6-26. 封印完了――ムスペルヘイム討伐会議
溶岩遺跡を通って戻ろうとした私たちだけど、ふといいことを思いついた。
”そうだ、プラム、オーキッド。二人とも遠隔通話持ってる?”
「持って、る……けど……?」
「おう、アタシもあるぞ」
そっか、それなら手間が省ける。
”私とジュリエッタはこのまま遺跡を進んで行くけど、二人は使い魔の方に強制移動で先に戻してもらって”
……強制移動持ってなかったらダメだけど。
私の提案に二人は少し考え込んだ後、共に頷いた。
良かった、どうやらタマサブローもライドウも強制移動を持っているようだ。
”ムスペルヘイムは封じ込めたけど、それですぐ花畑に来ているムスッペルたちが消えるとも限らないしね”
「そ、う、ね……」
「うーん、アタシは構わねーけど、ジュリエッタ一人で大丈夫か?」
ジュリエッタの実力を疑っているのではなく、純粋に心配してくれているのだろう。
なんだかんだで、やっぱりオーキッドって根は優しい気がするんだよね。
「大丈夫。マグマドロンとか、溶岩龍なら平気」
実際、話に聞いただけだけどまともに戦うとしても何とかなる相手だろうし、戦わずに駆け抜けていくこともジュリエッタなら不可能ではない。
”もしどうしても危なくなりそうなら、ヴィヴィアンを強制移動で私たちのところに呼ぶよ。
二人は花畑の方をお願い”
ムスッペルたちももう消えてくれた、というのであれば杞憂で済むんだけどね。
そうでなかった場合のことを考えると、ここに戦力が集まっているのはもったいないと思うのだ。
二人とも私の言葉に従い、それぞれの使い魔に遠隔通話で連絡を取る。
「……それ、じゃ……先に、戻る、わ……」
「おめーの強さはわかっちゃいるけど、気を付けろよ、マジで」
「うん。また、後で」
こうしてプラムとオーキッドは強制移動で先に花畑へと戻っていった。
さて、後は私たちが無事に帰るだけかな。
「……殿様、今ならプラムがいないから、話せるけど……」
”うん? 何かあった?”
もしこの場にプラムがいたら話さないか、あるいはクエストが終わってから話すつもりだったのかもしれない。
何か気が付いたことでもあるのだろうか?
「プラム……やっぱり、何か隠している、気がする」
”う、うん……そうだね。気になることあった?”
まぁ何かしらの隠し事がまだあるのはわかってはいたんだけど、ジュリエッタがなぜこのタイミングでそれを言うのか……。
何かさっきまでの戦いで、私が気付かなかったことに気付いたのかもしれない。
「……ムスペルヘイムの封印、時間がかかりすぎてない?」
”え? うーん……まぁ、確かにプラムが合流してから、そこそこ時間稼ぎはしたけど……ほら、準備とかあるんじゃない?”
「準備……何を?」
”へ?”
「封印、魔法を一個使っただけだった、と思う……準備、いらないんじゃ……?」
”た、確かに……?”
言われてみればその通りだ。
たとえ効果を発揮するまで時間がかかる魔法だったとして、それならば『魔法の発声』『溜め時間』『効果発動』の順になるはず。
でも、さっきのプラムの封印は『溜め時間』『魔法の発声』『効果発動』の順番だった。
ジュリエッタの言う通り、確かに妙かもしれない。
あるいは私たちの知らない法則で動く魔法とかがあるのかもしれない。結局わからないんだけど……。
”…………何だろうね、一体……”
「ジュリエッタ、わからない」
何かをプラムが隠しているっぽいのは確定なんだけど、それが何かというのがさっぱりわからなくなってしまった。
「……別に、殿様に危害があるわけじゃなさそうだから、いい。ちょっと、気になっただけ」
言葉通りに受け止めていいかどうか悩ましいところだ。
ジュリエッタ自身は本人の言うようにわからないけど危険がなければそれでいい、という考えなのかもしれないけれど、気になることは気になるので私に伝えたといったところか。
まぁ私に聞かれたってわからないものはわからないんだけど――少し気に留めておいた方が良さそうだ。
”うん、まぁ何が気になったのかはわかったよ。私の方でも覚えておく。ありがとう、ジュリエッタ”
「うん……。
……どうせ、後でプラムと戦う時に、わかると思う」
ははは、こやつめ。
どうやら今回の件が片付いたらプラムと戦うという約束は忘れていないらしい。
その時がくれば、きっと不可解な封印までの時間についても謎が解ける……そうも思っていたか。
まぁ、ムスペルヘイムは封印できたし、後は花畑の方が落ち着くのを待ってから、戦力を整えてムスペルヘイムを倒すだけだしね……ジュリエッタの希望が叶うまでもう少し、というわけだ。
……本当にこのまま片が付くといいんだけど……。
何となく、言いようのない不安が胸の奥でくすぶっているのを、私は押さえつけつつ花畑への帰路につくのだった。
* * * * *
その後、一時間もしないうちに私たちも花畑へと戻って来た。
途中でヴィヴィアンと遠隔通話をしながら状況を聞いていたけど、ムスペルヘイムを封印したと思われるあたりから急激にムスッペルたちの数が減り、更にその後プラムたちが合流したことで特に問題なく花畑は守れたらしい。
……それをジュリエッタにも伝えた後、ちょっと溶岩遺跡内のモンスターを倒したりしていたので時間がかかってしまった。
ま、マグマドロンはともかく溶岩龍については【捕食者】で能力を吸収しておきたい、という思惑もあったんだけど。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
まるで戦いなんて一切起きませんでしたよ、といった風情でヴィヴィアンが私たちを出迎えてくれる。
花畑は本当に無傷だし、周囲の森がちょっと焼けている箇所があるくらいで、他には戦闘の痕跡なんて残っていなかった。
皆は既に四阿でまったりムードとなっている。
……またオーキッドの持ってきた謎の樽から、ジュースを飲んだりしているみたいだ。
”ただいま、ヴィヴィアン。皆も待たせてごめんね”
ぶっちゃけ、途中で戦おうとせずにサンドウォームの能力辺りを使って壁を突っ切っていけば、もっと早く帰ってくることは出来たんだけどね。
すぐさまムスペルヘイムへと襲撃を掛けるつもりはないのだろう、私たちもちょっと一息入れることとした。
「……これ、オレンジジュース……」
「おう! このジュース樽シリーズ、コンプリートしてぇんだよなぁ……」
「くくく、全部で何種類あるかわからぬがな」
昨日のはぶどうジュースだったけど、今日のはオレンジジュースが湧き出る樽だったみたいだ。
……この分だと、リンゴジュースとか色々なシリーズがあるんだろうなぁ。もしかしたら、お酒の樽とかもあるかもしれない。
”ふぅー、とにかく皆お疲れ様。まぁ、まだ根本原因が片付いたわけじゃないけど……”
「そう、ね……で、も、当分、は……大丈夫、のはず、よ……」
最初にかけた封印が『嵐の支配者』戦の時辺りだから、大体二か月近く前。
今回は三重に掛けているということだったし、単純計算で半年くらいは封印が継続する……はずだ。
とはいっても、半年も放置しておくつもりはない。昨日私が決意していた通り、出来れば今日中に決着をつけるつもりだ。
……最悪、封印が長続きするのであれば、ありすが帰国するのを待って、更に他にも攻撃力の高い知り合い――特にアビゲイル辺り――を集めてムスペルヘイムを倒す、という手もあるんだけどね。
海斗君の都合もあるだろうし、やっぱり今日中に片を付けたいというのが本音だ。
”ちょっと気になるのは、プラムの封印がなんで今日解け始めたか、ってところね……本当なら、あの封印だけでまだまだもつはずだったんだけど……”
”そうなの? まぁ、相手は神獣だし、魔法も絶対ってわけじゃないってことかなぁ”
冥獣もそうだけど、神獣も普通の生き物と同じように考えたら痛い目を見ることになるだろう。
ムスッペルも湧きだしていたみたいだから、そのせいで封印が早く解け始めたということも考えられる。
「んで? どーすんだよ? あいつ倒さないと、お宝が手に入らねーんだろ?」
”……お宝があるとは限らないけどね。
でも確かに。この後どうしようか”
『嵐の支配者』の時みたいに現実世界に影響がないのであれば、放置しておくというのも一つの手だ。
その場合、プラムの花畑は将来的に諦めるという選択になってしまうんだけど……。
プラムの方を見てみると、相変わらずの気だるげな顔だけど……。
「…………出来れば、やつが動けない、今の、うちに……倒して、おきたい、わ……」
まぁ彼女の想いからすると、花畑を諦めるというのは最後の手段だろう。
それについて私からも否はない。ヴィヴィアンたちを巻き込むというのは少し心苦しいんだけど……今のところ本人たちも戦うつもりみたいだしなぁ。
「つっても、なぁ……相手が動けないって言っても、あの巨体じゃなぁ」
オーキッドの言う通り、問題はそこだ。
たとえ相手が動けないという状態であっても、果たして倒せるのか? という問題がある。
実際に分身と戦った私たちにはそれがよくわかる。
分身でさえ、こちらの攻撃がほとんど通じないくらい頑丈なのだ。
本体が分身より弱いとは到底思えないし、オーキッドの言葉通りサイズがサイズだ、体力だってずっと上だろう。
「そ、う、ね……シオが加わって、も……ちょっと、辛い、かも、ね……」
「うーむ、アタシの『主砲』が使えれゃいいんだけどなー……」
”『主砲』? いつものあの大砲とは違うの?”
ちょっと気になるワードが出てきた。
てっきりいつもの大砲=主砲だと思い込んでいたけど、違うのだろうか?
「ああ。『エンペルシャーク』の前側に一個備え付けの大砲があるんだよ。そいつが主砲だ。
……でもなあ、あの主砲だけは船そのものとくっついてるから、呼び出すってことも出来ねぇんだよなぁ」
ふむ。もし主砲を発射したいというのであれば、『エンペルシャーク』ごと呼び出すしかないというわけか。
で、『エンペルシャーク』は言うまでもなく船なんだから、海の上以外では身動きも出来ないし、そもそも直立させることも出来ない――主砲の狙いを定めるのも出来ないというわけか。
仮に撃てたとしても、それ一撃でムスペルヘイムを倒すことは出来ないだろうし、まぁ記憶には留めておくくらいか。
”ヴィヴィアンの召喚獣はどう?”
「……そうですね。一つ通用しそうなものはございますが……一度限り、となっております」
”ああ、アレか……うーん……”
『冥界』において動く災害とも言える超巨大ムカデを粉砕した、《ケラウノス》という召喚獣だ。
アレ一発で片が付くならそれにこしたことはないんだけど、ヴィヴィアン曰くリコレクトも出来ない一発限りの使い捨て召喚獣らしい。
リコレクト出来ないということは、魔力を回復してもう一度というわけにもいかないし、ひょっとしたら一つのクエストで一回限りという制約もあるかもしれない。日を改めればまた使えるようになるかどうかもわからないのだ。あまり頼りにするわけにもいかないだろう。
”……地道に削っていく、しかないかなぁ”
硬いだけであって全く攻撃が通じないというわけではないのだ。
魔力を回復させつつ、ひたすら地道に削っていくという方法が一番確実なのかもしれない。
「それしか、ない……わね」
”プラムの魔法でもダメなの? 封印は出来たんだし、何かないかな?”
ちょっと期待したいところだけど、プラムはゆるゆると首を横に振る。
「だ、め……私、の魔法、と……相性が、悪すぎる……」
プラムの魔法は植物を自在に作り出すものだ。確かに炎の化身であるムスペルヘイムとは相性が悪いのだろう。
でも、封印は出来たみたいだし……。
私の内心の思いはわかっているのだろう、更に続ける。
「ムスペルヘイム、は……理由、はわからない、けど……不完全、みたい……ね。
だか、ら……『状態異常』、は……よく、効く……わ」
”ああ、なるほど……だからさっきの戦いで封印だけじゃなくて、毒を使ったのか”
封印する際に、抵抗する分身やムスッペルたちを抑え込むために、プラムが毒の植物を作ったのが気になっていたのだ。
確かに異様に毒は効いていたと思う。あれがなかったら、封印が完了する前に動き出されていたかもしれない。
状態異常が効きやすい、というのはちょっとした希望かも。
”二人とも、どう?”
「うん……『冥界』で取り込んだ、蟲の力で毒とかは使える……」
「わたくしも《メデューサ》を始め、幾つか可能でございます」
ふーむ、となると……。
動けないムスペルヘイムをどうにかする方法を考えてみる。
”――状態異常……特に『毒』辺りで体力そのものを削りながら、出来るだけ強い物理攻撃をぶつけて削っていく……しかないか”
”……気が遠くなってくる作業ねぇ。まぁ、相手が動けないから安全ではあるけれどね”
そう、幸いなのはムスペルヘイム自体は動けないということだ。
それならば反撃を喰らう心配はないし、安全に戦えるとは思う。ムスッペルたちの召喚もひょっとしたらあるかもしれないけれど、こちらもフルメンバーで挑めれば何人かがムスッペルを始末しながら戦うことも容易い。
”……って、そういえば、オーキッドたちを勘定にいれちゃってるけど……?”
「あん? 別に構わねーぜ! お宝のためだしな!」
「くくく……」
”ぬぅ! 動けぬ相手というのが気にかかるが、拙者も構わぬ。オーキッドたちにとっても『いい経験』になるであろうしな!”
どうやらこのままムスペルヘイムへのとどめを刺すのを手伝ってくれるらしい。
ありがたいと言えばありがたい。
……後でお宝関係で揉めるかもしれないなぁという不安はあるけれど。
”ありがとう。それじゃ、もう少し休憩したら火山に戻ろうかと思うけど、皆時間は大丈夫?”
最大の問題は『時間』だ。
今日だって現実世界の方で何か予定がある人は多いだろう。
ちなみに、桃香と千夏君については、事前に確認を取っていて夜までは大丈夫ということはわかっている。
「シオちゃんだいじょーぶでしゅ! パパもママも、きょうはずっとマラソンみてるでしゅ! マラソンみてもおもしろくないでしゅ!」
……あれか、箱根駅伝あたりか。こっちの世界でそういう名前かはわからないけど。
なんで大人って駅伝見るの好きなんだろうね? 私も前世では大人だったけど、こればっかりはよくわからなかったなぁ……。
「くくく、案ずるな、友たちよ。我も永き冬の眠りの最中よ……闇が世界を包むまで、この身は解き放たれておる」
冬休みの真っ最中だし、暗くなるまでは大丈夫ですよ、という意味かな?
「あー、アタシも問題ねーぜ」
どうやらこの場に集ったメンバーは皆正月は暇しているらしい。
今回に限ってはありがたいけど。
贅沢を言えば、この場に和芽ちゃんがいてくれるとありがたかったかな……メガロマニア戦でわかったことだけど、状態異常に関してはエキスパートっぽかったし。まぁ、今頃おじいちゃんの家に行っているだろうからどうしようもないか。
”プラムも平気?”
「え、ぇ……もちろん、よ……」
プラムがいなかったら話にならない。彼女の花畑を守るためにムスペルヘイムと戦うのだから。
海斗君が桃園台にいる間に決着を付けたいのは、そういう理由もある。
”よし、それじゃタマサブローとライドウもよろしくね。一息いれたら、皆で火山に――”
向かおう。
そう言おうとした時だった。
――ズンッッッッッッッ!!!
大地が、震えた。
地震とは少し違う……一度だけ、でもかなり強く、地面が揺れたのだ。
”……な、なに……!?”
「うそ、でしょ……」
それだけではない。
「火山が……」
「ふ、ふんかしたでしゅー!?」
今度は噴煙が上がっているだけではない。
赤々とした溶岩を噴き上げている。
……火山の噴火自体、直接目にするのは初めてだけど……見ているだけで不安を掻き立てるような、そんな恐ろしさがある。
「そん、な……うそ……!?」
呆然とするプラムが、封印の証である指輪へと視線を向けると――
「っ!? ぐっ……!」
五つの指輪、その全てが灰となり消え去っていった……。
それが意味するところは――
”ムスペルヘイムが……動き出した……!?”




