7-12. エンジェル・ハイロゥ 11. 天使の待ちぼうけ
――直接会って話が出来ないか?
ピッピからその提案があったのは、私たちが互いにフレンド登録をした日の翌日だった。
その日の対戦を終え、明日以降どうしようか相談しようとチャットをしている時のことである。
……ちなみに、フレンドになって初の対戦の結果だけど、一戦目は私たちが勝利、二戦目はピッピたちの勝利となった。
半ば予想していたことではあるが、やはりそう簡単に勝ち越すことは出来ないみたいだ。一戦目にしたって、向こうはこちらへの対策を練ってきていたらしくかなりギリギリでの勝利となったし。
若干運の要素とかもあるにしても、実力自体はほぼ互角――ステータス的には向こうが上回り、個々の能力の高さではこっちが上回っている感じ、かな?
ガブリエラはともかく、ウリエラ・サリエラはかなり極端な能力なので、そこを上手くこちらが突ければやや有利に運べるか、という風に思っている。
それはともかくとして……。
”んー……でも明日平日でしょ?”
いずれリアルで対面することはあるだろう、とは予測していたけどまさか翌日いきなりとは流石に思っていなかった。
それも向こうから切り出して来るとは……。
『”そうなんだけど……”』
私が渋る理由は幾つもあるが、そのいずれも向こうも理解しているのだろう。ピッピの言葉は歯切れ悪い。
うーむ……ただ、こうまでしてピッピが『急ぐ』理由が気にならないわけでもない。
おそらくは彼女の『目的』にとって、私とフレンドとなる――そして直接会うことに意味があるんだろう。
……いや、あるいは直接会って『目的』を話すつもりなのかもしれない。
そう考えると、このマイルームでのチャットは内緒話には向いていないということを私は思い出した。どこまで本当かはわからないが、確か『盗聴』される恐れがあるとかなんとか……トンコツと話したことがあった記憶がある。
”むぅ……ちょっと皆の予定を確認してから、かなぁ……”
幾らフレンドとは言え、ここで無防備に会うのは本当は良しとはしない。
でも、今回ピッピとフレンドとなったこちらの目的は、ピッピが何を考えているのかを探るためにある。
となると……ここで避けてしまうわけにもいかないんだよね……。
一瞬だけありすたちに内緒にして私一人で会おうかとも思ったけど、それはそれで危険はあるし……何より『幽霊団地』の時とか普段もそうだけど、ありすたちに注意するだけして、私が不用意なことをするってのもちょっとなぁ……と思ったりもする。
なので、とりあえずありすたちと相談することにした。
……まぁ、相談したら着いてくるって絶対言うだろうなぁとは思っているけどさ……。
……で、案の定、直接顔を合わせるのを了承しただけではなく、ありすたちも着いてくると主張。
ただ千夏君だけはちょっと事情が違って、ありすたちが行くのであれば、と言っていた。彼の場合だと、おそらくはありすたちに危険が及ぶのを出来れば避けたいと思っているのだろう――そこは私と同じなんだけど、着いて来させるのを止めるつもりはないというのが違いか。
”うーん……とりあえず、じゃあ明日軽く会ってみようか”
みんなの意見を聞いてしまった以上しかたない。聞かずに断ったら、後でバレた時に拗ねられそうだしねぇ……特にありすには。
『”ええ、よろしくお願いするわ。
……その、悪いわね。でも、きっとあなたたちにとって有益な話も出来ると思うわ”』
”……?”
ふむ?
私からしてみれば、ピッピが何を考えているのかを探る一手段というつもりだったけど……この口ぶりだと、ピッピから何かしらの情報提供があると思っていいのだろうか?
というか、もはや当然のように私が『イレギュラー』だということは知っているんだろうなぁ、この感じだと。トンコツか? またあいつなのか? ……は冗談として。
その後、明日の集合時間と場所を私とピッピで話合って決めた。
やはりというべきか、ピッピも桃園台に拠点を構えており比較的近所にいるようだ。
集合場所は桃園台南小の正門前、時間は17時――小学生を外出させるのにはちょっと悩ましい時間帯ではあるけど、これより早い時間はピッピの方が無理だということだった。おそらく、ガブリエラたちの誰かの都合が合わないせいだと思う。
私たちの方もありすと桃香は問題ないが、千夏君が結構ギリギリの時間だ。部活をやっていたら絶対無理な時間だが明日は大丈夫とのことなので、この時間で了承した。
さて……どうなることやら……。
* * * * *
翌日、私は桃園台南小の正門の上にて待機していた。
ありすと桃香は念のため学校内にて待機――一応まだ他に残っている生徒もいるため不自然ではないだろう。とりあえず教室なり図書館なりで待ってもらっている。
千夏君は流石に卒業生だし小学校に用もなく入るのは不自然なため、学校近くのコンビニに。「いざとなったらすぐ駆けつけますんで!」と頼もしい限りだ。
さて、時刻は16時50分……ちょっと早めだけど、遅れるよりはいいか。
皆を少し離れた場所で待機させているのには理由がある。
……まぁ流石に知り合ってたった三日、それも対戦しかしていない間柄で、リアルで顔を合わせるというのはやはりちょっと怖いものがある。
ピッピの狙いがよくわからない以上、三人の身を守るためにも万が一のことには備えておきたいという思いがある。
ありすはかなり不満気だったけど、そこは桃香と千夏君も説得してくれている。
私自身の身の安全を案じてくれているのはわかるけど、まぁ使い魔の身体ならこっちの世界ではよほどのことがない限りは大丈夫だろう、と私も思っているし、そのつもりはないけどいざという時は『囮』として使えないこともない。
”ふーむ……でもピッピ、直接ありすたちにどうこうしようって気はなさそうには思えるんだけどなぁ……”
確実ではないが、そんな気はしている。
もし『ゲーム』に勝ち残るために、『ゲーム』内ではなく現実世界で直接ユニットの子を攻撃して脱落させる、という方法を取るとしても、だったらなんでピッピはわざわざ声を掛けて来たのだろうか? という疑問がある。
彼女はありすの家――およびそこに私がいることを知っていたのだから、やる気であれば他に方法はあったはずだ。
それをしなかった、ということは少なくとも直接危害を加えてどうこうしようというつもりは今のところないのだと推測している――この点は千夏君も同意見だった。
じゃあ何を『目的』としているかは……推測も難しい。やっぱり多少の危険は覚悟で会う必要があるだろう。
場合によっては、ここでピッピとのフレンドを解除することも視野に入れている。ありすの家を知られているというのが怖いが、最悪の場合はクラウザーの時のようにダイレクトアタックありの対戦で決着をつける必要も出て来るかもしれない。
「……おー……」
そんなやや暗いことを考えていた私は、つい周囲への気配りを怠ってしまっていた。
何か声が聞こえて来たことに気付いてそちらの方を見ると……。
”……うげっ!?”
いかん、思わず声を出してしまった。
私は今正門の柱の上に猫のふりをして寝転んでいたのだけど、それを見つけたのであろう子供が私のことを見上げている。
ただ、この学校の生徒ではない。なんでそれがわかるかというと……その子供は明らかに小学生よりも小さい――下手したら幼稚園児以下かも……? とにかく幼児だったからだ。
4歳……いや3歳くらいかな? 真っ白い兎耳のついたフードを被った、ものすごい可愛らしい女の子だ。
……そんな子が興味深げに私の方を見ていて、何で「うげっ」なんて声を出しちゃったかというと……。
「……うーたん!!」
ほら来た……。
キラキラと嬉しそうに目を輝かせて、女の子は門の上にいる私に手を伸ばそうとしている。
今まで触れなかったけど、私の『天敵』なのだ――特に小さい子たちは。
恋墨家の近所に幼稚園があり、以前昼間に暇だった時に散歩してそこを通りがかったんだけど……発狂、いや大興奮した子供たちに追いかけまわされるわ撫でまわされるわ、挙句の果てには『ねこがみさま』と崇め奉られるわ……とにかくひどいめに遭った。
以来、私は出来る限り外で小さな子には見つからないように行動することを心掛けているのだ。私自身は子供は好きなんだけどねぇ……いかに幼児とは言え、今の私の体で絡まれると流石に辛い。
うーん、ここのところ出歩かなかったから気が緩んでいたか……。見つかってしまったものは仕方ない。
まぁ校門の上に乗っかってるし、この子の手は届かないだろうからそのうち諦めると思うけど……。
「うーたんうーたん!!」
……と思ってたら、なんと女の子は校門にしがみついてよじ登ろうとしてきてしまった。
”にゃ、にゃー! にゃー!!”
危ないよ、と口に出したけど出せないので、とにかく猫のふりをして威嚇してみたけど……ダメだ、全然効果ない……むしろ更に興奮して登ろうとしてくる。
うーむ、流石に登り切ることは無理だろうけど、中途半端な高さまで登って落っこちたりしたら危ない。
仕方ない。そのうちピッピたちも来るだろうし、それまでの辛抱だ。
覚悟を決めた私は、これ以上女の子が登らないうちにと下へと自ら降りる。
「うーたん!!」
”……にゃあ……”
案の定、下に降りた途端に女の子が私に飛びついてくる。
これが普通の猫とかなら逃げたり、びっくりして引っかいたりするんだろうけど……立ち去るわけにはいかないしねぇ。というか、下手に離れようとしたら女の子が追いかけて来かねない。車だって通らないわけではないので、道路に飛び出したりしないように気を付けてあげなくては……。
……などということを考えながら、女の子の熱烈な抱擁を甘んじて受け入れる私であった。
そういえば、こんな小さい子が一人で出歩いてて大丈夫なんだろうか? 周りももう暗くなる時間だし、もしかして親とはぐれたりしたんだろうか? そっちの意味で心配だ。
「うーたん、にゃー!」
”にゃ、にゃあ……”
満面の笑みを浮かべて私ににゃーにゃーと語りかけて来る女の子。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛い。
小さい子ってどうしてこう可愛いんだろうなぁ……幼さに加えて、この子ものすごく顔形が整ってて将来はものすごい美形になると思える。
むぅ、親はどうした、とか迷子なのか、とか聞きたくなってきてしまうけど、喋るとそれはそれで面倒なことになりそうだし……それにそろそろピッピたちとの待ち合わせの時間だし……。
……仕方ない。ちょっと危険かもだけど、ありすたちを呼んでしまおうか。この子も放ってはおけないし。
”……あ、いた! もう、撫子ったら……勝手に一人で行っちゃダメでしょ!”
その時だった。
聞き覚えのある声――ピッピの声が聞こえて来たと思ったら……。
”ぴっぴ!! うーたん、にゃー!”
空から私たちを見つけて降りて来たピッピに向けて、抱きかかえた私を掲げて見せる。
…………え? まさか……?
”…………その、ピッピ?”
”…………ええ。そうよ……”
降りて来たピッピに対して何がとは言わずに問いかけ、彼女もまた何がとは言わずに肯定する。
……マジかー……。
「はぁ、はぁ……なっちゃん! 怪我とかしてない!?」
「はなたん……? うーたん!」
ピッピから遅れること数秒、走って来たのだろう荒い息を吐きつつ一人の女の子が校門前にやってきた。
あれ? この子、見覚えがある……?
その子にも私を掲げて見せる幼女。
「……もう、ダメにゃ! お姉ちゃんと一緒に行く、って約束にゃ!」
この特徴的な口調――えーっと、どっちだっけ? 確か妹の方だったっけ?
お正月に初詣した時に出会った、千夏君の同級生――星見座姉妹の片割れだ。
「撫子、ハナちゃん、ピッピ」
「……アニキ」
と、今度は逆方向から抑揚のない平坦な声と、聴きなれた男の子の声が。
”ち、千夏君に……えーっと”
「楓」
”そうだ、楓ちゃん……お姉ちゃんの方だっけ?”
あれ? コンビニで待機していたはずの千夏君が何でここに?
色々と登場人物が一気に増えて混乱している私に、ピッピがため息交じりに静かに告げた。
”色々と順番が前後しちゃったけど――この子たちが私のユニットよ、ラビ”




