6-34. かつて英雄だった少年へ 7. ラスト・ピース
* * * * *
『”ジュリエッタ、今から私とヴィヴィアンもそっちに向かうよ!”』
『わかった。殿様、気を付けて』
ジュリエッタへと遠隔通話で連絡。《ペガサス》に乗ったヴィヴィアンに抱きかかえられ、私たちも向かう。
今、ジュリエッタと一緒にシオちゃんが戦ってくれているらしい。
彼女の持つ魔法だけは、実は私もよくわかっていないんだよね……ジュリエッタが実際に戦った時の情報くらいしかないのだ。
こんなことならスカウター使っておけば良かった……。
”ヴィヴィアン、ジュリエッタと合流したら、また召喚獣で援護をする形で。いざとなったら、《ペガサス》の機動力でジュリエッタたちを回収して離れるよ”
「かしこまりました、ご主人様」
プラムの《聖天囲う祝福の花園》の効果が後どれくらい続くのかはわからない。
ここまでで既にそれなりの時間が経過してしまっている。最初は一時間はもつとは言われていたけど、それはムスペルヘイムが大人しくしていればの話だろう。
となると、残り時間はそう長くないと思った方がいい。
この魔法が続いている間に、何かしら考え付かないと……。
降り注ぐ溶岩の雨をかわしつつ、私たちはジュリエッタと合流する。
「殿様、待ってた」
”お待たせジュリエッタ。
……早速で悪いんだけど、ちょっとシオちゃんを借りるね。もう少しだけお願い!”
来て早々なんだけど、とにかく今は全員の持てる能力がなんであるかを把握したい。
タマサブローがいればいいんだけど、姿が全く見えないので会話も出来ないし……もしかしたらプラムと一緒にいるのかもしれないけど。
シオちゃんから話を聞く間、ジュリエッタ一人で戦ってもらうということになるのは心苦しいが……。
「わかった、任せて」
嫌な顔一つすることなく、即答でジュリエッタは頷く。
……信頼されている、と思っていいのだろう。
きっと私がムスペルヘイムを倒すための作戦を考えてくれる、と。
シオちゃんを連れて一旦離れ、ジュリエッタ一人に任せるというのがそのために必要なことなのだと思っていてくれるのだ。
その信頼、絶対に裏切らない――裏切れない。
”ごめんね! シオちゃん、こっちへ! ヴィヴィアンは召喚獣を呼び出したら一旦少し離れて!”
ジュリエッタの背中から降りたシオちゃんが《ペガサス》へ乗ろうとするのと同時に、ヴィヴィアンが《フェニックス》、更にそれに《ヴォジャノーイ》を合成させた召喚獣を呼び出す。
最初に呼び出した分はヴィヴィアンが気絶している間にムスペルヘイムにやられてしまったのだろう。コントロールが効かないのであれば仕方ない。
私の指示に従って《ペガサス》は再度ムスペルヘイムから離れた位置へと移動。熱ダメージを受けない範囲ではあるが、あまり離れすぎないところまで下がる。
”シオちゃん、ちょっと君の能力を教えて欲しい!”
「シオちゃんのでしゅか?」
スカウターでも見てはいるが、念のため本人の口からも聞き出しておきたいのだ。
というのも、スカウターで表示される情報はあくまで『スペック』だけの話なので、意外と真価が見えにくいという事情があるためだ。
……まぁその中でも特におかしいのは、きっとアリスの魔法なんだろうけど――いや、今そのこと考えても意味がない。
何で私がそんな質問をするのかわかっていないのか、シオちゃんは可愛らしく首を傾げていたけど……。
「プラムしゃま、いいでしゅか?」
と虚空へと問いかける。
『……もちろん、いい、わよ……』
どこからともなくプラムの声が響いてくる。
うーむ、やっぱりこの『樹』自体がプラムそのものなんだろうなぁ……。
……なんでタマサブローじゃなくてプラムに尋ねるんだ、っていうのは、まぁいいや……。
プラムの許可を得て、シオちゃんが自分の能力について説明をしてくれる。
……ちょっと、いや、かなり舌足らずな上に曖昧な説明なのでわかりにくかったけど――
彼女の持っている魔法は2つ。セットとジャグリング。そしてギフトは【爆破者】。霊装の能力については花畑で既に聞いてはいたけど、ユニットやモンスター以外のオブジェクトであれば何でも切断できる、という性能を持っている。
ふむ……?
”ねぇシオちゃん、ジャグリング使ってムスペルヘイムを投げ飛ばす、って出来る?”
彼女の能力を聞いた時、私の中でムスペルヘイムを倒すために必要な『条件』が浮き彫りになって来た感触がある。
実はここに来る前までにある程度は思いついていたんだけど、『あと一手が足りない』という感じだったんだよね……でも、シオちゃんがいれば、その『あと一手』が足りるのではないかという期待感が沸き上がって来た。
「……むりでしゅよぉ。まりょくぜんぶつかっても、あんなおおきいのなげられないでしゅ……」
”そっか……”
むぅ、ジャグリングではダメか。
この魔法、使いようによってはかなり危険だし破格の性能を持っている魔法だとは思う。
ただ欠点として、ユニットやモンスターを投げようとする場合、相手に抵抗されるとその分だけ魔力消費量が上がるというものがあるのだ。素直に投げられてくれる場合は消費は大分少ないみたいなんだけど……まぁこの辺りは魔法の制限なので仕方ない。
ムスペルヘイムを問答無用で投げ飛ばせるなんて魔法、はっきり言ってバランスブレイカーすぎるもんね……。
でもジャグリングが使えない、というのはそれはそれで別に構わない。
”よし、じゃあ――プラム、聞こえる?”
『な、に……?』
”プラム、今さ――このリングの下ってどうなってる?”
《ユグドラシエラ・アスガルズ》の具体的な効果ははっきりとはわからないけど、『大地とムスペルヘイムを切断した』と言っていることから地表とは切り離された『リング』になっているんじゃないかと推測していた。
であれば、リングの下側がどうなっているのか――それによってちょっと話が変わってくるのだ、私の考えによれば。
『今、なら……あちこち、に、溶岩……あるけれど……』
”溶岩の海、ってわけではない?”
『そう、ね……』
流石に溶岩全てが消えて普通の地面になっている、なんて都合は良くないか……。
今も尚火山からは溶岩が流れ出ているし、切り離される前に噴き出した分は未だ冷えて固まっていないのだ。
うん、でもすべてが溶岩の海である、という最悪の事態だけは避けられた。それで充分だ。
”わかった。
じゃあさ、シオちゃん”
「はい?」
ここで再びシオちゃんへの質問に戻る。
”――――――――っていうこと、出来る?”
私の質問の意味が最初わからず、きょとんとしていたシオちゃんだったが……。
『!! そういう、こと、ね……!』
「……なるほど、理解いたしました」
横で聞いていたプラムとヴィヴィアンは、私が何を狙っているのかを悟ったようだ。きっと、この場にジュリエッタがいれば、彼女も理解したかもしれない。
”シオちゃん?”
「え? あー、えっと…………うん、できる……とおもうでしゅ……」
やや自信なさげなのは、おそらく私が望む規模で魔法を使ったことがないためだろう。
まぁ気持ちはわかる。流石にシオちゃんも、自分の魔法がムスペルヘイム攻略の鍵となっている、ということは薄々気づき始めているのだろう。
もし失敗したら――いや、それ以前に求められていることが出来なかったら……そう思ってしまえばちょっと自信がなくなるのは無理もない。
”……よし。じゃあ、シオちゃん、悪いけどお願いしたいな”
「で、でも……」
『シオ』
プレッシャーに押しつぶされそうなシオちゃんに、プラムが優しい声音で語り掛ける。
『あなたなら、大丈夫……よ。私たち、が、ついてる……わ……』
「プラムしゃま……」
昨日会ったばかりの私が言うよりも、長い付き合いのプラムからの言葉の方が彼女の心に届くだろう。
まだちょっと悩んでいたみたいだけど、最終的にはこくり、とシオちゃんは頷いてくれる。
……うん、良かった。彼女ならきっと大丈夫だろう。
…………仮にダメだったとしても、その時は他の仲間がフォローしてくれる。やれるはずだ。
”プラム、場所の選定は任せるよ。シオちゃんはプラムの言う通りの場所に準備をお願い”
『えぇ、任せ、て……シオも、乗って……』
「は、はいでしゅ! いってきましゅ!!」
シオちゃんが《ペガサス》から飛び降り枝に乗り移ると、するすると枝が短くなっていきシオちゃんを連れて行く。
……むぅ、プラムのこの魔法、結構便利だな……。《ユグドラシエラ・アスガルズ》の範囲内限定ではあろうけど、範囲内であれば自由自在に植物を操れるという感じかな。もし対戦とかで使ったら、反則級の威力だと思う。
それはそれとして……。
”あとさ、プラム。オーキッドたちの方への連絡を頼めるかな?”
『それも、大丈夫、よ……合図も、私、がやる、わ……』
うん、本当にプラムは私の作戦を細かいところまで聞かずとも理解してくれているみたいだ。
ちょっと悩ましいのは、キンバリーの言う『奥の手』がどういうものなのかがわからないということなんだよね……。
”オーキッドの場合、船が浮かべる場所が望ましいかな? 彼女の霊装の主砲が使いたいし”
『わかってる、わ……誘導も、する、から……安心、して』
”助かる!”
よし、とにかくオーキッドたちの方はプラムに任せよう。
後は――シオちゃんの準備が整うまで、ムスペルヘイムを抑え込みつつ、《ユグドラシエラ・アスガルズ》がその前に破られないように食い止めるだけだ。
”ヴィヴィアン!”
「心得ております。ジュリエッタを援護します!」
ムスペルヘイムを食い止める役は、私たちのチームだ。
時間にしてそう長くはないはずだが――微塵も油断できない戦いとなるだろう。
ここで食い止めることが出来なければ以降の作戦は全て崩れ落ちる。
更には、絶対にヴィヴィアンをリスポーン待ちにならないように気を付けなければならない。
『”ジュリエッタ、やることは決まったよ! 私たちも行くから、ムスペルヘイムをもうしばらく抑え込むよ!”』
『……がってん!』
”ヴィヴィアンは手持ちのキャンディは温存しておいて! 私が回復するから、召喚獣を出し惜しみなしで!”
「かしこまりました!」
これが最後のチャンスとなるだろう。
『炎獄の竜帝』ムスペルヘイム――『嵐の支配者』グラーズヘイムと並ぶ、あるいはそれをも超えるかもしれない強大なモンスターだけど、決して倒せない相手ではない。
――この戦い、勝利の鍵を握っているのは……シオちゃんの魔法だ。
* * * * *
こちらがムスペルヘイムの命を取るために動いていることを察知しているのか、相手の動きも激しさを増してきている。
前脚だけではなく、背中の腕――翼腕を伸ばして上空からの一撃を振るうようになってきている。
ヤツが動くたびに全身から溶岩の塊が放たれ、無差別広範囲攻撃を繰り出されてくる。
しかし、ジュリエッタとヴィヴィアンにはそんな攻撃は当たらない。
「ジュリエッタ、右方向!」
「うん! そっちは左から!」
互いに互いの死角を埋め合い、危ない攻撃については事前に声を掛け合っている。
おかげで結構危ない場面でも問題なく回避し、ムスペルヘイムへと逆にカウンターを放つことが出来ているくらいだ。
……この二人、なんだかんだで相性悪くないんだよね……ジュリエッタは言うに及ばず、ヴィヴィアンだって元の姿の時から想像も出来ないくらい戦闘については的確な判断をするし。
ともあれ、私たちは相手の攻撃を回避しつつも、ムスペルヘイムを抑え込むことには成功している。
……まぁこっちから幾ら反撃しても、全然ダメージを与えられないという状況にも変わりはないんだけどさ……。
でもそれはそれで今のところはいい。目的はヤツの足止めなんだから。
”! 二人とも、気を付けて!!”
互いにダメージを与えられない状況に苛ついたのか、ムスペルヘイムが大きく息を吸い込む動作を見せる。
これは――拙い、あのレーザーブレスが来るか!?
流石にレーザーブレスだけは今撃たれるのは危険だ。
私たちだけなら回避は出来るけど、問題はこれが足場――《ユグドラシエラ・アスガルズ》を崩壊させる危険があるということだ。
まだ準備は整っていない。ここで《ユグドラシエラ・アスガルズ》が崩れてしまったら、作戦は全て水の泡と化してしまう。
「ヴィヴィアン、《イージスの楯》貸して!」
「! ええ!」
私の判断を待つまでもなく、すぐさま二人が動き出す。
なるほど、アレをやる気か!
ならば――
”ヴィヴィアン、《ペガサス》も! 私たちは――”
「はい! サモン《ワイヴァーン》!”
みなまで言わずともヴィヴィアンはすぐさま行動。
《ワイヴァーン》を召喚と同時にヴィヴィアンは《ペガサス》から飛び降り、替わりにジュリエッタが《イージスの楯》を頭上に掲げたまま《ペガサス》の頭の上に乗る。
そして、
「ライズ……《ヘヴィネス》!!」
自身の肉体を『重く』させ、楯を構えたまま《ペガサス》ごとムスペルヘイムへと突進する!
――要するに、かつてメガロマニアを倒す際に決め手となった、『《イージスの楯》を物凄い勢いでぶつける』というアレだ。
《イージスの楯》を使っている以上ダメージを与えることは出来ないけれど、ここで必要なのは『勢い』だ。
ジュリエッタと《ペガサス》が大きく開いた口――その下顎へと激突する!
ッゴゥゥゥゥゥンッ!!
と何かが爆発するような音が響き、ムスペルヘイムが大きくのけぞる。
レーザーブレス発射直前に、強引に口を閉じさせられたのだ。どれだけダメージになったかはわからないけど、口の中でレーザーブレスが暴発したのだ。それなりの衝撃にはなっただろう。
前回はアリスが《嵐捲く必滅の神槍》の勢いで叩きつけたのだけど、今回は《ペガサス》を使った。ジュリエッタならメタモルを使って《ペガサス》と《イージスの楯》を接触させることなく組み合わせて突進できる、と思ったのだけど正解だったみたいだ。
”強制移動、《ジュリエッタ》!”
「リコレクト《イージスの楯》!」
すぐさまジュリエッタをこちらへと呼び戻す。《ペガサス》は自力で何とかなるだろう。
口内での爆発から、漏れ出た熱が周囲へと放出されているため危険だ。
”お疲れ、ジュリエッタ”
「うん。……でも、まだ倒れない……」
彼女の言葉通り、ムスペルヘイムはのけぞりはしたものの倒れる様子は見えない。
むしろ、こちらへと怒りに燃える視線を向けて来る。
……同じ手でレーザーブレスを封じるのは無理かな……? となると、
”ヴィヴィアン、上昇!”
レーザーブレスの二発目はもう防げないと思った方がいい。
それならば撃たれても被害が最小限になるであろう、『上』へと向けて撃たせるように、私たちが上空――奴の頭上を取った方がいいだろう。
……まぁ上に向けて放った後、薙ぎ払うように下方向へと振り下ろされたら結果は同じなんだけど……やれることをやるだけだ。
『ラビ……準備、出来た、わ……!』
だが、私の心配は杞憂に終わってくれた。
プラムからの言葉――それはシオちゃんの準備が整ったことを意味しているのだ。
”……よし! プラム、オーキッドとキンバリーに準備を!”
『大丈夫、そっちもオーケー、よ……』
本当に理解してくれているおかげで用意周到で助かる!
後は――
”ヴィヴィアン、ジュリエッタ……いよいよ大詰めだよ!”
こちらからの反撃開始――そして、この反撃一発でムスペルヘイムを倒すだけだ!




