7-06. エンジェル・ハイロゥ 5. 天使の連携
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ウリエラ・サリエラと戦っている中で、ジュリエッタはあることに気が付いていた。
――こいつら、時間稼ぎしてる……!
正しくは、時間稼ぎをしつつ二人の足止めをしているのだ。
なんのためかは深く考えるまでもない。
ウリエラたちからしてみれば、ガブリエラがアリスを倒すまでの時間を稼げればそれでいいのだ。
元よりヴィヴィアンとジュリエッタを倒そうという気がないのだろう。ガブリエラが合流してから倒せばいいのだ。
その点が、ヴィヴィアンたちとウリエラたちとの差である。
『……ヴィヴィアン、これ、まずい』
『わかっています。しかし……』
ジュリエッタ同様、ヴィヴィアンの方も相手の狙いには気が付いたのだろう。
だからといって、有効な手を打つことができないのも同じである。
こちらから積極的に攻撃を仕掛けようとすると逃げ回り、逆に距離を取ったりアリスの方へと加勢に行けないか考えていると攻撃を仕掛けて来る。
適度にアリスたちから距離を取ったまま、二人をくぎ付けにしているのだ。
『仕方ない。ジュリエッタが、一人でやる。ヴィヴィアンは御姫様の方へ』
『…………わかりました』
このまま戦い続けていても同じことの繰り返しだ。
そう判断したジュリエッタは、一人でウリエラたちの相手をすることを決める。
ヴィヴィアンだと召喚獣をも一撃で砕けるサリエラの魔法との相性が悪すぎる。その点、ジュリエッタならば食らえば危ないのは同じではあるが召喚獣よりは柔軟に動ける。
加勢することをアリスがどう思うかは未知数だが――『負けるよりはマシだ』と後で言い聞かせれば納得してくれるだろう、と二人は思っておく。
――……?
戦いながら更にあることにジュリエッタは気が付く。
時折、チラチラとウリエラ・サリエラの内の片方が、ガブリエラの方へと視線を送っているのだ。
よそ見をする余裕がある……というようには解釈しない。
ガブリエラがアリスの相手をしつつ、こちら側に遠距離攻撃を仕掛けようとしているのか、あるいはわざと意味深に視線を逸らすことでフェイントを掛けようとしているのか……それとも他に意味があるのか。
「……ライズ《アクセラレーション》、メタモル!」
ともあれ、今はヴィヴィアンをアリスの元へと送る方が優先だ。
この対戦、数の均衡が破れた方が間違いなく負ける。
一人でウリエラ・サリエラを相手にしないとならないジュリエッタもやられないようにしなければならないため、あまり余計なことを考えている余裕はない。
「ヴィヴィアン」
「はい!」
《アクセラレーション》で加速しつつ、『冥界』で手に入れた蜘蛛の糸をメタモルで出しウリエラたちを拘束しようとする。
その隙にヴィヴィアンに離れてもらいアリスの援護をさせる――そういう作戦だったが……。
「……そろそろそう来ると思ってたみゃー」
「……!?」
高速で動き回りながら糸を出したため、流石にウリエラたちもかわすことは出来なかった。
《ゴーレム》ごと糸で縛られたものの、ウリエラの言葉には余裕があった。
「リビルド……みゃ」
拘束されても慌てることなく、相変わらず感情の見えないウリエラが冷静に魔法を使う。
それはリビルド――『再構築』の魔法である。
《ゴーレム》がバラバラと崩れ落ち、そして新たな形へと再構築されていく。
「! しまった……!」
崩れ落ちることでジュリエッタの拘束から逃れた《ゴーレム》は、今度は人型ではなく四本脚の獣のような姿へと再構築される。
「にゃははっ! ブラッシュ!!」
そこへ更にサリエラの方が新しい魔法を使う。
青白い光が《ゴーレム》へと降り注ぎ――ゴツゴツした岩の塊だった《ゴーレム》が、流麗な姿へと変わる。
洗練魔法、その効果は『魔法の効果を強化する』という極単純なものである。
単純故に、その効果は高い。
《ゴーレム》に使われたブラッシュはビルド・リビルドの効果を強化――素材を繋げただけの《ゴーレム》をより洗練された『兵器』へと変えた。
「ヴィヴィアン!!」
拘束されたままのウリエラ・サリエラを乗せた獣型はジュリエッタを振り切り、背後からヴィヴィアンへと襲い掛かろうとする……。
* * * * *
ガブリエラの使った『リュニオン』という魔法――これ、かなりとんでもない魔法だな……。
「ふふふっ」
「くそっ!?」
《邪竜鎧甲》に対して更に《剛神力帯》を重ね併せ、その上で《竜殺大剣》を振るうアリスの攻撃力はもはや相当のモンスターですら軽く屠るくらいはあるだろう。
だというのに、ガブリエラにはそれが一切通用していない。
さっきまでのように鍵で受け止められている、というだけではない。
今もアリスの連撃がガブリエラの防御をすり抜け、腕へと命中する。
……だが、まるで水を斬ったかのように剣はガブリエラの身体を通過していくだけだった。
「厄介なやつだ……!」
剣だけではない。
隙を見ては《赤色巨星》とかも打ち込んでいるが、それも通じていない。
『リュニオン』――確か使った時には《ウォーター・スピリット》と二語で発動していた。
そして全身が透き通った青に変化……。
このことから考えられるのは、このリュニオンという魔法……おそらくはガブリエラと別の『何か』を合体させる魔法なのだろう。
《ウォーター・スピリット》、日本語ならば『水の精霊』とかだろうか、それと合体したガブリエラは今や『水の化身』と化しているのだと思う。
だから幾ら攻撃力を強化したとは言え、単純な破壊力では今のガブリエラにダメージを与えることができない――アリスの攻撃が通じていないのはそれが理由なんだろう。
そのくせ、向こうからの打撃は有効だというのだから反則もいいところだ。
……ジェーンの使う《ベルゼルガー・モード:レッド》とかと似ているかもしれない。ジェーンみたいに身体全部がその属性になる、というわけではないみたいだけど。
違いはというと――多分だけど、ゲートと合わせないと使えないってところかな?
さっきガブリエラが呼び出した『門』は青い色をしていたし、ゲーム的に考えると『水属性の門』という風に思える。
あの『門』の具体的な効果は不明だが、無関係とは思えない。
「……ふん、なるほどな」
攻撃が通じず押される一方だったアリスだが、何かに気付いたか笑みを深める。
アリスがこういう表情をする時は要注意だ――無茶をするという意味でもそうだけど、対戦相手にとっては特に。
「ちと勿体ないが、仕方ない……mk《鞭》、ab《細化》、ab《雷》!」
《竜殺大剣》を解除し、杖の先端を鞭へ。そこから更に鞭を『細く』し雷属性を付与する。
雷の鞭……というよりも雷の『糸』がガブリエラへと襲い掛かる。
「っ……!」
ついにガブリエラの表情から余裕が消えた。
絡みつく糸は体を拘束することこそ出来ないものの、肉体を次々と通過していく。
その際に付与された電撃が体内からガブリエラを焼く!
「くっ……オープン!!」
「うおっ!?」
初めてダメージらしいダメージを与えることが出来たアリスだったが、ガブリエラが突如何もない空中へと鍵を差し出しオープンを使う。
すると、アリスの身体が後ろへと吹き飛ばされて行った。
……ダメージ自体はなさそうだけど、一体何をされたというのか……。
「……なるほど。空間そのものを『開いた』ってわけか」
そういうことなのか。
ガブリエラの開錠魔法は『開く』魔法だ。それは、対象が無形のものであっても変わりないようだ。
今、アリスとガブリエラの間の空間を『開く』ことで強引に距離を開けたのだろう。
……これもまた厄介な魔法だ。
ふむ、オープンでこれということは……おそらくクローズも似たようなことが出来る、と思っておいた方がいいだろう。効果としては真逆で、相手を自分の目の前に吸い寄せる、といった感じか。
「cl《赤爆巨星》!」
吹っ飛ばされたアリスだがダメージはない。
すぐさま《赤爆巨星》を放ちつつ、再度接近しようとする。
「クローズ」
だが《赤爆巨星》はやはりクローズによって収縮、効果を消されてしまう。
「……え? あ、そう?」
…………ん?
突如ガブリエラが誰もいない方向を向いて何事か呟く。
そして、リュニオンを解除。元の姿へと戻る。
……うーん? 今の不可解な行動も気になるけど……リュニオンを解除したのはアリスにとって有利と言えるかどうか。
ガブリエラは基本の姿で十分すぎるほど強いのだ。そのガブリエラに対抗する術は今のところまだ見いだせてはいない……。
「チッ、仕切り直しか」
忌々し気に舌打ちするものの、アリスの笑みは消えない。
楽しい、んだろうなぁ……きっと。
思う存分全力を出して、それでも倒れない相手――それどころか逆にアリスの方が負けるかもしれない相手との対戦を楽しんでいる。私にはそう見えた。
「だが、さっきも言ったがそろそろ片を付けるぞ」
対戦時間は15分。そのうち半分以上が既に過ぎている。
今までも本気だったけど、更に本気を出して戦わないとドローというすっきりしない結末も見えてきている。
二人は結構な距離を保ったまま、決着をつけるために互いの武器を構え睨み合う。
――その時だった。
「みゃー」
「にゃははははっ!」
「姫様!!」
少し離れた場所で戦っていたはずのウリエラとサリエラが、四本脚の《ゴーレム》で爆走しながらアリスに向かって突っ込んでいったのは……。




