8-09. 天空遺跡の秘密 1. 魔眼種の洗礼
* * * * *
ゲートの光を抜けた先に広がっていた光景は――
「お、マジで着いたな!」
”だね。間違いない……天空遺跡だ”
以前に美鈴と挑んだ、あの天空遺跡に間違いなかった。
雲の上まである巨大な山……その山肌でも広い平野っぽくなっているところに広がる古代の遺跡。前に来た時と微妙に位置は違うけど、都市部のところに私たちはやってきた。
「……おぉー……!」
不思議事件やら古代遺跡やらが大好きなジュリエッタは目を輝かせている。
遺跡自体は何てことない、ただの廃墟なんだけどロケーションが普通だとあり得ない場所だ。
私の世界で言うところの『マチュ・ピチュ』がイメージとしては一番近いだろうか。『天空遺跡』の名に恥じぬ、正しく謎の遺跡だと言える。
「この遺跡のどこかにあやめ様……それに、『眠り病』となった皆様がいらっしゃるのでしょうか?」
”まだわからないけど、可能性はあると思う”
単にピッピからタイミング良く来た手がかりだから、というだけではない。
この遺跡……前に美鈴たちと来て以来、一度もクエストとして登場することがなかったという見逃しがちだけど不思議な特徴がある。
今回だって、おそらくはピッピが入口を開いてくれたのだろうし、それがなければ来ることは出来なかったと思うのだ。
……であれば、何かしらこの遺跡には『秘密』があるのだと思う。
『眠り病』の原因がヘパイストスだと決まったわけではないが――その可能性は限りなく高いとも思ってるけど――そのヘパイストスと敵対するピッピが私たちを導いた場所、それも普段はクエストに現れない場所なのだ。
ここが当たりである可能性は充分にある。
「主よ、それでどうしますか?」
っと、ここで感慨にふけっていても仕方ない。
”うん、まずは都市部の遺跡を抜けて、山の上に行こう。ピッピ曰く、そこにいるであろうノワール……黒晶竜に会う必要があるみたいだし”
ガブリエラの問いに私はそう答えた。
流石にいきなり襲い掛かっては来ないと思うが、会うのはちょっと怖いんだけどね……前の出会いが出会いだったし。
「わかりました。ふふっ、ノワールとも久しぶりですね♪」
そうか、ガブリエラは一度会っているのか。
ちょっとそのあたりの話を道すがら聞いてみたいところだけど――
「! ラビみゃん、来るみゃー」
「皆、戦闘準備にゃ!」
”ああ、レーダーに反応あり……デカい!?”
前に来た時は不意打ちを受けてばかりだったけど、今や相当に強化されたレーダーさんはしっかりと敵の反応を捉えてくれている。まぁ相変わらず水中とか地中の敵はスルーするんだけど……。
それはともかく、同じ地上にいるのであれば結構離れたところにいる相手でもちゃんと補足してはくれるようになった。
山の方――かつて水蛇竜に追いかけまわされた巨大な洞窟の方向、それと視界外ではあるが都市部の遠くの方からこちらへと向かってくるモンスターの反応があった。
”この大きさは……水蛇竜、かな……?”
「ふん、あいつらか。前と違ってさっさと向かってくるとは……まぁいい、とっとと片づけて先に向かうとしよう」
好戦的な笑みを浮かべてアリスは『杖』を構える。
それに呼応して、ガブリエラたちも全員が戦闘態勢へ。
私を抱え、《ペガサス》に乗ったヴィヴィアンを中心に、どの方向から敵が来ても対応可能な陣形へと特に言葉を交わさずとも移行する。
……うーん、あまり喜べる話じゃないんだけど、ほんとこの子たち戦闘慣れしてるよな……。
「むむむ? 何か様子がおかしいにゃ……?」
都市部を徘徊していたのであろう一匹目の水蛇竜が最初に私たちの元へと到達した。
……が、サリエラの言う通り何か変だ。
”水蛇竜……だけど……なんだ、あれ……?”
実際に目にして私も異変に気付く。
現れたのは確かに見慣れた水蛇竜なんだけど、いつもと様子が全く違う。
一番奇妙な点は、胴体部分――足が生えているところ辺りに、大きな『石』……? のようなものが埋め込まれていることだ。
――紅い、宝石のような……巨大な石が水蛇竜の身体に埋め込まれ、そこを中心に血管のように紅い模様が水蛇竜の全身へと伸びている。
「……何か、まるで変な装置に乗っ取られてるみたいだね……」
「うん。ジュリエッタ、漫画とかでああいうの見たことある」
……まぁ、確かにそんな感じはするけど。
「ふん、何であれ叩き潰して行くだけだぜ」
「はい、姫様。わたくしたちはこの程度で留まっていられません」
アリスはいつも通りと言えばその通りだけど、ヴィヴィアンも今回ばかりは割と好戦的だ。まぁヴィヴィアンは『ゲーム』内だとかなり冷静な方だから、無茶苦茶なことはしないとは思うけど……。
こちらをしっかりと見据えている水蛇竜が速度を上げて接近してくる。
”皆、アイツ結構素早いから気を付けて! 特に地上での突進に注意!”
「了解! ジュリエッタ、ボクに乗って!”
デフォルトで空を飛べるガブリエラたちは宙へと舞い、アリスもまずは《ペガサス》に同乗して空へ。
クロエラとジュリエッタはバイクで地上を。水蛇竜の突進は素早いが、流石にクロエラの最高速には到底及ばない。
「cl《赤色巨星》!」
「ブラッシュにゃ!」
まずはアリスの《アンタレス》、更にそれにサリエラのブラッシュを掛けて強化した一撃をお見舞いする。
私の知る水蛇竜だったら、これで頭でも潰せばそれで終わりなんだけど……。
「!? 何っ!?」
水蛇竜の胸元の『紅い石』が紅と黒の閃光を放ったかと思うと、水蛇竜の大きく開いた口から同じ色の閃光――レーザーが《アンタレス》へと向けて放たれる。
アイツ、前は圧縮した水のレーザーを放っていたはずなのに……。
ともかく、放たれたレーザーが《アンタレス》を迎撃してしまう。
……ユニットがまともに食らったら結構危ない威力だな、これは……。
「チッ、よくわからんが以前よりはパワーアップしているということか」
「……あの紅い石が原因、でしょうか……?」
”多分ね……何だろう、あれ……?”
考えたってわかるようなもんじゃないけど……。
「メタモル!」
「ディスマントル《ブレード》!」
そうこうしている内に、水蛇竜の脇から高速で接近してきたクロエラとジュリエッタも接近戦を挑む。
すれ違いざまにクロエラが《ブレード》で、ジュリエッタがメタモルで作った鋭い爪で胴体を斬りつけるが……そのどちらも弾かれてしまう。
「か、硬い……!」
レーザーブレスもそうだけど、鱗の硬さも前より大分上がっているみたいだ。
……っていうより、ライズを掛けていないメタモルの攻撃はともかく、クロエラの《ブレード》を弾くってかなりの防御力なんじゃないだろうか……。
「ならば――ext《竜殺大剣》、ext《神馬脚甲》! サリエラ、頼む!」
「ほいにゃ! ブラッシュ!」
「ふふふっ、それでは私も行きますよ~。《クローズ》!」
敵が思った以上に強い、ということなんて何の障害でもないと言わんばかりに、家の子たちが総攻撃を開始する。
ブレスの攻撃や振り回される尻尾は威力は――ぶっちゃけ食らいたくないので試してはいないが――ともかく、とにかく攻撃範囲が広い。
でももっと強大なモンスターともやり合ってきたアリスたちにとっては、所詮は見慣れた攻撃にすぎない。
《クローズ》で真正面に接近したガブリエラが渾身の力を込めて水蛇竜の頭を殴り飛ばし、その隙にアリスの《バルムンク》、今度はライズをかけたメタモルの爪が着実に水蛇竜の身体を切り刻んでいく。
「ビルド……《ワーム》みゃー」
厄介な尻尾の振り回しはウリエラの紐型ゴーレムが的確に抑えつけて回避の時間を取り、
「サモン《グリフォン》!」
「そっちにもブラッシュにゃ!」
遠距離からヴィヴィアンが小型召喚獣を呼び出して援護――水蛇竜の眼玉を抉り、動きを封じようとする。
「そぉれっ!」
「おらぁっ!!」
そして我がチームが誇る狂戦士たちが無防備な部分を全力で滅多打ちにする……。
……多少脅威度は上がったとは言え、元々はモンスターレベル3の水蛇竜だ。正直今の私たちの敵ではない。
最初こそ知っている動きとは違ったため驚かされたが、言葉通りほんの少し『驚いた』だけだ。
本気で攻撃を仕掛けはじめたアリスたちの前に、あっという間に水蛇竜は沈められていった。
”よし、二匹目が来る前に片づけられた!”
「……しかし、思ったより魔力を消費してしまいましたね……」
喜んでばかりもいられない。
ヴィヴィアンの言う通り、水蛇竜相手にちょっと予想以上の魔力を使ってしまっているのだ。
”むぅ……ガブリエラはまぁともかくとして、アリスは神装をもう使っちゃったし、二匹目はスルーした方がいいかもね”
やはりアリスの魔力消費が一番大きい。
《バルムンク》と《スレイプニル》をもう使ってしまったのは、ちょっと予想外と言えば予想外だ。まぁこれらは出しっぱなしにしておくことが出来るから、この後使う手間が省けたとも言えるけどさ。
「……え……?」
”な、なに、これ……!?”
二匹目の姿がこちらからも見え、向かって来ようとしていた時だった。
倒したはずの一匹目の身体に異変が起こり始めた。
胸の紅い石がギラリと怪しい光を放ち……切り刻まれ、最終的には首を落とされて確実に死んだはずの水蛇竜の身体が動き出したのだ!
それだけではない――
”さ、再生!? 嘘でしょ!?”
切断したはずの首からぼこぼこと肉が盛り上がり、新しい首を作り出しているのだ。
だが、再生したのは水蛇竜の頭ではない――不気味な、赤黒い『肉』の塊で出来た『突起』だった。目も口も何も無い……そう、肉の触手と言った方が正解かもしれない、気持ち悪いものだ。
替わりに紅い石がぎょろりと、まるで目玉のようにこちらを向く。
”石、じゃなくて……『眼』なのか、あれ……!?”
人間で言うなら、白目の部分が全部真っ赤に染まり、瞳が赤黒くなった眼球……そうとしか言いようがないものだ。
「みゅー……多分、あっちが本体だと思うみゃー」
「にゃー……気持ち悪い『寄生虫』みたいな目ん玉にゃー」
”そういうことみたいだね……”
ウリエラたちの推測は多分当たっているだろう。
モンスター図鑑をチラリと覗き見しても正体はわからないが、この際それはいい。
今目の前で起こっていることを見たままに信じるしかない。
「ご主人様、あちらの水蛇竜も同じようです」
洞窟方面からやってきた水蛇竜の胸元にも、やはり同じように紅い石――『魔眼』が張り付いている。
となると、こちらも『魔眼』を何とかしない限り復活して襲い掛かって来る可能性が高い。
うー……本格的に無視して先に進みたくなってくるけど、水蛇竜ってかなりしつこく追いかけてくるんだよな……前と同じなら、山の上――氷晶竜のいる高台まで上がっていけば追いかけて来ないんじゃないかって気はするんだけど、果たして『魔眼』が張り付いている今だとどうなるかはわからない。
……倒していくしかないか。
『魔眼』のくっついたモンスターがこの二匹だけとは限らないし、今ここで攻略法を見つけておいた方が結果的にこの先の戦いを手早く済ませられるかもしれないし……。
”……ヴィヴィアン、急ぎたいところだけど、ここでこいつらを倒しておこう”
「ええ。おそらくは此度のクエスト――これらのモンスターが相手になるかと」
一刻も早くあやめの救出に向かいたいであろうことは重々承知だ。
でも、この後も何度も魔眼憑き――仮名『魔眼種』と戦うことになると予想できるのであれば、他に敵のいない今攻略法を見出すのがベストだ。
私の考えをヴィヴィアンもわかってくれたみたいだ。
……私を抱きしめる腕にいつも以上に力が込められているが……どうすれば一番『効率がいい』かをヴィヴィアンもわかってくれている。
”よし、それじゃ皆、まずはこいつらを倒そう!”
「心得ました、主よ」
「了解にゃ! もう一匹の方と同時はちょっと面倒にゃけど……」
再生した方と新しく来た方……二匹同時は確かにきついが、それでも私たちならばなんとかなるだろう。そう私は信じる。
「ふむ……どうやら今回のクエストも一筋縄ではいかないようだな」
水蛇竜――そして『魔眼種』のことだけではないだろう。
まだ天空遺跡の入口だというのにこの状況だ。アリスの言葉通り今回の戦いもきっと一筋縄ではいかないことは容易に想像できる。
……だというのに、それでもアリスは不敵な笑みを浮かべながら《バルムンク》を構えるのであった……。




