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6-37. Thirty Seconds To Inferno 1. 崩壊の序曲(前編)

2021/5/6 ルールームゥの魔法名を変更

*  *  *  *  *




 ……今度こそ、終わったかな……?

 ジュリエッタに叩き伏せられ、地面へと倒れたスルトはそのまま溶けるようにして消えて行った。

 周囲の溶岩も急速に熱を失って固まっていっている。

 流石に火山から流れ出る溶岩はまだ赤々と燃えているみたいだけど、心なしか勢いは衰えたように見えるし、スルト――ムスペルヘイムの影響はなくなったと思っていいだろう。




 溶岩が固まってしまったので『エンペルシャーク』ももう使えない。

 私たちも安全となった地面へと降りて、ジュリエッタたちと合流する。

 スルトも倒れた後に出て来る気配はないし、ムスペルヘイムも抜け殻になっているのか全く動かない。

 レーダーの反応も完全に消えている。今度こそ終わった……と思っていいんじゃないだろうか。


”ジュリエッタ、大丈夫?”

「うん……でも流石に疲れた……」


 目立ったダメージは受けていないようなので、少し安心した。

 今日この島に来てから、ずっと戦い続けていたので言葉通り疲れてはいるだろう。


「『嵐の支配者』の時のようにはなりませんでしたね。なによりです」

”だね。アレを経験してなかったら、ヤバかったかもしれない”


 あの時は不意打ちを食らった上で、ほぼ限界まで消耗していたアリス一人で戦わざるをえなかった。

 それに比べたら今回は大分マシだった。『レーヴァテイン』もキンバリーの魔法で防ぐことが出来たし、その後もジュリエッタ一人ではなくプラムも一緒に戦うことが出来たし。

 そういう意味では、『嵐の支配者』に比べれば余裕をもって勝てたと言えるだろう……単体の強さとしては多分ムスペルヘイムの方がヤバかったとは思うんだけど。


「後、は……残った、モンスターがいない、か……確認、ね……」


 うん。大物はこれで片付いたけど、それでムスッペルやらマグマドロンやらが全部消えたかどうかは怪しいところだ。

 まぁムスペルヘイム自体は撃破できたし、これで花畑――いやこの島はもう大丈夫だろうとは思うが、念のためである。

 ……流石にムスッペルが成長したらムスペルヘイムになる、なんていう理不尽なことは……ない、よなぁ……。

 何にしてもここまで頑張ったのだ、後顧の憂いは完全に断つべきだろう。


”そうだね。でも流石に戦い続けてたし、少し休憩をしよう。ヴィヴィアン、《グリフォン》とかで生き残りのモンスターを探している間に、皆の回復を”

「ええ。それがよろしいかと」


 全員目立ったダメージはないけれど疲労も蓄積しているし、魔力だって減っている。

 召喚獣で島の偵察をしつつ、私たちは一度花畑へと戻って休憩をしようと思う。


「待って、殿様。その前に、こいつ……喰っていい?」


 と、移動しようかと提案したところでジュリエッタが尋ねて来る。

 ……あ、そうか。ムスペルヘイムも倒したんだから、【捕食者(プレデター)】で吸収できるのか。

 うーむ、ジュリエッタがムスペルヘイムの能力を得たとしたら、結構どころか相当な戦力増強にはつながるな。それに、ムスペルヘイムの巨体であればかなりの量の『肉』が補充できる。

 うん、吸収することに損なんて全くないな。


”いいんじゃないかな? 仮にこいつの体内にオーキッドの欲しい『お宝』があったとしても、別に【捕食者】で吸収されないで残るだろうし”

「あ! そうだよ、お宝!? どこだ!?」

「くくく、それも後でゆっくり探せばよかろうよ、盟友」


 具体的にオーキッドが『お宝』と思っているものが何なのかはわからない。もしかしたらムスペルヘイム自体には関係なく、ヤツが封印されていた火口の方にあるのかもしれない。

 まぁそれを探すのも後でゆっくりやればいいんじゃないかな。

 キンバリーも大分疲れているようで、今すぐお宝探しはちょっと嫌らしい。


「……それじゃ、いただきます」


 久々の大物だ。存分に食べてもらっていい。

 ジュリエッタが【捕食者】を展開――黒い小さな『虫』のような何かがムスペルヘイムの死骸へと殺到しようとした時だった。


”……?”


 ヒィィィン、ヒィィィン、と微かに何か音が聞こえてきた。

 他の皆もその音には気づいたのか、キョロキョロと辺りを見回して音の発生源を探すが――何も見えない。


「!? ジュリエッタ、下がって……!」

「くっ……!?」


 いち早く危険に気づいたのは、ムスペルヘイムの上に乗ったままだったジュリエッタとプラムだった。

 二人が上を見上げその場から飛び退ろうとする。

 ……上?

 そこには何もないように見えたが――い、いや? そこだけ空間が歪んでいるかのように、ほんのわずかだけど『違和感』がある!

 二人が下がろうとした瞬間、空間の歪みが解け、そこにいた()が正体を現す。

 ――それは、()()()()()()だった。

 基本ファンタジーなこの『ゲーム』には全く似つかわしくない、鋼鉄の塊……。

 鋭い、鋭角的なフォルムの小型ヘリだ。私はあんまりヘリとかそういうのに詳しくないのでわからないけど、プロペラが前後ではなく左右に一つずつ、尾翼に小さなものが一つ……と三つ付いている。普通、ヘリコプターって飛んでたらすぐわかるくらい音を立てると思うのだけど、このヘリコプターはほとんどといっていいほど音がしない。

 ……いや、さっきから聞こえてきたヒィィィン、って音……それがヘリコプターの発していた音ということか!




 ダダダダダダダッ!!!




 と映画でしか聞いたことのないような音が聞こえると共に――


「ぐぅっ!?」


 プラムとジュリエッタが苦痛の声を上げ、飛び退った――いや、吹き飛ばされた。

 音の正体、それはヘリコプターの胴体下部に付けられていた『機銃』の発射音だった。

 二人とも直撃は辛うじて避けられたみたいだが、それでも何発かは食らってしまったらしい。


”プラム!!”


 特にプラムのダメージが酷い。左足が太ももの辺りから千切れてしまっている……。

 ジュリエッタも食らってはいるが、こちらはメタモルで応急処置は可能だ。しかし、プラムは流石に植物を使って回復、というわけにはいかないだろう。

 それにしてもまだ良かった……ヘリの機銃なんて、普通人間が食らったら一瞬でミンチにされていてもおかしくないと思う。


”ヴィヴィアン!!”

「はい! サモン《ナイチンゲール》!」


 それでも《ナイチンゲール》なら何とかしてくれる、と思う。

 すぐさま召喚し、二人を救援に向かおうとするが……。


「ふむ……誰かと思ったら、またキミたちか」

”……その声……まさか……!?”


 どこからか響いてくる声――私はそれに聞き覚えがあった。


「ルールームゥ、魔法を解除」

<ピー……>


 ガシャンガシャン、と金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきたと思ったら、ヘリコプターの姿がどんどんと折りたたまれ……人影へと変わる。

 あれもユニット……なのか? 今まで見たこともない、小柄な人型をしたロボットのような姿へとあっという間に変わった。

 ヘリコプターへと変身していたのだろう、ロボット少女ともう一人がジュリエッタたちと入れ替わるようにしてムスペルヘイムの死骸の上へと降り立つ。


「ふん、なるほど? 君たちならば……まぁムスペルヘイムを倒すくらいは可能、か」


 問題はロボット少女ではなくもう一人の方だった。

 ボサボサの黒髪に白衣を身に纏い、まるで何にも興味を持っていないかのような虚ろな表情をした女性――


”……ドクター・フー……!!”


 間違いなく、『冥界』において私たちの前に立ちはだかった、あのドクター・フーなのであった……。




*  *  *  *  *




 ドクター・フーのステータスは相変わらず見えない。

 その上、もう一人のロボット少女――こちらも同じだ。辛うじてわかるのは名前のみ……。

 一体どういうカラクリなのか、さっぱりわからない……。

 とりあえずわかることは、ロボット少女の名は『ルールームゥ』ということだけだ。

 名前以外がわからないというのが不気味だけど、スカウターで何かしらの情報が見えるということは、やはりユニットなのには違いないだろう。


「……どうやら、『縁』があるようだな、キミたちとは」


 全く嬉しくないけどね!

 ドクター・フーはムスペルヘイムの元・頭部に立ち、私たちを見下ろす体勢となっている。

 彼女の前にはルールームゥが守るように立っているが……こちらは正直表情が全く読めない。完全にロボットな顔をしているので、微妙な表情の変化さえ見えないのだ。


「くっ……あなた、たち、は……?」


 初対面であろうプラムが苦しそうに呻きながらも問いかける。

 このタイミングで現れたことと言い、『冥界』の時のことを考えると、やはりドクター・フーが今回も絡んでいたと見て間違いなさそうだ。


「……今回の()()はもう終わりでいいかと思っていたが――」


 まるで独り言のように、興味なさそうに呟きながらフーがタバコを取り出す。

 ある意味でルールームゥ以上に感情が読めない……どうも今回も何か目的があってここにやって来たみたいだけど……。

 と、フーの視線が私に注がれる。


”……っ!!”


 気のせい、ではない。

 はっきりとフーの視線は私へと向けられている。

 でも――なんだ、この嫌な感じ……!? まるで底なし沼にでもはまり込んだような……。


「少々気が変わった。予定とは異なるが、()()()()()()()を行うとしよう」


 ――ヤバい!?


”ヴィヴィアン、ジュリエッタ、あいつを止めて!!”

「承知いたしました!」

「わかってる!」


 以前『冥界』ではフーに翻弄されっぱなしだったけど、だからと言って今あいつを放置するのは拙いという予感がする。

 今回はこちらも数的には優位なのだ。プラムが負傷しているが、ヴィヴィアンだって参加できる。それで何とかあいつを止めないと……!


「――”動くな”」


 だが、こちらが行動しようとした瞬間、フーがどこからか『宝石』のようなものを取り出し、一言命じる。

 すると私を抱きかかえていたヴィヴィアンの動きがピタリと止まる。


”ヴィヴィアン!?”

「……っ!?」


 驚愕した表情のまま、ヴィヴィアンが硬直してしまった。

 私も抱かれたままなので拘束されてしまっているようなものだ。

 ヴィヴィアンの召喚獣と合わせて攻撃しようとしていたジュリエッタだが、流石にこの事態に合わせることは出来なかった。一人でフーへと飛び掛かっていく。


「ルールームゥ」

<ピピッ>


 プラムは片足を失いすぐに動くことは出来ない。

 ルールームゥと言うロボット少女がフーとジュリエッタの間に割り込み――


「……硬い……」


 おそらく見た目通りの鋼鉄の装甲を持っているのだろう、ジュリエッタの攻撃を魔法を使わずにそのまま受け止めて弾いてしまう。

 ……これはこっちも人数が増えているけど、相手も条件は同じ。いや、ルールームゥも下手をしたらフー並の強さがある……?


『”ヴィヴィアン! どうしたの!?”』

『わ、わかりません……! 身体が、まるで凍り付いたように動きません……!』


 くっ、さっきフーが取り出した『宝石』の仕業か……! どういうものかはわからないけど、ユニットの動きを止める効果とかだろうか?

 ともかくヴィヴィアンは動けず、オーキッドたちも遠距離攻撃とかに長けているわけではない。魔力の回復だってまだ完了していないのだ。

 ヴィヴィアンが復帰するまで、ジュリエッタが一人でどうにかするしかない、か。


「ルールームゥ、邪魔をさせるな」

<ピッ>

「……どけ」


 狙いはあくまでフーのみ。

 フーさえ止めれば、とりあえずやろうとしている『何か』は止めることは出来るはず。

 そう考えたジュリエッタが《アクセラレーション》で加速、ルールームゥを無視してフーへと飛び掛かろうとする。

 ――が、


<[システム:戦闘(コンバット)モード;起動(アクティベーション)]>

<[コマンド:インクルード《ゴエティア・ライブラリ》]>

<[コマンド:トランスフォーメーション《マルコキアス-35》]>


 どこからか感情の感じられない女性の声が響くと共に、ルールームゥの目――と思われる部分が真っ赤な光を放ち、彼女の右腕が変形する。

 やや太めのネジのような指の先端に『穴』が開く。

 その指先がジュリエッタ――ではなく、身動きの封じられたヴィヴィアンと私の方へと向けられた。


「っ!! こいつ……っ!!」


 ルールームゥが指を向けると共にジュリエッタが相手の狙いを看破、すぐさま方向転換し私たちとの間へと割って入る。

 そしてメタモルとライズで防御しようとするが、ルールームゥの指先から猛烈な勢いで弾丸の嵐が放たれる!


「ぐ、うぅ……っ!?」

”くっ、ジュリエッタ……!”


 ()()()()()()()()()()というのに、なぜかジュリエッタの体力がガリガリと削られていっている。

 どうにかして助けたいけど、距離が開いててアイテムも届かない。

 ヴィヴィアンも動きが封じられてしまっており召喚獣も呼ぶことが出来ない。

 ルールームゥの弾丸は更に勢いと範囲を増し、横に広がるオーキッドたちにも散発的ながらばら撒かれている。

 ……フーに完全に嵌められてしまった、か……。

 理屈はわからないが『宝石』を使って誰かの動きを止める、となった時に、今この場でもっとも動きを止めることでフーが有利になるのは……ヴィヴィアンなのだ。

 プラムたち、オーキッドたちはわざわざ『宝石』のような特殊能力を使ってまで止める必要はもはやない。

 戦闘力という点で最も危険なのはジュリエッタだが、ジュリエッタを止めると今度はヴィヴィアンが無数の召喚獣を呼び出して抵抗してくるだろう。

 だが、ヴィヴィアンの動きを止めさえすれば――そして動けないヴィヴィアンごと私を攻撃しようとすれば、ジュリエッタは守りに入らざるをえなくなってしまう。


”くそっ……!”


 強制命令でヴィヴィアンを移動させるか? それとも――ああ、ダメだ考えが纏まらない!!


「グロウアップ……!」

<ピーガガガガ!>

「くぅっ……」


 千切れた足の替わりに、『植物の義足』を生やしたプラムが援護をしようとするが、ルールームゥが指マシンガンでそれを封じる。

 メタモルとライズで防御力を上げられるジュリエッタはともかく、プラムの細い体で銃弾を受けるのは致命傷だ。

 魔法を使うことも出来ず、ただ回避するしか手がない。


「……ルールームゥ、ご苦労だったな」

<ピ>


 ――時間にしてほんの数秒だったろう。

 けれども、致命的な時間を私たちは費やしてしまった……。

 ドクター・フーがタバコを投げ捨て、右手を天に掲げて魔法を解き放つ。


()()()()()――《終末告げる戦乱の角笛(ギャラルホルン)》」


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