7-11. エンジェル・ハイロゥ 10. 天使の嘆き
何とかうまい具合にありすたちの想定通りに事が運んだか。
勝てたは勝てたけど、同じように次回も勝てるとはちょっと思えない勝ち方だけどね。
例えば――今回のステージは地面も何もかもが物凄く硬い『鋼鉄ステージ』だった。このステージを利用したウリエラの鋼鉄ゴーレムを主軸にした戦闘に持ち込まれたりしたら、私たちはかなり苦戦を強いられたと思う。それこそ、勝敗がひっくり返ったかもしれない。
「よし!」
ま、それでも勝ちは勝ちだ。
アリスたちは素直に喜んでいるみたいだし、今は喜んでおこう。
”あらら、負けちゃったわね”
対戦中は離れた位置にいたピッピがこちらへとやってくる。
勝敗は決まったのでマイルームにはいつでも戻れるんだけど、ピッピと会話するにはこのタイミングしかない。
”ふふっ、リベンジ達成だね――とは言っても、これで一勝一敗かー”
もしピッピが現実世界で私の近くに来るのであれば、時間にも余裕あるし私から対戦を挑むことはできるが……うーん、私から挑むのはちょっと怖いかな。万が一にもダイレクトアタック有りの対戦にされたら困るし……。
”時間的にはもう一戦できないこともないけど……”
”そうね……うーん……とりあえずリエラたちを戻すわ”
別にどちらか一方が勝ち越すまで対戦を繰り返す理由もないが、中途半端なまま終わるってのもしこりが残るか。
宣言通り、(本来は必要ないけど)ガブリエラたちをピッピが復帰させる。
……が、何か様子がおかしい。
「……」
「みゃーたちの負けみゃー」
「にゃははっ、開幕リュニオン失敗だったかにゃー」
相変わらずローテンションのウリエラと、負けたにも関わらずにゃーにゃーと騒がしくしているサリエラ。
この二人はまぁ昨日と同じなんだけど、ガブリエラの様子がおかしい。
地面にへたり込んだまま、ぼーっとした表情をしている。
”……リエラ?”
ピッピもガブリエラの様子がおかしいことには気づいた。
恐る恐る声を掛けてみると……。
「う――」
ピッピに声を掛けられたと同時に、ガブリエラの両目から大粒の涙が零れ――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!! 負けちゃったよぉぉぉぉぉぉっ!!!」
……いや、涙が零れ、なんてもんじゃない。ボロボロと涙を流しながらわんわんと泣き始めてしまった……。
「やだやだやだぁぁぁぁっ! 負けるのやだぁぁぁぁっ!」
ジタバタジタバタ……。
「わぁぁぁぁん! くやしいよぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
ジタバタジタバタ……。
まるで駄々をこねる子供のように地面に転がってジタバタともがいて……いや、暴れている。
……い、意外過ぎる反応だ……。
「みゃー、みっともないからやめるみゃー」
「にゃー! はしたないにゃ、りえら様!!」
見た目女子高生くらいの、綺麗な女性が幼児みたいにジタバタとして泣き喚いている姿は……何というか、みっともないというのを通り越して、何か、怖い。
ワンピースの裾が激しくめくれ上がって、すらりとした足が付け根付近まで見えてしまっている。
当然、それに気づいたサリエラがスカートを押さえようとするけど、ステータスの差以前に体格が違いすぎてどうにもならない。
「……お、おう……」
「……驚きました……」
「……ジュリエッタ、何も見てない……見てないから……!!」
ガブリエラの痴態に呆然とするアリスとヴィヴィアン。ジュリエッタは律儀に目を手で覆って更に後ろまで向いている。
はぁ、とピッピはため息を吐くと、
”ウリュ、サリュ、悪いけどリエラのことをお願いね”
「わかってるみゃー」
「ほら、りえら様、いくにゃ!!」
「わぁぁぁぁん!!!」
ピッピに言われ、二人でガブリエラの両足を持って、ずるずると引きずって向こう側へと消えていく……。
…………おっと、そろそろ正気に戻ろう。
”な、何か、その……ごめんね?”
いや、まぁ私から謝るようなことじゃないとは思うんだけど、何となく居た堪れなくてつい謝ってしまった。
再び深々とため息をつくピッピ。
”いいえ、こちらこそ見苦しくて申し訳ないわ……”
「ふん、あそこまで悔しがってくれるなら、勝った甲斐もあるというものだが……大丈夫なのか?」
流石のアリスもあのガブリエラの様子は心配になるレベルだったらしい。
”ああ、まぁ大丈夫よ。明日にはきっとけろっとしているわ”
”……そうなの? 大丈夫ならいいんだけど……”
うーん、あんまり根に持って復讐に躍起になる、とか嫌がらせしてくるようなタイプとは確かに思えないけど……まぁガブリエラのことは私たちはよく知らないし、ピッピたちの方でどうにかしてくれるだろう。
”今日はもうこれでお開きかな?”
ガブリエラのあの様子だと、ちょっとすぐに再戦するのは怖いかな。心配だっていうのももちろんあるんだけど。
”そうね。今日のところは仕方ないわね”
ピッピの方も同じようなことを考えていたのだろう。私の言葉に同意を示してくれた。
「なんだ、終わりか――まぁやむを得ないか」
「はい。勝敗は同数まで持ち込めた、それで良しといたしましょう」
「……ジュリエッタ、もう見てもいい……?」
うちの子たちは、まぁ……うん、微妙に納得していない雰囲気はあるけど。
”明日はどうしようか?”
今日が火曜、明日が水曜。で、水曜日は千夏君が塾の日なので対戦するにも結構遅い時間――昨日と同じくらいの時間になってしまう。
塾に行く前にもある程度は時間が取れるらしいので、時間を置いて二戦することは可能だけど……。
”……そうね……ねぇ、ラビ”
”うん?”
”私たち、フレンドにならない?”
おっと、そう来たか……。
一応そういうケースもありうるかと思って、私の中ではシミュレーションはしていた。
ただ、ありすたちに了解は取ってないんだよね……。
”うーん……ちょっと皆と相談していい?”
”もちろんよ。この対戦は終わらせてしまいましょう。私がまたそちらへと向かうわ。ええと、30分後くらいでいいかしら?”
”そうだね。そのくらいでお願い”
どっちにしろフレンド登録するにはピッピが近くにいる必要があるだろう――登録依頼を出すだけならピッピが近くに来る必要はもうないんだけど、『断る』という場合にそれを伝える手段がないし。
「では、現実世界の方で相談だな」
「はい。戻りましょう、皆さま」
この場で結論を出さないことについて、アリスたちにも異存はないらしい。
私たちは対戦を終了し、現実世界へと戻るのであった。
* * * * *
ピッピが来るまでの間、私たちはもう一度マイルームへと集合してフレンド登録の是非について相談をした。
「ん、わたしは別にいいと思う」
ありすは賛成。
「わたくしは……ラビ様がよろしければ」
桃香は消極的ながらも賛成。
「うーん……」
千夏君はちょっと微妙な反応だ。
”千夏君、何か気になることある?”
戦闘に関してだけでなく、その他の面でも千夏君は頼りになる。
こういう時に何か気になる反応をしているってことは、彼なりに心配事なりがあると思っていいだろう。
……ありすと桃香が何も考えてないってわけではないと思うんだけど、この子たちは何というかちょっと他人に対して割と無警戒なところがあるからなぁ……。
「……まぁ、フレンドになるかどうかって点だけで言えば、なっても別にいいとは思うんすけど」
”うん”
「なーんか引っかかるんすよねぇ……」
そうなんだよね……。
同じゲームやってて意気投合してフレンドになる、というのはまぁ普通のことだろう。実際、私とトンコツがフレンドになった経緯も――私に下心があったとはいえ――それなりに一緒に『ゲーム』に挑んだりしていた、という下地があってのことだ。
…………まぁ、ジュジュの時はまだ右も左もわからない時だったから例外として――それに結果的には美鈴という『友達』も出来たことだし、悪い結果ではなかった。
翻って、じゃあピッピとはどうなのか、と言われると……ぶっちゃけ、昨日初めて会った相手だしよくわからないというのが正直なところだ。
果たして信用出来る人なのか? それも今の状況ではわからない。
何よりも気になるのは、千夏君も感じている『引っかかり』だ。
”そうだね。昨日いきなり対戦を挑んできたことといい、何か『目的』があるのは間違いないと思う”
「んー……でも、クラウザーみたいな感じじゃない……」
”まぁ『目的』については今は推測すら出来ないけどね”
クラウザーみたいなわかりやすい『目的』ならいいんだけど、現状ピッピが何を思って私たちに対戦を挑んできたのか――更に言えば何度も対戦をしているのか、さっぱりわからない。
何が何でも私たちに勝ちたい、みたいな気配もあまり感じられない。
むしろ――
”……何となくだけど、私たちの実力を推し量っている、そんな感じがするね”
積極的に敵対しようとしているわけではない。
でも対戦を――それも自分たちが勝っていたにも関わらず、何度もしようとする。その理由を私はそう考えた。
まぁ、それが正しかったとして、『何のために?』っていう疑問は変わらず残るんだけどさ……。
「で、どうするの?」
ありすさんはせっかちだなぁ。
ま、ここでうだうだとピッピの目的について推測しようとしていても仕方がないのも事実。
”私としては……ピッピとフレンドになる、っていうのはありだと思ってる”
これが私の答えだ。
”まずは、ピッピたちはまだ私たちと対戦をしようと思っている――となると、対戦を受ける限り私たちからも対戦を仕掛けたい、って時はあると思う”
「ん。今日も出来たらやりたかった……」
”勝ち越したいの?”
「とうぜん」
ほんとバーサーカーだなぁ……。
”まぁ、それはそれとして、対戦するにしても不便だしね。それに、フレンド同士の対戦なら『万が一』の事態も防げるし”
万が一の事態、要するにダイレクトアタック有りの対戦をする事態のことだ。
フレンド同士の対戦であれば、条件は互いにチェックすることができるため、それは容易に防ぐことが可能となる。
”あとは、千夏君も疑問に思ってたピッピたちの『目的』だけど、それを知るためにもフレンドになる必要があるかなって思うんだ。
向こうが何を考えているのか、一切考える必要がないっていうんなら話は別だけどね”
「んー、わたしは気になる」
「そうですわね……気にならないと言えば嘘になりますわ」
「虎穴に入らざれば虎子を得ず、っすね」
そう、向こうが何を考えているのかを知りたければ、とりあえず向こうの狙い通りにフレンドになってしまうしか道がないのだ。
まぁフレンドになるのであればそこまで危険はない……とは思う。危険度で言ったら、前にヨームたちと対戦をしていた時の方がよっぽど危険だったし。あちらはお互いに目的を知ってたしトンコツっていう共通の知り合いがいたからある程度は安心はできたけど。
”……それじゃ、フレンドになる、でいいかな?”
私の言葉に三人は深く頷いた。
しばらくしてやって来たピッピにフレンドになる旨を告げ、私たちは互いにフレンド登録をしあったのだった。




