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6-31. かつて英雄だった少年へ 4. 若きヒーローの悩み

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビたちがムスペルヘイムと戦う前日――すなわち、一月一日。

 名もなき島にてラビたちがプラム一行と出会い、そして帰還した後……。

 現実世界でラビとあやめ、そして海斗の三人で話合った時のことである。




*  *  *  *  *




 千夏君に連れられて桃香と美々香も部屋から出て行った。

 これで部屋に残っているのは、私とあやめ、そして海斗君だけである。

 ……まぁ流石に盗聴器とかそんなのがあるわけはないと思うので、人に話を聞かれる心配もない。

 私の予想が正しければ、海斗君的にはあまり人に聞かれたくないと思うのだ、これから話す内容は。


「……今日会ったばかりのラビに言うのも変に思われるかもしれないけど、聞いてくれるかな? どうして俺があの島を守りたい、って思ったのか――その理由を」


 多分、島を守りたいという理由……それが直接ではないにしろ、海斗君がこのお正月に一人であやめの元へとやって来た理由にも繋がっているのだろう。

 私は頷き海斗君の言葉を待つ。


「俺は……『正義の味方』になりたかったんだ」


 ファンの間では有名な話である。


紅梅(こうめ)海斗は「正義の味方(マスカレイダー)」になりたくて役者を目指した』


 と。

 まぁマスカレイダー自体が正義の味方とは必ずしも言えない、とかそういう細かい話は置いておくとして。

 ともあれ彼は念願かなってマスカレイダーとなることが出来たのだ。

 これは中々すごいことだと思う。


「そうですね。カイの昔からの夢でしたからね」


 あやめもそのことは知っているのだろう。

 マスカレイダー自体、『VV(ヴィーズ)』が10作目であるものの、シリーズとしてはもっと大昔からあるものだ。それこそ、海斗君が生まれる前どころか、親の世代も見ていたかもしれないくらい長いシリーズである。

 子供のころからずっと憧れていても全然おかしくはないだろう。


「それで、まぁ……マスカレイダーになれたのはいいんだけどね……」


 やや憂鬱そうにため息をつきつつ――なんかその態度が、クエスト内で見たプラムの動きに被って見えた――海斗君は続ける。


「当たり前のことだけどさ、現実では正義のヒーローって言っても色々としがらみがあるんだよね」

”うん、まぁね……”


 生憎と私には芸能人とかそっち方面の知り合いがいないので業界の中身なんて全く知らないけど、一応は元・社会人である。

 芸能人だってフリーの人とかいるんだろうけれど、基本的にはどこかの会社(事務所?)に所属しているという点では同じなのだ。


「それでさ、俺に限った話ではないんだけど……マスカレイダーに出演したことをなかったことにしたり、以降の仕事を断ったりとかあるんだよね……」


 まぁ、そういう話は聞いたことがある。

 役者本人の意向もあるかもしれないし、所属している事務所がそういう方針にするということもあるだろう。

 言葉は悪いが、いくら長寿の人気シリーズとは言っても所詮マスカレイダーは『子供向けの特撮番組』なのだ。

 これから先の長い役者人生でそれが『足枷』になることはそうそうないとは思うが、イメージが固定されてしまうのを嫌うというのは理屈としてはわかる。……ま、ファンとしてはちょっと複雑な気持ちだけどね。


”うーん、ひょっとして海斗君も?”

「うん……」


 そういうことか。


「まぁ積極的に出演履歴から消す、とかそういうことじゃないんだけどね。ただ、マスカレイダーのイメージは余り残したくないって方針で……ゲームとか映画の仕事も、レイダー関連のは優先度下げるって言われててね……」


 マスカレイダーシリーズは当然のようにテレビゲームも制作されている。

 流石にそちらは実写ではないだろうから、多分声の収録とかなんじゃないだろうか。テレビで放映された分の音声はそのまま使えないんだろう、著作権とか何かよくわからないけどそういうのはありそうだ。

 映画も歴代レイダーが集結するというお祭り的なものもやっている。そちらだと、現在放映中のレイダー以外は『ゲスト出演』という感じなので、最悪でもレイダーに変身後の声だけとかでも大丈夫と言えば大丈夫だ。

 うーん、そうか……マスカレイダーになりたくて役者になったのに、マスカレイダーには関われない――事務所の方針でとは言え――ようになってしまったのが悩みなのか。


「……まぁ、どっちにしろ一度マスカレイダーやっちゃったし、別シリーズでまた……ってわけにはいかないだろうな、ってのはわかってたけどね」

「それはそうでしょう。カイと同じ志を以て役者を目指す子もいるでしょうし」


 海斗君が言っているのは、彼は『マスカレイダー VV』で主役となるレイダーをやっているので、以降の新しいレイダーでは主役は出来ないだろうという意味かな?

 確かにそれはそうだろう。まぁこれが『VV』の続編――仮に『VVV』とでもしておくか――となれば話は別かもしれないけど、全然別のレイダーなのにまた主役をやるっていうのはかなり無理があると思う。

 ただ、だからと言って絶対に別のレイダーに出演できないというわけではない。あるレイダーに出演していた人が、数年後に別のレイダーに出演するということ自体はありえるのだ。

 確か『VV』の東郷さん役――二号レイダーの人だ――がそうじゃなかったかな? 以前は確かレイダーと敵対するいわゆる怪人側のボス役だったはずだ。

 んー、でも主役の人が別シリーズに……ってのは確かに聞いたことない気がするなぁ。ありすなら詳しく知っているかもしれないけど。


「それで…………うん、正直に言うと、俺……役者を続けるかどうか悩んでたんだ」


 気持ちは……わからないでもないかな。

 ちょっと驚いたけど口を挟まずに海斗君の言葉を待つ。

 あやめの方はというと、予想していたのかあるいは事前に聞いていたのか、特に表情に変化はない。


「そんな時、タマサブローと会ったんだよね」


 海斗君によれば、お盆の期間に一度こちらへと帰ってきていたそうだ。

 その時の帰省、『本当はお盆休みなんてなかった』って言ってたけど……もしかしたら家族に相談したくて帰ってたのかもしれない。

 ともかく、その帰省の際にタマサブローと出会い、『ゲーム』に参加することになったみたいだ。


「衝撃的だったよ、ほんと……」

”まぁねぇ……”


 普通に考えてありえない存在だしね。未だにその正体は不明だし……。


「タマサブローは『モンスターを倒して世界の平和を守るゲームだ』なんて言ってたけどね」

”……なるほど”


 タマサブローは海斗君をその気にさせるために、そういう方便を使ったか。いや、まぁもしかしたら真実なのかもしれないけど。


「まぁタマサブローの言うことはともかくとして、俺はあの『ゲーム』自体は結構好きなんだよね。現実じゃありえない動きだって出来るし、やっぱり体を思いっきり動かすのって楽しいし。

 ……敢えて言うなら、あの格好はどうにかならないかなぁってのはあるんだけどさ」


 と苦笑い。

 うーん、プラムはプラムで、見た目すごく綺麗だし悪くないと思うんだけどなぁ。やっぱり元が男の子だと違和感があるのかしら。


「カイの『ゲーム』中の姿とは、どのようなものなのですか?」

「ちょ、アヤちゃん!?」

”あれ? 聞いてないの?”


 お互い超常現象としか言いようのない『ゲーム』に参加しているという情報は共有しているというのに、そこは共有していないんだ。

 ……まぁ海斗君からは口にしづらかろう。


「……お、俺の口からは……」

「ではラビ様」

”私が暴露しちゃっていいのかなぁ……?”


 本人が隠したがっているみたいだし、一応個人情報? だと思うし……。


「……私はいつもラビ様のために尽くしているというのに、こんな簡単なお願いすら聞き入れてもらえないのですね……悲しいです……ぐすん」


 こやつめハハハ……。

 白々しい泣き真似をするあやめに、海斗君が諦めたように小さくため息を吐き、私を見て頷く。

 うーん、まぁ本人が諦めたんならいいか……話も進まないし。


”海斗君の変身後の姿ねぇ……まぁ物凄い美人だよ。美人のエルフ――エルフってわかる? 耳のとんがった妖精”

「……なるほど」


 あっさりと泣き真似をやめて何やら納得している様子。

 っと、そういえば今更だけど気になってることがあったんだった。

 今回の本題とはズレるけど、忘れないうちに聞いておこう。


”あやめの方はどうなの? そういえば私聞いたことなかったよね”

「私ですか? 一度しか『ゲーム』には参加していないのでうろ覚えですが……」

「じ、自分のことなのに……ほんと桃香ちゃんのこと以外眼中にないよね、アヤちゃんって……」


 その辺は、まぁ……あやめと桃香が『ゲーム』に参加した時の状況がアレだったからなぁ。桃香の方がかなり大変だったし。


「私は……そうですね、一言で言えば――『サイボーグ』でしょうか」

”サイボーグ?”


 これまた変わった姿のユニットのようだ。


「はい。確か、ところどころに機械のようなパーツがありましたね。ロボットと言うには人間に近いので、サイボーグという表現が一番近いかと」


 ロボットだと完全に機械、アンドロイドだと見た目人間の中身機械、サイボーグだと人間に機械のパーツを追加した……とかそんな区分けなのかな?

 あやめ自身は使い魔が見つからない現状、一人でクエストに行くつもりもないようなので最初の一回きりしか変身していないみたいだ。

 今後会うことがあるかどうかはわからないけど……もし彼女の使い魔が『ゲーム』をやる気になり、かつ私たちと敵対する場合に慌てないように一応あやめの変身後の姿を聞いておきたかったのだ。


”……っと、ごめんね海斗君。話の腰折っちゃって”

「今のはどっちかというとアヤちゃんのせいじゃないかな……?」


 そうかもしれない。

 あやめはしれっとまたクールな表情に戻って、さっさと続きを話せと言わんばかりの態度だし……。


「まぁいいか。アヤちゃんには言うだけ無駄だもんね……」

「何か?」

「……なんでもないです」


 か、完全に尻に敷かれているなぁ……それか、もしかしたら惚れた弱みなのかもしれないけど。

 ともかく話を戻そう。


「えーっと、何だったっけ……そうそう、『ゲーム』に参加したってところか。

 参加してからムスペルヘイムが出て来るまでは、向こうで話した通りだよ」


 あやめはムスペルヘイムのことは知らないだろうけど、そこはちょっと省略だ。必要なら後で私が説明しよう。

 さて、ここからが肝心なところだ。


「俺がどうしてあの島を守りたいのか……。

 守りたいと言ってるけど、実際には守れなかったんだよね……」


 彼が再度島――いや元・大陸か――に着いた時、既にムスペルヘイムが現れ壊滅状態だったという。

 それを『守れなかった』、手遅れだったというのだろう。その辺は人によって感じ方は違うし、私としては海斗君が責任を感じるようなことではないとは思うが……言っても仕方あるまい。


「俺がもう少し早く駆けつけていたら、なんてことまでは流石に思わないけど……もっと強ければ、被害は食い止められたかもしれない。そういう思いはどうしても拭えないんだ。

 向こうでも話したけど、あの島にあった町に誰かが住んでいたかどうかってのはわからない。もしかしたら無人の町だったかもしれないし、既に滅んでいた町だったのかもしれない……もっと言えば、俺の『妄想』は全然的外れでアレは単なるゲーム内のオブジェクトに過ぎないのかもしれない」


 ……向こうで少し話したけど、『ゲーム』の舞台はデジタルの世界なんかじゃなくて、実際のどこかに存在する場所かもしれない、という話か。

 何にしてもムスペルヘイムのことについて海斗君が責任を感じる必要なんてないはずだ。


「でもさ――()()()、って思っちゃったんだよね。

 ほら、俺も一応『正義の味方』だし……上手く言えないんだけど、ムスペルヘイムからあの島を守れなかったのが――悔しいんだ」


 そう言って自嘲するように笑う。


「だから、あいつに滅ぼされた島を、俺の力で復活させたい……そんな思いがあるんだ。

 傲慢かもしれない。ただの俺の独り善がりかもしれない。でも……ほんの少しでもいいから、あの災害の化身の爪痕に抵抗したい――それが、ヒーロー気取りの、結局間に合わなかった俺に出来ることなんじゃないか、そう思うんだ」


 そういうことか……。

 彼にとってあの島をムスペルヘイムから守るということは、滅んでしまった大陸と町――そしてそこに住んでいた()()()()()()人々への贖罪。

 そして、ムスペルヘイムへの抵抗なのだ。

 『まだ、俺はお前に屈していないぞ』という……ムスペルヘイムが破壊したものをもう一度取り戻そうという意思表明。

 あの島が再びムスペルヘイムに滅ぼされたその時が、彼の心が完全に折れる時なのだろう。

 『正義の味方』という誇りが完全に汚される時なのだろう。


”……海斗君。君は――ムスペルヘイムを倒したいかい?”


 敢えて私は尋ねる。

 一体どんな気持ちで、ムスペルヘイム討伐の協力を私たちにお願いしたのか――推測はできるけど確信は持てない。

 本当なら彼は自分一人で何とかしたいと思っていたのだろう。

 でも、それが無理だとわかった。ムスペルヘイムも封印するのが精いっぱいで、かつ封印したまま倒すことすら出来ない。

 それを悟った時に一体どんな気持ちだったろうか。


「…………ラビたちを危険に晒すのはわかっている。あいつが――もしもあいつが動き出したら、戦おうとすること自体が馬鹿げているくらいとんでもない相手なのに、それと一緒に戦ってくれって無茶言っているのはわかっている」


 それでも――

 海斗君は言った。


「俺は……あの島を今度こそ守りたい。そのために、ムスペルヘイムを倒したい」

”――わかった。君が諦めない限り、私も諦めない。あいつを倒すのに協力するよ”


 でも、もし海斗君(プラム)が諦めたのであれば、その時は私も遠慮なく撤退するだろう。

 やっぱり桃香たちをわざわざ戦う必要のない相手と戦わせて、危険に晒すってのは嫌だし……まぁ桃香も千夏君も戦うとなれば嫌とは言うまいが。


「……うん。ありがとう、ラビ」


 ムスペルヘイムは今封印状態にある。

 そこを私たちと海斗君たちで攻撃すれば、さほどの危険もなく倒せるかもしれない――希望的観測かもしれないけどさ……。

 ……けれども、もしムスペルヘイムが動き出してしまったら……果たしてその時海斗君はどういう決断をするのか。

 それはその時が来てみないとわからない。

 まぁそんな時が来ないにこしたことはないんだけどね。

 でも、まぁ……あの島を守りたいっていう気持ちはわかった。

 海斗君もおそらくこの期に及んで嘘をついているとは思えないし、アレが正直な気持ちなんだろう。


 ――かつて英雄(ヒーロー)だった少年の心を救うための戦いだ。彼が折れない限りは私たちも決して折れない。そういうことだ。


「…………結論は出ましたか」

”ああ、うん。私としてはいいと思ってるよ”

「そうだね。ごめんね、アヤちゃんも。向こうでの細かいことは伝えられないんだけど……」

「はい。それは結構です」


 ……と、何やらじとっとした視線を私と海斗君へと送る。

 え? あれ、何この視線?


「――ですが、桃香に危険が及ぶかもしれない、というのは聞き捨てなりません」

”「…………あ」”


 そ、そりゃそうだ……。あやめがそんなの黙って見過ごすわけないよね……。

 結局その後、あやめに色々と説明をして納得させるのに時間がかかってしまった……。

 最終的には危険と判断したら諦めなさい、と海斗君の決心をバッキバキにへし折る約束をさせられて……いや、まぁあやめの立場なら当然っちゃ当然だけど。


「……ムスペルヘイムより、アヤちゃんの方が強敵だよ……」

”ちょっと、頑張ってよヒーロー……”


 黙って桃香を危険に晒そうとした罰、ということでお汁粉抜きの刑に処された私たちはしょんぼりとしながら部屋で正座しているのであった。

 ……現実なんてこんなもんだよね。

 だからこそ私は思うのだ。

 現実に比べたら、『ゲーム』の中の困難なんて――きっとどうとでも出来る、って。


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