6-25. island inferno 5. 決戦・ムスペルヘイム(後編)
小型ムスペルヘイム――小型と言いつつ、モンスター図鑑上ではきっと『大型』に分類されるであろう分体が出現した。
その姿は……見た瞬間、私の脳裏に日本人ならきっとほとんどの人が知っているであろう、あの怪獣映画の主人公を思い浮かべてしまうようなものだった。
直立歩行しているのは想像した通りだ。
ゴツゴツとした甲殻は、封印されている方とは異なり赤熱しているのがわかる。
尻尾は異様に長く、先端はまるでこん棒のように太くなり無数の棘が生えている……あれで殴られたら痛いどころでは済まないだろう。
某怪獣とは異なるのは、背中に翼のようなパーツが見えることだ。今は折りたたまれているけど、あれを広げて空を飛ぶことも出来るのだろうか……? 見た目がドラゴン型の溶岩と言った感じなので、とてもではないが空を飛ぶイメージはないが……。
「封印が、解けた……?」
サイズが違うとはいえムスペルヘイムと同様の姿をしているのだ。そう思うのは無理もない。
だけど、まだそうとは限らない。
”い、いや! あれは多分分身……みたいなものじゃないかな? あっちのムスペルヘイムの反応はまだある!”
そうなのだ。分身の方も当然モンスター反応はあるのだけど、封印されている方のムスペルヘイムにも変わらずモンスター反応があるのだ。
ということは、いずれあの封印されている方も倒さなければならないということになる。
まぁどっちにしても、あの分身も倒さないと危険なのは変わりないと思うけどさ。
「やべぇ、来るぞ!」
封印を解くのは後回しにして、まずは邪魔者を片づけることにしたのだろう。ムスペルヘイムたちが私たちの方へと向かってくる。
「殿様!」
”うん、まずはこいつらを何とかしよう!”
流石に分身の方ならいくら攻撃したって大丈夫だとは思う。
プラムはまだ来ないし、来るのを待っている間にずっと逃げ回り続けるというのもキツイ……というより、それで相手がこちらを無視してムスペルヘイムの封印解除に動き出す方が拙いだろう。
「へっ、この距離ならアタシもいけるぜ!」
ムスペルヘイム本体への流れ弾には注意だけど、本人の言う通りこの距離なら問題ないだろう。
早速大砲を呼び出し、ムスペルヘイムへと砲撃を開始する。
……だが、ムスッペルなら一撃で吹っ飛ばせる大砲であっても、ムスペルヘイムには通用しない!
「くそっ、硬ぇなこいつ!?」
砲撃を受けて多少揺らぎはしたものの、ムスペルヘイムは構わずそのまま前へと進み、こちらへと接近しようとする。
動きが鈍重なのが救いと言えば救いか。
オーキッドの砲撃を横目で見つつ、ジュリエッタは再度ライズを使って強化、こちらもムスペルヘイムへと突進して接近戦を仕掛けようとする。
「……硬い……! あと、熱い……!」
魔力を惜しまず竜巻触手を使ってムスペルヘイムの足を殴りつけたものの、わずかに甲殻に傷をつけただけで大したダメージを与えられていない。
それどころか、殴った方のジュリエッタがダメージを受けている。
どうやら全身が赤熱していることからわかる通り、ムスペルヘイム自体の身体がかなり熱くなっており、下手に触れるとこちらがダメージを受けるようになっているみたいだ。
それに……。
”くっ、拙い……近づくだけで体力が減らされている……!?”
余りにも高熱だからだろうか、ムスペルヘイムの近くに寄るだけで体力がガリガリと削られてしまっているのだ。
これは酷い……! 『嵐の支配者』は常に空を飛んで攻撃を当てにくい上に配下の風竜を延々と呼び出し続けたり急襲したりと理不尽な能力を持っていたけど、ムスペルヘイムはそれ以上かもしれない。
配下の呼び出しはもちろんだけど、その配下自体が風竜よりも厄介なムスッペルというのもそうだし、近づくだけでダメージを与えて来るなんて理不尽すぎる。
そして攻撃を当てても熱で反撃してくる上にそもそも防御力自体が高い。
「キャプテン!」
「おう!」
ジュリエッタの攻撃だけでムスペルヘイムをどうにかするのは不可能に近い。
そう思ったのだろう、ジュリエッタがオーキッドへと呼びかける。
彼女の大砲も大したダメージにはなっていないが、少なくとも熱を気にする必要もなく攻撃出来ている。
「一番から五番……全部もってけ!!」
空中に出現した砲台は全部で五基。
『エンペルシャーク』に備え付けられている大砲を一斉に呼び出したのだろう。
「吹っ飛べぇっ!」
五発同時の砲撃がムスペルヘイムに突き刺さる!
……が、それでもまだ足りていない。さっきよりは大きく揺らいだものの、依然としてムスペルヘイムは歩みを止めない。
周囲に集まっていたムスッペルやマグマドロンは流石に吹っ飛びはしたけど……。
「メタモル……ライズ《フレイムヴェイン》!」
「くそっ、まだまだぁっ!!」
ジュリエッタは諦めずに右腕を鋭い刃……いや、『ドリル』へと変え、更に《フレイムヴェイン》を付与。
オーキッドも続けてどんどん大砲を撃ち込んでいき、ジュリエッタの攻撃する隙を作ろうとしてくれている。
「はぁっ!」
砲撃に紛れて接近したジュリエッタが、高く飛び上がり――ムスペルヘイムの『眼球』へとドリルと化した右腕を突き入れる。
眼球ならば……と思ったが、
「か、硬い……」
”目玉まで硬いって、どういう生き物なんだよ、こいつ!?”
り、理不尽すぎる!
弱点なんてどこにもないんじゃないだろうか? そう思えるくらい、全身隙がない。
「殿様、下がる」
続けて攻撃することはせず、オーキッドの砲撃に紛れ込んでジュリエッタは少し距離を取ろうとする。
熱ダメージによる、私への被害を恐れたのだろう。
……まだ危険とは言えないくらいだけど、じわじわと私の体力も削られていってたのだ。ありがたいけど……この調子じゃムスペルヘイムを倒すことなんて不可能なんじゃないだろうか……?
…………その上、このムスペルヘイムは分身に過ぎない。本体は未だに封印されていて動けないままなのだ。
もし本体の封印が解けて動き出したとなったら……未だかつてない脅威となるのは疑いようがないだろう。
ますますもって、アリスの大火力が欲しくなる相手だ……ない物ねだりなんてしたって仕方ないのはわかっているけど。
「……あの熱いのさえなければ……」
火力不足はライズで補えるかもしれない――それでもムスペルヘイムの防御力の前にどこまで通じるかは怪しいところだけど――が、近づくだけでダメージを受けてしまう熱バリアが厄介すぎる。
ライズで一時的に軽減することはできるけど長時間は無理だ。攻撃は一瞬で済んでも、熱ダメージは一瞬防げただけでは意味がない。
「ん? 熱いのがダメなのか? じゃ、これ使え!」
位置を微妙に変えつつ砲撃を続けていたオーキッドが、ジュリエッタへと何かを放り投げてよこす。
それは、巨大な『碇』だった。
長い鎖が伸びている碇は、使いようによっては確かに鈍器として扱えるか。
「! キャプテン、ありがとう! ライズ《ストレングス》!」
早速鎖を手に取り――
「殿様、ちょっと我慢してて」
”へ?”
何をするつもりなのかはすぐにわかった。
オーキッドから渡された碇を持つと、ジュリエッタがその場でぐるぐると回転――そして勢いがついたところでムスペルヘイムの胴体へと投擲した。
ハンマー投げと同じだ。
巨大な海賊船の碇だけあって、《ストレングス》を使ってもかなり重かったみたいだ。だから、回転して勢いをつけたのだろう。
この攻撃は流石に効いたのだろう、ムスペルヘイムが大きく揺らぎ足を止める。
「……殿様、これ、欲しい」
そんな玩具をねだる子供みたいなキラキラした目を向けられても……。
でも武器型の霊装を持っていないジュリエッタにとって、こういうものがあるとかなりの戦力アップが見込めるとは思う。ショップで買えるんなら買ってあげてもいいんだけど。
「……いい、感じ、ね……!」
”プラム!”
そこへ、火口を塞ぐ封印が終わったのだろうプラムが舞い降りてきた。
「おせーぞ、プラム!」
大して時間は経ってないはずだけど、こっちはかなり苦戦させられていたし、体感ではかなり長い時間待たされたとは思う。いや、別に文句は言わないけど。
「あれ、は……ま、だ、分身……だか、ら……間に合う、わ」
「うん。プラム、封印を」
「えぇ……」
このまま戦っていても、分身ですら倒し切ることは難しいところだった。
プラムがこの場に現れたことで希望が見えてきた。
”プラムがムスペルヘイムの封印を強化している間、私たちはプラムを守っていればいい?”
「そう、ね……で、も……それより、雑魚を、押さえていて、欲しい、わ……」
ムスペルヘイムの分身の他にもまだムスッペルやマグマドロンは湧きだしてきている。
それらを抑え込みつつ、プラムの封印が完了するまで堪える――そういう方針で行くしかないか。
”よし、ジュリエッタは碇でひたすらムスペルヘイムを! オーキッドは大砲で他のやつらを狙い続けて! でも深追いはしないで”
とにもかくにもプラムの封印が完了すれば一先ずの心配はなくなる。
敵にとどめを刺す必要なんてない。こちらの邪魔をしないよう、そしてムスペルヘイムの封印を解かれないようにひたすら邪魔をし続ければいい。
「いく、わ……グロウアップ《大食い蔓》」
プラムが周囲の足場に種を撒き、魔法植物を作り出す。
「インプルーブ……《耐熱》」
そして更に魔法をかける。こちらは初見の魔法だけど、おそらく植物に対して何かしらの強化を与える魔法なんじゃないかと思う。
冷えたとは言え、溶岩の上に種を撒いて果たして植物が生長できるのかと疑問に思ったが、流石にそこは魔法みたいだ。岩を穿ち、根を張った巨大植物があっという間に生長する。
大きな袋を備えた植物……ウツボカズラ、だろうか? それを更に大きく、人間ですら簡単に丸呑みできるくらいに大きくした毒々しい色をした植物だ。
現れた《大食い蔓》は生きているかのように蠢き、ムスッペルを見つけては袋の中へと丸呑みにして始末していく。
……ほんと、恐ろしい魔法だな……。
「援護、するから、後は、お願い……ね?」
「わかった」
ムスッペルの相手を《大食い蔓》がしてくれるというのであれば、ジュリエッタも戦いやすい。
オーキッドから借りた碇を片手に、今度は熱バリアを恐れることもなく再度突進。
「こ、のっ!!」
メタモルで巨大化させた腕に加え、《ストレングス》もかけて碇を振るってムスペルヘイムを滅多打ちにする。
並みのモンスターなら一撃でぐちゃぐちゃの肉塊になっているであろう連続攻撃だけど、ムスペルヘイムは多少揺らぐ程度で一向に堪えた様子が見えない。
ただムスペルヘイムは見た目通りかなり動きが鈍重で、全くジュリエッタの動きについていけていない。
うーん、異様な頑丈さとタフさで耐えつつ、広範囲に及ぶ熱バリアで相手の体力を奪う……という戦闘スタイルなのだろうか。
だとしたら、プラムが再封印をした後にこちらの戦力を整えて時間をかけて攻撃していけば、倒すことは出来るかもしれない――というか、おそらくプラムは最初からそのつもりだったのだろう。
「――準備、できた、わ……! ジュリエッタ、離れて……!」
ムスペルヘイムとその周囲のモンスターを相手にしている間、プラムが封印用の魔法を作ろうとしていた。
それが完成したらしい。
プラムの声が聞こえると同時に、ジュリエッタはすぐさまその場から離れる。
オーキッドは元々少し離れた位置にいたため問題ない。
「グロウアップ……《禁封黒茨》!!」
プラムの封印魔法が炸裂する。
彼女が魔法を発動させると共に、真っ黒い『茨』があちこちから伸び、ムスペルヘイムの身体に絡みつこうとする。
それに捕まるまいと暴れて引きちぎろうとするが、
「グロウアップ《毒玉鳳仙花》」
追撃でプラムが更に魔法を使う。
自分の掌に植えた種から丸い『腫瘍』のようなものが出来、それが破裂――散弾のように飛沫がムスペルヘイムとその周囲に降り注ぐ。
じゅうっ、と鉄板の上に水滴を垂らしたような音がすると共に、紫色の毒々しい煙が立ち上る。
「あ、れ……吸わない、ように……猛毒、だから……」
「うへぇ……そんなおっかねぇもん使うなよ……」
激しく同意だ。
今の魔法、名前からして鳳仙花なんだろう。種を勢いよく飛ばす、あの花だ。
普通の花ではないことから、毒を撒き散らすためだけの存在なのだと思う。
「訳、は、後……で、話す、わ……」
この場でそんな危険な猛毒を撒き散らしたことにも意味があるのだろう。
ムスペルヘイムに関しては私たちよりもプラムの方が詳しいのだから、今のところは信じるしかない。
「……動き、止まった……」
”だね……”
しばらくはもがいていたムスペルヘイムだったが、やがて完全に動きを停止。
真っ赤に燃え上がっていた甲殻も、熱を失い巨大ムスペルヘイム同様に真っ黒になってしまう。
それと同時に、ムスッペルたちが次々と蒸発するようにして消えて行った。
……マグマドロンたちもいつの間にか姿を消している。
「勝った、のか?」
まだ実感が湧かない。オーキッドも呆然と呟いている。
私のレーダー上では、未だにムスペルヘイムの反応はあるのだけど、分身の方はもう反応がない。最初からいた巨大ムスペルヘイムの方の反応だけだ。
「そう、ね……ひとまず、封印、は、完了……した、わ」
”何とかなったかぁ……”
「……念の、ため……もう、何重、か……封印、重ね、るわ……」
ジュリエッタとオーキッドの攻撃を喰らってもほとんどダメージを受けることのなかったムスペルヘイムを封印したというのに、プラムの表情はいつも通りの気だるげなままだった。
……彼女が何を考えているのか、本当によくわからない。
昨日海斗君から話を聞いてはいるけれど……うーん……。
その後、私たちはプラムが三重に《禁封黒茨》をムスペルヘイムに掛けるのを見守り、他に敵反応がないことを確認。
昨日ジュリエッタたちが通った『溶岩遺跡』とやらを通って花畑へと一度戻ることにしたのだった。
……これで一旦は落ち着いたかな? このまま何事もなく終わってくれればいいんだけど……。




