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1-41. 暴君の食卓 3. アリス、死す

2019/4/14 本文を微修正

 テュランスネイルに捕まる直前に、アリスは霊装(エーテルギア)に《硬化(ハード)》を咄嗟にかけていた。

 そのおかげで触腕に潰されるということはなかったのだが、時間の問題だろう。ほんの数秒長くもつかどうか……。


「ぐっ……これは……抜け出すのは無理か……っ!?」


 右腕だけは巻き付かれていないが、左腕も胴体も両足も触腕に包み込まれている状態だ。むしろ、両腕とも掴まれていた方が強化系の魔法を使えば力を込めて何とかできたかもしれない。

 私もアリスの首から上に移動できたため掴まれていないが……アリスが動けないのでは意味がない。それに、まだ私の体も固まったまま自由に動かせない。

 どうすればいい……!?


「……使い魔殿」


 アリスが観念したようにため息をつきながら言った。


「念のため言っておくが、オレはこの『ゲーム』に参加したこと、微塵も後悔していないからな」

”……アリス?”


 そして、何とか自由に動かせる右腕で私を掴むと、


「ベル!! 使い魔殿を頼む!!」


 叫ぶと同時に私を思いっきり放り投げる!

 アリス、まさか……。

 放り投げられ、めちゃくちゃに回る視界の隅で――

 テュランスネイルの触腕に握りつぶされたアリスの『残骸』が宙に散らばるのを私は見た――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アリスが捕まった時、すぐにホーリー・ベルが助けに向かおうとするのをジュジュが止める。


”ダメだ、ホーリー・ベル。ここは引くべきだ”


 彼には彼なりの考えがあってそう言った。

 だが、ホーリー・ベルにはアリスを見捨てるという選択肢はなかったし、それを使い魔のジュジュから言われるとは思っていなかった。

 ……その認識の齟齬のせいで、ジュジュの思わぬ言葉にホーリー・ベルが足を止めてしまい、致命的な時間のロスとなった。


「ベル!! 使い魔殿を頼む!!」


 アリスの声が聞こえると同時に、こちらへと向かって投げつけられるラビ。

 このままホーリー・ベルが受け止めなかったとしたら、地面に激突してラビは消滅してしまうだろう。

 慌ててラビを受け止めると共に――


「――アリスッ!!」


 捻り潰されるアリスの姿を見た。

 今まで戦ってきたどんな敵にも負けなかった――氷晶竜の時には腕一本切り落とされても尚立ち上がってきたアリスだが、今度という今度は無理だ。確実に死んでいる。

 表示されている体力ゲージはゼロ……『ゲーム』のユニットとしては完全に消滅してしまっている。

 放り投げられたラビをキャッチした後、すぐさま《羽装》へと変え、その場から離れる。

 テュランスネイルが岩を投げつけてきたり、テュランベビーが迫って来ようとしているが、飛行能力に特化した《羽装》のスピードならば振り切れる。


「ラビっち、しっかり!」


 敵の追撃を振り切りつつ、胸に抱いたラビへと声をかける。


”あ、アリスが……”


 ラビ自身にダメージはないはずだが、目の前でアリスを潰されたことによるショックを受けているのだろう。呆然としてうわごとを繰り返している。

 無理もない。ホーリー・ベルは思う。

 傍から見ていて、二人の関係は『使い魔』と『ユニット』という括りでは説明できない間柄であった。

 アリス――ありすの方はラビのことを美鈴と同じく対等の友人のようにも、気安い兄や姉のようにも思っていたようだし、ラビの方はラビの方で『保護者』のようにも思っていただろう。

 その片割れが目の前で潰されたのだ。特に『保護者』目線であったラビの受けた衝撃は大きいであろうことはホーリー・ベルにもわかる。

 ホーリー・ベルも同じだ。ただ、迫りくるテュランスネイルから逃げなければならないという一点において、ラビよりもショックを受けている暇がないというだけである。


「大丈夫、まだ『リスポーン』出来る!

 もうちょっとあいつらから離れたらすぐに『リスポーン』して! 時間は余りないわよ!」


 ラビが呆然として動かないことで、知らずラビを頼りにしていたことをホーリー・ベルは思い知った。

 もちろん、自分の使い魔のジュジュのことを信頼していないわけではないのだが、積極的にこちらにアドバイスをしてくれたり親身になって話をしてくれるのはラビの方だったからか、自然とアリスと一緒になってラビに頼るようになっていたのだ。

 ラビがいなければ何もできないというわけではないが、今のような絶望的な状況にあってラビへと頼ることが出来ないというのが、思っていた以上に大きいことにホーリー・ベルは驚いている。


「……よし、ジュジュ、あいつらの反応は!?」

”……大分遠くにいる。けど、すぐに追いついてくると思う”


 自分自身の目で判断できないことを歯がゆく思うが、今はジュジュの言葉を信じるほかない。

 ホーリー・ベルは荒野に点在する小さな岩山の陰に身を隠す。


「時間は……たぶん、まだ大丈夫ね――ラビっち、今すぐアリスを『リスポーン』してあげて! このままじゃ、アリスが本当に消えちゃうよ!?」


 『リスポーン』――体力ゲージがゼロ以下になったユニットを復活させるシステムだ。

 代償としていくばくかのジェムを支払うだけで済む。もっとも、『リスポーン』する度に要求されるジェムの量が増えていくのだが。

 ジェムを消費する以外、これといって代償はない。ジェムの続く限り、一回のクエストで何度でも『リスポーン』することが出来るのだ。理屈の上では、無限に再チャレンジしているうちに、どんな強敵であろうともいずれ削りきることが出来る。机上の空論ではあるが。

 ただし、一個だけ制限がある。それは――


「まだ、後一分くらいは余裕があるはず、急いで!」


 『リスポーン』の受付時間は()()()である、ということだ。

 ユニットの体力ゲージがゼロになって消滅後、三分間以内であれば『リスポーン』することが出来る。逆に三分間を過ぎてしまうと『リスポーン』出来なくなってしまう。

 そうなった場合、ユニットは完全に消滅し、ユニットの元となった人間の記憶から『ゲーム』に関すること全てが消去されてしまう――使い魔の側がどうなるかは現時点では不明である。

 テュランスネイルたちから逃げるのに少し時間を使ってしまった。時計がないのではっきりとした時間はわからないが、大体一分くらいは余裕があるとホーリー・ベルは見ている。


”リスポーン……して、いいのか……?”


 が、事ここに至って、ラビは未だに迷っているようだった。

 もう一度リスポーンしたとして、あのテュランスネイルに勝てるのか……また無意味に痛い目――どころか殺されるだけなのではないか、ありすを苦しませるだけなのではないか、そう考えているのだろうとホーリー・ベルは推測する。

 ――どこまでも『保護者』目線なのだ。


「いいに決まってるでしょ! ラビっち、アリスがどんだけこの『ゲーム』好きなんだと思ってるのよ! 今まで何見てたの!?」


 共に『ゲーム』をプレイするようになって数週間、実際に顔を合わせたのはほんの数回しかないが、ホーリー・ベル、そして美鈴はありすたちのことをよく理解していた。

 彼女は心の底から『ゲーム』を楽しんでいる。どれだけダメージを食らっても、痛い目に遭っても何とも思っていないだろう。当然、積極的に痛い思いをしたいわけではないだろうが、それでも何度でも立ち上がって行くだけの勇気と覚悟がある。

 ……そうでなければ、魔法で無理やり腕を繋いだだけの状態で、あの氷晶竜に向かっていくわけがない。

 ホーリー・ベルは断言できる。アリスは……ありすは絶対にこの『ゲーム』に帰ってきたがっている、と。


”……『このゲームに参加したことを微塵も後悔していない』、か……”


 その言葉はホーリー・ベルの耳には届いていなかったが、いかにもアリスが言いそうな言葉であった。

 つまりは、そういうことだ。アリス自身がリスポーンすることを望んでいる、とほぼラビに伝えているも同然なのだ。


”すまない、ホーリー・ベル、ジュジュ。今すぐアリスをリスポーンする!”


 ようやくラビが元の状態に戻ってきた。

 これで大丈夫だろう、とホーリー・ベルも安堵する。

 テュランスネイルは強敵だが、二人で組んで戦えば何とかなる……はずだ。


”ホーリー・ベル、急げ。やつがそろそろこちらに来るぞ”


 と、ジュジュがテュランスネイルの接近を知らせる。結構な距離を稼いだつもりだったが、何しろあの巨体だ。少し動くだけで簡単に距離を詰められるだろう――触腕を使って体ごと放り投げるアレを使えば、更に移動時間は短くなる。


「もう来たの……!?

 ……ラビっち、これ渡しておくわ」


 そう言うとホーリー・ベルは自身の耳につけていたイヤリングを一個ラビへと持たせる。


”これは……?”

「【装飾者(デコレイター)】の力を使って、《癒装(ヤワラギ)》の魔法を込めてあるわ。もしかしたら、体力ゲージ自体は戻ってるかもしれないけど、ケガ自体は治っていないかもしれないから。

 使い方は――」


 ホーリー・ベルのギフト【装飾者】の大きな特徴の一つは、魔法の力を込めたアクセサリーを他人が使うことも出来るという点である。渡してしまったアクセサリーは一度使うと魔法が使えなくなるという欠点はあるが……。

 彼女の言う通り、アリスがリスポーンしても全身を潰されたケガ自体は治っていない可能性がある。流石に見た目がミンチになっていることはないだろうが、この『ゲーム』、外傷については比較的現実に則っているのだが、目に見えない部分についてはかなり適当なのだ。そのことをホーリー・ベルたちは経験として知っていた――氷晶竜戦の時、切断された腕を無理やり繋げただけにも関わらず、アリスがその腕を普通に振るえていたことからわかったことである。

 アクセサリーを受け取り使い方を聞いたラビはすぐさま『リスポーン』のコマンドを選択する。


”くっ……遅い、こんなに時間かかるの!?”


 光の粒子が集まり、徐々に人型を作っていく――アリスの肉体を再構成させているのだろう。

 だが、その時間が遅い。リスポーンをすればすぐに復活できるのだとばかりラビもホーリー・ベルも思っていたのだが、なかなか復活しない。


「……あいつらがもう迫っているわね……。

 ラビっち、あたしが食い止めに行くわ。小型も出来る限り引き付けておくから、アリスのことお願いね!」

”わかった、気を付けて!”


 アリスがリスポーンし、もし傷が残っていたらそれが回復するまで待つ必要がある。その間、ラビが無防備になってしまうため、小型モンスターすらも引き付けておかなければならない。

 陽動に適した魔法は――《星装(キラボシ)》か。いや、それで引き付けられるかどうかはわからない。

 となれば、陽動だけを考えず、むしろテュランベビーを蹴散らしつつ動きも封じながら戦える《黒装(アンクウ)》の方が適しているかもしれない。見た目の好みなどこの際考えている場合ではない。


「エクスチェンジ――《黒装》!」


 更に広範囲へと魔法を使うために『天道七星』を範囲強化の(アリオト)へと変えておく。

 アリスのリスポーンが完了するまでどれくらいの時間がかかるのかは不明だが、一時間もかかるとは思えない。せいぜい数分間と言ったところだろうと予測する。


(……敵を倒すことはできなくても、引き付けるだけだとして……それでもちょっと厳しい、かな……)


 『逃げ』に徹するのであればどうにでも出来るが、敵を引き付けながらというのがハードルの高い点だ。

 特にテュランスネイルが、あの巨体だというのに触腕を使って素早く動くというのが脅威である。しかも巨体ゆえに攻撃範囲がとてつもなく広い――なるべく離れるように引き付けないと、ラビやアリスまで巻き込んでしまう恐れがある。 だから、適度に攻撃をして注意を惹きながら、この場から離れるようにしなければならない。テュランベビーも取りこぼしがないようにしなければならないし、厳しい戦いと言わざるをえない。

 これから敵を引き付けに飛び出そうというところで、ホーリー・ベルの胸元からジュジュが飛び降りる。


「……ジュジュ?」


 なぜこのタイミングで降りるのか? 全く意味がわからず、戸惑うホーリー・ベルにジュジュは告げる。


”……ここまで、だな。ホーリー・ベル、ボクはこれ以上は付き合えない”

「――え?」

”前の天空遺跡の敵もそうだったけど、『あれ』はおそらくレベルが違う。これ以上戦っても無駄に消耗するだけで得られるものはないだろう。

 だから、ボクはここでリタイアする”

「な、なに言ってるの!?」


 突然の宣言にホーリー・ベルは慌てるが、ジュジュは全く動じずに続ける。


”……正直、キミとボクは相性が良くない。ボクはキミほど、そこのイレギュラーたちに肩入れできないし、危険を冒すつもりもない。だから、ここでキミとのユニットも解消する。ああ、まぁ安心してくれ。少なくとも、このクエストが終わるまではキミの変身は解けないから”


 冷たく告げるジュジュに対して何かを言おうとするホーリー・ベルだったが、


「――っ」


 かける言葉が見つからず何も言えない。

 こんな時が来る予感はしていたのだ。天空遺跡での一件以来、ジュジュとホーリー・ベルの間で微妙に燻っていた火種があったのは自覚していた。

 何もこんな時でなくても――と思うも、こんな時だからこそ、とも思う。

 ホーリー・ベルも薄々気づいていたことだ。ジュジュはイレギュラー、すなわちラビを『消そう』としているということを。あの天空遺跡での置き去りも、乱入してきたモンスターは流石に計算外であったろうが、それに乗じて……というのは感じていた。

 ジュジュがなぜそんなことをするのかまではわからないが……。


”……それじゃあね、ホーリー・ベル”


 そして、あっさりと――実にあっさりとジュジュはその場から去っていく。


”え? ジュジュ? ホーリー・ベル?”


 ジュジュの言葉を通訳しないとわからないラビが戸惑う。

 こうなったことの原因の一因ではあるが、ホーリー・ベルにはラビを責めるつもりはない。これは、結局のところ、ホーリー・ベルとジュジュとの間で起きた問題なのだ。


「ジュジュ!」


 去っていくパートナーに向けて、それでもこれだけは言わなければ、とホーリー・ベルが叫ぶ。


「ごめんね! でも、ありがとう! あたしの『夢』を叶えてくれて!」


 ホーリー・ベル――美鈴の『夢』を一時とは言え叶えてくれたのはジュジュであった。それが終わりを迎えてしまうことは残念であったが、それでも感謝せずにはいられない。

 ジュジュは立ち止まることもせず、そのままその場を去っていく。そのことに寂しさを覚えるが……。


「……よし、ラビっち、作戦変更!」


 今は思い悩んでいる時ではない。


「ごめんだけど、ラビっち、あたしと一緒に来て!

 アリスは心配だけど、リスポーン中なら大丈夫なはずだから」

”……わかった”


 ジュジュの言葉は翻訳しなかったが、何が起こったのかは大体想像がついているのだろう。何も聞かずにラビは頷くとホーリー・ベルの肩へと乗る。

 ジュジュがいなくなってしまったことでレーダーもアイテムも使えない。アイテムは他の使い魔からももらえないから『アイテムホルダー』にある分で何とかするしかない。困るのはレーダーで敵の位置がわからなくなってしまうことだ。

 アリスの傍にいさせてやりたいとも思うが、レーダーなしで何匹いるかもわからない小型モンスターまで引き付けることは難しい。ラビに手伝ってもらう必要がある。


「しっかり掴まった? それじゃ、行くよ!」


 そして、今度こそ岩陰から飛び出てテュランスネイルたちへと向かう。

 ――これが、ホーリー・ベル最後の戦いになると予感がしながらも……。


小野山です。

前回の後書きで、「死なないでアリス! あんたが死んだら(以下略」と書こうとしましたが止めておきました。

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