7-18. 殺戮の幕開け(前編)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
星明神社と桃園台南小の間にある保育園にて。
「あらら、撫子ちゃん寝ちゃった?」
その保育園に預けられていた撫子であったが、夕方に母親が迎えに来ていた。
迎えに来た時には起きていたものの、歩いている途中で急に『だっこ』と抱っこをせがんだかと思うと、そのまま寝てしまったようだ。
普段は楓・椛のどちらかが撫子の迎えをしているのだが、今日は二人とも学校の用事で遅くなりそうということで母親が迎えに来ている。
星見座の家は色々と複雑な事情があるのだ。
「昨日もお姉ちゃんのお友達といっぱい遊んでもらったみたいだし、今日もお友達と遊んでいたのかしら?」
保育園に預けていることからもわかるように、両親は共働きである。
仕事をしている間、撫子の面倒を見るのは楓たち年上の姉妹たちの役割となっている。
もちろん撫子の世話を優先するために学校関連が疎かになってしまわないように両親も気遣ってはいるのだが。
「……」
そのような事情もあり、母親が撫子を迎えに来れる機会はあまりない。
なので撫子と二人きりで歩いたりできる貴重な時間なのではあるが、残念ながら今は眠ってしまっている。
それを残念に思いつつも、穏やかな寝息を立てている撫子を見て母親は微笑――いや、娘たち同様に『でへへ』と擬音が出そうな笑顔を浮かべるのであった……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビたちとピッピたちが直接会った翌日。
実畑中学にて――
「……ねぇハナ子……」
「……なに……?」
「…………なんであたしたち、こんなことしてるんだろうね……?」
「…………こっちが聞きたいわ……」
授業が終わった放課後、堀之内美鈴と星見座椛は互いに仏頂面で顔を突き合わせつつ『作業』をしていた。
この二人は同じクラスである。
手元の布をチクチクと弄り、縫っているところだ。
どちらも手つきはかなり怪しい。
「くっそー、しくじったなぁ……小道具係なんて選ぶんじゃなかったわ」
「ほんとねぇ……でも他に適当なのなかったし。
バンちゃんと同じ係になりたかったにゃ~」
『でへへ』と擬音がつきそうな表情で笑う椛を半眼で睨みつけるも、全く効いていない。
ちなみにこの二人、何をしているのかと言うと――実畑中学固有のとある『伝統行事』のための準備をしているところである。
実畑中学では、三学期にある三年生の卒業式前に『卒業生を送る会』というものが開かれる。
この会において、伝統的に在校生は学年ごとに『演劇』を行うこととなっているのだ。
美鈴たちは二年生の演劇においては、『小道具係』に就いている。
まだ一月前半なので本番までは時間があるとはいえ、準備に使える時間は限られている。
そのため、予め準備をしておける小道具については早めに用意をするという方針となっているのだ。保管場所が必要となってくる大道具だけは二月後半にすぐ作業できるように準備をしている段階ではあるが。
尚、この演劇については学年一丸となって取り組むことになっているものの、流石に全員が参加できるわけでもない。
よって、何かしらの係についているものは、それ以外に助けてもらったり一部の部活動などから免除されることとなっている。
美鈴と椛は小道具係となり――そして今は衣装の制作をしているところだ。
と言っても、一から本格的に衣装を作っているわけではなく、既存の服にそれっぽい装飾を足している程度ではあるが……。
「ぐぅぅぅぅ、なぜ……どうしてあたしたちに衣装なんてやらせた!?」
……二人は家庭科の成績が壊滅的なのであった。
「女子力たったの5か……ゴミ共め」
と、そこへ廊下から辛辣な声が掛けられる。
死んだ魚のような目をしてそちらを見る二人。
二人の視線に全く動じることなく、無表情な、何を考えているのかわからない顔で見返す女子――楓。
「フー子! なんであたしたちを衣装に割り振った!?」
「ひどいにゃフーちゃん!」
「……先生に苦手分野をやらせるように言われたから」
二人の非難にも全く動じず、しれっと返す楓。
ちなみに楓は『制作係』という全体の指揮をとるチームに所属している。
美鈴たちを衣装制作に割り振ったのも、楓の仕業だ――もっとも、彼女の言葉通り教師の指示に従っただけであるのだが。
「進捗の確認に来た」
「「…………」」
制作係として、小道具(衣装担当)の進捗確認に来たらしい。
何を考えているかわからない無表情――それが今は責めているように見えてしまう――に見つめられ、美鈴たちは揃って視線を逸らす。
進捗はお察しである。
「……まぁ、まだ時間はあるから……」
言葉通り、締め切りまでは時間がある。
二人の作業が全く進んでいないであろうことは予想していたのだろう、表情一つ変えずに楓はそう告げた。
「フーちゃん、手伝ってにゃ!」
「そ、そうよ、フー子があたしたちを衣装係にしたんだから、責任取りなさいよ!」
「えー?」
嫌そうに――というわけではなく、やはり表情一つ変えずに楓は言葉だけは嫌そうに言う。
果たして自分に任命責任などあるのだろうか? と頭の中では真剣に悩みつつも、双子の妹と小学校のころからの友人が困っているのを見捨てるのも忍びない、という思いもある。
「……わかった。じゃあ、今度時間ある時にでも」
「やったにゃ!」
「やったわね!」
楓の了承を受けて、美鈴と椛はハイタッチをして喜び合う。
この二人、仲がいいのか悪いのか、本人たち以外にはさっぱりわからない間柄である。
「ハナちゃん、ミスズちゃん。私は教えるけど、手は出さないから」
「「…………」」
楓が手伝ってくれるならば早く終わるだろう。
あわよくば、撫子のお世話を口実に作業を押し付けることが出来るかも――などという甘い考えはあっさりと楓に見抜かれ、先に釘を刺されてしまう。
――尚、美鈴のことを最初に『みすず』と呼んだのは楓である。付き合い自体は、椛よりも楓との方が長く深いのだが、それはまた別の話。
「じゃあ私、他行くから」
がっくりと肩を落とす二人を放置し、そう言い残して楓はまた別の場所へと向かって行った。
「…………続き、やるかー……」
「……はぁ、そうね……」
このまま肩を落としていても作業は進まない。
時間にまだ余裕はあるとは言え、いずれ締め切りはやってくる。
それに美鈴については部活を休んで作業をしているのだ。作業を進めない限りいつまでたっても部活に行くことも出来ない――部活に熱心というわけではなく、理由は割と邪なものなのではあるが……。
そんなこんなで作業を再開させようとした二人であったが――
「……」
ガタン、と大きな音を立てて椛が机に突っ伏す。
「ちょっとハナ子、あんた何やって――」
早速作業が嫌になってサボろうとしているのか、と呆れ声を出す美鈴であったが……。
「……ハナ子?」
様子がおかしい。
無言で、まるで気絶するかのように机に突っ伏し、そのまま動かない椛。
「ちょ、何ふざけてんのよ……?」
自分に言い聞かせるようにつぶやきつつ、椛を揺すってみるがまるで反応せず――
「え、うそでしょ……!? だ、誰か!? 先生!!」
慌てて教師を呼びに行こうと教室を飛び出す美鈴だったが、そこで目にしたのは、
「!? フー子……!?」
つい先ほど、美鈴より少しだけ早く教室を出て行った楓が、椛と同様に廊下に倒れ伏している姿であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ピッピ、どういうことみゃー?」
「ピッピ! 呼ぶなら呼ぶで事前に連絡するって言ってたにゃ!!」
現実世界で意識を失った楓たちは、そのまま彼女たちのマイルームへと強制的にやってきていた。
このマイルームでは自動的に変身する機能がONとされているため、特に意識せずとも楓たちはウリエラの姿に変身している。
”わ、私が呼んだんじゃないわよ……”
ウリエラ、サリエラに猛烈に詰め寄られ、ピッピはしどろもどろで弁解する。
ユニット本体の承諾なしにユニットとして呼び出してしまうと現実世界で影響が出てしまう。そのことは自称・開発者であるピッピが知らないはずもない。
事実、ピッピが彼女たちを呼んだわけではない。
「まぁまぁ、ウリュ、サリュ」
「…………ボク、部屋にいたからいいけど……」
ウリエラたちとは対照的に落ち着いているのは残り二名。
ガブリエラは事態がおそらくはよくわかっていないのだろう、ウリエラ・サリエラがピッピに怒っているのはわかっているのでそれを何とか宥めようとしているだけである。
……おそらくこれが変身前の姿だとしたら、先日の時のように『何か周りが怒っている』ことだけわかって涙を浮かべていることであろう。
もう一人はラビたちの前に一度も姿を現したことのない、四人目のユニットである。
大小の違いはあるとは言え概して『天使』の姿を模したガブリエラたちとは全く異なる姿をしている。
身長はかなり高い。体つきを見る限りは他のユニット同様の『女性型』であることは間違いないが、身長は180cmに迫ろうかという高さだ。人間の女性としては相当な高身長であろう。
すらりとした肢体を真っ黒な皮のような素材でできたスーツで包んでいる。『ライダースーツ』が一番近い表現であろうか。
特異なのは顔である。彼女の表情は全くわからない――それはありすや楓のような表情の意味ではなく、物理的に見えないためだ。
彼女の頭部は、スーツと同様に真っ黒なフルフェイスのヘルメットで覆われている。
『漆黒のライダー』――それが彼女に相応しい呼び名であろう。
「『くろ』はいいかもしれないけど……」
「あたちたち、学校にいたにゃー。まずいにゃー……騒ぎになってるかも……」
「うーん……私は母様に抱っこしてもらっていましたけど……」
『くろ』――四人目のユニット『クロエラ』以外は外にいたため急に意識を失ってしまったことによる弊害が大きい。
母親と一緒に家に帰る途中だったガブリエラは、おそらくはそのまま眠っていると思われてベッドに寝かされているだろうが、中学校で倒れてしまった(と他人には見える)ウリエラとサリエラは騒ぎになっている可能性が高い。
後でどうやって誤魔化すかも考えなくては――二人は密かにそう思う。
「まー、来ちゃったもんはしょうがないみゃー。で、なんでわたちたちは呼ばれたみゃー?」
気を取り直して現在直面している問題へと向き直る。
”そ、それが……”
困惑した様子のピッピが言いにくそうに答えた。
”対戦依頼が来たのよ……”
「にゃ? 対戦依頼にゃ? ラビにゃんたちからにゃ?」
サリエラの疑問にピッピは首を横に振る。
”いえ――あのクラウザーからよ……”




