7-14. 異なりし理 2. ピッピの依頼
”……『あるクエスト』……?”
ピッピと協力してそのクエストとやらに挑んで欲しい――それがピッピが私とフレンドになった理由……。
うーん? まぁもっともらしい理由をべらべらと語られるよりも説得力はあるけど……。
”何でまた?”
だからと言って疑問がないわけではない。
まず、『なんで私なのか?』だ。
”……全てを明らかにすることは今は出来ないけれど……可能な限りの情報は開示するわ”
むぅ、いつもの『それは説明できない』系の話にやっぱりなってしまうのか……。
でも可能な限りは話してくれるみたいだし、まずは聞くだけ聞いてみよう。その上で疑問が残ってしまうのは仕方ないとして、納得できるかどうか……判断はそれからだ。
”まずなぜ私がそのクエストをクリアしたいか、という点について――だけど……。私がこの『ゲーム』に参加した理由は、そのクエストをどうしてもクリアしたいから……正直なところ、『ゲーム』そのものについてクリアしたいとかそういうことは一切考えていないわ”
……むぅ? ちょっと予想外な言葉だった。
どうやらピッピは『ゲーム』そのものについては特に興味がないっぽい。どういう基準かはわからないけど、この『ゲーム』の最終的な『勝利者』となるつもりもないということらしい。
ただし、『ゲーム』に参加する理由はある。それが、私と共に挑んで欲しいクエストみたいだが……。
”二つ、疑問がある”
”……ええ、どうぞ”
一通り全部話してもらうか悩んだけど、場合によっては話を全部聞く前に交渉打ち切りもありうるし、疑問点は都度解消していった方がいいだろう。
”ピッピの目的としているクエストは、ソロでクリアすることが難しい程の高難易度、という認識でいい?”
まだ数回対戦しただけなので全てを知っているわけではないが、ピッピたちのチーム――ガブリエラ・ウリエラ・サリエラははっきり言って滅茶苦茶強いと思う。スペックだけで言えば、間違いなく今まで見て来たユニットの中では断トツの強さだろう。更に、まだ私たちは会ったことはないけどもう一人ユニットがいるという話だし。
不安材料と言えば、ガブリエラ=なっちゃんの幼さ故の甘さとか隙にある。
だけど、それも対ユニットであればの話であって、クエスト――対モンスター戦であればそこまで気にする必要もないと思う。
……まぁ流石にこの間戦ったムスペルヘイムとかだとちょっと厳しいかも? とは思うけど……。
”……『わからない』というのが正直なところね”
”わからない……って……”
なんだそりゃ。
私の疑問はもっともなのだろう、ピッピは続ける。
”はっきり言ってしまうと、クエストそのもののクリア自体はどうでもいいのよ。
あるクエストに入って――その外側に出ることが重要なの”
……む? クエストの外側?
そう聞いて咄嗟に頭に浮かんだのは、この前のお正月の件であった。
”ラビは知っているかしら? クエストには『範囲』があるっていうこと”
”う、うん。一応ね。モンスターと戦う範囲よりもずっと広いっぽいけど”
”ええ。まぁこれもクエストによるけれども”
まだ一度も遭遇したことはないが、もしかしたら高難易度クエストの条件で『クエスト範囲が物凄く狭い』というものもあるかもしれない。
それはともかくとして、ピッピの狙いは『クエストの範囲外に出る』ことにあるらしい。
”クエストの外側って……出れるものなの?”
簡単に出られるようなら、そもそも範囲を設ける必要がないと思えるが……。
”普通なら出れないわね。
……あまり大きな声では言えないけど、これ、『バグ』なのよ”
”バグ、ねぇ……”
まぁありえない話ではなさそうだ。
”だから、どうやってクエストの外側に出るか、はまだ話せないわ。もしバグに気付かれて修正されたら……ちょっと困るのよ”
ピッピの目的を果たすまでは、ということか。
もしもその前にバグが修正されたら、ピッピの目的である『あるクエストの外側』に行くことが出来なくなってしまう……そうなると目的は果たせなくなるわけだし。
”で、外に出て……どうするの?”
本題はここからだ。
確かにクエストの外に出るということは、『ゲーム』のクリアには関係しないことだろうとは何となく思う。クエストの外側、ということは明らかに『ゲーム』の外側を意味していると思うし。
”外に出たら――とある『集団』と戦って、それに勝利したいの……”
”『ゲーム』外で? それって、なんの意味があるのさ?”
”……『ゲーム』的な意味で言えば、何もないわ。クリア条件は満たせないし、最終的な勝利のために何ら寄与するものはない……だから、これは私個人の願いなのよ”
……うーん……詳細がわからないと何とも言えないんだけど……。
”その、ピッピが勝ちたいっていう『集団』については?”
”……話せないことがそれなりにあるけれど、可能な限りは話すわ。
まず――おそらくラビが心配していることでしょうけど、その『集団』を放置していたところで、おそらくはこの世界には何ら影響は及ぼさないでしょう”
あ、私の心配は流石に理解していたか。
……でもこの世界に影響はない、と言ってしまったら私が『じゃあ別に関係ないや』となってしまいかねないとは思わなかったのだろうか……? いや、その可能性に思い至りつつも言ったということは、ピッピなりの『誠意』なのだと思っておこう。
”逆に勝利したことでもこの世界に影響はおそらくないでしょう。あくまで、全ては『ゲーム』外の話だから。
ただ――確証は持てないけれど、その『集団』に勝つことで、『ゲーム』のプレイヤーが一人減ることにはなるかもしれないわ”
”ん? その『集団』って……もしかして同じ人間なの?”
『同じ人間』という定義にもよるが、『集団』という表現からして単なるモンスターの群れ、というわけではなさそうだ。
”それは――正確なところは私には『わからない』……ただ、その『集団』の首魁については正体はわかっているわ。
……ああ、ラビが心配しているのは、もしその『集団』と戦う場合に――ユニットの子たちが『人殺し』になってしまわないか、ということよね?”
”…………うん”
ピッピは知らないだろうが、私たちはこの前の名もなき島にて、『この「ゲーム」の舞台はデジタルな世界ではなく、どこか別に実在している世界なのではないか?』という疑いをもった。
もしこの推測が正しかったとすれば、クエストの外側で戦う相手によっては、本物の人間ないしはそれに類似した生命体を殺害することになりかねない。
……じゃあモンスターだったらいいのか? と言われると難しいところなんだけど……。
”その点については問題ないわ。敵首魁についても、ユニットの力では殺すことは不可能なのは確実だし、配下に至ってはモンスターですらない――そうね、『ロボット』とでも言えばいいのかしらね? そもそも生命を持たない存在よ”
ふむ……?
『わからない』とは言ったものの、『ロボット』のようなものとはわかっている……この点は何か矛盾しているようだけど……。
まぁ漫画とかみたいに、『人間を元にしたロボット』――アンドロイドとか?――が敵の正体であるかどうか、それはわからないということなのかもしれない。
気になるのは敵の首魁、つまりボスのことだ。
ユニットの力では殺すことは不可能な存在……か。
ピッピはさっき、敵に勝つことでプレイヤーが一人減るかもしれない、と言っていた。そしてボス以外は『ロボット』のようなものばかりであるとも。
ということはつまり、敵のボスこそがプレイヤーなのではないかと彼女は考えている、ということになる。
それが『ユニットの力で殺せない』……薄々予感はしていたことなんだけど、やはりというべきか私以外のプレイヤーは『この世界の存在』ではない可能性が高い。それも、私のような何らかのアクシデントで巻き込まれただけのイレギュラーとは違って、『ゲーム』制作側の世界の存在であると思われる。
ちょっと謎なのは、『殺す』の定義次第なところがあることか。
例えば『ゲーム』内の話であれば、乱入対戦なりで直接プレイヤーに攻撃することが出来る、かつ攻撃によって体力を削り切ればプレイヤーであっても倒すことは出来る。
……果たしてそれは『殺す』と言えるのだろうか? 前に誰かと話をした時に、プレイヤーが『ゲーム』内で倒れたとしても参加資格を失うだけ――端的に言えばゲームオーバーになるだけで、本当に死ぬわけではないということを聞いた覚えがある。『ゲーム』的には殺したことになるのかもしれないけど、そんなことを私は気にしているわけではない。それはピッピもわかっていると思う。
”……むぅ”
いかん、少し頭がこんがらがってきた。
ただ一つだけ、ピッピが意図して導いたことかはわからないけど気付いたことがある。
――私を除くプレイヤーは『この世界の存在』ではなく、だからと言って単純な『異世界の人類』というわけではなさそうだ、ということだ。
ユニットの力で殺せない――『対抗できない』『ダメージを与えられない』という言葉ではなく、はっきりと『殺せない』とピッピは言っている――ということは、ユニットの力を使うことのできる環境で全力で戦っても尚『とどめを刺すことができない』という意味なのだろう。
……正直、どんな存在なのかは想像もつかない。もし仮に普通の人間と同じであれば、ユニットの魔法を一発でも食らえばそれだけで致命傷になることは間違いないし……。
「なぁピッピさんよ」
”何かしら?”
今まで黙って聞いていたありすたちであったが、もちろん別に黙ってもらっていたわけではない。質問があればどんどんしてもらっていいだろう。
千夏君が質問する。
「敵のボスが誰かわかってるんだろ? でも、プレイヤーが一人減るかもしれないってのはどういうことなんだ?」
ああ、確かに。
ユニットの力では倒し切ることのできない存在がボスである、ということがわかっているのだ。それなのに、プレイヤーが減るかもしれないっていうのはちょっと不自然かな?
”ああ、そのことね。確証がないし今のところ確かめようがないから何とも言えないんだけれど……。
もしかしたら、そいつがプレイヤーとして紛れ込んでいるかもしれない、ということね”
”何か心当たりでもあるの?”
なんの根拠もなしにピッピがそう考えているのかもしれないけど。
”……さっきも言った通り、根拠と言えるほどのものではないのだけど……私が直接見たわけではなく人づてに聞いただけなんだけど、本来存在しないはずのモンスターが大量に出てきたクエストが存在している、というところが引っかかっているのよね”
”……まさか、そのモンスターって『妖蟲』って言わないよね……?”
『本来存在しないはずのモンスター』が『大量に』出てきた――そう聞いて真っ先に思い浮かんだのは、去年のクリスマス前に(半ば不可抗力で)挑んだ『冥界』のクエスト、そしてそこに出てきた『妖蟲』たちだった。
”そうよ……って、そうか。そういえばあなたたちも遭遇したんだっけ……”
…………ん?
私たちが『妖蟲』に遭遇したことを知っている……? そして、人伝に『妖蟲』の存在を聞いたってことは――下手人はあいつかー……。
いや、まぁそこは今突っ込まなくてもいいだろう。何となく『繋がり』が見えて来た気もするし。
”『妖蟲』が引っかかるってことは……ピッピが戦おうとしているのも、ひょっとして『妖蟲』なの?”
”……全く同じというわけではないのだけど、とてもよく似ているのが、ね……ただの偶然というのもありえるんだけど……”
本人の言葉通り確証はないのだろう。やや自信なさげにピッピは言う。
うーん……仮にピッピの倒したい敵が『妖蟲』を放ったヤツと同一人物だったとしたら、確かにピッピの目的を果たしたのであれば『ゲーム』からプレイヤーが一人脱落する可能性は高いだろう。
まぁあの『妖蟲』自体、プレイヤーが仕掛けたものなのかどうかもわからないから何とも言えないけどさ……。
「……その敵のボスって、何て名前なんだ?」
そうだ、それが聞きたいところだ。
……これも『話せないこと』に含まれていたらどうしようもないんだけど。
”そうね……あなたたちが遭遇した『妖蟲』を放った人物と同じとは限らない、ということはあらためて言っておくわね。
その上で――私が倒したい……恐るべき『侵略者』の名……それは、ヘパイストスという名よ――”
 




