7-10. エンジェル・ハイロゥ 9. 天使と舞踏
* * * * *
「わたしに考えがある」
と、なぜか不安が沸き起こるセリフを自信たっぷりに言うありす。
んー、でもこと『ゲーム』に関してありすの考えって結構的確なので、聞いてみる価値はあるか。
「もし上手くいかなかったら……ガブリエラたちを合体させる」
”え?”
それって、こちらにとってはあまり嬉しくない事態だと思うんだけど……。
ありすは続ける。
「わたしたちの思い通りに分断できなかったら、そのまま戦い続けてもダメだと思う……」
「……まぁ、そうだな。そうなると昨日と同じ結果になるだろう」
「ん。だから、こっちのペースにならなかったら、わたしたちは一か所に集まって戦うことにする」
なるほど。分断できないでこちらが各個撃破されそうになるぐらいなら、敢えて密集した方が安全に戦えるってことか。
その上で相手をまた分断することを狙えるのであれば狙えばいい。
でも、だからと言って合体させることについてはどうなんだろう?
「わたし、ガブリエラと戦ってて気づいたことがある。
ガブリエラ、とっても強いけど……なんか、戦い方が『雑』だった」
「雑……ですか?」
「……なんとなくわかった」
桃香はピンと来ていないみたいだけど、千夏君にはありすの言わんとしていることがわかったみたいだ。ちなみに私もよくわかってない方だ。
「ん、パワーもスピードも、確かにわたしより全然強かったんだけど、なつ兄とこの前戦った時みたいな感じじゃなかった」
”この前って……ああ、チャンバラやった時ね”
「つまりは――ガブリエラは力任せに武器を振り回しているだけ、ってことか」
”ああ、そういうこと……”
物凄いパワーとスピードに翻弄されたためにわかりにくかったが、どうやらありすはガブリエラに対して千夏君の時のようなものは感じなかったみたいだ。
だから、千夏君の言うように『力任せ』なだけってことなんだろう。
問題は力任せとはいっても、一撃でも食らえばこちらは致命傷になりかねない威力を持っているということと、それを捌き切れるほどの実力があるというわけでもないってことだ。
ありすは困ったように眉を寄せる。
「んー……何とか出来ないかなって思ったけど、攻撃をかわすので精一杯だったし、たまに魔法撃っても全然効いてなかった……」
攻撃力だけじゃない。防御力だって相当なものだった。
正直ガブリエラに致命傷を与えるには強力な魔法を直撃させるしかないだろう。それでもどこまでダメージを与えられるかはわからない。
あの調子だと、《嵐捲く必滅の神槍》でも直撃したところで倒すことは出来ないかもしれない。
「ふーむ……なら、こういうのはどうだ?」
「ん?」
千夏君が何やら思いついたみたいだ。
「まず、俺がメタモルで『鎧』になる。で、それをありんこが着る」
「なっ!?」
「ん。それで?」
驚き抗議の声を上げようとする桃香をスルーして二人は話を続ける。
「で、そのまま俺が身体を操作する。まぁ相手の攻撃を受け止められる程度に硬い武器は欲しいが……それはお嬢に任せよう」
「ん、召喚獣なら霊装とも互角に打ち合える、と思う……」
「おまえは体の力を抜いて、下手に動こうとするな」
「わかってる。わたしは――その間にガブリエラをしっかりと『視』る……で、合ってる?」
「おう」
…………え、まさか?
”ね、ねぇ二人とも……まさかとは思うけど……”
ちょっと余りにも予想外なことをしようとしている二人に尋ねようとすると、二人はにやっと笑う。
……それだけで私の考えが当たっていることを悟ってしまった……。
「ちょうどいい機会だしな。実戦で鍛えようぜ」
「ん。なつ兄の動き、身体で覚える」
つまり――この二人、ガブリエラとの対戦でこの間の剣術修行の続きをしようとしているのだ……!
「なつ兄なら、ガブリエラの出鱈目な攻撃でも捌けるはず」
「ああ、まぁ実際にやってみないとわからねーけど、俺が鎧になるから失敗してもダメージは俺が引き受ける」
「……なるほど。わたくしはありすさんたちに武器を――そうですわね、《アロンダイト》辺りを渡せばよろしいですか?」
「そうだな。で、相手は【消去者】なり【贋作者】なり使ってくると思う。武器が消されたら、俺がメタモルで作り直す」
「最初に作る『鎧』も含めて、なつ兄の魔法が消されたり真似っこされないかの確認も出来る」
「ですわね。それと、【消去者】とかがどれだけ連続で使えるのか、もですわ」
「そうなってくると、最初にありんこが言った『三人を合体させる』ってのは悪くない選択だな……都合よく合体してくれるかはわからねーが、こっちが三人密集して離せないとわかれば合体する確率は高まるか……」
三人の中で了解は取れたようだ。
うーん、でも聞いている感じだと確かに悪くはない戦法だと思う。
現状、リュニオンで合体したガブリエラはステータスが遥かに上の相手だ。まともに戦っても勝てる要素は全く見つからない。
でもこの『ゲーム』であれば話は別だ。
たとえステータスで負けていたとしても、『技術』で勝っているのであれば対抗することは充分に可能なはず。
「それでダメだったら……ま、そん時はまた別の方法考えりゃいいだろ」
前回の敗北については、もちろん『悔しい』という思いはある。
でも、だからと言って『復讐』に躍起になるというのはちょっと違う。
負けたところで悔しさこそはあれ命までは取られないのだ。
だったら、勝つための方法を色々と模索して、ガブリエラたちの『強さ』を自分たちの糧としてしまおう。
……そんな前向きな考えをありすたちはしているのだ。
”…………ありすたちがやろうとしていることはわかった。私もそれでいいと思う”
「ん。わたしたちから見えない位置でガブリエラたちが攻撃してきたり、何か気付いたことがあったらラビさんが教えて」
”うん。念のためスカウターでももう一回見てみるかなぁ”
マスクされている情報が変わってくれるかもしれないし――これは期待薄だけど。
そんなこんなで、三人はガブリエラたちが最も強くなる形態であろう合体時の対策について考え、そして他にも色々なパターンについて時間いっぱいまで相談し続けたのだった。
* * * * *
現状、ありすたちの想定通りに戦いは進んでいると言っていいだろう。
恐るべき攻撃力を持つガブリエラの攻撃は、宣言通りアリスの纏った鎧――ジュリエッタが捌き切っている。
アリスでは防ぐのがやっとで反撃など出来ないであろう猛攻も、ジュリエッタにとっては『棒を振り回しているだけ』にすぎないのだろう。流石に真正面から剣で受け止める、ということは出来ないみたいだが、最小限の動きだけでかわしたり剣で受け流したりして直撃は全く受けていない。
ヴィヴィアンは完全に補助へと回り、召喚獣で攻撃を仕掛けている。
事前に予想していたことではあるが、【消去者】【贋作者】はジュリエッタの魔法には使えないみたいだ。私たちにそう思い込ませるためにあえて使っていない、という可能性もまだ残されてはいるが……結構追い詰められ始めている状況においても使って来ない、ということはやはり使えないと見ていいだろう。
替わりにヴィヴィアンの召喚獣は結構消されたりしている。だが、最初に消された《アロンダイト》以降、ヴィヴィアンの方も召喚獣を出したり引っ込めたりして、ギフトの無駄打ちを誘発させているようだ。
で、アリスはというと、基本は事前に言われた通りジュリエッタに身を任せてガブリエラを『視』ることに集中しているようだ。でもそれだけではなく、ジュリエッタをフォローするように魔法を使っている。そのタイミングも的確で、かなり厄介な『クラッシュ』を防いだりしている。
「こ、こんな……!?」
ついにガブリエラの表情に焦りが見え始めて来た。
深い傷を負っているというわけではないが、全くのノーダメージではない。
このまま戦い続ければ、制限時間内に体力が削り切られることになる――それを理解しつつあるのだろう。
――合体したガブリエラは確かにステータスの上では間違いなく『最強』の部類に入るだろう。
それこそ、力技であのムスペルヘイムとかとも殴り倒せるくらいかもしれない。
だけど、相応に『欠点』もある。
「cl《赤色巨星》!」
至近距離から放たれた《赤色巨星》をパワーだけで受け止めるも、
「サモン《グリフォン》!」
その隙を狙って召喚された《グリフォン》がかすり傷ではあるがダメージを与え、すぐさまリコレクトされる。
そしてアリス本人はというと、《赤色巨星》を放つと同時にそれに隠れるようにして移動――ガブリエラの死角から《クラウソラス》で切りかかる。
三人の連携・連続攻撃に、次第にガブリエラは対応できなくなってきていた。
これが『欠点』の一つだ。
……ありすが指摘したように、ガブリエラはパワーこそ物凄いものの、実は戦い方は結構『雑』だ。モンスター相手や、それほど戦いに慣れていない相手であれば力任せで押し切ることも確かに出来るだろう。
しかし相手がジュリエッタのような武道経験者で、かつその経験を『ゲーム』でも活かしているような相手にとっては『動きの雑なカモ』と化す。
加えてアリスたちは今三方向からそれぞれ攻撃を仕掛けている。『雑』な動きしか出来ないガブリエラでは、目の前の攻撃に対処するのが精いっぱいでどこかの攻撃を防いだら別方向からの攻撃を食らうという状態に陥っている。
これでもしガブリエラたちが三人に分かれている状態であったならばもう少し話は違ったかもしれない。
【詠唱者】の効果であろう、ウリエラ・サリエラの魔法やギフトは発動しているものの、起点はあくまでもガブリエラである。
アリスたちからしてみれば、注目すべきはガブリエラただ一人に集約されるわけで、個々の能力の対処法さえわかってしまえば逆に合体してくれている方が戦い易いということになる。
「オープン!」
<クローズ>
アリス・ジュリエッタをオープンで弾き、ヴィヴィアンをクローズで引き寄せようとする。
この同時に魔法を使う点は確かに厄介だ。
でも――
「サモン《ペルセウス》!」
補助に回っているヴィヴィアンならば接近戦で倒せるだろうと判断したんだろう。
その判断は間違ってはいないんだけど……。
クローズで引き寄せられると同時に、焦ることなくヴィヴィアンは《ペルセウス》を呼び出すと、《ペルセウス》に向かって手に持っていた《アロンダイト》を触れさせて後ろへと弾き飛ばされる。
逆方向に弾かれた《ペルセウス》は体当たりをするようにガブリエラへと激突、そのままアリスたちと入れ替わりで接近戦を挑む。
……うん、確かに複数の魔法を同時に使うのは厄介なんだけど、うちの子たちは咄嗟の判断力に優れている。
…………歓迎していいことかは微妙だけど、今まで何度も潜って来た修羅場の経験が生きていると言えるだろう。それに、自分たちの持つ能力を、仲間の分までよく理解しているおかげもある。
だから、こういうこともできる。
「pl《鎖》――ext《拘束乙女》!」
オープンで弾き飛ばされたアリスは、ヴィヴィアンの行動を見ると同時にすぐさま魔法を使う。
《ペルセウス》は強力な召喚獣だが、サリエラの破壊魔法とはとことん相性が悪い。
現にガブリエラは《ペルセウス》の体当たりに驚いたものの、すぐさまクラッシュで対応しようとしていた。
でも、ガブリエラが対応するのと同時――そうなることを見越していたアリスは、《ペルセウス》へと自分の魔法を掛ける。
使ったのは《鎖》。それも、abでもmdでもなくplで。
《ペルセウス》の身体がアリスの魔法によって『鎖』へと変わる――plによって併せられた『鎖』の魔法は、《ペルセウス》型の鎖へと変化したのだ。
……あれだ、前世の日本で大人気だった漫画風に言うなら、『鎖人間』になった、だろうか。
「!?」
《ペルセウス》――いや、《アンドロメダ》の身体が、まるで解けるように細く、そして長く伸びてクラッシュを回避。
それと共に文字通りの『鎖』となりガブリエラの全身を拘束する。
「こ、の……っ!! こんなもの……!!」
腕力で鎖を引きちぎろうとするガブリエラだったが、ぎちぎちと軋みはするのものの鎖は引きちぎれない。
……そのうちブチっと行きそうな気配はあるけどもすぐさま拘束から脱出することは出来ないだろう――これがアリスの魔法だけだったらおそらくはあっさりと千切られただろうが、元となったのは超硬度を誇るヴィヴィアンの召喚獣だ。クラッシュでも使わない限りはそう簡単にパワーでは砕けないだろう。
「ジュリエッタ、決めるぞ!」
『うん!』
アリスたちもただ黙って見ているつもりは全くない。
ガブリエラが拘束されると共に既に接近――そしてこれで決着をつけるつもりだ。
『メタモル――《光神剣態・極》』
「ext《屍竜脚甲》!!」
全身を包む鎧、および今まで使っていた《クラウソラス》を一旦解除。ジュリエッタが再度剣へと姿を変える。
ジュリエッタの身体全部を完全に剣へと変える、《クラウソラス》の真の姿だ。
それを手に、アリスは脚力強化に特化した《ニーズヘッグ》を装着。
「オラァァァァァッ!!」
強化された脚力であっという間に距離を詰め、更にそれだけではとどまらず地面を蹴りガブリエラへと突進――
「う、ぐっ……!?」
鎖に拘束されたガブリエラの胸へと深々と《クラウソラス》が突き刺さる……!
でも、まだだ! まだガブリエラの体力は削り切っていない。
「ext《嵐捲く必滅の神槍》――ヴィクトリー・キィィィィィクッ!!」
――容赦のない、至近距離からのヴィクトリー・キックが炸裂。
それでついにガブリエラの体力が尽き……。
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Winner ラビ
>
アリスたちの勝利が決まったのだった。
……これが、ガブリエラの合体におけるもう一つの『欠点』だ。
合体してステータスを上げている以上、おそらくは体力・魔力も共有となっているのだろう。
だから、私たちとしては目の前にいるガブリエラを撃破すれば、それだけでウリエラ・サリエラも同時に撃破したことになるというわけだ。
まぁ、これは合体したガブリエラを何とかすることが出来る、という割と無茶目な前提をクリアする必要があるんだけどね。
ともあれ、昨日の敗北については、これで無事リベンジを果たすことができたのだった。




