7-20. メガデスハピネス 1. 殺戮者、来たる
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――まずいことになったわ……! 早くラビたちに伝えないと……!!
事態はピッピの予想を遥かに超えるほど、悪くなっていた。
このままではヘパイストスに対抗するどころではない。
それどころか、『ゲーム』をまともに進めることすらできなくなってしまうだろう。
”……くっ、間に合わなかったか……”
ラビたちに危機を伝えるためにチャットの誘いをかけているが反応がない。
通知を無視しているのではなく、繋がらない状態だ。相手がクエストなりに挑んでいる最中にはこうした反応となることをピッピは知っている。
――ラビたちがクエストに行っているだけならいいけど……。
クラウザーによる強制対戦後、すぐに連絡をしていれば間に合ったかもしれない。
だが、対戦が終わってすぐの段階ではラビたちに連絡しなければというほどの危機感はなかった。
そのせいで、連絡が遅れてしまったことが致命的であった、とピッピは悔やむ。
”…………もう、祈るしかない、かしらね……”
ラビたちに連絡が繋がらないのは、対戦をしているからではなくクエストに行っているから――という可能性に賭けて。
あるいは、ラビたちがクラウザーと対戦してしまったにしても、戦わずに逃げ切ることに……。
* * * * *
”……クラウザーはいない、か……”
対戦フィールドへとやってきて早々、私たちの目の前に相手ユニットはいた。
しかしクラウザーの姿は見えない。
ヴィヴィアンの時は共に現れてチートでアイテム補充とかしていたけど、今回はそういうことはしないつもりなのか……あるいは、私たちの見えないところに隠れているのか。
「む、貴様一人、か……?」
「えぇ、えぇ……あたくし一人ですとも」
相手ユニットは一人しかいない。
どこかに隠れている……という可能性もないわけではない。相手の言葉をうのみにせず、アリスたちは警戒しているみたいだ。
とりあえず目の前にいるユニットだけど……顔の上半分を覆う『鬼』の面が特徴的だ。
着ている服というか鎧というか、それも私の思う『和風』であり、腰に佩いた霊装も鞘や柄の形状からして片刃の剣――いわゆる『日本刀』のような形状をしている。
名前は『ジュウベェ』――和風の名前っていうのも珍しいけど、更に珍しく男性名である……まぁドクター・フーやらルールームゥやらどっちつかずの名前もあったけど……。
仮面を被っているため目元はわからないが、口元だけはにこやかに笑みを浮かべているのはわかる。
「1対3か……」
隠れているユニットがいなければの話ではあるが、この荒野フィールドならそこまで隠れられる場所はない。岩陰とかに隠れている可能性はあるが、私たちの周囲にはあまり大きな岩もないのでおそらくはいないであろう。
ということはアリスの言葉通りの1対3の対戦となるのだけど……ジュウベェはそんなことは気にしない、とばかりの余裕の笑みだ。
「えぇえぇ……お気になさらず」
彼女の言葉をそのまま信用するわけにもいかないが……こちらが複数のユニットがいることはクラウザーは知っているはずだ。
それでも対戦を挑んできたということは、それだけ自信があるのだろう。
”待って。対戦する前に、君に聞きたいことがある”
クラウザーと戦うことに否はないが、かといって問答無用で戦うというつもりもない。
ヤツの場合、ユニットの子に無理矢理戦わせているという可能性がありうるからだ。
「あら? あらあら? 何でしょう~?」
……見た目の割にはおっとりとした奇妙な喋り方をする子だな……。
頬に手を当て、軽く首を傾げてみせる。
”君は――”
――クラウザーに脅されて無理矢理戦わされているんじゃないか? そう尋ねようとした私の言葉に被せて彼女は言い放った。
「もしかして、あたくしが意に沿わぬ戦をさせられている……とでも?」
今度は口元に手を当ててクスクスと上品に笑ってみせる。
……だが、仮面の奥からこちらを見据える目は笑っていない――いや、笑ってはいるんだけど……『嘲笑』だ、アレは。
「ふふ、うふふふ……どうぞお気になさらず……」
「……ふん。使い魔殿、こいつに気遣いは無用なようだぞ」
相手の態度から何かを察したか、アリスはもはや一切の気遣いをする気をなくしたようだ。
「……ええ。わたくしとは全く事情が異なるようです」
「うん……でも、ジュリエッタとも少し違う……? ううん、わからない……」
少なくともヴィヴィアンのように脅されて戦っているわけではないのは間違いなさそうだ。
でも、だからといってジュリエッタともちょっと事情が違う気もする。ジュリエッタの場合だと、『強くなりたい』というジュリエッタの思いとクラウザーの狙いがたまたま一致していただけで――正しい表現かはわからないが『利害関係が一致していたから』という感じだ。
クラウザーとジュウベェの関係がどんなものなのかは今のところはわからない。
”…………みたいだね”
口だけで言っているという可能性はゼロではないけど……あの視線が気になる。
何にしても、今回の対戦でこちらが手加減するという選択肢はない。
相手の能力は未知数だけど、単独で対戦をあのクラウザーが挑んできたということは、絶対に油断してはいけない相手であることは疑いようはないだろう。
『”……三人とも、対戦が始まったらすぐにスカウターで能力を見て教えるから”』
ピッピたちとの対戦とは全く異なる戦いになる。
私の言葉に三人は遠隔通話でYESを返す――アリスだけはちょっとだけ渋々、といった気配は伝わって来たけど……。
……いや、今回だけは話は別だ。たとえアリスが嫌って言っても伝える。
「もうよろしいでしょうかぁ~? よろしければ、そろそろ始めたいのですがぁ?」
「ふん、言われずとも。こちらも時間がおしてるからな――やるぞ、ヴィヴィアン、ジュリエッタ」
ジュウベェが映画で侍がやるみたいに佩いた刀に指を掛けるのに対し、アリスたちも霊装を構える。
配置は私たちの鉄板スタイル――ジュリエッタ、アリス、ヴィヴィアンの並びだ。
ちなみに私自身はアイテムでの補助も出来ないので、今回は少し離れた地面に一人でお座りして全体を見渡そうとしている。
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Ready――Fight!!
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予告通り対戦開始と共に私はスカウターを使用。ジュウベェのステータスを覗き見る。
……んん?
「メタモル、ライズ《アクセラレーション》!」
「ext《邪竜鎧甲》!」
「サモン《ペガサス》!」
ジュウベェのステータスがどうだったか、それを聞くのを待たずにアリスたちは速攻で攻撃を仕掛ける。
対するジュウベェは――刀を鞘に納めたまま動かない。ただ、棒立ちしているわけではなく『居合』っていうんだろうか、それを思わせるかのように構えてはいる。
「ふふ、うふふふ……」
先手を取って突進してくるジュリエッタに刀を抜いて迎撃――しない!?
素早い足さばきだけで突進をかわし、続けての連撃も巧みに回避する。
魔法は一切使っていない。彼女自身の実力だ。
……拙いな。以前にちょっと危惧したことのある、『本体が格闘能力を持っていて、かつそれを活かしてくる』タイプのユニットっぽい。
まだまだ始まったばかりではあるけど、ジュリエッタの急襲を捌くのはまぐれなんかじゃそうそうありえないと思う。
ジュリエッタやプラムと同等の格闘能力を持っていると思っておいた方がいいだろう。
『”皆、接近戦には特に気を付けて!!”』
手早く私の見た能力について伝える。既に戦闘が始まってしまっているため向こうからの返答は待たない。
ジュウベェの能力は全てが見えた。ということは、サリエラと同じく魔法2種類にギフトの合計3つということになる。
持っている魔法は『抜刀』と『納刀』。簡単に言うと、様々な効果を待つ『魔法剣』を作り出すものだ。『納刀』の方は『抜刀』で作った魔法剣を消す効果である。ヴィヴィアンのサモンとリコレクトのような関係だと思って間違いないだろう。
問題なのはギフトだ。
その名は【殺戮者】――相当物騒な名称のギフトだが、効果がかなりヤバい。
『対戦で相手体力をゼロにするとステータスアップ』となっている。
アリスの【殲滅者】がモンスターを倒した分だけステータスアップなのと異なり、対戦相手に勝つことが条件となっている。
……そこから考えて、このギフトでどれだけステータスが上昇するのか? おそらくはかなりの上昇となるのではないかと予想出来、更に【殲滅者】同様に上昇も永続であると思われる。
根拠は……ギフトの説明文を読む限り、対戦でしか効果を発揮できないのは明らかだ。となると、そもそもギフトの条件を満たす機会自体が少ないだろう。
発動条件が厳しいギフトであればあるほど、効果は大きくなる傾向にある。例えば、以前戦ったアンジェリカの【復讐者】は一歩間違えれば自爆するだけの能力だし、フォルテの【予言者】は未来予知という破格の効果の反面自分でコントロールすることが出来ないというデメリットがあった。
逆に常時発動可能なギフトだと、効果は若干控えめだったりする。効果は大きくても回数制限とかがある場合も。
そう考えれば、『対戦で相手を倒す』というのはかなり厳し目の条件だと言えよう。
加えて、効果を発揮するのがほぼ対戦終了時となると……上昇した数値はそのまま引き継がれると思った方が良さそうだ。
……まぁ私の推測がまるで的外れで、凄まじく微妙なギフトだというのであれば安心ではある。
「抜刀――《雷光剣》」
ジュリエッタの攻撃をかわしつつ、ついにジュウベェが魔法を使う。
彼女の右手に、金色に輝く両刃の長剣――霊装とは全く異なる西洋的、いやファンタジー的な剣が出現。
《雷光剣》が一瞬強く光を放ったと思った次の瞬間、その名の通りの雷光がジュリエッタへと突き刺さる。
「ぐっ……」
咄嗟のことで防御魔法が間に合わなかった。
雷撃を受けジュリエッタの体力が削れていく。まだ致命傷にはほど遠いが、無視していいダメージでもない。
「ジュリエッタ!」
だが、これはわざとだ。
すぐさまアリスが中距離から消費の少ない魔法を連続で放ち、ジュリエッタのフォローに。
「……属性攻撃、あり。でも、剣にしないと使えない……」
「みたいだな」
とりあえず『抜刀』について聞いた時点で、ジュリエッタたちは身をもって確かめようとすぐさま決めたらしい。
即死レベルの攻撃だったらどうするつもりだったのやら……。
でも抜刀の効果についてはおおよそ予想通りではあったことが確認できた。
今使ったのは《雷光剣》――名前の通り、雷属性の攻撃を行う魔法剣だ。
……ふむ。『剣』という形態を取りはするものの、実態としてはアリスの魔法と同じような性質の魔法なんじゃないかと思う。《雷光剣》の最大の射程がどれほどかはわからないが、それなりの距離はあると思った方がいいだろう。
『”ヴィヴィアン、念のため警戒ね”』
『はい、心得ております』
ヴィヴィアンまで攻撃が届くかはわからないとは言え、警戒しておくに越したことはない。
……まあヴィヴィアンの体力なら多少の攻撃を食らっても耐えられるだろうが……。
「ふふ、うふふふ……」
ジュリエッタに一撃加えた後、アリスの攻撃もあり有効打を加えることが出来ず、防戦一方となるジュウベェではあったが、余裕の笑みを崩していない。
まだ魔法も一つしか使っていないし、確かに実力の全てを見せたわけではないのだろうけど……不気味だ……。
それに姿を見せていないとはいえクラウザーのことだ、何かチートを仕込んでいる可能性はある。
残り対戦時間9分もない……ここで決着をつけられないのは確定しているのだから、少しでも多くジュウベェの情報を得て、そして無事に終わらせたいところだが……。




