7-15. 異なりし理 3. 愛に時間はあるか
……ヘパイストス……またその名前か!
”『妖蟲』の方の犯人かは不明だけど、ピッピが倒したい相手というのに間違いはない、んだよね?”
”ええ。その点には間違いないわ”
”……何でヘパイストスを倒したいの? それも、クエストの『外側』で……?”
『冥界』の時、それにお正月のムスペルヘイム――『スルト』の時の感触から、ほぼヘパイストスが黒なんじゃないだろうかという思いはある。
でも、だからと言ってヘパイストスを倒していい相手だと判断するのは早計だろう。
”それは――”
ピッピが言い淀む。
言いづらい理由なのだろうか?
あるいは……『話せないこと』に踏み込んでしまうためだろうか?
”…………私の大切なものを守るため、としか言えないわ……。このまま放っておけば、私の大切なものはヘパイストスに奪われ、踏みにじられてしまう……”
ふぅむ……。
「ピッピ、貴女の大切なものは『ゲーム』の外側にあるもの。だけど、それを守るためには『ゲーム』の力を借りなくてはならない――そういうことでいい?」
今まで黙って話を聞いていた楓がピッピに尋ねる。
どうやらピッピは自分のユニットにも今まで詳しい話をしていなかったようだ。協力者が現れるまで待っていた、のだろうか。
”そうね。その理解で間違いないわ”
「そ……」
状況を少し整理しよう。
まず、ピッピとヘパイストスは何らかの理由で敵対している。
その何らかの理由は『ゲーム』には全く関係ない、『ゲーム』の外側にある『何か』が関わっている――ピッピの話だと、どうやらヘパイストスの方がちょっかいをかけてきているようだけど、これは今は確かめようがない。
ヘパイストスについては情報が少ないので何とも言えないんだけど、『ゲーム』のプレイヤーとして参加している可能性がありそうだということ。
で、よくわからないんだけど、『ゲーム』の外側の問題ではあるが『ゲーム』の力――もっと言えばユニットの力を必要としている、ということらしい。
『外側』の話なのに『内側』の力が使えるのか? というところが疑問ではあるんだが、そこに拘っているということはまぁ使えると思っておいていいんだろう。
”……うーん、ヘパイストスが何をしているのか、それに対してピッピがどういう損害を受けているのかがわからないけど、それは話せないってことか……”
そこがわかれば、理由によっては協力するのは吝かではないんだけど……。
ピッピもおそらくそれはわかっているはずだ。にも関わらず、私たちに細かい理由を語らないということは、やはりそれは『話せないこと』だからなのだろう――今はそう思っておくしかない。
”それで、ヘパイストスがちょっかいをかけているのは確実として、それに対抗するためにピッピは戦力を拡充したい……そのために私に声を掛けた、ということでいいのかな?”
”ええ、そうなるわ”
”ふむ……”
さっきのピッピの話によれば、ヘパイストスの戦力がどの程度なのかは把握しきれていないみたいだ。
それでもピッピ単独――ガブリエラたちだけでは厳しい、ということは感じているらしい。
うーん……ありすたちに危険がなければ、そして彼女たちが良しとするのであれば協力してもいいけど……。
「……うーたん? ピッピとけんかしてるの……?」
黙り込んでしまった私たちの様子を見て、不安そうになっちゃんが尋ねて来る。
ああ、いかん。子供ってこういう雰囲気に敏感だもんね。
”う、ううん、喧嘩なんてしてないよ?”
”そ、そうそう。ちょっと難しいお話しているだけだから”
私なんかよりもずっとなっちゃんとの付き合いが長いであろうピッピも、私に合わせてなっちゃんを宥めようとする。
……ここまで小さな子がユニットになっていると、ピッピの方も色々と大変だろうなぁ……。
「うー……?」
「ほら、なっちゃん。折角お兄ちゃんが来てくれたんだから、一緒に遊ぶにゃ?」
「……にーたん!!」
「え、俺?」
状況を見て拙いと感じたか、椛がなっちゃんに語り掛ける。
なっちゃんはというと、『にーたん』が遊んでくれると聞いて目を輝かせて彼を見上げる。
……そうだよね、ちっちゃな子って滅多に会えない年上のお兄ちゃんお姉ちゃん大好きだもんね……。
”……千夏君、ごめんだけど……”
「…………っす。でも、俺こんな小さな子の相手なんてしたことねーけど……」
弟がいるとは言っても、確かもう小学六年生だったはず。弟がなっちゃんと同じくらいの年齢の時なんて、記憶の彼方だろう――というかその当時は千夏君だって幼稚園児くらいだろうし。
「大丈夫にゃ。あたしも一緒に着いていてあげるにゃ♡」
「…………まぁいいけど……」
なんか彼女は彼女で下心が見え見えなんですけど……。
本当に済まないけど、千夏君と椛になっちゃんを任せて私たちは話の続きに戻る。
「だいじょーぶ。ハナちゃんは撫子のお世話に慣れてるから」
ふむ? 楓の口ぶりだと、普段からなっちゃんの面倒を椛の方が見ているということかな? 意外といえば意外だけど……まぁそこは星見座家の事情もあるだろうし、私が口を挟むことではないか。
”えっと、じゃあちょっと話を戻して――疑問点その2について”
最初に私は二つの疑問があるとピッピに言った。そのうちの一つで延々と話を続けてしまったので、正直疑問なのは二つどころじゃなくなったけど。
”なんでそんなに急いでいるの?”
どちらかというと、この疑問の方が大きい。
急いでいるというか、焦っているとも言えるくらいである。
ピッピの行動は『不自然』なのだ。
彼女が私たちのことを知ったのは、最遅でお正月の時だろうが――多分、実はもっと前から知っていたんじゃないかと思う。ただの勘だけど、あのおしゃべり辺りが絡んでいるんじゃないかな? そういえば、あいつ私やヨームの他にもフレンドがいる気配があったし……もしかしたらそれがピッピなのかもしれない。今は突っ込まないが。
それはともかくとして、ピッピが私たちの前に姿を現してからまだ一週間も経っていない。
だというのに、すぐさまフレンドになりたがったり、直接会って――これは『盗聴』を警戒してだろうけど――協力を仰いだり……。不自然なくらい、性急に事を運ぼうとしているようにしか思えない。
”……二つ、理由はあるわ”
ピッピにも自覚はあるのだろう。少し躊躇いながらも正直に理由を話してくれるみたいだ。
”一つは、ヘパイストスの動きがまだ読めないこと――今は活発に動いていないみたいだけど、そう遠くないうち……どんなに遅くても、この世界の時間にして二か月以内には絶対に動くであろうということが理由よ。
……実際にはもっと早くに動き出すでしょうね……私の予想だと、おそらくは一か月以内というところかしら。だから、それまでに私は準備をしなければならないの”
『この世界の時間で』……ねぇ……。
クエスト内での経過時間は現実世界と大体一致しているのは体感しているけど、だからと言ってクエスト内の時間=現実世界の時間とは限らない。
こちらで一か月経ったとしても、クエスト内では実は一日程度しか経っていない場合も、その逆も十分ありえる。クエストに入った後の時間は一致するみたいだけど。
……あ、いや。一回だけ例外があったか。美鈴たちと挑んだ『天空遺跡』だけは、経過時間一致していなかったな……。
ともかく、ピッピはヘパイストスの動きを完全に把握しているわけではないみたいだ。ピッピの準備が整う前にヘパイストスが動くかもしれないし、手遅れになる前に戦力を集めておきたい……それが急いでいる理由の一つであるようだ。
”もう一つは?”
ただ、ちょっと気になったのは『二か月以内』という期限はわかっているという点だ。そこを突っ込みたいところだけど、その前にもう一つの理由も聞いてしまおう。
”それについて話すには……協力するに当たって、ラビたちに渡す『報酬』について説明する必要があるわ”
おっと。流石にフレンドだからロハで手伝えというわけではないらしい。
協力するかどうかは内容次第だと思っていたので特に私から口にするつもりはなかったんだけど……まぁ確かに報酬如何によっては『協力する』に大分傾く可能性はある――特にありすとかは。
”うーん? でもフレンド同士でもアイテムやジェムの交換は出来ないし……”
”そうね。だから、私からあなたたちに渡せるものはアイテムとかではないわ――『情報』よ”
む。
思わず反応してしまった……。
”どんな情報かによるかな? ほら、ピッピたちって『話せないこと』が多いしね……”
いかんな、微妙に乗り気なのがバレてしまいそうだ。
まるで値段交渉しているかのような口ぶりになってしまった。
ふふ、と私の様子を見てピッピは軽く笑って続ける。
……くっ、見抜かれてるなぁ……。
”大丈夫よ。ちゃんと『話せること』だから。それに、きっとあなたたちにとって有益な情報になるわ”
”ふむ……それはどんな情報?”
流石にこの場で内容そのものは話してはくれないだろうが――いや、まぁ話されたら否応なしに協力することになっちゃうんだけど――どんなことに関する情報なのか、くらいはわからないと判断できない。
”ええ――あなたたちがきっと欲しがるであろう、この『ゲーム』のクリア条件――もっと言えば、『勝利条件』について、よ”
自身たっぷりに――私たちが食いつくであろうことを、そして私はかなり食いついたことを言うのであった。
「んー……いらない」
が、あっさりとありすはそれを拒否する。
想定外の反応だったのか、ピッピが少し慌てた様子を見せる。
”え、でも……”
「クリアは、自力でやる。攻略本は見ない」
……まぁ、確かにありすはそうかもしれないね……。
私たちの最終目標は、『「ゲーム」のクリア』にある。
おそらくピッピの言葉からして、『ゲーム』のクリアがほぼイコールで『勝利条件』に繋がっているのだろう。完全にイコールではないのは少し気になるけど。
でも、だからと言って『ズル』をしてクリアしたいというわけではないのだ。攻略本を見るのは厳密には『ズル』ではないけどさ。
あくまで私たちは私たちの力で、真正面から『ゲーム』に勝利する――それがありすの考えなのだろう。
それ自体は私も賛成だ。
”…………そのクリアが、自力では不可能だとしたら?”
「……ん?」
ありすの反応に慌てたものの、すぐにピッピは冷静さを取り戻し続ける。
自力では不可能……?
「……この手のゲームなら、出て来るモンスターを片っ端から倒していけば、いつかクリアできるはず。問題ない……」
特定の『鍵』となるモンスターはいたりするけどね。『キー』のモンスターを倒さないと、次の段階に進めないとかは確かにある――ドラハンもそうだ。モンスターそのものではなく、クエストがキーとなっている場合もあるけど理屈としては同様だろう。
そして、その手のモンスターの出現条件として、また別のモンスターを何種類か倒したり……とかそういう条件はある。
ありすの言う通り、とにかくモンスターを倒し続ければいつかは必ずクリアできるようになっている、はずだ。
だが、私たちの予想を裏切ることをピッピは告げる。
”全てのモンスターを倒す時間がないとしたら?”
「え……?」
時間が、ない……?
確かに一日に挑戦できるクエストの回数には限界がある。『ゲーム』的な意味では限界はないんだけど、現実世界の都合でどうしても限度は出て来てしまう。
それでも相当な回数クエストに挑戦は出来るはずだが……。
”はっきりと言うわ。
この『ゲーム』の制限時間は残り二か月半――今年の三月末までよ。そして、この『ゲーム』は期間内にクリア条件を満たすことを想定していないわ”
今が一月の前半だから、確かに三月末までなら二か月半か……。
”いや、待って。何でピッピがそんなことを知ってるの!?”
――考えられる可能性としては……。
私の考えを裏付けるように、ピッピは言った。
”それは……私がこの『ゲーム』の開発者の一人だからよ”




