7-55. Hello, brave new world.
* * * * *
――ここは……?
”う、うぅん……?”
「ラビさん!!」
「ラビ様!」
目を開けた瞬間、ボロボロと涙を零して泣いているありすと桃香の顔が目の前にいきなり現れた。
”……あれ? あり――ふぎゃっ!?”
二人に声をかけようとするよりも早く、がばっと二人が揃って私をぎゅうぎゅうに抱きしめる。
く、苦しい! 苦しいって!
な、なんかつい最近も同じことがあったような気がする……。
”ちょ、ちょっと二人とも……苦しいって……”
潰れちゃう……。
でも二人とも私の声が届いているのいないのか、わんわんと泣きながら抱きしめて離さない。
……あ、あれ? えっと……何がどうなってたんだっけ……?
「うっ……でも、ほんと良かったっす……」
「にゃははー、バンちゃん泣いちゃってるにゃ?」
「ば、バーロー! 男がそんな簡単に泣くかよ!」
「ハナちゃん、そういうとこ」
「に、兄ちゃん……男でも、こういう時は、泣いてもいいって僕思う……」
「だー! うるせぇっ! 泣いてねぇっ! 仮に泣いててもこれは嬉し泣きだ!」
まぁ、中学生男子だと恥ずかしいって思うっちゃうよね。私としては泣きたい時は男の子でも泣いていいって思うけど。
「うーたん、おきたのー?」
「にゃはは、そうにゃ。うーたん起きたにゃー」
「なっちゃんも! なっちゃんもぎゅーってする!!」
”うわぁっ!?”
と、何か横から可愛らしい声が聞こえて来たと思ったら、ありすと桃香の間になっちゃんも乱入。
結果、私は三人にぎゅーっと押しつぶさ……いや抱きしめられてしまった。
”……んもー、ありすも桃香もなっちゃんも……しょうがないなぁ……”
ぼんやりと状況を思い出してきた私は苦しいけど苦笑いを浮かべて、甘んじて三人の熱烈な抱擁を受け入れる。
……そっか、あの時死にかけたと思ったけど、なんとか助かったんだ、私……。
”千夏君、悪いんだけど……ちょっとどうなったのか教えてくれない? 私最後の方はあんまり覚えてないんだ”
「ぐすっ……うっす」
とはいえこのままはっきりと思い出せないまま時間を浪費するわけにもいくまい。
マイルームから対戦の様子を見ていたであろう千夏君に聞いてみる。
…………あれ?
”ちょっと待って。ここ、マイルームだよね?”
「っす。俺たちのマイルームっす」
……だよねぇ?
ほとんど家具のない、目が痛くなるような殺風景な真っ白な部屋――私の知る、私たちのマイルームだ。
じゃ、じゃあ……。
”……な、なんでなっちゃんたちがいるの!?”
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
”……あらら、クラウザー負けちゃったんだ”
西洋風の城――ファンタジーRPGでの『王との謁見の間』を模したようなマイルーム内で、使い魔『リュウセイ』は呟く。
他に人影はなく、彼一人である。
マイルーム内にあるモニターには、現在残っているプレイヤーのリストが表示されている。
……そのような機能、本来ならばないのだが……。
”うーん、もう少し粘れると思ったんだけどなぁ。まぁ負けちゃったものは仕方ない”
長くクラウザーと協力関係にあったリュウセイだが、あっさりとしたものだった。
協力関係、とは言っても『ゲーム』の性質上最終的には対立する可能性が高かったので、お互いに割り切り済みだったというのもあろうが――
”ま、おかげでいいデータは取れたし、色々と手を尽くした価値はあったかな。ふふっ”
クラウザーが使っていた幾つもの『チート』、使い魔のアバター変更、そして――使い魔のユニットへの融合。
全てはリュウセイのもたらしたものであったのだ。
それらの技術の是非はともかくとして、『今後の計画』において使い道はある。
実際の使用感のモニターとして、クラウザーは実に優秀だった。
”さて――とりあえずこれで一つ目の懸念は解消された、か”
懸念とはもちろんクラウザー自身のことである。
いざとなれば彼に与えた各種能力やチートをはく奪するということも考えてはいたが、それをするタイミングは慎重に計る必要があった。
それはそれで面倒な作業だったので、適当なところで敗退してくれるのをリュウセイは望んでいた。
結果、リュウセイの予想よりは少し早めではあったものの、特に手を下す必要もなくクラウザーが敗退してくれたので結果は上々といったところだろう。
”残る懸念は……ふん、やっぱりアイツか……協力できるところは協力する、そしてお互いの邪魔はしない、って話にはなってたけど――『冥界』を始めとした罠クエストといい、やっぱり信用はできないか”
彼と協力関係にあったのはクラウザーだけではない。
もう一人の協力者――その人物のことを、リュウセイは信用してはいなかった。
”彼の目的そのものはボクにとっては害はないけど……彼が目的を達成した後、欲をかいたとしたら――邪魔にはなるかもしれない。でも、まぁ……彼については『彼女』が監視しているし、最悪の場合は……ふふっ”
既に手は打ってある。
リュウセイの陰謀は、クラウザーとももう一人の協力者とも全く異なり、誰にも気づかれることなく水面下で進行しているのだ。
誰にも気取られることなく、邪魔されることもなく――仮に誰かに妨害されたとしても、幾らでも軌道修正が可能で、かつ一つ一つの要素が絡んでいるようには一見見えないようにしている。
クラウザーの敗北のタイミングは予想外ではあったが、リュウセイの計画にとっては何の支障もない。
気がかりなもう一人の協力者の動向についても対応済みである。後は、仕掛けるタイミングだけを計っておけばよい。
”『ゲーム』ももう後半戦……そろそろ最終ステージに辿り着く『資格者』も増えて来る頃合いかな”
『ゲーム』に勝利するためのピースは既に手中にある。
自らの勝利を疑わず、リュウセイは一人ほくそ笑む。
ただ一つ、彼は見逃していた。
クラウザーがなぜ負けたのか。その理由とあの戦いの顛末を――
* * * * *
”ゆ、ユニットが七人に増えてる……!?”
ようやくありすたちの抱擁から解放された私は、自分たちのステータスを見てびっくりした。
いや、びっくりなんてもんじゃない。訳が分からな過ぎて逆に冷静になったくらいだ。
……本当に冷静かは置いておいて。
「そうみたい。私たちもうーちゃんのユニットになっている」
「不思議なこともあるもんだにゃ~」
などとのんきなことを――いやこの二人の場合、なっちゃんに余計な心配を掛けさせないための『演技』っぽい――楓と椛は言う。
驚くべきことに、私のユニットが一気に増えていたのだ。
アリス、ヴィヴィアン、ジュリエッタは今まで通り。
それに加えて、ガブリエラ、ウリエラ、サリエラ、クロエラのピッピのユニット四人までもが私のユニットとして登録されている。
”ど、どういうことなんだろ……?”
それにピッピの姿が見えないのが気になる。
……あれ? なんだかさっきピッピと話をしたような気がするんだけど……内容も思い出せないし、気のせいかな?
「……ハナちゃん」
「ほいよー、了解にゃ~。
なっちゃ~ん、ほらあたしたちはおうちに帰るにゃ」
「う?」
「そろそろ母様も帰ってくる時間だにゃー」
「かーちゃま……うん、かえる!」
楓の合図で椛がなっちゃんを連れて先に戻ろうとする。
……実際に家に母親が帰ってくる頃合い、ってのもあるのだろう。でも多分本命はなっちゃんには聞かせられない話……ってことかな。
「うーたん、ばいばい」
”うん。ばいばい、なっちゃん”
椛に抱っこされたまま、ぶんぶんと笑顔で手を振るなっちゃん。かわゆい。
それはともかく――時間も時間だ。私たちも早めに現実世界に戻らないとダメだろう。ありすも流石に今日は家に帰らないと拙い……あやめが家まで送る、と美奈子さんには言っておいたので少し遅くなっても大丈夫だとは思うが。
「ん……ラビさんが寝てる間、スバルから話は聞いた」
「う、うん……でも、ラビさんは――」
”ごめん、実はあんまり最後の方覚えてないんだ……”
「わかった。雪彦、悪いけどもう一度皆に説明してあげて――今度は、さっき話さなかったことも含めて」
「う……わ、わかったよ、ふー姉ちゃん……」
どうやら楓にはお見通しだったらしい。
意図的に雪彦君が隠していることがある、と見抜いていて、それがなっちゃんには聞かせたくない話だと判断したのだろう。
なっちゃんは今椛が連れて先に帰って行った。これで全部話せるはずだ。
……なっちゃんに聞かせられない話、そしてこの場にいないピッピ……何となく想像はつく。
「えっと、まずはジュウベェを恋墨さんの魔法で倒した後――」
……雪彦君の話は衝撃的であった。
アリスの《万雷轟かせ剛神の激槌》でジュウベェを撃破したはずだが、その後ジュウベェは復活――私の記憶はここら辺から曖昧だ。
雪彦君、それにありすや桃香たちの話によれば、この時点で私は瀕死の重傷を負って意識を失っていたらしい。
ありすたち曰く、『ジュウベェ』というユニットは1つではなく複数存在していたみたいだ。一人がやられても、次のジュウベェにクラウザーが乗り移ることで復活できるという仕組みなんだろう。
……正直その発想はなかった。これは完全に私たちの落ち度だ……ジュウベェが複数存在するということは別にしても、クラウザーが別のユニットを確保しているであろうことは予想してしかるべきだった。
「その後は…………わたしもよく覚えてない……」
”ありすが倒したんじゃないの?”
「んー……そう、みたいだけど……」
私が意識を失っている間に決着をつけたわけだが、ありす自身の記憶も曖昧みたいだ。
……後ろめたいことがあって覚えてないフリをしているという可能性もあるけど、それよりもなんか無茶をした影響で記憶が曖昧になっているんじゃないかって方が心配になってくる。
いや、まぁ死にかけて足手まといになっちゃった私が責められることじゃないか。
「こ、恋墨さんが倒したんだよ、うん」
「……ってスバルも言ってる」
”……うーん、まぁそこは疑ってないけど……”
なーんか雪彦君の態度も怪しいんだよね。まだ何か隠しているっていうか……。
……追い詰められたアリスがジュウベェを倒した時、きっと物凄いことになっていたのは間違いないだろう。その時のバーサクっぷりを見て震えあがっているだけなのかもしれないけど。
楓も疑わしそうな視線を雪彦君へと向けているが、積極的に口を割らせようとはしていない。まぁ落ち着いたらいつか話してくれるかもしれないし、ジュウベェをどうやって倒したかは今は重要ではないか。
”それで……ジュウベェ、いやクラウザーを完全に撃破したはいいけど、私が意識を失ったままだから対戦を終了できなかった”
「うん……」
バトルロイヤル対戦の弊害か……私が『対戦を終了する』と合意しない限り、対戦が終わらないのだ。
他に終わらせる方法としては、私かピッピがクラウザー同様にゲームオーバーになる、というものしかなかった――うぅ、私、ここでもみんなの足を引っ張っちゃったのか……。
流石に自分が死にかけて対戦を終わらせられなくなるとまでは事前に予想していなかったからなぁ……。
かといって通常対戦だと、《トール・ハンマー》を使った時点で逃走されてしまう恐れもあった。
私たちの作戦、ガバガバだったなぁ……そんな緻密な作戦を立てるほどの余裕も頭もなかったんだけどさ……。
で、ここまでは私が意識を失っている間に皆に説明していたらしい――ということは、ここからがなっちゃんに聞かせられない話ということになるか。
「それで……ピッピが自分をラビさんのところに連れてって、って言って、僕はその通りにして――」
雪彦君はそこで一旦言葉を切る。
おそらく、彼も具体的に何が起こったかを理解していないのだろう。
「……ピッピが光に包まれたと思ったら、僕たちもこのマイルームに来てたんだ」
「雪彦がこっちに来た時と同じタイミングで、私たちもいつものマイルームからこっちにいきなり飛ばされてきた」
「そうだな。いきなりおめーらが来てびっくりしたわ」
「それと、ありすさんとラビ様もそのタイミングで戻ってきましたわね。戻って来た時は意識がなかったので焦りましたわ……」
「ん。戻って来た時のことはわたしも覚えてない……」
”ふーむ……?”
で、ありすが目覚めて私は眠ったまま……。
しばらく時間が経ってから私も目を覚まして、現在に至るというわけか。
”……ピッピが私を助けてくれた、ってことだよね、きっと”
具体的にピッピが何をどうやって私を助けたのかはわからない。
でも状況から考えると、そうとしか思えない。
――それもおそらく、ピッピ自身を犠牲にして……。
「おそらくだけど、ピッピとうーちゃんは融合したんだと思う」
”え? 融合……?”
雪彦君の話を聞いて考え込んでいた楓がそう言う。
「ええ。話を聞く限り、うーちゃんはもう使い魔としての体力を使い果たす寸前――多分、死ぬところだったんだと思う。ピッピもうーちゃんよりはマシだけどかなり危険な状態だった。そうよね、雪彦?」
「う、うん……」
「そのまま放っておけば、ピッピが対戦に勝って無事に帰れたはず。でも、そうなるとうーちゃんたちは『ゲーム』からリタイアすることになる。
……ピッピは自分が残るよりも、うーちゃんが残る方が良いと判断した。だから……」
ここで言葉を切り再び考え込む。
何の確証もない、状況証拠からの推測を話すことを躊躇っているのだろう。
”うん、続けて楓ちゃん”
「…………だから、方法はわからない、けど、ピッピは自分のアバターとうーちゃんのアバターを融合させることで、うーちゃんを助けたんだと思う。
だから私たちがうーちゃんのユニットになった……んじゃないかな」
流石に自信なさそうだけど、事実として楓たちが私のユニットになっていることを考えれば……まぁそういうことなんじゃないかな。
となるとピッピは……。
「ピッピは――うーちゃんに私たちを託して、リタイアしたんだと思う」
”やっぱり、そうなるかな……”
でなければピッピがこの場にいないことの説明がつかない。
それに――さっきの対戦の結果を見てみると、どうやら私が勝者として扱われているらしいことがわかった。
自分を犠牲にして私を助けてくれたのには感謝だけど、どうしてそこまでして……っていう思いは拭い去れない。
「ピッピは……こうなることは覚悟していたと思う」
”雪彦君?”
「ラビさんを助ける時に、僕に言ったんだ……皆によろしく、って。だから、きっと……自分かラビさんのどちらかしか残れない、ってわかってたと思う。それでもラビさんが助かって欲しいって思ったから、ああしたんだと思う……」
「……そうね」
雪彦君の頭を撫でつつ、楓がわずかに微笑む。
「秘密主義でうさんくさくて、何がしたいのかいまいちよくわからない人だったけど――間違ったことはしない人だったと思う。
だから……そうね、これがピッピの選択なら、あの人自身で納得しているはず。うーちゃんが気に病む必要は、ない」
”楓ちゃん……”
果たして私にそんな価値があったのか……自分ではよくわからない。
でも、ピッピが助けてくれたという事実は何も変わらない。
だったら、私がすべきことは『後悔』ではないだろう。
”……ごめん。そしてありがとう、ピッピ”
この声はきっと彼女に届くことはないだろうけど――私は、私を助けてくれた……そして、ありすたちの目標を守ってくれた恩人に向けて、その言葉を捧げるのだった。
 




