6-33. かつて英雄だった少年へ 6. 勝利への道筋を探して
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シオの持つ魔法は、二つ。
任意の場所に『不可視の』オブジェクトを配置する『セット』。
固定されていないものであれば、重量に関係なく投擲することが可能な『ジャグリング』。
ギフトは【爆破者】――触れた物質を『爆弾』に変えるという能力だ。
魔法そのものには直接的な攻撃力はない。ゼロではないが割と低めの部類であろう。
彼女の攻撃の要となるのは、【爆破者】となる。
「シオ、爆弾はどれだけ出せる?」
攻撃を回避しつつ――邪魔なのでシオは背中に負ぶさっている――ジュリエッタが尋ねる。
すぐさまジュリエッタがムスペルヘイムへとダメージを与える方法がない以上、今はシオの能力だけが頼りだ。
おそらく、プラムもそれを見越して……あるいはシオの攻撃からジュリエッタが何かしら思いつくことを期待して、シオを送り込んできたのであろう。
「んー……いくつでもだせましゅよ? あ、でも、まりょくがへるでしゅ……」
「そっか」
流石に無制限に爆弾を作れるというほど、【爆破者】も無節操ではないようだ。
「じゃ、とにかく爆弾を投げつけてあいつに攻撃して」
「で、でもあんまりきかないかもでしゅよ?」
「それでもいいから」
「わかったでしゅ……」
特に反発する様子もなく、シオは頷いた。
おそらく彼女自身も理解している通り、爆弾では大してムスペルヘイムへとダメージを与えることは出来ないだろう。
だが、それでも構わない。
「ジュリエッタがこのままおんぶしてるから、適当にやって」
「わかったでしゅよ」
目的は相手の注意を惹きつけ続けることと、シオの能力の観察だ。
特に後者については重要である。ラビ自身は話に少し聞いただけで、一度もシオが魔法を使っているところを見ていない。
ラビにシオの能力を見せること――それこそがジュリエッタの目的である。
もちろん、ムスペルヘイムの注意を惹きつけることも、身を守る術に乏しいであろうラビたちにとっては重要である。
「プラムしゃま! おねがいしましゅ!」
『えぇ……』
シオの願いに応え、プラムが枝から更に別の枝を伸ばし続ける。
ハサミ型の霊装――何でも簡単に切れるハサミだ――を使い、枝を次々と切ると共に、シオは【爆破者】を使ってそれを爆弾化。更にジャグリングを使ってムスペルヘイムへと投擲を繰り返す。
シオの爆撃に合わせ、プラムも別の枝から新たな植物を生やし、ムスペルヘイムへと攻撃を開始する。
分身相手にも使った《毒玉鳳仙花》を始めとした、『毒』を持つ花を次々と咲かせてムスペルヘイムへと毒を浴びせかける。
……だが、そのどちらも特に有効打を与えることは出来ていないことは明白だった。
爆弾は命中しているものの、全く揺らぎもせず、毒もすぐさま蒸発してわずかに表面に染みを残す程度だ。
「……二人とも、そのままお願い」
攻撃が効いていないのは理解しつつも、ジュリエッタは二人に攻撃の続行を頼む。
それしかやれることがないからだ……。
* * * * *
ジュリエッタの方の状況は私も把握している。
視界共有は残念ながら範囲外のため使えないが、今までの状況はジュリエッタが時折遠隔通話で伝えて来てくれていた。
……プラムに加え、シオちゃんも加わってくれたことのは頼もしいけれど、このままではムスペルヘイムを倒すことなんて到底無理だろう。
もちろん私だって今までただ逃げ回っていたわけではない。
ジュリエッタがムスペルヘイムを惹きつけてくれている間、どうにかしてヤツを倒す策を考えていた。
でも、結構厳しい、ということがわかっただけだ。
まず、ムスペルヘイムに通用する攻撃が無い。
プラムの魔法によって弱体化しているとは言え、防御力は相変わらず健在だ。生半可な攻撃では傷一つつけられない――ジュリエッタが全力で投擲した碇で、ようやくと言ったところなのだ。
で、ヤツに通じそうな攻撃はというと……ヴィヴィアンの《ケラウノス》くらいしかないんだけど、今はまだ使えない。彼女が意識を失ったままだからだ。
もう一つ期待していたものがある。オーキッドの『エンペルシャーク』の主砲だ。
しかしこれも……。
『わりぃ、多分無理だ』
ということだった。
理由を聞いてみると、どうも『エンペルシャーク』の主砲、射角を付けることはできないらしい。
船の真正面にしか撃てないのだという。
……それだと、現状ムスペルヘイムの足を撃つくらいしか出来ない。それではあまり意味がないのだ――足を一撃で砕いて転ばせる、というのも一つの案なんだけど……背中の腕を使えばあっさりと体勢を立て直されてしまうだろう。
《ケラウノス》にしたってとどめを刺せる保証がないのは、何度も考えてきたとおりだ。
というわけで、今私たちはジュリエッタの戦いを見守りつつ、流れ弾を回避しながらどうやって倒すかを考えている最中だ。
……まぁ考えてるの私一人だけど。
”うーん……”
最終的には《ケラウノス》を当てる……しかないだろう。
だから、どうやって当てるか、を考える必要があると思う。
とはいっても、あの巨体の動きを封じるのはかなり厳しい。
プラムの魔法で一瞬でも動きを止められないか期待したいところだけど……流石に超高温のムスペルヘイム本体に触れたら、魔法の植物と言っても耐えきれないんじゃないだろうか。
別の手段を考える必要があるんだけど……それが思いつかない。
「う、うぅ……ここは……?」
”ヴィヴィアン! 良かった、目が覚めたんだね!”
その時、苦しそうに呻きつつもヴィヴィアンが目を覚ます。
良かった……体力は回復しているのに目が覚めないから、何か変な影響を受けたのかと心配していたけど。
「ご主人様……うぐっ……」
”待って、まず《ナイチンゲール》を呼んで手当を”
「はい……」
ぱっと見た感じだと目立った外傷はないけれど無傷というわけでもない。
念のため《ナイチンゲール》を呼んで治療してもらった方がいいだろう。
私の言葉に従い、ヴィヴィアンが《ナイチンゲール》を召喚。自分の傷を治させている。
「おー、いいな、それ。アタシも欲しいわ」
”……ダメだよ、スティールしちゃ?”
「わーってるよ」
ほんとかなぁ……? この土壇場で《ナイチンゲール》をスティールされたら、流石に私だって怒るよ?
まぁそれはともかく、ヴィヴィアンが目覚めてくれたのは良かった。心配していたからというのもあるけど、《ケラウノス》を使うことが出来るようになるし、召喚獣の支援があればジュリエッタとシオちゃんも戦いやすくなるだろう。
回復してもらっている間、簡単にヴィヴィアンに状況を説明する。
”……というわけで、今ジュリエッタとプラム、それとシオちゃんがムスペルヘイムと戦っているんだ”
「…………」
大人しく私の話を聞きつつ《ナイチンゲール》の治療を受けていたヴィヴィアンだったが、話を聞き終わった後、
「申し訳ございませんでした!!」
といきなり土下座をする。
え? な、何この状況!?
表情が全くわからないけれど《ナイチンゲール》さんも心なしか困惑しているように思える。
「こ、このような失態を晒すなど……申し開きようもございません!」
”ちょ、ヴィヴィアン!? 別にそんなの気にする必要も――”
本当に私もジュリエッタも怒ったりしているわけではないし。
むしろ心配していたくらいだ……って、そうか。心配を掛けさせてしまったこと自体を気にしてしまうか、ヴィヴィアンならば……。
「かくなる上は、腹を切ってお詫びを――」
”わぁっ!? やめてよ!?”
そこまで思いつめるようなものじゃないでしょ!?
が、顔を上げたヴィヴィアンはしれっと続ける。
「いえ。わたくしではなく、もちろんあのムスペルヘイムの腹ですが」
……腹を切って詫びるって、相手の腹を切ることじゃないと思うんだけど……いや、まぁヴィヴィアンの切腹なんて望んでないしして欲しくないけどさ。
《ナイチンゲール》はその間も淡々とヴィヴィアンの治療を続けていたが終わったのだろう、立ち上がると所在なさげに立ち尽くしている。
ヴィヴィアンは立ちあがり《ナイチンゲール》を回収、そして私を抱き上げる。
「オーキッド様、ご迷惑をおかけいたしました。そして、ご主人様をお守りいただき、感謝いたします」
「あ? いーって、別に。仲間だろ?」
事も無げに『仲間』と言い切るオーキッドに、思わず私もヴィヴィアンも硬直してしまった。
「……ん? どうした、変なツラして?」
「くくっ……」
私たちの様子を見て不思議そうにオーキッドは首を傾げ、キンバリーは面白そうに笑う。
うーん……オーキッドって、威勢が良かったり実はビビりだったり何だか不思議な子だけど……何というか、こういう時にさらりとああいうことを言ってのけるって、意外と大人物なのかもしれない。
「――いえ、失礼いたしました。
それでご主人様、この後わたくしはどうすべきでしょうか?」
やんわりと微笑んで誤魔化しつつ問う。
……そうだね。ヴィヴィアンも復活してくれたことだし、そろそろ私も本気で動こう。いや、今までだって本気だったけどさ、離れた位置から見守るだけだと、ジュリエッタたちに比べたら『本気』とは言えないと思うんだ。
私の中で答えは決まっていた。
”ヴィヴィアンは《ペガサス》を出して、私と一緒にジュリエッタの援護に向かおう。
この船には《ペルセウス》を念のため護衛に置いていく”
「畏まりました」
「おう、用心棒の先生がいてくれるっつーんなら歓迎だぜ! で、アタシらはどうすりゃいい?」
”オーキッドはこのまま船で待機してて。もし危なくなりそうなら、溶岩の海に落ちる前に船に乗せてあげるようにして欲しい。キンバリーもそのお手伝いをお願いね”
「よし、わかったぜ!」
少なくとも『エンペルシャーク』の主砲を使う場面が出て来るまで、オーキッドとキンバリーには補助に回ってもらうことになるだろう。
「……なぁ、導くものよ」
”へ? なに、キンバリー?”
今まで意味深に笑っているだけだったキンバリーが、その顔から笑みを消し真剣な表情で私のことを真っすぐに見つめて言う。
「決定打とはならぬだろうが――我の秘術を用いることで、炎獄の竜帝に打撃を与えることは可能かもしれぬ」
”ほんと?”
「うむ……なれど、一度限り……そして我はその後動くことが出来なくなる」
「……キンちゃん、もしかしてアレを使う気か? ……いや、むしろ使うべきか、この場合……」
ふむ……?
どうやらキンバリーには『奥の手』があるみたいだ。しかし、それを使うと彼女はほぼ戦線離脱すると見ていいだろう。
となると――
”わかった。頭に入れておく。使うタイミングは――私に任せてもらっていいかな?”
「くくっ、元よりそのつもりだよ、導くものよ」
”うぬ、貴公に任せたぞ!”
キンバリー本人も、そして使い魔のライドウにも異存はないみたいだ。
どうしてもヤバくなったら……という時は別だけど、キンバリーの態度からしてムスペルヘイムにも多分効果がある魔法なんだろうし、ここは温存しておいた方がいい。
……切り札を抱え落ちするのが最悪といえばそうなんだけど、単発で切り札を切ったところで意味はないと思うんだよね、ムスペルヘイム相手には。
ヴィヴィアンの《ケラウノス》、オーキッドの『エンペルシャーク』主砲、そしてキンバリーの『奥の手』……。
これらをいかに有効に使うか。
ムスペルヘイムに勝利するためには、それぞれを散発的に使うのでは意味がないだろう。
また、単純に同時攻撃すればいいというわけでもない、という予感もしている。
…………ダメだ、まだヤツを倒すための『ピース』が足りていない。勘だけど、そう思えて来る。
「ご主人様、参ります!」
”うん、行こう!”
ヤツを倒すための『ピース』――それを探すためにも、私たちは危険を承知でムスペルヘイムの元へと向かって行くのであった。




