ」
「ほう? 器用な真似をするもんだ」
「……御姫様、念のため触れないように気を付けて」
「わかってる。オレたちが触れて糸が切れても仕方ないしな」
ジュリエッタが心配しているのはそこじゃないんだけど……いや、アリスもわかっててオルゴールに警戒していることを悟られないようにそう言い返したのかも?
まぁどちらにしてもオルゴールの糸にはなるべく触れない方がいいだろう。アリスの言う通り彼女の攻撃を邪魔してしまう可能性もあるし。
「ご主人様、わたくしたちは――」
”うん、少し離れて……いや、流れ弾に注意しつつノワールが助けられないか試してみよう。
アリスたち! そっちは任せたよ!”
「おう! ノワールの方は頼んだぞ!」
理想は手早くノワールを救出しこの場から脱出、あるいは協力してアドラメレクを倒す。そして私たちの目的をまず果たす。
なんだけど……それだけで全てが終わるとは思っていない。いや、まぁ終わってくれればそれが一番楽だからいいんだけど……。
ピッピがなぜノワールに会うことを私に望んだのか、『眠り病』の元凶の最有力候補であるヘパイストスはどう絡んでくるのか、そしてこのクエストに現れている『魔眼』はどう関係しているのか……。
正直わからないことだらけだ。
これらの謎を一つずつ解き明かしていかなければならない……きっと繋がってはいると思うんだけど、一気に全部の謎を解決することは出来ないんだろう。そんな気がしている。
「ご主人様?」
”おっと、ごめん。行こう、ヴィヴィアン!”
悩むのは後にしよう。
私とヴィヴィアンはまずはノワールの救出が可能かを試してみないと。
……本当ならば全員で全力でアドラメレクを片づけてしまう、というのが最善だとは思うんだけど……。
というのも、実はアドラメレクは『炎』に包まれていることからわかる通り、水属性の攻撃が非常に良く通る。火山そのものだったムスペルヘイムとは違い、どちらかというとムスッペルの方に性質は似ていると言えるだろう。
だからヴィヴィアンの《カリュブディス》で一気に大ダメージを与えることは出来るんだけど……この場にウリエラがいないとそれは難しい。
前に戦った時も、《カリュブディス》の渦をウリエラのアニメートで操って無駄なく全ての水を叩き込むことで大幅に体力を削ったのだった。
ウリエラがいないと水があちこちに散ってしまう上、空を飛ぶことの出来るアドラメレクにはあまりダメージを与えることが出来ない。それが、ヴィヴィアンをアドラメレク攻略から外してノワール救出に回した理由でもある。
まぁもしもヴィヴィアンでどうにもならないようだったら、ノワールにはもうしばらく耐えてもらい、アリスたちの加勢に回ろう。そう心の中で思っておく。
「……反応しませんね」
”だねぇ……”
《ペガサス》で魔眼の結界に取り囲まれたノワールの近くまでやってきたけど、魔眼はこちらに一切向き直ることはなく結界を張り続けている。
ユニットには全く反応しない仕組みなのだろうか? あるいはモンスターに取りつかないと積極的には襲って来ない?
……いや、おそらく違う気がする。
今ノワールの動きを封じている魔眼は合計五つ。その全てがノワールへと赤黒い光の帯を放ち、それらが絡まり合って動きを封じ込めている。
この状況を読み解くと――
”魔眼五つでようやくノワールの動きを封じることが出来ている、っていうことかな”
「流石です、ご主人様」
持ち上げすぎじゃないだろうか……?
それはともかく、アドラメレクたちの他に私たちの動きを妨害する輩は現れる様子はない。
やっぱり魔眼もノワールを封じるのが精いっぱいで、こちらにまで対処する余裕がない……と見ていいんじゃないだろうか。
となれば今が最大のチャンスだ。
”よし、ヴィヴィアン。どれか一つの魔眼に集中攻撃しよう”
私の推測が正しければ、一つでも魔眼のバランスが崩れたらノワールは一気に自由になれる可能性が高い。
完全に動けるようにならないまでも、ノワールの抵抗が強まれば強まるほど魔眼の呪縛からは逃れやすくなるだろう。
「かしこまりました。《ケラウノス》は……まだ温存した方がよろしいですね」
”うん。手早く行きたいけど、この先何があるかわからないからね”
「それでは――サモン《トライデント・クリュサオル》!」
《ケラウノス》は若干博打めいたところはあるけど、私たちチームの『切り札』の一つと言えるものだ。
水蛇竜たちと比べれば切りどころとも思えないことはないが、ノワール救出後にどれだけ長くクエストに留まらなければならないかもわからない。まだまだ温存しておきたいものだ。
ということでヴィヴィアンが呼び出したのは《ケラウノス》が使えない場合に備えて作っていた、新しい召喚獣だ。
《ペガサス》で浮かんでいる私たちのすぐ傍に、黒い結晶で出来た『馬』が出現する。
背中に翼は生えていないが、四本の足の先から炎を噴き出すことで無理矢理空に浮いている状態だ。
特徴的なのは頭部にあたる場所が丸い円盤――パラボラアンテナのようなパーツになっていることである。
この召喚獣の特徴はそれだけではない。
「ご主人様、こちらへと移ります」
私を抱きかかえたまま、ヴィヴィアンが《ペガサス》から《トライデント・クリュサオル》へと飛び移る。
そして、馬の脇にぶら下がっていた大型の筒――《ケラウノス》よりは小ぶりだが、ヴィヴィアンが抱えるにはあまりに大きな『銃』を構える。
これが新しい召喚獣 《トライデント・クリュサオル》だ。
正しくは、馬型の召喚獣 《クリュサオル》と、銃型の召喚獣 《トライデント》が複合した召喚獣である。
《グリフォン》みたいな三匹ワンセットな召喚獣は今までもあったけど、全く異なる姿の召喚獣が二体合わさっているというのはこの《トライデント・クリュサオル》が初めてだろう。
威力は非常に高い反面他の召喚獣――特に機動力に優れた《ペガサス》等だ――に乗って移動しながら有利な射撃ポイントを探す、というのが《ケラウノス》には出来ない。
その欠点を克服した召喚獣と言える。
「……流石にこれ一撃では片付きませんか」
試しに一発撃ってみたものの、魔眼はちょっと弾かれたくらいで全然効いた様子はない。
《トライデント》――ギリシア神話の海神ポセイドンの三叉鉾の名を冠した銃だけど、何発でも撃てるようになった反面威力自体は《ケラウノス》よりも圧倒的に低くなってしまっているのが欠点だ。
アリスたちの魔法での壊せなかった魔眼だ。これ一発でどうにかなるほど甘い相手ではない。
けれども、ヴィヴィアンは全く悲観した様子はない。
「ご主人様」
”うん、魔力を回復する。全力で行こう!”
なぜならば、ただ撃つだけの召喚獣ではないからだ。
私がヴィヴィアンの魔力を最大まで回復させ、続けざまにヴィヴィアンは《グリフォン》《ハルピュイア》《ワイヴァーン》と飛行型の召喚獣を呼び出す。
そして《ペガサス》を含めた飛行召喚獣の一団が手近にいた魔眼の周囲へと散開する。
「《クリュサオル》照準……《トライデント》発射!」
《クリュサオル》の頭部のアンテナは『レーダー』と『通信機』、そしていわゆる『火器管制システム』の役割を担っている。
私たちからは全く聞こえない、召喚獣同士にしか聞こえない通信が飛行型召喚獣たちへと送られ、『陣形』を形作る。
手前から《グリフォン》、《ハルピュイア》、《ペガサス》、一番魔眼に近い位置に《ワイヴァーン》と並び……ヴィヴィアンが一番手前にいる《グリフォン》に向けて引き金を引く!
《ケラウノス》と違い《クリュサオル》が射撃の補助をしてくれるため、よほど激しく動き回る相手でなければ従っているだけで命中させることが可能だ。
放たれた弾丸は狙い違わず《グリフォン》へと命中。
そして――《グリフォン》の姿が弾丸へと吸い込まれるようにして消滅、その大きさを増しながら次の《グリフォン》へと向かって行く。
《トライデント》の銃撃の真価はここにある。
次々と召喚獣へと命中、吸収しながら弾丸は更に巨大化、そして加速してゆく。
最後の《ワイヴァーン》を吸収した時には、アリスの《赤色巨星》にも引けを取らないほどの大きさの弾丸が、音速を遥かに超える速度となり魔眼を穿つ。
「もう一押し……サモン《ペガサス》!」
だが、これでも魔眼は砕くことが出来ない。
それでも魔眼は大きく揺らぎ、ノワールを封じる光が途切れる。
その隙を逃さずヴィヴィアンは再度 《ペガサス》を召喚。全速力で魔眼へと体当たりを仕掛けさせる。
結果、魔眼は弾き飛ばされ五つの光の帯のうち一つが完全に消え去る。
「やりました!」
”うん! ……でもこれ、燃費が極悪だね……”
《ケラウノス》と比較すると、何度でも撃てるところや移動能力、更には射撃の補正までついてて破格の能力ではあるんだけど、真価を発揮させるためには召喚獣を犠牲にしなければならない。
幸い、召喚獣はまた呼び出すことは出来るんだけど……リコレクトしているわけではないので魔力は物凄い勢いで減っていく。
うーん、強力なのは強力なんだけど、どうしてもデメリットがつき纏ってきてしまうんだよなぁ……。
私が回復出来る時はまだともかく、ヴィヴィアン自身のアイテムで回復しようとするとアリスが神装を連発する時以上の速度で魔力が枯渇しかねない。
「! ご主人様、ノワールが動き出しました!」
”よし! 予想通り!”
今は燃費を気にしている場合ではない。
すぐにヴィヴィアンを回復させて次の魔眼を狙い撃つか……といったところで、私が先程推測した通りノワールが動けるようになった。
とはいえ流石にまだ自由自在にとはいかないみたいだ。
魔眼の拘束に抵抗するように身震いし、光の帯を引き千切ろうとしているように見える。
この調子なら、後一個くらい魔眼を弾いてしまえばノワールは自由を取り戻せるかもしれない――もちろん、さっき弾いた魔眼も地面に転がりはしたものの、水蛇竜の時みたいに石に変わったりしていないので復活してくることはお見通しだ。
再び五つの光で拘束される前に、ノワールを救出する――《トライデント・クリュサオル》であればそれが可能だろう。……魔力消費は考えないでおくとして。
”消費は痛いけど、この調子でもう一個を狙おう”
「かしこまりました、ご主人様」
ノワールさえ解放出来れば、アドラメレクたちと戦っているアリスたちに加勢が出来るようになる。
その後ノワールに襲われる、とは流石に考えない。
もちろん、再度魔眼に襲われる可能性はあるが……ノワールが自由に動けるようになった上で、私たちがフォローすれば何とかなるんじゃないか、そんな気がしている。
私の指示に従い、ヴィヴィアンが再度召喚獣たちを呼び出し全力の《トライデント》で魔眼を狙おうとした時だった。
――ぎぃぃぃぃぃん
”う、うわっ!?”
「ご主人様、いかがなされました!?」
突如、頭の中にぎぃん、と硬い金属が擦れるような……いや、耳元で『ドリル』が回転しているような、とにかく物凄く不快な音が流れてきた。
当然本当に頭をドリルで抉られているわけじゃないので痛みそのものはないんだけど……長く聞いてたら頭痛が起きそうな、そんな不快な轟音だった。
”くっ……ヴィヴィアンには聞こえてないの……?”
「聞こえる……? 何がですか?」
どうやらヴィヴィアンにはこの音は聞こえていないみたいだ。
何で私にだけ? 使い魔にだけ攻撃を仕掛けるとか、そういうものを魔眼なりがやっている……?
と、とにかくだからといってここで手を緩めて魔眼の拘束が復活してしまっては意味がない。
”わ、私は大丈夫だから、ヴィヴィアンは《トライデント》で攻撃を……!”
「し、しかし……」
”いいから! また魔眼が復活しちゃったら、さっきの攻撃の意味がなくなる……!”
「……か、かしこまりました……!」
大量の魔力を消費しただけで無駄に終わってしまうわけにはいかない。
とりあえず不快だけどこれが原因で死ぬってことはないだろうし、ヴィヴィアンには魔眼に集中してもらわないと……。
”く、うっ……!?”
死ぬことはないだろうけど……辛いものは辛い。
ぎぃん、という音は強くなったり弱くなったりしながらも止む気配を見せない。
私のことを心配しつつも、ノワール救出が最優先だとわかってくれているヴィヴィアンが二つ目の魔眼を狙い撃とうと準備をしている最中、次第に音が変わっていった。
……これは――そうだ、例えるならラジオのチューナーを合わせているような感じ、か……?
ついに頭痛が起き始めたがそれに耐えつつヴィヴィアンの回復をしながら、私はそんな感想を抱いた。
音の強弱はまるで何かを『探る』ような、ラジオのたとえならば周波数を合わせる時のような……そんな感じがするのだ。
となると、もしかしてこの音の原因は――
私が原因について思い当たったのとほぼ同時に、突如私の視界が切り替わる。
”……こ、これは……!?”
私の視界、と言っても目の前に見えているわけじゃない。頭の中に唐突に景色が浮かんで見えてきたのだ。
荒れ果てた道の先――そこに古ぼけた石で出来た建造物がある。
ただ材質が古いだけで建物自体は特に崩れたりはしていないみたいだったけど……入口と思しきところだけが派手に壊されているのがわかる。
周囲の特徴を見ると……あれ? これってこのすぐ近くなんじゃないだろうか?
「《トライデント》発射!」
そうこうしているうちに、二発目の《トライデント》が魔眼を撃ち落し、ノワールを縛り付ける光の帯がまた一つ消え去る。
今度は身震いどころではない。
拘束を力任せに引きちぎるように両腕を動かし、俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐにこちら側を見る。
心なしか目の輝きが増し、力を取り戻しているかのようだ。
グオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
そうして、ついにノワールが咆哮を上げつつ、自分を拘束する残り3つの魔眼へと両腕を振るう。
この調子なら自力でも脱出は出来そうだけど――
「させません」
ヴィヴィアンが落とした2つの魔眼もまだ健在だ。
すぐに浮かび上がって再度拘束しようとしていたものの、それを見越したヴィヴィアンが先出しで呼び出した召喚獣が動きを止めようとする。
《コロッサス》と《ヒュドラ》の超重量級の召喚獣が圧し掛かって魔眼を封じる。
一度封印態勢を整えてしまったらそう簡単には動かせないみたいだが、そうなっていない今ならばただの超頑丈な『石』と大差ない。
二体の召喚獣が魔眼を押さえつけている間に、ノワールが残る魔眼の拘束を完全に引きちぎり……。
ゴォゥッ!!
大きく口を広げたかと思うと、口から発射された『黒い風』――としか表現しようのない『何か』だ――が魔眼を捕らえ……。
”おぉ、すごい……!”
私たちでは傷一つつけることの出来なかった魔眼が、『黒い風』に晒されると共にあっという間にボロボロと風化して崩れ去っていく。
『風化』『腐食』……効果ははっきりとはわからないけど、おそらくそういう効果のブレスなのだろう。
3つの魔眼を破壊し、残る2つも破壊しにいくのかと思いきや、ノワールは今度は右腕を自らの胸へと突き入れる。
な、何だ……一体!? 自殺でもしようとしているのか? それとも、魔眼に操られて……!?
「……凄まじいですね……」
”う、うん……!”
右腕を胸から引き抜くと、そこには魔眼が2つ握られていた。
その魔眼も『黒い風』――黒晶竜の『滅びのブレス』によって消滅させられる。
どうやらノワールは5つの魔眼によって動きを封じられていただけではないみたいだ。
推測するに、ルージュと同じく2つの魔眼に既に憑りつかれていたいたようだ。
でも、それでもノワールは魔眼に操られることなく抵抗できたため、5つの魔眼が外側から動きを封じていた――そんなところではないだろうか。
つまりノワールの動きを封じるのには合計7つの魔眼が必要となった……それだけいても動きを封じるのがやっとで、他のモンスターみたいに操ることが出来なかったというのだから、どれだけノワールが強大なのかがわかる。
『……礼を言おう、アストラエアの遣いよ』
召喚獣が押さえていた2つの魔眼もあっさりと打ち倒すと、ノワールは私たちの方を向いてそう言う。
……やはり私のことを覚えていたか。それに、問答無用で襲い掛かって来ることもなく、以前のようにモンスターとは思えない理知的な人物? であることにも変わりないようだ。
”無事で何より。まぁこっちとしても、あなたに話があって来たんだし、礼には及ばないよ”
『そうか。しかし、依然として危機は去っておらぬ』
”だね”
残るは魔眼種となったアドラメレクだ。
それに、ガブリエラたちが戦っているであろうルージュのこともある。
とりあえずそれらを片づけないと落ち着いて話も出来ない。
――と私は思ったのだけど、ノワールの視線は全く別の方……山の更に先を向いている。
『アストラエアの遣いよ、貴様らにこの先――「封印神殿」へと立ち入ることを許可する』
”え? この先って……”
……そういえばさっきの酷い耳鳴りの時、ちらっと神殿が見えたけど……それのことだろうか?
あ、思い出した。ここに来るきっかけとなったピッピのメッセージでも、『封印神殿』っていう単語があった!
”その、『封印神殿』って……?”
向かうのはともかくとして、一体何を目的とすればいいのかがわからないとちょっと怖い。
『……既に侵略者は先へと進んでいる……あれこそがアストラエアの敵――いや、この世界の敵に相違ないであろう』
! 敵は魔眼だけではないか……!
想像はしていたけど、魔眼をこの天空遺跡にばら撒いた元凶――暫定ヘパイストスかその手の者が既にその『封印神殿』とやらに侵入しているということか。
さっき見えたヴィジョンでも、確かに神殿の入口は壊されていたし……。
”私たちはその侵略者? っていうのを何とかすればいいの?”
『否――最奥の「封印」を守って欲しい』
……いわゆる『お使いクエスト』の亜種っぽいな……うーん、でもこのクエストが『ゲーム』のイベントかどうかは微妙なところだし……。
とにかく、まぁノワールの話を聞くにしても、まずはその『封印』とやらを侵略者から守らないとならないのは確定みたいだ。
”うー……でもアドラメレクも放っておけないし……”
何よりまたどこからか新しい魔眼が現れたりしたら、ノワールが危険に晒される可能性がある。いや、ノワールの心配を私がするのは烏滸がましいかもしれないけど。
『……あの異界の魔物は、我が引き受けよう』
細かい説明は聞いてる暇はないけど、どうやらノワール自身は『封印神殿』に立ち入ることは出来ないみたいだ。まぁこの巨体じゃ流石に神殿には入れないか。
そう言いつつ、ノワールがアドラメレクに向かおうとするが……その膝が崩れ落ちてしまう。
”ノワール!?”
『ぐ、うむ……』
「……どうやら魔眼による浸食のダメージが残っているようですね」
それだけではないのかもしれない。
全身が真っ黒なのでよくわからないが、どうやら他にも色々とダメージを負っているみたいだ。
……そのダメージがアドラメレクたちのものなのか、それとも『侵略者』によるものなのかまではわからないが……。
でもこの状態のノワール一人残しても、やっぱり危うい。魔眼に乗っ取られるのも怖いけど、アドラメレクでも結構ヤバいかもしれない。
「ご主人様。でしたらここはわたくしたちが引き受けます」
”ヴィヴィアン?”
「ご主人様と姫様で『封印神殿』へと向かってください」
……それしかないか。
『侵略者』の強さは未知数だし、何より一人かどうかすらもわからない状態だ。
正直アリス一人で行くのも怖いっちゃ怖いんだけど……この場の戦力をこれ以上割くのはそれも厳しい。
私たちがノワールを救出している間にも皆はアドラメレクと戦ってくれていたんだけど、こちら側に来させないのが精いっぱいで倒すことが出来ていないくらいなのだ。
これでアリスが抜けたら……手負いのノワールが加わってもやっぱりギリギリってところだろう。
『主よ。こちらは片付きましたので、そちらへと向かいます』
『ルージュとジョーヌもばっちり無事だみゃー』
『そっちはどうかにゃ? あとちょっとでそっちまで行けると思うにゃー』
ナイスタイミング!
「……ガブリエラ様たちが合流するのであれば、こちらは問題ないと存じます」
”……そうだね。仕方ない”
それでやっとアドラメレクをどうにか出来る、というくらいだろう。
「こちらを片づけ次第、わたくしたちも『封印神殿』へと向かいます」
”うん、わかった。
アリス!”
作戦は決まった。
私はアリスへと『封印神殿』へと向かうことを伝える。
「わかったぜ! ジュリエッタ、クロエラ、それにオルゴール! 援軍が来るまで持ち堪えてくれ!」
「大丈夫。それよりも御姫様こそ殿様をしっかり守って」
「おう!」
オルゴールの『糸』がアドラメレクに絡みつき動きを封じようとしている間に、アリスが一旦戦線を離れて私の元へ。
「姫様」
「ああ、使い魔殿は任せろ。ヴィヴィアンも皆を頼むぞ」
「はい!」
アリスとヴィヴィアンが頷き合い、そして拳を互いに合わせる。
「よし、使い魔殿」
”うん、行こう!”
『頼む……アストラエアの遣いよ……』
うーん、アリスじゃないけど、以前あれだけ恐ろしい存在感を放っていたノワールがここまで弱々しくなるなんて……ちょっとショックは隠せない。
でもそれ以上に、そんなノワールをここまで追い込む『敵』に恐ろしさを感じてしまう。
「ふん、どうやらその『侵略者』とやらも魔眼に引けを取らない相手のようだな」
”そうだね。気を付けて行こう”
そうして私たちは一旦皆の元を離れて『封印神殿』へと向かうのであった。
……『封印神殿』の最奥にあるもの――それが一体何なのかはわからない。
けれども、きっと『それ』こそが侵略者の目的であり、またピッピが私たちをノワールの元へと導いた理由なのではないか……そんなことを思うのであった。




