6-30. かつて英雄だった少年へ 3. 祝福の楽園
――これは今度こそ終わったかな……。
ジュリエッタの強制移動も間に合わない。
ヴィヴィアンに対して強制命令を掛けて召喚獣を呼び出すということも出来ない――本人に聞こえてないと強制命令は効果を発揮しないからだ。
簡単に諦めたくはないけれど、今回ばかりはどうしようもない。
何とかヴィヴィアンだけでも助けたいけど……その方法が私にはない。
いくら体力お化けのヴィヴィアンでも、高所から地面に気絶したまま落下して無事で済むとは到底思えない。ましてや叩きつけられるのは地面ではなく溶岩の海だ。
そしておそらく私もダメだろう。使い魔の体力はユニットよりも多いとは言っても、溶岩の中に落ちていつまでも平気でいられると思えるほど、私は楽観的ではない。
……ごめんよ、ありす。皆……。
”……?”
溶岩にダイブするまで数秒もないだろう。
けれども、私たちはいつまでも溶岩に落ちる様子がなかった。
それどころか落下する時に感じる浮遊感すらなくなっている。
……あれか? 痛みを感じる前に死んでしまった、とかそういうことなのだろうか?
「くくく……間に合ったようだな」
聞き覚えのある声。
恐る恐る(いつの間にか閉じていた)目を開いて周りを見ると――
”これは……キンバリーの魔法!?”
私とヴィヴィアンを包み込むように、真っ黒のゆりかごが出現していた。
それが私たちを包み、溶岩の海の上に浮かんでいるのだ。
「然り! 急げよ、可憐なる魔獣公女!」
「うん、さんきゅ、キンの字!」
上空から降りてきたジュリエッタが、気絶しているヴィヴィアンごと抱きかかえてその場から離れる。
急げ、そう言った理由はすぐわかった。
私たちを助けてくれた影のゆりかごは、時を待たずにゆっくりと燃え上がり焼失してしまったのだ。
……流石に溶岩の熱そのものには耐えきれなかったか。もしジュリエッタが私たちを追いかけて降りてきていなかったら、結局助からなかったかもしれない。
「殿様、ヴィヴィアンの傷……結構深いみたい」
”う、うん。とにかく体力は回復させよう。すぐに目が覚めてくれるといいんだけど……”
どうやら尻尾の叩きつけを避けようとした時、私とジュリエッタを庇おうとしてくれたためだろう。
《ペガサス》をブチ砕くほどの威力を、ヴィヴィアン自身も少し食らってしまっていたようだ。
ヴィヴィアンだから何とか生き残っているだけで、もしジュリエッタが食らっていたとしたら……想像するだに恐ろしい。
グミを与えて体力自体は完全回復させた。
後は攻撃のショックから目を覚ましてくれればいいんだけど……《ナイチンゲール》が欲しい! けど、《ナイチンゲール》を呼べるヴィヴィアン自身が気絶してちゃどうしようもないか。
「キンちゃん……キャプテンも」
溶岩の海の中にも足場は幾つか点在している。
そのうちの一つ、私たちに近い位置にキンバリーが、少し離れたところにオーキッドとライドウがいた。
どうやら私たちを追いかけて来てくれたらしい。
……でも、正直彼女たちが増えても……。
「へっ、しけた面してんなぁ、オイ。
アタシらが来たからにゃ、大船に乗ったつもりで……って言いたいところだが」
そう言いつつ、ムスペルヘイムの方を見る。
尻尾攻撃で大きく移動したムスペルヘイムだが、やはりあれはやつ自身にとっても負担が大きい動きだったのだろう。
背中の巨大腕を突っ張り、四つん這いの姿勢となりながらゆっくりと立ち上がろうとしている。
だが、その目には相変わらず凶悪な光が灯っているのがわかる。
レーザーブレスは今のところ撃つ気配はないが、四つん這いでも撃ってこないとは限らない。
とにかく、今は向こうも立ち上がろうとしているところだ。動くならチャンスだろう。
「一旦離れるぜ!」
”そ、それはいいけど……”
正直ヴィヴィアンが気絶している以上、こちらの戦力は半減している。
態勢を立て直すための時間と場所が欲しいところだ。
でもどうやって?
「キンちゃん!」
「くくく、往くぞ、我が盟友! 【日陰者】――シャドウアーツ《ダークネスコート》!」
「来い、『鮫帝号』!!」
何と、この溶岩の海にオーキッドの霊装――巨大海賊船を呼び出したのだ。
船の周りをキンバリーの影で囲み防御力を上げつつも、船はまるで普通に海を渡るかのように溶岩の海の上を進んで行く。
「乗りな!」
「うん」
……うーむ、中々に出鱈目な性能してるな、オーキッドの霊装も……。
ともあれ今は助かる。
私たちはオーキッドの船に乗せてもらい、一旦この場を離脱することにした。
もちろんムスペルヘイムから余り遠くには離れず、様子は見続けているが……特にレーザーブレスには警戒が必要だ。『エンペルシャーク』の機動力では避け切れない。
「ジュリ公、奴は!?」
「……起き上がった。ゆっくりと動いてる……」
「チッ、自爆は流石にしてくんねーか」
まぁ流石にね。
ジュリエッタがムスペルヘイムの監視、オーキッドが操船をして私たちは溶岩の海を移動していた。
ほんと、溶岩の海でも普通に動くってどういう船なんだろう、これ……? というか、見た目は明らかに帆船なのに、どうやって動いてるんだ……?
「う、うぅ……」
”ヴィヴィアン!?”
船室に入っている余裕もなく、私たちも甲板上にいたのだが、気絶していたヴィヴィアンが苦し気に呻いている。
でも相変わらず意識はない。ダメージ自体は回復しているけど目が覚めないってのは心配だ……かと言って無理矢理叩いたりして起こすのも怖いし……。
「キャプテン、ヤツが来る!」
「おう! ちぃと派手に行くぜ!」
”え、ちょっと!?”
ようやく立ち上がり態勢を整えたムスペルヘイムが再び前進を始める。
やつが動くたびに地面が震え、あちこちから新しい溶岩が噴出して辺りを埋め尽くしていく。
だが溶岩が広がる分には『エンペルシャーク』の移動範囲が広がることを意味している。
オーキッドは巧みに船を操り、溶岩の噴水をかわしながらムスペルヘイムから離れようとしている。
船が物凄い勢いで揺れてはいるんだけど、不思議なことに甲板上に乗っている私たちにはまったく影響がない。これも霊装――というか『エンペルシャーク』の機能なんだろうか?
ともあれ状況は相変わらずだけど、少なくとも足場はそれなりに安定しているみたいだ。多少なりとも安心してヴィヴィアンを寝かせていられるし、話も出来るだろう。
「……悪かったな、来るのが遅れてよ……」
ひたすら逃走しながら、ポツリとオーキッドが呟くように言った。
悪いもなにもない。
”い、いや。来てくれて助かったよ……でも、いいの? 正直、あいつ私の予想よりはるかに強いよ?”
さっきまでの戦いでも手を抜いたつもりは全くない。
それでもほとんどダメージを与えることすら出来なかったのだ。何かしら打つ手を考える必要があるだろう――思いつくかどうか何とも言えない感じだけど……。
そんなところにわざわざ飛び込んできたのだ。私たちは私たちで精一杯だし、オーキッドたちにもかなり危険が及ぶ可能性が高い。
私の言葉に、オーキッドは真面目な表情で振り返る。前見て運転しないで大丈夫かな……?
「……それでも、おめーら――諦めてねぇんだろ?」
――当然!
”うん、まぁね”
「あたりまえ……まだ試してない攻撃もある。ジュリエッタ、まだやれる」
ヴィヴィアンは意識を失っていて返事は出来ないが、きっと同じだろう。
私たちの答えを聞いて、にやっとオーキッドは笑う。
「っしゃ! じゃあ問題ねーや。アタシらも協力するぜ! な、ライドウ、キンちゃん!」
「くくく……全く、我らがキャプテンと来たら。汝と共にいると、命が幾つあっても足りぬな。
だが――くくっ、それでこそ我が認めた盟友よ!」
”ぬははっ、その意気や良し! オーキッド、貴公の思うがままに征くがよい!”
どうやらキンバリーとライドウもムスペルヘイムと戦うことには賛成みたいだ。
ほんと、命知らずだな……私たちが言えた義理じゃないけど。
でもありがたい。
”……わかった。ありがとう、三人とも!”
「へっ、いいってことよ! つーか、感謝するのはこっちの方だぜ!」
”ん? どうして?”
何か私たちしたっけ?
「あぁ! アタシらに『気合』入れてくれたよ、おめーらは!」
と、そこで急ハンドル――いや、船だから面舵? 取舵? とにかく向かって右側へと大きく船を急旋回させる。
するとさっきまで船の通っていた道をなぞる様に、炎の塊が通り過ぎて行く。
……ムスペルヘイムからの攻撃だ。レーザーブレスではないが、それでも食らえば一発で体力が消し飛ぶであろう火炎弾を放ってきたのだ。
「『悔しい』……ああ、そうだぜ! このまんま、『お宝』が目の前にあるってーのに諦めるのは、悔しいよなぁ!!」
悔しいと言いつつも、オーキッドの顔は満面の笑顔を浮かべている。
心の底から『楽しい』、そう思っているのが伝わってくる。
その様子を見ているキンバリーは相変わらず何考えているのかわからないけど……どこか呆れたような、でもなんか微笑ましいものを見ているかのような笑みを浮かべていた。
「だからよ――ブチかましてやろうぜ、アタシたちで!!」
船を旋回させつつ、横腹をムスペルヘイムへと向けた形で並走。
「撃てぇっ!!」
そしてオーキッドの号令と共に船の側面に設置されていた砲台から一斉射撃を開始する。
砲弾は真っすぐにムスペルヘイムへと飛び――命中。
しかし、分身の時よりも更に巨大化しているムスペルヘイムは全く揺らぎもしない。
気にすることなくオーキッドは砲撃を続けさせ、また相手の攻撃をかわし続ける。
「……殿様、ジュリエッタ、行く」
”……うん”
「ヴィヴィアン、お願い」
闘志に火が点いたのか、ジュリエッタがやる気満々だ。
ヴィヴィアンが復活するのを待ちたいところだけど、そうも言ってられない……か。
「ちょい待ち! もう少し待ってくれ!」
「……?」
だが船からムスペルヘイムへと向かって行こうとしたジュリエッタをオーキッドが止める。
「今突っ込んでいっても、ロクにダメージ与えられねーだろ?」
「……そうだけど、待ってても仕方ない」
「いんや? そうとも言えねーんだな、これが!
――っと、少し飛ばすぜ……振り落とされねーようにメイドを支えてな!」
何だろう、何かオーキッドには策があるのだろうか?
詳細を説明する間もなく、彼女が言うように船が更に加速――溶岩の海を走り続ける。
理由はすぐわかった。
「くっ……!? 本格的に攻撃してきた……!?」
”ジュリエッタ、今飛び出すのは拙い!”
天に向かってムスペルヘイムが咆哮を上げると共に、周囲の溶岩の海、さらにその下の地下から何本もの溶岩の柱が吹き上がってくる。
上空からは本体に付着した溶岩を雨と降らせ、巨大な火炎弾まで襲い掛かって来る。
「ハーッハッハッ!!」
一歩間違えば直撃を受けるか、あるいは下からの噴き上げに巻き込まれるかで船が沈められそうだというのに、オーキッドは高笑いをしつつ実に楽しそうに船を駆り攻撃を回避し続ける。
この猛攻撃の中、流石にジュリエッタを一人で行かせるのは自殺行為だ。だからと言って、このまま船でかわし続けるというのも難しいような気がする。
私の心配を余所に、キンバリーとライドウは随分と落ち着いている……こっちはこっちでオーキッドと正反対だ。
……ていうか。
”ね、ねぇ……オーキッド、大丈夫なの? 何か変なテンションになってない?”
何かそっちの方が心配だ。
明らかにオーキッドの様子がおかしい。完全に『ハイ』になってる。
高揚感とかそういうレベルじゃない。
「くくく……禁断の果実を口にしているからな」
”……は?”
ちょっと待って、それ聞き捨てならないよ!?
何かヤバい薬とかやってるんじゃないの!? 幾ら『ゲーム』内の話だからって、そういうの見過ごせないよ!?
「案ずるな。植物由来100%で害はない。
……まぁ、アレは我が盟友が勝手に上がっているだけだがな」
そーいう問題じゃないって。大麻だって言いようによっちゃ、植物由来だよ!?
…………え? 植物……?
「フハハハハハッ!! 海賊船がそう簡単に沈むかぁっ!!」
”うわぁっ!?”
と、突然船が大きく揺れる。
目の前に現れた溶岩柱を回避するため、碇を降ろして船を固定――更に無理矢理舵を回して急カーブをして回避する。
……海賊船でドリフトしおった!? というか、本当にこの船『帆船』なんだろうか……? いや、霊装にそんな突っ込みを入れても仕方ないんだけど。
物凄い揺れをしているけど、不思議と私たちが甲板から放り出されることもない。これも霊装の力なんだろうか……?
い、いやそれよりも――
”も、もしかして……!?”
そうだよ、ここに来たのが――ムスペルヘイムとの戦いに駆けつけてきたのが、オーキッドたちだけと決まったわけじゃない!
私の予想を裏付けるかのように、轟音が響く溶岩の海の中、不思議と通る声が響く。
「グロウアップ――《聖天囲うは――」
この声は――
「祝福の花園》!」
『彼女』の魔法が解き放たれる。
それと共に激しい地響き――火山の噴火とは異なる激しい揺れが辺りを襲う。
”これは……!?”
「うおっ!? 思ったよりやべぇ感じだなオイ!?」
私たちの乗っている船も大きく揺れる。が、相手の攻撃にさらされているほどではない。
「殿様、あれ!」
ジュリエッタが指さした方を見ると……。
”大きな……『樹』……? それも何本も……”
ムスペルヘイムを中心に取り囲むように、天まで伸びそうなほどの巨大な『樹』が屹立する。
かなり離れた位置に生えているはずなのに、それでもわかるくらいの大きさだ。
私たち、それにムスペルヘイムから……それぞれ数百メートルは離れているだろうか。まるで『檻』を形成するかのように等間隔で生える巨大樹木。
それらが遥か上空であちこちに枝を伸ばす。
「揺れが……止まった……」
「お、溶岩も何か勢い弱くなってるぜ!」
やがて大きな揺れが収まり、樹木の生長が止まる。
それと共に地面から噴き出していた溶岩の柱もまた止まり、穏やかな――って表現が当てはまるかは疑問だけど――溶岩の海へと変わる。
ムスペルヘイムは、忌々しそうに自分たちを取り囲む樹を睨みつけ、唸り声をあげているのみだ。
「ラビ」
”……プラム!”
一体どこから現れたのか、いつの間にか甲板上にはプラムの姿があった。
いつもの気だるげな、緩慢な様子はもう見えない。
……表情だけは愁いを帯びた、と言った感じだけれども、気配が全く異なる。
”決心、したんだね?”
私の問いかけに表情は変えないまま、しかしはっきりと頷く。
「えぇ……そして、改め、て、お願い……。
ムスペルヘイムを倒して……この島を、守るのを……手伝って」
ここに来るまでに彼女の中でどんな葛藤があったのかはわからない。
ここに至るまでの過程は問わない。
私にとって重要なのは――彼女が決心した、という事実だけだ。
元々ムスペルヘイムと戦うのは吝かではなかったし、実際ジュリエッタたちは戦いたがっていた。私自身としても、『ゲーム』に負けるのは悔しいって思いもあり戦うことについては否はない。
でも、常々言っているように私にとってヴィヴィアン・ジュリエッタたちの身の安全は最優先だ。
悔しいけれど、もしどうしても危なそうならば撤退する、ということは頭の隅に置いてはいた。
しかし――ここからは違う。
”ジュリエッタ、ここから先は……本気の本気で行くよ”
「うん」
”君にも少し無茶をさせちゃうけど……”
私がどう思おうとも、結局のところ実際に戦うのはユニットの子たちの方なのだ。
そちらに負担がどうしても行ってしまう。
ジュリエッタは小さく頷く。
「大丈夫。ジュリエッタ……負けない」
――だから、ヤツを倒す指示を。
そう彼女の目が語っていた。
ならば私は、その期待に全力で応えよう。
”よし……行こう、ジュリエッタ。あいつを――ムスペルヘイムを倒すよ!”
ここからは『いざとなれば撤退』という考えは捨てよう。
『冥界』の時と同じだ。ここで退いたら後がない。ここから先はそういうつもりで戦おう。
”ライドウたちもいいかい? ……って、今更か”
”応! 拙者たちも全力を尽くそうぞ!”
「へっ、元よりそのつもりだっての!」
「くくく……真、命が幾つあっても足りぬな」
求めるものが私たち三チームでは異なっている。
けれども、目指すところは一緒だ。
すなわち――『炎獄の竜帝』ムスペルヘイムの打倒である。
”それじゃ、皆……行くよ!”
プラムの魔法の効果はよくわからないけど、何かしらの影響をムスペルヘイムに与えていたらしい。
やつの動きが明らかに鈍っている。
この魔法が効果を発揮している間が、きっと最後のチャンスとなるだろう。
私たちは今度こそムスペルヘイムを倒すため、最後の戦いへと挑む――




