7-38. "ダークナイト"クロエラ ~6時間前
午前中の残り時間は、一旦予定を変更してクエストへと行って時間を潰すことにした。
四人目――クロエラとの模擬戦をしてもいいのだが、その前にシャルロットの《アルゴス》の録画を見た方がいいだろうとの判断をありすがしたためだ。
どちらにしろクロエラの能力についても知っておかなければならないし、二組でクエストに行けばクラウザーに乱入対戦されても逃げきりやすくなる。
まぁ、かなりの高確率で乱入対戦されることはないとは予想しているけどね。
というわけで、私とアリス、それとピッピとクロエラの四人で【殲滅者】によるステータス強化のため、クエストへと挑戦中だ。
”シャルロットが参加できるのが、13時頃だってトンコツが言ってたし、アリスたちも一度昼食を摂らなきゃいけないから……ざっと一時間くらいかな? クエストに行けるのは”
「ん、大物狙っていけば問題ないと思う」
マイルームでピッピとチャットをしながら軽く相談。
協力プレイ可能なクエストをピッピに探してもらい、私たちと一緒に行くというわけだ。
『……そ、その、恋墨さん……』
「ん、スバル……なに?」
向こう側にはクロエラの正体である雪彦君の姿もある。
ピッピたちは普段はマイルームでは常に変身した姿になるようにしていたらしいけど、今日はその機能を切っているみたいだ。
……それにしても相変わらず見た目は女の子にしか見えないなぁ、雪彦君。
『僕……が、頑張る、から……!』
「……ん。期待してる」
『う、うん』
ありすに『期待してる』と言われて嬉しそうに雪彦君が微笑む。
……う、うーん……可愛らしい笑顔なんだけど……ほんっと女の子にしか見えないわ……本人が気にしてるかもしれないから突っ込まないけど。
そして心なしか顔が赤らんでいるように見える。
おやおやぁ? 前に話を聞いた感じだとありすの方は何とも思ってなさそうだけど、これはひょっとして……?
なんて、私の子供恋愛センサーが微妙に反応しつつあるのを楽しんでいると、クエストボードを確認していたピッピから声がかかった。
『”ラビ、いい感じのクエストがあったわ。結構強めのモンスターがいいのよね?”』
”あ、うん。出来れば大型モンスターがいる方がいいかな”
【殲滅者】でのステータス上昇は、モンスターのレベルはあまり関係なく『大きさ』で決まっているようだ。
逆に言えば、大きさ以外で違いがないため、弱くてもいいからとにかく巨大モンスターを狩っていけばステータスが上げられる。
……まぁ基本的にこの『ゲーム』、大型であればあるほど大体強いモンスターだったりするんだけどね。
『”わかったわ。ちょうど大型モンスターが複数体出て来るレイドがあったから、それに行きましょう”』
”うん、オッケー。
ありす、準備はいい?”
「ん、いつでも行ける。そっこーで片づけて、いっぱいクリアする!」
やる気満々だ。
気になるのは、一緒にクエストに行くことになる雪彦君の実力がどの程度なのかだけど……まぁあのガブリエラたちと一緒に戦えるくらいだ。弱いってことはないだろう。
まぁ今回のクエストについては、アリスにとどめを刺してもらわないと意味がないので支援に徹してもらう形にはなるけど……。
「それじゃ――エクストランス!!」
チャットしている最中だというのに、ありすは躊躇うことなくいつもの変身ポーズをとってアリスへと変身する。
『お、おぉー……!』
ディスプレイの向こう側の雪彦君の顔が更に輝く。
『こ、恋墨さん、やっぱりかっこいい……!』
…………あれ? なんか私が思ってたのと違う……。
「よし、征くぞ!」
『ぼ、僕も……』
「あ、昴流。時間が惜しいからいいぞ」
何やら気合を入れる雪彦君だったけど、あっさりとアリスはそれをキャンセルさせる。
ま、確かに今回に限っては一分一秒が惜しいしね。
『…………わかった……』
しゅんとする雪彦君。
あれぇ? この子、ひょっとして結構アレな感じ……?
『”そうね、行きましょう、雪彦”』
『う、うん……』
と、とにかく今は目的を手早く達成しよう。
クエストに挑む時間にも限りがある。
出来るだけ早く片付けて、回転率を上げていきたい。
私たちはピッピの選んだレイドクエストへと向かうべく、マイルームの扉を潜って行った。
* * * * *
レイドクエストは、複数体の大型モンスターを撃破していく、分類としては『高難易度クエスト』の一種となる。
ただし、明確に『高難易度』を謳っているクエストとは異なり、『建造物破壊不可』とかのめんどくさい追加ルールは一切ない。
「ほほう、いいクエストじゃないか」
”ま、まぁ今回の目的には沿っているけどさぁ……”
アリスは満足そうだけど、私としては結構気が気でない難易度のクエストだ。
まず相手になるのが火龍二匹と熱龍一匹。これらを同時に相手にする必要がある。
それを倒した後に出て来るのは、私たちにとっては『因縁の相手』となる――テュランスネイルだ。
更にその後にももう一匹、『魃龍』という初めて戦うモンスターが出て来る。そういう構成のクエストらしい。
”さすがね、アーちゃん。……クロは聞いただけで震えあがっちゃったっていうのに……”
レイドクエストの内容、私からはわからなかったけどピッピにはわかったらしく、内容を事前に教えてくれた。
内容を聞いて、アリスは嬉しそうに笑みを浮かべたものの、クロエラはというと……。
『え……そんな……ボク、無理……』
とおどおどとした態度で及び腰になっていた。
……いや、ほんと男女逆じゃない? とか色々言いたいことはあったが、まぁメインはアリスが戦うのでクロエラは基本ピッピを守ってくれていればそれでいい、とアリスが宥め戦闘へ。
火龍・熱龍については、アリスが文字通り『速攻』で片づけて今はテュランスネイルの出待ちだ。
”……はぁ、クロ……”
アリスとかガブリエラは好戦的にすぎるけど、クロエラはその真逆すぎる。せめてヴィヴィアンくらいは積極的であるといいんだけど。
ピッピもちょっと困っているのであろう、ため息を吐くとアリスに聞こえないように小声でクロエラに語り掛ける。
”あーちゃんにかっこいいとこ、見せたいんじゃなかったの?”
「う、うん……そうだけど……」
ひそひそと小声で何やら話している。
それにしても――見た目と中身が見事に釣り合ってないなぁ、クロエラ。
フルフェイスのヘルメットに全身を包み込むライダースーツ。身長はかなり高く、細身ではあるが格闘戦をさせたら体格的にいい感じになりそうに見える。
持っている霊装や魔法は今のところ不明――ピッピに聞いたら答えてくれるとは思うが、まぁクエスト内で実際に見た方が早いだろうという判断によりまだわからない。
……そういえばガブリエラたちとは全然似てない。あの三人は実の姉妹だし、その関係だろうか? ……いや、同じ姉妹でもシャルロットとジェーンは全然似ていないか。
それはともかく――
”アリス、来たよ!”
「ああ、こちらからも見えている!」
荒野の向こう側から、のそりのそりと這いよる巨体が見える。
……間違いない。私たちにとって忘れることの出来ない強敵――『荒野の暴君』テュランスネイルだ。
”どう? やれる?”
他の強敵とはテュランスネイルは意味が異なる。
思わずアリスに尋ねてしまったが、
「ふん、問題ない。っつーか、あいつより全然強ぇヤツと散々戦ってきたじゃねーか」
”……だね”
完全に吹っ切っているみたいだ。
「オレよりも――おい、クロエラ!」
「っ!? は、はい……っ!」
私たちよりも後ろでずっと待機していたクロエラの方を振り返り声をかける。
びくりと大柄な体を竦ませるクロエラ。
「オレ一人でもやれないことはないが、アレは少々面倒な相手だしな。貴様の力、見せてみろ」
「!?」
”えぇ、任せてちょうだい、アーちゃん”
……ピッピが代わりに返事をしてしまったけど、いいのかなぁ……。
まぁでも、クロエラの力を見せてもらいたいというのも事実だ。
彼女の実力如何によっては、今後の計画を変更せざるをえなくなってしまうからだ。
「…………わかった。ボク、やる!」
「お? ……ふん、期待してるぞ」
ふんす、と(ヘルメットで顔は見えないが)鼻息荒く気合を入れるクロエラ。
”皆、そろそろ準備して! あいつ、遠距離からも攻撃してくるから!”
そうこうしている内にテュランスネイルの姿が大分見えるようになってきた。
普通のモンスターなら全然安心できる距離なんだけど、あいつは殻についた子スネイルとか岩とか、果ては自分自身の巨体とかを砲弾としてぶつけてくるのだ。
向こうがこちらを発見し次第、戦闘開始となるだろう。
「わかった。ボクが先に行く」
「ほう?」
「出てきて、『メルカバ』!」
アリスの前へと出てきたクロエラが手を掲げ、自らの霊装を呼び出す。
”こ、これは……!?”
「ほほう?」
空間に『穴』が開き、その中から大きな影が飛び出して来る。
”『霊機メルカバ』――これがクロエラの霊装よ”
それは、彼女が身に纏っているスーツと同じ、漆黒の大型バイクだった。
おお……見た目通りの『バイク乗り』型のユニット、ってことか。
「ボクが引き付けるから、アリスさんは――」
「おう、後ろからガンガン撃たせてもらうぜ!」
クロエラが囮となって注意をひきつけ、アリスがその隙に大技で攻撃、という作戦か。
テュランスネイルはまともに戦おうとするとすさまじく硬い『殻』の防御と莫大な体力という壁に阻まれてしまう。
だから、クロエラが引き付けて隙を作り、殻の隙間――テュランスネイルの口へと向けてアリスが攻撃をぶつけていくことで手早く倒せる……という期待がある。
「ピッピ、行くよ!」
”えぇ!”
黒のバイク『メルカバ』にクロエラが跨って急加速、荒野を駆けてテュランスネイルへと猛接近する。
”は、早い!”
「それに、静かだな」
アリスの言う通り、バイク型の霊装なんだけど、びっくりするくらい音が出ない。
もし明かりの無い夜とかにあのバイクを使ったとしたら、超高速かつ静音で迫ることが出来るだろう。
テュランスネイルへと向けてクロエラが突き進む。
向こうも自分に接近してくるものに気が付いたのだろう、殻にへばりついた小型テュランスネイルを次々にクロエラに向けて投げつけていく。
「! ほう……!」
アリスが感心したように声を上げる。
クロエラは前進しつつ、全くアクセルを緩めないまま左右にバイクを振り回して投擲を回避。勢いを殺さずにテュランスネイルへと高速で接近する。
あっという間にテュランスネイルへと肉薄すると、振り回される触腕を潜り抜けて殻へと乗り出す。
”よし、私たちもそろそろ行こう!”
「ああ。ふん、あいつもやれば出来るのではないか」
ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべつつ《神馬脚甲》を装着、私たちは空中からテュランスネイルへと迫り砲撃を開始する。
その後の戦いは、以前あれだけ苦戦したのが嘘のようにこちらの楽勝ペースで、ほぼ一方的に終わった。
とにかくクロエラの攪乱能力が高い。
飛行能力はないけど、地上……どころかテュランスネイルの身体の上をも高速で走り回って、常に注意を惹きつけ続ける。
アリスが攻撃を仕掛けてそちらに意識を向けようとすると、全く別の方向から現れてまた攪乱。
それだけではなく、あのバイク……攻撃に転用することも出来るらしく、殻はともかく触腕をゴリゴリと削ることも出来ていた。
「よし、残り一匹だな!」
「う、うん……!」
残る『魃龍』を倒すべく、二人は頷き合う。
……これは……結構いけるのでは? 正直クロエラ、最初の印象がアレだっただけにちょっと期待外れかなとも思ったんだけど、それは間違いだった。
やっぱり、なんだかんだであのガブリエラたちと一緒のチームなだけはある。彼女は今後の計画に向けて、重要な役割を持つだろう。
後は――午後になって和芽ちゃんと合流してからだな。
「こら、使い魔殿。終わった気になるのは早いぞ?」
”っと、そうだね。ごめん、アリス。魃龍に集中しよう”
アリスに注意されて我に返る。
いかんいかん。先のことを考えるのは魃龍を無事に倒して無事にクエストを終えてからにしないと……。




