7-21. メガデスハピネス 2. ラビさんチームvsジュウベェ
対戦時間は残り9分程。
勝てないまでも、このまま無事に終わってくれればそれでいい――ちょっと消極的ではあるけど、私はそんなことを考えていた。
……だって、この場にクラウザーがいない上に、そもそもダイレクトアタックなしの対戦である以上、決着は付けられないのは確実なんだし。
そうか、今回はどうやってクラウザーと決着をつけるのか、その方法を考える必要があるな……。
いや、それは後で考えよう。
今はとにかくこの対戦を無事に乗り切ること、そしてジュウベェの能力について可能な限り把握することに努めよう。
その後、ジュリエッタが前衛に立ちジュウベェへ攻撃。アリスがフォローに入り隙を突いて攻撃を仕掛け、更にヴィヴィアンの小型召喚獣が妨害をする。
……決定打は与えられていないものの、着実にジュウベェにダメージは積み重なっている。それは間違いない。
やはり数が多ければそれだけで戦いは有利となる。特にアリスたちはお互いの邪魔にならないように立ち回るのも、距離を考えた攻撃も出来る。相手が巨大モンスターでなくても問題ない。
「うふふ……そろそろ、ですわね~」
だというのにジュウベェの余裕は全く崩れない。
それなりのダメージを受けても、笑みを絶やすことなく、攻撃を回避し続けている。回避し損ねてダメージを受けても即退場となるほどのダメージではないからか……?
「《雷光剣》!」
「……それはもう見た」
接近してくるジュリエッタに対して《雷光剣》を振るうと、再び雷撃の帯が剣から放たれる。
だが、それは彼女の言う通り既に見た攻撃だ。
ジュリエッタは属性防御を使うこともなく、素早く雷撃を回避――本物の雷だったら流石にこうはいかないだろうが――すると同時にジュウベェの懐へと潜り込む。
「メタモル、ライズ《ストレングス》!」
そして、《雷光剣》を持つ右腕に向けてメタモルで巨大化させた脚で回し蹴りを放つ。
エグイけど右腕をへし折ってしまえば、まともに剣を振るうことも出来なくなる……『抜刀』に肉体を治癒することは果たして可能だろうか?
「チッ……!」
派手に吹き飛ぶジュウベェだったが、ジュリエッタは舌打ちするとすぐさま追撃へ移ろうとする。
吹っ飛ばされたジュウベェは空中で体勢を整えると何事もなかったように地面へと着地。
……当たらなかったわけではなさそうだが、どうやら自分から飛んで威力を殺していたみたいだ。
ジュウベェに対してアリスがジュリエッタよりも早く、追撃の《赤色巨星》を放つ。
単なる攻撃ではない。ジュリエッタの攻撃をサポートするためでもある。
ジュリエッタは《赤色巨星》の影に隠れてジュウベェへと接近しようとしている。
「ふふっ……」
怪しげな笑みを浮かべるジュウベェは、右手の《雷光剣》を放り投げると、ついに腰の鞘に収まった霊装を抜き放ち――
「――こいつ……!!」
何と、向かってきた《赤色巨星》を一太刀で真っ二つに両断してしまったのだ。
回避するか、あるいは何かしらの魔法で迎撃するかのどちらかと思っていたが、まさか魔法も使わずに簡単に両断してしまうなんて……。
――そういえば、以前ジュリエッタと戦った時、最後にクラウザーの傍に現れた謎のユニットがいたけど……もしかして、あれがジュウベェだったのだろうか? あの時とは大分様相が異なっているから、同一人物かはちょっと確信が持てないけど……。
「抜刀 《流刃剣》」
続けて今度は左手に新しい魔法剣を作り出す。
何かぬるりとした、銀色の……刃ではなく『棒』が生えた魔法剣だ。
「そぉれっ!!」
その剣を振るうと、刃の部分がまるで鞭のように伸びてしなる。
遠距離用、と言っていいのか迷うところだが普通の剣よりも射程距離の長い武器となるみたいだ。
「ふん、md《鞭》!」
アリスの方も『杖』の先端を《鞭》へと変えて対抗。
鞭状の武器が互いに空中で激しく打ち合う――が、ジュウベェの方が優勢だ。
伸縮自在の刃……というわけではない。どうやら、いわゆる『液体金属』の刃みたいだ。マジックマテリアル製の鞭は結構硬いけど、《流刃剣》の刀身である液体金属はそれを上回るほどの柔軟性を持っている。部分的に太くしたり細くしたりも出来るし、一瞬千切れたとしてもすぐに繋げなおすことが出来る。
一部でアリスの攻撃に打ち負けても、結果的にはジュウベェの方がそれを上回ってくる。
「ふふふ……」
「くっ……!?」
アリスの攻撃に合わせてジュリエッタも攻撃を仕掛けているが、こちらの攻撃も回避されてしまっている。
というか、《流刃剣》の刀身は一つじゃない。途中から幾つも枝分かれし、アリスとジュリエッタへと同時に対応しているのだ。
……いや、何かおかしいぞ……? 『魔法』にしてはやけに強力な気がする。
アリスやジュウベェみたいに色々と出来る魔法は、出力と魔力量は大体比例しているものだ。アリスの《鞭》は大した消費量もないため威力が低い魔法ではあるが、それを軽くあしらいつつも更に枝分かれして同時にジュリエッタにも攻撃を仕掛けている――ということは、それなりに強力な魔法な気はする……まぁジュウベェがどれだけの魔力を消費しているのか私からはわからないが……。
「えぇ、えぇ……貴女たちの力は全て把握しておりますとも」
くっ……ヴィヴィアンとジュリエッタは言うに及ばず、アリスについても何度か戦っているためにクラウザーは当然知っているだろう。
その情報がジュウベェに伝わっているのだろう。……ヴィヴィアンが私のユニットになってから取得した『オーバーライド』『オーバーロード』については、ジュリエッタ戦の時に見せてしまったので全ての魔法が把握されているはずだ。
「抜刀 《束縛剣》」
今度は霊装の方を放り投げて捨てると、空いた手に新たな魔法剣を作り出す。
柄だけの奇妙な剣、だと思いきや柄の中から白い糸が何本も伸びて接近していたジュリエッタへと絡みつく。
名前からして拘束専用の能力を持った魔法剣なのだろう。
「……解けない……!?」
見た目は頼りない糸にしか見えないため、強引に引きちぎって逃れようとしたジュリエッタだったが、彼女の力を以てしても脱出することが出来ないらしい。
「えぇ、えぇ……この程度では貴女は止まらないことはわかっていますとも。ですから――」
「もがっ!?」
スライム変形で逃れることが出来るとわかっているのだろう、糸を増量して全身隙間なく……まるで繭のようにしてジュリエッタを封印してしまう。
「ジュリエッタ!!」
すぐさまアリスも前に出てフォローしようとするが、
「ふふっ、《雷光剣》!」
「うがっ!?」
放り投げたはずの《雷光剣》から放たれた雷撃がアリスを撃つ。
……手に持っていなくても魔法剣の効果は発動するのか!? 完全に油断していた……。
「サモン《ペルセウス》! ジュリエッタを!」
刃物を持っている《ペルセウス》にジュリエッタの救出を任せ、ヴィヴィアン自身は《ペガサス》に騎乗したままアリスの救援へ。
電撃を食らって地面に倒れたアリスに対し、ジュウベェは呼び戻した霊装を手に襲い掛かる。
体力はそれほど減ってはいないはずだが、電撃には『痺れ』の効果も不随されているのか、アリスは動けないみたいだ。
「うふふ……時間も短いことですし、手早く片付けてしまいましょうか~」
「させません」
《ペガサス》の機動力に物を言わせて、《流刃剣》の無数の攻撃を強引に突破。アリスの元へと駆けつける。
「サモン《ハルピュイア》、サモン《火尖槍》!」
《ハルピュイア》を出してアリスの救出と刃からの防御を任せ、自身は《火尖槍》を手にしそれを《ペガサス》に押し当てて思い切り弾かれる。
――《ペガサス》は召喚獣同士の接触による弾き飛ばしで更に加速する。
「抜刀 《防壁剣》! うふふ~、そういうことが出来ることも存じてますよ、えぇ」
……いや、流石に召喚獣の反発を利用して《ペガサス》を弾丸にしてぶつけようなんて方法を読んでいたとは思えないが、召喚獣の特性は知っている。
ヴィヴィアンが向かってきた時点で防御用の魔法剣の使用を考えていたのだろう。光の壁――の形状をした剣が《ペガサス》の突進を防ぐ。っていうか、剣の癖に防御魔法もあるのか……。
「姫様!」
防がれてしまうことは仕方ない。相手の動きを何かしら止めることが出来れば上出来程度の思いだったのだろう、頓着せずにヴィヴィアンはアリスの元へ。
「ぐ、不覚をとった……」
「今治療を――オーバーライド《ハルピュイア》を《ナイチンゲール》に」
《ハルピュイア》のうち一匹を《ナイチンゲール》へと変えてアリスの回復を……電撃での体の痺れも治療できるのか……この世界のナイチンゲールどうなっているんだ……?
それはともかく、手早くアリスを動けるように回復させる。
一方、ジュリエッタの方はと言えば――《ペルセウス》の剣でも糸は切れなかったのだろう、もごもごと蠢く繭を抱えて《ペルセウス》も素早く退避している。
ジュウベェはそれを追うでもなく、悠然としている。
仕切り直し、と言うには若干こちら側が不利な状況ではあるが……。
「ふん、思った以上に厄介なヤツだな」
「ええ。ジュリエッタの時とはまた違いますが、紛れもない強敵かと」
「……ふはー……」
やっとこさジュリエッタも糸から抜け出し、これでこちらは三人が揃った。
今まで戦ってきた感じだと、確かにジュウベェは結構な強敵ではある。
リュニオンしたガブリエラたちに比べればステータスはそこまで高くはないだろうし、各種ギフトを使った妨害能力とかもないので戦い易いくらいではあるのだが。
やはりあのクラウザーのユニット、かつクラウザーに従っているというところから考えると、まだまだ能力を隠しているのではないかと思えて来る。
『”三人とも、対戦時間はもう半分くらいしかないよ!”』
このままだと、勝敗は引き分けになるかもしれない。体力の減少の割合はちょっと計算しづらいけど、お互いに対してダメージを受けていないのは明白なので引き分けの可能性が高いだろう。
ただ、こちらは三人いるというのがこの場合ネックとなってくる。
一人当たりの減少が低かったとしても、全体の割合から見るとこちらの方が大きく減少している、と判定されてしまうからだ。
まぁクラウザーに負けるのは癪ではあるけど……。
「あら、あらあら~? このままだと、詰まらない決着となってしまいそうですねぇ~。
……そんな詰まらない結末、当然そちらも望んでおりませんよねぇ?」
にやり、と仮面の下で口元が笑みの形に歪む。
くそっ、思いっきりこちらを挑発しているな……。
中途半端な決着になってしまったとしても、今回の対戦が無事に終わるなら――欲を言えばジュウベェの能力を少しでも多く知ることができれば、それでも十分な成果ではあるんだけど……。
「ふん、当然だ」
……わかっていてもアリスはのっちゃうよね……。
たとえ今回が予想していないタイミングの対戦で、こちらも様子見がてら短時間の対戦にしたからといって、クラウザー相手に負けるのを良しとするとは到底思えないし。
「では――残り五分……存分に斬り合いましょう」
と、霊装を鞘へと納めると――
「抜刀 《加速剣》」
右手に新たな魔法剣を作り出す……が、あれは――剣、なのか……?
刀身が全く『刃』ではない。切れ味など皆無にしか思えない、まるで木の棒のような……奇妙な形状をした魔法剣だ。
ジュウベェが《加速剣》を使うと同時に、アリスたちもそれを迎え撃とうとする。
――だが、次の瞬間ジュウベェの姿が消えた。
「!? どこだ!?」
油断などもちろんしていないし、ジュウベェから目を離したわけでもない。
だというのに、私を含め全員の視界から言葉通り彼女の姿が消えたのだ。
「!! 御姫様!!」
反応出来たのは、迎撃態勢を整えた時に《アクセラレーション》を使ったジュリエッタだけだった。
彼女にはジュウベェの動きが見えていたのだろう――それでも全てが見えたわけではなく、ギリギリの対応だったみたいだが――姿を消したジュウベェがアリスを狙うのを見て、咄嗟にアリスのことを突き飛ばして庇おうとする。
その代償に……。
アリスを突き飛ばしたジュリエッタの両腕は、肘から先を切断されたのだった……。




