6-29. かつて英雄だった少年へ 2. 炎獄の死闘
”ジュリエッタ!!”
完全に回避するのは幾らなんでも難しい。
”強制移動、ジュリエッタ!!”
咄嗟に強制移動を発動させ、ジュリエッタを私のすぐ傍へと呼び戻す。
間一髪のところで噴き出した溶岩に飲み込まれる前に助け出すことは出来たけど……。
「……ごめん、殿様……」
最初に浴びた溶岩のダメージで、かなり体力が削られてしまっているみたいだ。
”大丈夫!?”
「うん……痛いけど、平気……」
「全く。深追いは厳禁だとご主人様から言われていたでしょうに」
「……面目ない」
ジュリエッタを《ペガサス》に乗せて再度ムスペルヘイムから距離を取る。
《ナイチンゲール》で治療をしてあげたいけれど、《ペガサス》に乗っている状態では無理がある。
とりあえずグミを与えて体力を回復、傷の治療はメタモルで行ってもらうこととする。
《フェニックス》と《ペルセウス》は自力で溶岩をかわしつつ、攻撃を継続。効いているかは微妙なところだけど、体力を気にせず戦えるのは彼らしかいないので続けてもらうしかない。
”それにしても、厄介だね……”
これはもう本格的に通じる攻撃が《ケラウノス》とかくらいしかないかもしれない。
竜巻触手とかまだ強力な能力はあるものの、正直ムスペルヘイムのサイズからしたらかすり傷程度にしかならないだろう。
動きは鈍いものの近づけば熱バリア、更に近寄れば溶岩を体から噴出させてくるときている……。
迂闊に攻撃しようとすれば手痛い反撃を喰らうこととなるだろう。
「……本格的に、御姫様、来てほしくなってきた……」
もちろん自力で何とかするのを諦めたわけではないだろうが、ジュリエッタが愚痴を零す。
アリスの神装ならば、熱バリアだろうが溶岩だろうが気にすることなく攻撃することは可能だろう。流石に炎防御無効とは言っても《終焉剣・終わる神世界》はちょっと微妙だけど、《嵐捲く必滅の神槍》やもう一つの神装であれば十分通じるとは思う――魔力を回復させつつ連発しないと倒し切ることは難しいだろうが。
「泣き言ですか、ジュリエッタ? わたくしたちだけで、あの怪物を倒すつもりだったのではないのですか?」
「……わかってる。ちょっと愚痴っただけ。ジュリエッタ、自分で何とかする……」
むすっとした表情でジュリエッタがヴィヴィアンに返す。
ほんとこの二人、仲いいのか悪いのかよくわからないなぁ……。
さて、とは言うものの……。
”一先ず、あいつの進路を反らすことは出来たかな……?”
私たちも闇雲に突貫していたわけではない。
《ペガサス》で気を惹くように仕向けつつ、ちょっとずつ進路を変えさせていたのだ。
もちろん、花畑とは違う方向に進むようにだ。
このままムスペルヘイムを倒せなければ島ごと沈むだろうことには変わりないけど、その前にやつが花畑に到達してしまったりあのレーザーブレスを放ってしまう危険性はあった。
「……? 殿様……あいつ、大きくなってない……? ジュリエッタの気のせい……?」
「い、いえ……わたくしにもそう見えますわ……」
次の攻め手を考えつつ、ムスペルヘイムを誘導しようとしていた時、二人が同時に気付いた。
”……私にもそう見える……”
ムスペルヘイムが大きくなっている。
元々が高層ビル並の大きさだったのでわかり辛かったけど、確かに少しずつムスペルヘイムの大きさが変わっていっているように見えた。
熱バリアの範囲自体は変わってないみたいなので私たちは常に一定の距離を保っていたんだけど……。
”! 溶岩を吸収している……のか?”
「それか、自分で噴き出した溶岩で大きくなっている……」
溢れ出す溶岩がムスペルヘイムの肉体を膨張させていっているみたいだ……。
「……どうやら、あの怪物は――『炎の神獣』というわけではなさそうですね」
”だね。多分だけど、『火山』とかそういうものの神獣なんじゃないかな……”
それがわかったからと言って何か有効な策が思いつくわけではないけれど、多分そういうことなんだと思う。
『火山』『溶岩』……あるいは、もっと根本的な大地の動きが神格化したもの。それがムスペルヘイムなんじゃないだろうか?
『嵐の支配者』――グラーズヘイムが嵐、雨、雷などの荒天に纏わるものの神獣であったように、ムスペルヘイムも単純に『炎』というだけではないのだろう。
そう考えると、実はあのマグマドロンとかいうモンスターも、ムスッペル同様にムスペルヘイムの眷属とかなんじゃないかと思える。さっきムスペルヘイムの封印を解こうとしてたしね。
……思った以上に相手は強大な存在ということになる。
今のところはこちらから相手に有効打を与えることが出来ず、逆に相手からもそこまでダメージを受けているわけではないが……このまま睨み合っているだけでは意味がない。島が沈められてしまったら、その時点でこちらの敗北だ。
火山が噴火すればするほど、ムスペルヘイムは力を増していく……そういうことだろう。
”むぅ……『ラグナギアス』が欲しくなってきた……”
思わず私も愚痴をこぼしてしまう。
ちなみに、『ラグナギアス』というのはありすの世界における巨大ロボットアニメの主役機の名前である。こっちの世界の巨大ロボットは、ロボット同士の戦争もたまにやるけど、基本的にはどこぞの遠い星雲からやってきた光の巨人よろしく大怪獣との戦いがメインとなっている。
それはともかく――
”どうにかして《ケラウノス》を当てる……しかないか”
このまま放置していたら《ケラウノス》ですらいずれ通じなくなってしまうかもしれない。通じないまでも、一撃で倒すのは難しくなってくるだろう。
そうなる前に《ケラウノス》を使って倒す、ないしは致命傷を与える必要がある。
当てるのが難しいというのはさっき考えた通りなんだけど……それをどうにかする方法を考えなければならない。
「! ご主人様、ジュリエッタ! しっかり掴まっていてください!」
距離を保ちつつ誘導しようとしていた時、ヴィヴィアンが相手の動きに気付く。
ジュリエッタも言われた通りしっかりと《ペガサス》にしがみつくと同時に、《ペガサス》が急加速――ムスペルヘイムの側面へと回り込もうとする。
理由はすぐにわかった。
ムスペルヘイムがゆっくりと、軋むような音を立てつつ腕を振り上げる。
それと同時に、私たちの反対側――やつの尻尾が動き出す。
”ヴィヴィアン、召喚獣を下げさせて!”
「はい!」
オーバーロードを使っているため、リコレクトで戻すのは若干勿体ない……という貧乏性が少し悲しくなってくる。
が、このまま召喚獣をムスペルヘイムの近くで戦わせているのは拙い、その予感があった。
――ゴオッ!!
振り上げはゆっくりだったというのに、振り下ろしは恐ろしく早かった。
風が唸り声を上げるような轟音を上げつつ、腕が振り下ろされる。
それと同時に、腕から噴き出す溶岩が散弾となり周囲へと撒き散らされる。
こちらにまで届く勢いだったが、それは《ペガサス》の機動力で回避。召喚獣たちも自力で何とか回避している。
しかし、相手の攻撃はそれだけではない。
「ヴィヴィアン、尻尾が来る!」
「ええ、わかっています!」
更に尻尾が今度は跳ね上がる。
尻尾で周囲を薙ぎ払うというわけではなく、真下から真上へと大きく跳ね上げるだけの動作だったが……今度は上から溶岩の雨が降り注ぐ。
「メタモル!」
降り注ぐ溶岩に対してジュリエッタがメタモル――さっき吸収した溶岩龍の力を使い、ヴィヴィアンを守ろうとする。
流石に溶岩の中を泳ぐ龍の鱗だ、ダメージを喰らうことなく防ぐことが出来ている。
これを使えば熱バリアとかも問題ないかもしれないけど……。
「ジュリエッタ、重いです」
欠点はかなり重いということなんだよね……溶岩龍の能力と飛行能力を併用するのは結構難しそうだ。
「ヴィヴィアン、女の子に失礼」
「誰が美少女ですか、おこがましい」
などと二人は言い合いながらもしっかりと溶岩の雨を回避、または防いでいる。
このまま溶岩の雨をやり過ごせれば……とも思うが、今までのゆっくりとした動作から一転、ムスペルヘイムは腕と尻尾を激しく振り回しながら溶岩を撒き続ける。
絶え間なく降り注ぐ溶岩に、私たちは次第に追い詰められ始めていた。
ジュリエッタのメタモルによる防御と《ペガサス》の機動力で何とかなってはいるけれど……。
「殿様、ヤバい」
”! ヴィヴィアン、回避!!”
「心得ております!」
相手もただ黙って私たちの回避を見守るだけではなかった。
ムスペルヘイムの顔が私たちの方を真っすぐ見、大きく口を開く。
ヤバい、これは間違いなくレーザーブレスがくる!
気づいたヴィヴィアンが《ペガサス》を更に加速させ、上空へと逃れようとする。
――ここで地上側へと逃げるのは無しだ。ただでさえヤバい状況なのに、地面にレーザーブレスが当たると溶岩の噴出が更に強まってしまうのだから……という理由もあるけれど、私たち自身が噴き出す溶岩に飲み込まれる恐れがあるという理由も大きい。
ジュリエッタも溶岩龍のメタモルを解除、ライズとその他のメタモルで降り注ぐ溶岩を迎撃する。少しでも重量を軽くして《ペガサス》の飛行速度を上げるためだ。
ムスペルヘイムの口内から白熱した炎が漏れるのが見える――
「今! しっかり掴まっていなさい!」
ムスペルヘイムがレーザーブレスを発射する直前、上昇させていた《ペガサス》を一転、今度は急降下させる。
次の瞬間、私たちがさっきまでいた位置へと向けてレーザーブレスが放たれる!
「ぐぅ……熱い……!」
少し距離が開いているというのに、それでも物凄い熱量で体力が削られていく。
やはりあのレーザーブレスは脅威だ。まともに食らえば一撃で倒されてしまうのは間違いないだろうし、《イージスの楯》でも受けない方がいいだろう――ブレスそのものは防げても、放射する熱でやられてしまいかねない。
でも何とか今回はかわしきった。体力も減ったとは言っても十分リカバリー可能な程度である。
”あんまり距離を開けすぎると、レーザーブレスが飛んでくる、か……”
「かといって近すぎると、熱ダメージ……」
「熱ダメージの範囲外付近にいると、溶岩の雨ですか。隙が無いですね」
おまけに攻撃しようにも相手の装甲は生半可な威力では貫けないと来た。
……これ、割と本気で今までのモンスターの中でも『最強』の部類なんじゃないだろうか。
うーん……《ケラウノス》を使うにしても、効果的なタイミングが全くない……。
”どうにかして足を止めたいな……うーん、でも……”
とにかく《ケラウノス》を確実に命中させるためには、相手の動きを封じる必要がある。
状態異常で身動きを取れなくさせることが出来れば一番楽なんだけど、ジュリエッタの攻撃でもそれは難しいことはわかった。
じゃあ力づくで止められるかっていうと、もちろんそんなのは無理だ。
……覚悟はしていたけど、これは本当にキツイ。現状、勝つための道筋が全く見えてこないのだ。
とにかく弱点らしきものは全く見えない。それを探るための攻撃すら難しいという状況だ。
「むー……何かないかな……」
「拘束用の召喚獣を……? いえ、しかしあの巨体では……」
二人も必死に考えているようだ。
全く諦める様子は見えない。
……うん、二人が諦めていないのに私が先に諦めるってのは無しだね。
もっと必死になって考えよう。絶対無敵の存在なんてありえないし、どうにかする方法は必ずあるはずだ。
「……あ、ヤバい、かも」
だが、私たちが妙案を思いつくのよりも早く、ムスペルヘイムが動く。
背中から生えている翼が大きく開く――まさか、あの巨体で飛ぶのか!?
私の予想とは異なり……折りたたまれていた翼が開く――いや、あれは翼ではなく……。
”……腕!?”
そう、私たちが『翼』だと思っていた背中のパーツ、広げてみるとよくわかる。
あれは『翼』ではなく『腕』だ。折りたたまれた腕だったのだ。
元からあった前脚よりも遥かに長く、そして太い腕が二本……背中から生えている。
その腕を勢いよく地面へと叩きつけ――
――ゴオオオオオオオッ!!!
腕の力で無理矢理体を回転させてきた。
い、いや、回転させること自体が目的ではなく――
「――ッ!?」
狙いは、恐ろしく長い尻尾を私たちへと叩きつけることだった!
まさか尻尾の攻撃が来るとは思っていなかった私たちは、突如襲ってきた尻尾に対応できず……。
”ヴィヴィアン!!”
「……」
咄嗟に回避しようとしたが間に合わず、《ペガサス》が尻尾に掠ってしまい大きく跳ね飛ばされる。
激突の衝撃でジュリエッタは空中に投げ出され、そしてヴィヴィアンもまた《ペガサス》から投げ出され地上へと――いや、溶岩の海へと落下してしまう。
拙い! ヴィヴィアンの反応がない……気絶してしまったのか!?
《ペガサス》は掠っただけだが足を全て失い、更には全身にヒビが入って今にも壊れてしまいそうなダメージだ。
ジュリエッタもこちらの様子に気が付き、すぐさまメタモルで羽を生やして追いかけてきてくれているが……ダメだ、間に合わない!?
彼女を強制移動しようとするよりも早く、私とヴィヴィアンは真っ逆さまに溶岩の海へと落ちて行った……!
 




